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リアクション
第5章 殺戮の刃
地雷処理トラックを先頭に進んでいく師団主力。トラックのやや後ろで歩いているのは戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)である。
「えーい。止まってくれないと訓練にならんです」
ややぼやき気味である。戦部は未だラピト兵が練度不足と見て訓練を試みたかったのだが、現状で急ぎ進軍中ではままならない。
「すこし、人数つれて偵察の際、実地訓練するしかないですわ」
リース・バーロット(りーす・ばーろっと)が至極まっとうなことを言う。あいにくと交代の順番はまだ先だ。
「それだとあんまり訓練できない……」
戦部の立場では人数をほとんど連れて行けないからだ。
「ホント、人数も少ないし。状況はよくないしなあ」
並んでぼやいているのは緋桜 ケイ(ひおう・けい)である。緋桜も同様に訓練を考えていたが戦部と同じ状況だ。
「そっちはまだいいぜぇ。人数はいるんだし」
緋桜の悩みは魔導擲弾兵の人員、練度不足である。実際、教導団で魔法を使用する者は少ない。第3師団では積極的に活用を図るつもりであるが、肝心の魔法使いが少ない。さらに魔法イコール火力と考えている者が多かったりして、魔導擲弾兵中隊全体としては今ひとつである。
「そうだなあ。魔導擲弾兵は当面は損害出さないようにしないときついでしょう」
「そうなんだよなあ」
「まあ、実際しばらくは戦闘工兵の代わりのつもりがいいんじゃないですか?」
「そうかな?」
現在の第3師団には施設工兵はいるが戦闘工兵がいない。戦闘中に鉄条網切断したり、障害物除去したり、地雷原で突入口を設営したりする兵士である。
「大体、魔導『擲弾兵』でしょ?」
擲弾兵というのは元々はフリードリヒ大王の時代にドイツで設立された精鋭兵のことである。別名巨人部隊と言われ、身長2メートル近い頑強な兵で構成されていた。彼らの任務は敵陣に挺身し、爆薬の入った鞄を投擲する事である。これが、やがてドイツでは歩兵戦闘車と共に戦う歩兵を『装甲擲弾兵』と呼ぶようになり、通常の歩兵と区別していた。他国では機械化歩兵と呼ばれている兵である。なお、現在のドイツ連邦軍では歩兵師団は存在せず、すべて装甲擲弾兵師団となっている。
これに近いのが戦闘工兵で、数は少ないが小銃ではなく、サブマシンガンを携行し、戦闘中に爆弾を仕掛けたりして戦闘をサポートするのが一般的だ。
「魔法をうまく使えば歩兵の戦闘が楽になる。しばらくはそちらに徹してはどうですか?」
たとえばシャンバラでは未だに城砦が残っていたりする。堀があれば歩兵の進撃はストップし、攻めあぐねるが、魔法で堀の水を凍らせることができれば、そのまま城壁に取り付ける。
「ほほほ、任せてたもれ、わらわが良いようにしてやろう」
緋桜の後ろについていた悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が口元を押さえつつ高笑いする。
「何ですか?このタカビなお子様は?」
「あー。一応スカウトしてきたんだけれども」
「皆の者、よろしく頼むぞ?」
戦部は軍規が護られるかどうか心配になってきた。
現在、部隊の先頭を進んでいるのは松平 岩造(まつだいら・がんぞう)とクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)である。師団主力に先んじて警戒しながら哨戒部隊と共に進んでいる。
「例のあれ、遅いな」
「そうですな。それに幅が狭い」
二人は後ろを振り向き進んでくる地雷処理車にややいらついている。
「地雷は確かに脅威だが、幸いそれ以外は罠を仕掛けにくい地形のようだ」
シュミットが見渡す。所々林が点在しており、それほど見通しは悪くない。松平、シュミット共に、何かのトラップがないか様子を見ているが今の所、それらしいものは見あたらない。
「さすがに拍子抜けですね」
「連中はこのあたりにはあまり罠を仕掛けていないのか?。モン族の攻略に力を入れていると言うことだが……それはそれで考えていると言うことか」
シュミットはそう言うとアサルトカービンを構え直した。向こうの林の所に大勢伏せているのを見つけたからだ。
「総員、散開!」
