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リアクション
皆川 陽(みなかわ・よう)とテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、単なるお祭りとしてやってきていた。結婚式場とは言え、テーマパークのように広い各エリアの町並みを見るだけでも楽しめるし、オープン記念として開かれているこの祭りは式場としての雰囲気を損なわない程度にお店も並んでいる。ちょっとした旅行気分に浸れるこの場所は、庶民の陽にとっては凄く楽しい物で、この時代に生きて間もないテディは見慣れぬ物に興奮気味だった。
「一気に何カ国も巡ってるみたいですごいよね、モデルさんたちも凄く幸せそうだし……次はどこを見てみる?」
「僕は食べ物のあるところがいい! 花なんか眺めても、お腹にたまらないからね!」
はいはいと少し呆れた顔で、まだ行ってないエリアを地図で確認する。パーティメニューの試食が出来るエリアもあるようなので、胃袋がブラックホールかと思われるくらいに食べるテディには楽しいお祭りなのかもしれない。
彼がお祭りに行こうと誘って来たときには、バレンタインに開催するとあって恋人たちのお祭りなんじゃないかと、自分たちが行くのは気が引けていたが、実際来てみれば確かに恋人同士が多い物のあちらこちらで目のやり場に困るようなことが繰り広げられているわけではなくて、友達同士の自分たちが参加してもさほど浮いてはいないように感じる。
もしかしたら、それは式場という神聖な空気と相まって物静かに過ごすカップルが多いだけなのかも知れないが、だとしたらビュッフェ巡りをする自分たちは雰囲気を損なっているのではないかと、ほんの少し心配にもなった。
「どうした陽、もうリタイアか? なら僕が陽の分までもっと食べるよ!」
「いい、いいっ! そんなに頑張って食べなくていい!」
向こうからしてみれば、宣伝の一貫として振る舞っているのだから、結婚などまったく考えてもいない子供が食い荒らすのはマイナスにしかならないだろう。せめて口コミで広げられる友人でもいれば良いのだが、2人とも交友関係はそこまで広くはなかった。
だからこそ、2人でこんな場所のお祭りへ来ている。世事に疎いテディにとって2月14日の今日は深い意味も無さそうだし、1人で部屋に引きこもっているよりは面白そうだと足を向けた陽。いや、もしかしたら意味を知っていたとしても、普段から騒々しいテディの性格を考えればお祭りには向かっていたかも知れないけれど。
「エンリョするな陽! 食べ物はどんどん出てくるぞ、出てこなくなるまで僕は食べてやるからなっ!」
拳を握り、変なスイッチの入ってしまったテディをいつもの事ながら呆れた様子で見る。なんでも白黒つけたり自分が勝利を収めないと気が済まないのか、夏のお祭りでの食べ歩きにしろ体育祭での救護班にしろ、なんでそんな物をと言う物まで勝負に仕立て上げた。もちろん、そんなことを考えているのはテディ本人だけなので、勝敗の行方など彼以外に知りはしないのだが。
「全く、なんでも勝負にするんだもんなぁ、テディは。……あ、そんなにお腹が空いてるなら」
確か、ちょっとしたお菓子を持っていたはずだ。豪華なメニューはどれも美味しかったけれど、どうも落ち着かないから自分も口直しというか気分転換になるような物をつまみたい。そう思って、手に提げていた鞄の中を見ると、小さな個包装になったチョコレートがいくつか入っていた。
「あったあった。はい、テディ」
「なんだ?」
差し出された手に釣られて自分の手を出せば、コロンと手のひらに一口サイズのチョコレート。そこら中の店で売っているような、子供のお小遣いでも買えてしまうありふれたチョコレートだけれど、テディは何故それが貰えるのだろうかと疑うようにじっと見つめる。
「なに? お腹空いてたんじゃなかったの?」
自分の分の包みを剥いて、早速口にいれている陽は、どうしてテディが思いとどまっているのかわからない。別に変わり種の味付けがされている物でもないのに、どうしたんだろうかともう1度鞄を見る。
「チョコじゃ足りない? クッキーか何かあったかな……」
「これ、もらっていいのか!?」
他の物じゃなくて、他の誰かからじゃなくて、陽からのチョコレートが欲しい。そんなこと、嫌われている自分から言えるはずもなくて、噂で聞いていたバレンタインについてはずっと知らないフリをしていた。陽にしては何気ないチョコレートでも、テディにとって今日彼から貰えるチョコレートは特別な物なのだ。
