校長室
ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を
リアクション公開中!
もう夕日も沈みかけた頃、慌てて式場に駆け込んでくる2人の影。真と京子は、友人である幸の結婚式に参列しようと思っていたのだが、運悪く断り切れない依頼が入ってしまい、この時間の到着となった。 「――はぁっ、間に合わなかったか……」 静かな大聖堂。その周辺に広がる庭園にも人影は無くて、すっかり式は終了してしまったことを告げている。邸宅内には明かりがついているので、もしかしたらお色直しなど行われているのかもしれないが、祝いの言葉は言えても一生に一度の晴れ姿を見ることが出来なくて残念に思う。 せめて、どんな所で式をしたのか見て見たい。空気に触れてどんな式だったのだろうかと思い巡らせたり、祈りを捧げたいと真は扉に手をかけた。 「あれ、開いてる……?」 「そっか、今日はオープン記念のお祭りでもあったんだよね。なら、見学も自由にしていいんじゃないかな?」 なるほど、と京子の言葉に納得して扉を開ければ、細かい彫刻の施された柱が高く伸び、壁面に配置されている素晴らしい絵画。そして祭壇の向こう側には夕日に照らされているステンドグラスと数々の美術品に一瞬言葉を失ってしまう。 見学の為に開け放たれている格子の門扉をくぐり、京子は吸い寄せられるように祭壇へ向かった。 (昼間はもっと光が差し込んで綺麗だったんだろうな……) 真が静かに扉を閉めると、差し込んでくる柔らかな赤い光のおかげで扉の上にも10mほどあるステンドグラスに気付く。そういった大きな物から手を離したドアノブなど細かいところまで作り込んでいる装飾に、式が見られなかったことを再び悔やんでしまう。 「ねぇ、京子ちゃん。ここ――」 凄く綺麗な場所だよね。そんな当たり前な言葉しか浮かばなかった真が目にしたのは、静かに祈りを捧げる京子の姿。白とピンクを基調としてリボンや花をあしらったプリーストの衣装はまるで花嫁のように見えて、大聖堂の美しさに負けないくらい輝いて見えた。 「……どうしたの? 真くん」 祈りに夢中になっていたのを見て、思いとどまったのだろうか。気にせず声をかけてくれて良かったのにと、京子は立ち上がって静かに入り口へと戻ってくる。 「あ、いや……一瞬本当の花嫁さんに見えて、ね」 「私が?」 思わず広がったスカートを押さえて、そんなにも可愛らしい格好をしていただろうかとあちこち見て見る。確かに一見ドレスのようにも見えるデザインかもしれないが、そんな風に言われると思ってもみなかった京子は何て言葉を返したら良い物かと頬を赤らめて俯いてしまった。 (今日、そしてこれから此処で愛を誓うカップルと同じように……いつか、私もこういうところで真くんと……) 本当は望んではいけないのかもしれない。けれど、望まずにはいられない。自分は真の主でもなく、単なるパートナーの前に1人の女の子だ。 「……真くん?」 少し沈黙が辛くなって顔を上げれば、真はただボーッとこちらを見ていた。でもその視線は捕らえることが出来なくて、まるで自分を通して遠くを見ているような気さえする。 「え? あ、ご、ごめん! はは、何言ってるんだろう俺……ってあ、あれ……?」 慌てて誤魔化すように笑いながら後ろ頭を掻いても、心の中までは切り替えが出来ない。目尻に滲みかけていた涙は、表情を変えたことによって頬に滑り落ちた。 (何泣いてんだよ俺! 京子ちゃんが、どこか遠くに……お嫁へ行ってしまいそうだったからって……) そんな日がいつか来ることなんて、わかりきっている。単なる執事の自分は、近くでその姿を見られるのなら幸せじゃないか。そう思おうとすればするほど、ギリギリと言葉の枷が胸を締め付けていくようで、上手く表情を作れない。 「幸さんたちも、これからここを訪れる人も……みんな、幸せになれるといいよね」 少し様子のおかしい真に気付かないフリをして、京子は長いバージンロードを1人歩く。その間に真が表情を整えられるように、自分の心が落ち着くように……調度品を眺めながら、伝えたい言葉を整理していく。 (神様の前で嘘はつけないよね。でも……言葉も、想いも、全部素直に伝えたら真くんは困っちゃうかな) そんなことを考えながら1歩1歩踏みしめていけば、真も落ち着いたのか真っ直ぐにこちらを見ている。