その声と共に発砲が開始された。敵の哨戒部隊とぶつかったようだ。
「ぬう、トラップではなく、部隊がいたか」
「モン族の方に主力を向けて、こっちは警戒で済ませるつもりだ」
二人は伏せたまま射撃を開始する。発砲と共に地雷処理車は停止して後退していく。
「ちぃっ、始まったかあ〜」
曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は近くの木の陰に隠れてライフルを構えた。ほぼ正面に木をとらえているような感じである。意外とミスりやすいのは木から斜めに撃つ事だ。これは実は木を遮蔽物としている様で、相手からは丸見えだ。正しくはほぼ木で一端隠れるようにしてから銃だけが出るようにして撃たねばならない。割と難しいところだ。
相手側も斉射を加えてくる。互いに木々に隠れ、伏せながらの撃ち合いだ。今の所不意打ちは避けられたが概ね、教導団側が思っていたより大がかりな人数である。
撃ちながら曖浜は少し先の木へ移動を試みる。映画などでは一斉射加えた後ぱっと移動したりしているが実際にはそれほど簡単ではない。一度、伏せてから匍匐前進でそちらに向かう。
「マティエ、ついてきてるか?」
「つ、ついていってるよぉ」
後ろからモコモコした猫ゆる族がカービン持ってついて来る。そのさらに後ろからラピト兵が数人ついて来る。猫ゆる族のマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は同じゆる族のせいかゆる族同士仲の良い者がいる。
「攻勢だと、ゆる族も迷彩使いにくいよな?」
「ふええっ」
ゆる族は特殊能力で光学迷彩の能力があるが、防御でじっとしているならともかく移動中は使いにくい。
「人数多いってのは捕虜捕まえるチャンスだが」
「こっちが捕虜になっちゃまずいよぉ、りゅーき」
とりあえず、広範囲に展開して射撃を加えるべくずりずりと左側に寄っていく。
その反対側では、くぼみを利用して数人が敵に近づいていく。
ロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)と大岡 永谷(おおおか・とと)は交互に射撃しながら着実に前進していく。大岡がカービンを連射する。その間にファインズが前進し、的確に近距離射撃で倒していく。その間に今度は大岡が援護位置につける。着実に倒しながら前進するファインズも見事だが、特筆すべきは巧みに牽制射撃する大岡であろう。二人が交互に協力しながら進んでいく戦闘方法を『バディ・システム』というがこの二人は上手く実践している。実際、敵を倒しているのはファインズだが、着実に仕留められるのは大岡あっての事である。
「いいぞ!」
敵がひるんだところで大岡が合図する。ファインズの後ろについていたアリシア・カーライル(ありしあ・かーらいる)が手榴弾を取り出し、紐を引っ張る。いわゆるポテトマッシャータイプである。女性兵士は携行数が少ない代わりにこのタイプを使用する。非力な女性でも遠くまで飛ばせるからだ。一方男性兵士はいわゆるパイナップルタイプだ。カーライルの投擲した手榴弾はくるくる回りながら敵の近くで爆発する。牽制、射撃、手榴弾、牽制、射撃、手榴弾の繰り返しで大きく回り込んでくぼみに飛び込んだ。大岡は素早くマガジンを入れ替える。
「調子いい。助かるぜ」
「ああ、このまま回り込んで攻撃しよう」
ファインズの言葉に大岡が応える。この二人の強みはむやみに焦らず、着実に敵を倒す様にしている点だ。
「今の所は敵は距離を取って射撃に徹しているようだわ」
カーライルがひょっこり覗いて言った。
「済まんな。出番がなくて」
「いいですよ、もし近くに敵が出て来たらすぐに交代するから」
カーライルはもっぱら手榴弾を投げているが近接戦闘になりそうならファインズと入れ替わる構えである。
「皆さん、怪我はありませんかな?」
一番後から追いついたファイディアス・パレオロゴス(ふぁいでぃあす・ぱれおろごす)が見渡して言った。
「悪いな。全員健在だ」
大岡は硝煙まみれで笑って言った。
「なんとまあ、わたくしの活躍するところがないではないですか」
パレオロゴスは治療するチャンスがない。実の所、大岡が怪我でもしたらそれはそれでと思っているが意に反してなかなか大岡は怪我をしない。
「そんじゃあ、いくか!」
再びくぼみを出て射撃に移る。
