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リアクション
リリィ・マグダレン(りりぃ・まぐだれん)に引っ張られてきたジョヴァンニイ・ロード(じょばんにい・ろーど)は、観念したように用意されたタキシードに身を包む。まだ寒いこの時期に、朝も早くから出かけると言うので何事かと思えば模擬結婚式。案内された中国をモチーフにしたエリアや段取りの説明、いつのまにやら特注でドレスを頼んでいたらしいリリィに呆気に取られながら、控え室で大きな溜め息を吐いた。
(なんで休日の朝からオレはこんなことに……)
力関係で負けているとは言え、宿敵とさえ思っている彼女と結婚式。模擬だとは言え、式場に運びこまれている数々の機材から自分たちがこの式場の顔となってしまう。トラブルを起こせば後始末が面倒だし、嫌々でも承諾してしまったことをぶち壊すわけにもいかない。ならばさっさと終わらすまでだとリリィが通された部屋をノックする。
「おい、着替え終わったのならさっさと――」
ノックもそこそこに部屋へ入ってきたジョバンニイが見たのは、華やかなウェディングドレスを着た儚げな少女。赤い髪をアップにし、素肌を活かしたメイクなのに引き込まれてしまいそうな色っぽさだった。
「だ、誰だ貴様!」
キョロキョロと周りを見ても、着替えを手伝っていたスタッフは残っていない。それよりもリリィはどうしたのだと叫ぶ彼に、儚げな表情をしていた少女は思わず大笑いする。
「こんな美人、世界に一人だけでしょ?」
自信たっぷりの、聞き慣れた声。まさか、と言いたくてもクスクス笑って見つめる彼女の青い瞳を見れば、面影も無くはない。けれども、口さえ閉じていればいつもの高飛車な感じがまるでしない普通の、いや美しい少女になってしまったリリィに見惚れていつもの罵倒すら出てこない。
「あー……その、あれだ。……綺麗、だぞ」
つい本音が漏れてしまったけれど、きっと彼女なら当たり前だとふんぞり返って笑うのだろう。そんなことを頭の片隅で思いながら滑らしてしまった言葉を後悔していると、頬を赤らめて目を逸らされてしまった。
(な、なんだ? 今日は調子がおかしいんじゃないのか、リリィもオレも……)
可愛い、だなんて言いたくなくて思わずジョバンニイは自分の口元を抑える。確かに彼女は美しくなったけれど、それは見た目だけの話で中身が変わったわけではないはず。なのに、普段強がりな分恥ずかしそうな態度をされれば、こっちまでおかしくなってしまいそうだ。
「……ほら、行くぞ。時間だ」
出来るだけ気にしないように深呼吸を1つ。気分を落ち着かせてから、目を逸らしたリリィに腕を差し出した。
「わ、わかってるわよっ! アタシに恥じなんてかかせないでちゃんとやるのよ!」
ガシッっと強く組んできた腕はどことなく振るえていて、彼女でも緊張をするんだと思うと口元が緩みそうになる。
(……絶対、もう口を滑らせる気はないけどな)
気付いてないフリをして、式場の入り口へと向かう。今日ばかりはリリィの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いてやろうかとジョバンニイは心持ち歩幅を狭めて歩くのだった。
そうして、中国の祝い事らしく盛大に爆竹が鳴らされる。ほんの少し驚きながらも、2人は祭壇の前に並び、司祭の言葉に耳を傾ける。
「汝、ジョヴァンニイ・ロード。貴方は生涯リリィ・マグダレンを愛すると誓いますか?」
「はい、誓います」
恥をかかすなと釘を刺したのは自分だけれど、迷い無く答えるジョバンニイの声がリリィの鼓動を早くする。模擬だと分かっていても、同じ質問も自分も答えなければいけないのかと思うと、たった一言なのに緊張してしまう。
「汝、リリィ・マグダレンは――」
「あ、アンタは一生私に仕えてりゃいいのよっ!」
思わず牧師の声を遮って大きな声を出してしまった。ハッとして辺りを見渡すと、驚いた顔の人もいるがゆるゆると苦笑し始めている。
「ハイハイ、分かってますよ。それでこそリリィだ」
どういう意味だと文句を言おうとすれば、その前に跪いて手の甲に唇を落とされた。
「仕えてやるよ。こんな女、誰の手にも終えないだろ」
絵になるその動作に見惚れてしまっていたのか、それともただ緊張で言葉もなかっただけなのか。ジョバンニイは立ち上がると、文句も言わず立ち尽くすリリィのヴェールを捲り優しく唇にキスをした。
参列者から祝いの拍手が沸き起こり、ゆっくり離れるジョバンニイは不敵な笑みを見せる。
「初めて見たぞ。貴様のそのような顔」
真っ赤な顔をして口をパクパクさているリリィは、普段の勝ち気さを全く感じさせなくて笑いを堪えるのも一苦労だ。堪えきれなかった笑いに恥ずかしくなったリリィは少しでも顔を隠そうと片手で赤い顔を隠す。
「調子に乗るな馬鹿吸血鬼!」
「だったら大人しく左手を出せ」
馬鹿だなんだと言われ慣れているとは言え、いつもなら少なからず言い返すだろう。けれど今のリリィには罵りの言葉なんて意味をなさないくらいに可愛いと思ってしまう。そんな反応がもっと見たくて、少し強引に引き寄せるように左手を掴み、かと思えば壊れ物を扱うように優しく指輪をはめてやる。会場から借りているそれはあとで返す物だけれど、何となく特別な物のようにリリィは指で輝く指輪を見つめた。
そんな中、指輪をはめた指にまでキスを落とすものだから頬の赤みは引きそうにない。
「……吸血鬼ってキザなのね」
「相手が貴様なら、吸血鬼じゃなくともやっていたかもな?」
皮肉のつもりで言ってみたのに、どうしてそんなことを言うのだろう。恥ずかしさを誤魔化すようにジョバンニイの指にも指輪をつけ、夫婦の宣誓だのなんだのと早く終わればいいのにとドキドキしたまま式を過ごす。そして――
「アタシの次に幸せになりたいヤツは持っていきな!」
彼女らしく高らかにブーケを投げ、やりきったような表情をするので、もうこんな彼女は見納めかと少し残念そうに見つめているとリリィが振り返った。
「な、なんだ? 式は滞りなく済ませただろう?」
「――……っ」
何かを言いかけて照れ笑いを浮かべるリリィに、文句を言われると思っていたジョバンニイは自分の目を疑った。
「ほら! いつまでもボサッとしてないで、飲み物の1つでも持ってきなさいよ!」
ドンッと背中を押され、やっぱり何一つ変わってないかと項垂れるジョバンニイの背中を見送って、安心したように微笑を浮かべる。
(危ない危ない……ちょっとでも嬉しいだなんて言ったら、つけあがらせるだけよね)
絶対言ってやるもんかと心に誓いながら、リリィは恥ずかしそうに口元を抑えるのだった。
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