「いや、だからあげるって言ったじゃない。まあ、ここにある料理の方が美味しい物もたくさんあるだろうし、いらないなら――」
「いる! これがいいっ!!」
必死にチョコレートを取り上げられないように握りしめていて、そんなことをすると溶けてしまうんじゃないかと陽は彼の態度を不思議がった。そんなに好きなら、後生大事に取っておかず食べてしまえばいいのに。手の届かないような凄い人でも、そんな子供っぽい部分はあるんだなと思うと、不意に笑いが込み上げる。
「とにかく、食べるかしまうかしないと。持ったまま食べ物のコーナーにはいけないと思うよ?」
勿体なさそうにポケットにチョコレートをしまうと、がっしりと陽の腕を掴んでテディは歩き出す。
「いよーっし!! やる気100倍ッ! 食べ尽くすぞー!!」
「だから、お菓子ならあげるから、雰囲気を壊すことだけはしないでよぉ……」
ほとほと困ったという顔の陽と、上機嫌のテディ。その構図はいつものことなのに、テディを元気にさせたのがまさか自分自身であることなど、陽は知るよしもなかった。
そして、祭があると聞いて喜び勇んでやってきたミゲル・アルバレス(みげる・あるばれす)は、カップルの多さに驚きながらも幸せそうな様子に釣られてニコニコと微笑んでいた。
「バレンタインやってんなぁ。オレ、カードも何も用意してへんかったわ。堪忍な?」
申し訳なさそうにドミニク・ルゴシ(どみにく・るごし)を振り返り、その代わり今日はめいいっぱい遊んで帰ろうとラテン系の血をウズウズさせて次の会場に向かっていった。お祭りはみんなで楽しむべきだというミゲルは、配り歩こうと思っていたお菓子を花嫁やカップルに手渡し、余興が出来そうな雰囲気なら即興で歌を歌って見せ、まるで彼自身が式場側のスタッフかのように場を盛り上げていた。
「あまり走るなミゲル、ああそっちは……ふ、まあ良いか」
楽しそうに走り回る彼を見ると心が和むはずなのに、少しばかり切なくなるのは結婚式場にいるからだろうか。幸せそうな花嫁たちに、もし守り通せていたなら……と遠い記憶に心を痛めてしまう。
「……ク、ドミニク! おーい、どないしたんや?」
ひらひらと目の前で手を振られ、ハッとしたように彼を見る。配りに行ったときよりも増えたお菓子を両腕に抱えて、ミゲルはにっこりと微笑んだ。
「花嫁さん、えらいべっぴんやもんなぁ。見惚れてまうんもわかるけど、ちょっと休憩させてもらおや」
「別に私は、見惚れていたわけでは……」
早う早う! と急かされるようにガーデンパーティの邪魔にならない隅の方へ移動して、手入れのされた芝生に腰を下ろす。ミゲルは歌のお礼だなんだと手渡されたお菓子たちを広げて、どれから食べようかと思案顔だ。
そんな無邪気な顔を、失いたくはない。これが夢ではないことを実感したくて、ドミニクはそっとミゲルを抱き寄せた。
「ん、どないしたん? なんや気になるもんでもあった?」
どれでもお好きなのをどーぞ、と笑顔を浮かべるミゲルには、きっとこの想いの半分も伝わっていないのだろう。そう思うと失うのとは別の寂しさが込み上げてきて、ドミニクはじっとミゲルを見つめた。
(……ほんまにどないしたんや、ドミニクは。なんや変なもんでも食べたんやろか)
スペイン人のミゲルにとって、家族同士の抱擁は当たり前。だからドミニクのこの行為もさほど意識はしていなかったのだが、それを差し引いても様子がおかしい。けれど、普段の彼を思い返そうとする度に同じ光景が頭を過ぎり、いつものことかと笑って肩を押し返した。
「あ、これはさっきテーブルに置いてあったやつ! どうや、美味しそうやろ?」
1口サイズのカップケーキにはカラフルなアイシングが施されており、見た目にも可愛らしい物だ。ドミニクがじっと見つめているのもおかまいなしに紙を剥いていると、ポツリと呟く声が聞こえた。
「ミゲル……Te quiero」
それは、ミゲルの母国語で囁かれた愛の言葉。何を思い詰めていたのかと思えばそんな事かと、ミゲルはにっこりと笑い返した。
「オレも! Te quiero mucho!」
愛の言葉であることは確かだが、これは友人や家族間でも使われる言葉。だからミゲルは大切な友達として見てくれているのだと嬉しくなって勢いで返すが、そんなつもりで言ったつもりもないドミニクは面食らったように瞬きを繰り返す。