右翼からはファインズ・大岡チームが、左翼からは曖浜とにゃあにゃあ言いながらゆる族と共について来るエニュールらが大きく回り込んで射撃を加えたため敵はじりじり下がり始めた。
「よおっし、部隊長はどこだあ?」
やや押し気味なので気を良くしているのは神代 正義(かみしろ・まさよし)である。第四匍匐で進んでいる。さすがに度胸がいいと言うべきか。中央である。
ずりずりずりずりずりずりずりずり……。
ものすごい勢いで匍匐前進しながら神代は敵中央突破?を計る。とにかく、敵に接近して白兵に持ち込まないと神代は銃器は苦手だからだ。負けじとわらわらついていく者多数である。
「さーあ、指揮官はどこだあ!」
「ここだ」
氷の様な何かをはねつけるような声がした。少し手前にヴァルキリーが立っている。
「ぬおおっ俺の完璧な匍匐前進を見破るとは!しかあし、ここであったが百年目……」
と、そこまで見ていたが、ヴァルキリーは動じない。その一方で神代はしっかりと後ろ手にカルスノウトに手をかけている。そこに大将首もらいっとばかりに教導団員が近づいた。
「や、やめろ、迂闊に近づくな!」
ヴァルキリーは近づいた団員を見ると、素早く滑るように横に移動する。
「は、速い!」
驚いた団員はその表情のまま持っていた剣を振り回した。しかしヴァルキリーは姿勢を低くして腕を伸ばすと槍で腹部を貫いた。そしてそのまま引き抜くと共にヴァルキリーは槍を勢いよく振る。べちゃっと神代の顔に絡みついたのは腸の一部そして肝臓が垂れ下がっていた。
「う、うわわわわわっ」
ヴァルキリーの槍は未だ振り落としきれずに腸が絡みついている。槍の先端の形が変わっている。どうやら槍の先端が傘の様な構造になっているらしい。突き刺すときは槍状に細く、引き抜くときに先端が開きかぎ爪で内臓を引きずり出す。そういう代物の様だ。ヴァルキリーは今度は神代に槍を突き出す。
「ちょおおおおっ!」
神代はがに股で宙を飛び、ぎりぎりで避けた。(スウェー使用)槍は脚の間をむなしく通過した。
「ほう、私の槍を避けるとはたいしたものだ」
「危ね危ね危ね危ねぇ〜」
そのままごろごろと転がった。槍に捕まると内臓を引っこ抜かれてしまう。そこにガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)とシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)がそれぞれダガーとカルスノウトでヴァルキリーに襲いかかった。ウィッカーがカルスノウトで槍をはじいて押さえようとする。そのまま刃を滑らせて槍のかぎ爪のところでかみ合う。
「槍先は押さえた!」
そう叫ぶウィッカーにヴァルキリーはふっと笑う。後ろから隙ありとばかりにハーレックが襲いかかるがヴァルキリーはそのまま柄の方を突き出し、ハーレックは石突き(長槍の刃と反対側についているバランス用のおもり)で肩口を突かれる。そのまま、後ろに吹っ飛ばされた。驚くウィッカーに素早く槍を持ち上げるヴァルキリー。カルスノウトがそのまま持って行かれ、手が空いたところへ横殴りで石突きが飛んでくる。一撃を食らいよろけたところで槍先が迫るがいきなり穂先の軌道が曲がり空振りする。神代が持っていたカルスノウトを投げつけたため、それをよけたのだ。
ヴァルキリーは周りを見て次第に孤立しつつあるのを見て一歩下がった。
「全員引け!ここはこれでいい!」
そう叫ぶとヴァルキリーは後退する。潮が引くように敵部隊は後退していった。
「大丈夫か?」
「助かりました」
神代が近寄るとようやくハーレックは立ち上がった。
「それにしても、ありゃあ、強いな」
「ええ、唯、強いのではありません。槍術の腕前が尋常ではありません。一対一ではかないませんよ」
その向こうではやられた団員をハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が看ていた。
「どうでしょうか?」
フェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)は心配そうにのぞき込んだ。しかしティーレマンは首を振った。
「内蔵が引っこ抜かれています。助かりません」
腹に大穴の開いた団員はまだ生きていたがこのままもがいて死んでいくだけである。ある意味、即死より恐ろしいと言える。空っぽになった腹の中を見ながら死んでいくのだ。
「ここまでやるなんて……」