今度はちゃんと、京子の思考を読もうとするぐらいに強い瞳で、彼女の全てを捕らえてしまおうかというくらいに。 「――あのさ、京子ちゃん。初詣のときのこと、なんだけど……」 彼女は何処まで知っているのか。そして、どんな意図を込めてあんなことを言ったのか。順を追って真意を聞き出そうと真が緊張した面持ちで口を開くが、京子は動じず微笑み返した。 「なに? 何か気になることでもあった?」 「お、俺のこと、どう思ってる?」 何かに気付いているそぶりを見せながら、どうして自分を執事として傍に置いてくれるのだろう。どうして、パートナーとして契約してくれたのだろう。聞きたいことが山ほどあって、変化球も思いつかないくらいストレートに尋ねてしまった。 (というか、これじゃあ何のことかサッパリわからないって!) むしろ、下手な告白のように聞こえなかっただろうか。きょとんとした顔で自分を見ている京子に、なんとか玉砕をまぬがれるべく誤魔化さなければと真は慌て始める。 「あの、えっと、つまり俺が言いたかったのは――」 「……好きだよ」 その呟きは、真の声に掻き消されてしまった。けれど京子は凜とした表情のまま、足早に真との距離を詰める。何と言われたのかわからないでいる彼に再び微笑んで、何気ないことのようにもう1度告げる。 「私は、真くんが好き。だからね――」 タンッと大きな1歩で門扉をくぐり、驚いた顔をする真を振り返った。 「これからも、パートナーとして、執事としてよろしくね!」 「え? あ、あぁ……よろしく……」 (……びっくりした、好きってそういう意味か。だよね、その2つ以外の好きが俺に向けられるなんて、あるわけないか) 残念だと思うのにホッとしているような矛盾した気持ち。それは、自分に想いを伝える勇気も受け止める覚悟もないからだろうが、なんとなくこのままではいたくなくて、京子に手を伸ばした。 「京子ちゃん、俺――」 門扉から離れ、そのまま大聖堂の扉へと向かう京子を引き留めるように腕を掴むと、18時を知らせる鐘の音。祝いに鳴らす鐘楼の音よりも小さいが、静まりかえった大聖堂の中では幾分か大きく響いた。まるで、夢の時間に終わりを告げるような音に、真はハッとしたように腕を放す。 「俺……もっと強くなるよ。力じゃなくて、心が。もっと君に、胸を張れるように」 (何を言おうとしてるんだ、もっと大事なことだって沢山あるじゃないか) 自分の主について、何も伝えてなければ聞けてもいない。不安定な砂の上で、どこに向かえばいいのか解らなくなっていた自分を優しく抱きしめてくれるような京子の笑顔が、何となく眩しすぎて真は目を細めた。 「うん、自分に負けないで頑張ってね!」 きっと彼女はパートナーとして、そして執事としての自分の成長を期待しているんだ。そう思うのに、ほんの少しだけ期待したくなるのは、先程の言葉を都合のいいように捕らえているからだろうか。 「頑張るよ、だから……もう少し待っててね」 今の自分は何も言えない。真実を確認することも、気持ちを伝えることも出来ない弱いままでは、彼女の隣に並ぶことなんて望めないと真は真っ直ぐに歩いて大聖堂の扉を開く。 「じゃあ、そろそろ行こうか。幸さんたちを探しに行こう」 「……うんっ!」 鈍感な真から聞けた、ほんの少し前向きな言葉。困らせたくないので深くは追求しないけれど、恋人たちのお祭りの今日だけは幸せな気持ちに浸りたい。京子は口元を綻ばせて真の隣を歩くのだった。
▼担当マスター
浅野 悠希
▼マスターコメント
皆様ご参加ありがとうございます、浅野悠希です。 この度はリアクションの発表が遅れまして、誠に申し訳ございませんでした。 初の50人以上のシナリオということで、初めましてな方も多く、今後どのようにガイドやサンプルアクションを出せば良いのかということを勉強させて頂いたシナリオになりました。 今回、参加者の皆様全員に称号とコメントをお送りしていますので、ご確認くださませ。 次回のシナリオは、2月末に「彼氏彼女の作り方2日目」を考えております。 1日目に参加された方はもちろん、未参加の方でも途中から入りやすいシナリオですので、よろしければチェックしてみてくださいね。 それでは、遅くなってしまいましたが、バレンタインの甘い一時をお過ごし頂ければ幸いです。