「お、やっぱ祝い事に出すだけあって、ええもん使っとるんやろなぁ。うまいでミゲル!」
まるで何事も無かったかのようにカップケーキを口の中に放り込んで幸せそうな顔を浮かべるから、その変わらぬ笑顔に安心するかのようにドミニクは微笑んだ。
(大好き、などと言うから何かと思えば……そういうことか)
通じなかったことは悲しいはずなのに、失わずそこにいるミゲルを愛しく思う。この笑顔が絶え間なく続くというのなら、この関係も悪くないものなのかもしれない。
「ほら、落ち着いて食べろ。はしたない食べ方は許さぬぞ」
きゅっ、と即座に取り出したハンカチで指先を拭いてやると、お祭りぐらいは羽目をはずしても良いじゃないかと少し拗ねたような声が聞こえる。きっと想いが通じるだけが幸せじゃない。そう思えば、一方的な想いは伝わらなくても良かったのかもしれない……今のところは。
ささやかな幸せを感じながらドミニクはミゲルの頭を撫で、いつになく甘えてくるようなドミニクにミゲルは少し恥ずかしそうに笑うのだった。
・オランダ:赤嶺 霜月&クコ・赤嶺
風車がくるくると回り、チューリップの花が一面に広がるオランダのエリア。邸宅も煉瓦作りで可愛くなっており、その待機室ではクコが少し落ち着き無く鏡の前を行ったり来たり。
霜月とは籍を入れていても、結婚式はしたことが無かった。1人の女性として花嫁姿に憧れてはいても、一緒にいる時間が長くなればなるほど結婚式がしたいなど言い出せない。今日の催しを知ったときも、今さらだと言われはしないだろうかと不安になりながらチラシを見ていることしか出来なかった。
(まさか、霜月から誘ってくれるだなんて思わなかったな)
顔に負った傷もあるので、モデルとしてはどうだろうかと心配していたが、特殊な薄いシートを貼って施された化粧は厚くもならず、うっすらと傷も浮かばなくて、まるで何も無かったかのように綺麗な肌になった。それでも、やはり眼帯を取ってしまうのは落ち着かなくて、サイドの髪と少し大きめのウエディングハットで右目を隠すようにしたもらった。どこからどう見ても綺麗な花嫁になれたのが、嬉しくも恥ずかしくて落ち着かない。
「クコ、入るよ? 庭園の準備、整ったって……」
呼びに来た霜月は、見慣れているクコの尻尾がすっかり隠されたマーメイド型のドレス、そして傷があったことも忘れるようなメイクに一瞬驚いたような顔をして、すぐに微笑んだ。
「びっくりした、どこのお嬢さんかと思ったよ」
「……似合わない?」
「まさか。自分の花嫁には勿体ないくらいだよ。凄く、似合ってる」
行こう、と差し出された手を取って庭園へと向かう。褒められて赤くなってしまっている顔では撮影に支障はないだろうか、手順を失敗したりしないだろうかと少しばかり緊張していると、霜月が外へと通じる扉の前でピタリと足を止めた。
「どうしたの、霜月」
「いや……自分たちの式だけれど、この式場の顔となってしまうわけで。参列者が知人だけでなくお祭りの参加者もいるとなると……少し」
ドアノブに手をかけて緊張している霜月の横顔は、いつも落ち着いて冷静な彼には珍しい表情かもしれない。けれど、そんな一面をみたおかげか、クコの緊張は和らいだ。
「私も同じだよ。けど……霜月と一緒なら大丈夫!」
固まっていた彼の手に自分の手を重ねて、微笑み返す。今までだって、色んなことを2人で乗り越えてきた。それは隣に霜月がいてくれたおかげなんだと言い聞かすようにドアノブを捻った。
「そう、だね。失敗すると決まったわけでもないし……」
よし、と2人で息を合わせて思い切りドアを開ける。そこには、同じエリアでセンスアップ体験をしていたジェイクとシンディ、ショウとアクア、そして隼人とアイナも着替えた衣装のまま参列し、宣伝のための撮影班や結婚を考えるカップルたち、お祭りを楽しみに来た初々しいカップルと予想以上の人が集まっていて霜月の足が止まってしまう。
「ほら、大丈夫! 行くわよっ」
大胆な彼女に引かれるようにバージンロードまで連れて行かれ、このままでは彼女に恥じをかかせてしまうとガチガチになりながらも1歩ずつ歩み進める。その先には、ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)が神父役として立っており、参列者の中から見守るミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)は、ガーデン挙式ということもあり滞りなく式から披露宴へ参列者を案内出来るよう、スタッフの1人として食事を提供するタイミングなどを見計らっているようだ。
いつもは悪ふざけの過ぎるロドリーゴだが元牧師。心から祝福しようと霊糸の長衣を纏い、教皇正装のように荘厳な雰囲気で2人を迎え入れている。
緊張からやっとの思いで自分の元にたどり着いた2人に優しく微笑むと、参列者へと目を向ける。
「これより赤嶺 霜月、クコ・赤嶺の結婚式を執り行います。出席の皆さんのうち、この結婚に正当な理由で異議のある方。今ここで申し出がなければ、後日、異議を申し立て二人の平和を破ることはなりません」
静かに言葉を聞く参列者にその申し出が無いことを確認すると、霜月とクコの顔をしっかり見て言葉を続ける。
「次に、貴殿たち二人に申し上げます。人の心を探り知られる神の御前に、静かに省み、この結婚が神の律法にかなわないことを思い起こすなら、今ここで言い表してください」
厳かな式辞に顔を見合わせ、そして微笑んでロドリーゴを見る。式は後になってしまったけれど、今思っても生涯のパートナーは隣に立つこの人だけで、これからもそれは変わらない。そんな意志を受け取ったロドリーゴは、幸せに満ちた2人を祝福出来ることを喜ばしく思う。
「本来であればここで愛について福音書の朗読をするのですが……2人は既にご存知のようですね。それでは誓約を」
これまでは聞いている立場だったが、ここからは答えなければならない。声が裏返ってしまわないだろうかとドキドキしながら、霜月はこっそりと深呼吸をする。
「汝、赤嶺 霜月。この女クコ・赤嶺を妻とし、良き時も悪き時も富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み他の者に依らず、死が二人を分かつまで愛を誓い、妻を想い妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」
「ち、誓います!」
思わず出た大きな声に恥ずかしくなりながらも、言い切った安堵感から余裕の生まれた霜月は、彼女はどう思っただろうかと横目で盗み見る。すると、見守るようにこちらを見ていたクコと目があって、とても幸せそうに笑うから、つい式の最中だと言うことを忘れて抱きしめたくなってしまう。
「汝、クコ・赤嶺。神の教えに従いきよい家庭をつくり、妻としての分を果たし常にあなたの夫を愛し、敬い慰め、助けて、死が二人を分かつまで健やかなときも、病むときも、順境にも逆境にも、常に真実で愛情に満ち、あなたの夫に対して堅く節操を守ることを誓約しますか」
「……誓います」
凜としたクコの声が響き、2人の前に指輪が差し出される。けれどそれは、手順説明のときに見ていた借りるはずの指輪とは違うデザインだ。
(どうしよう、違うデザインになったのかな。高価そうだし、他の式場の人の物と間違えて持ってきてしまったんじゃ……)
「それでは、指輪の交換を」
クコの不安を余所に進められる式。けれど霜月は、そんな彼女の左手を取ってそっと指にはめる。
「……渡すのが遅くなってごめんね。こんな自分だけれど、結婚してくれてありがとう」
「え、じゃあ、これ…………?」
「うん、クコのための、結婚指輪だよ」
式をあげてくれるだけでも嬉しかったのに、こんなサプライズが潜んでいただなんて思わなかったクコは、信じられない物を見るかのように薬指を見つめ、そっとふれた輝きに思わず涙が溢れてしまう。
「く、クコ? どうしたの、気にいらなかった?」
ふるふると首を振ることしか出来なくて、笑わなくてはと必死に微笑もうとする彼女を霜月は抑えられずに抱きしめた。まだ新郎への指輪も誓いの口づけもまだだけれど、深く心が結ばれている2人にはきっと形式的な物だろう。見守っていたロドリーゴは、高らかに宣言する。
「列席者の皆様、ここに、赤嶺 霜月とクコ・赤嶺が主の御前において夫婦となったことを宣言致します」
沸き上がる歓声に恥ずかしそうに2人で微笑みあい、その騒ぎに紛れるように口づけをする。涙の落ち着いたクコから指輪をはめてもらった霜月は、優しく彼女を連れて参列者の間を通る。
たくさんのフラワーシャワーを浴びながら浮かべる笑顔は、きっと忘れられない大切な思い出になるだろう。その笑顔をいつまでも守り抜けるように、互いに支え合っていこうと2人は思うのだった。
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