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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

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 西ヨーロッパのルクセンブルクをイメージしたこのエリアは、やはりベネルクスとして調和のとれた石造りの建物が多く、刹那は普段過ごす近代的な建物とは違う雰囲気に少し緊張していたようだが、ユーニスがとても嬉しそうに手順を聞いて着替えに向かうので、仕方無いと自分も着替えに向かった。
 天気が良いのだから庭園で行おうというユーニスの提案でガーデン挙式をすることになった2人。そんな2人のお手伝いが出来ればと、甲斐 英虎(かい・ひでとら)甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)も準備に加わっていた。
「トラ、どうでしょうか。フラワーガールをするならと、式場の方が色々貸してくださいました」
「うんうん、可愛いよ。やっぱりユキノは女の子だね、そういうのが凄く似合う」
 来る前は恋人同士のお祭りに抵抗があったのか不安そうな顔をしていたユキノだが、来てみれば西洋風の建物に綺麗なドレス、細かい作りのアクセサリーとキラキラした物が集まる会場に女の子らしく目を輝かせるから、今日1日は彼女のどんなわがままでも聞いてやろうと思っていたのに、彼女の願い事は結婚式のお手伝いをすることだった。
「でもいいの? もっと花嫁さんみたいなドレス着たり、ブーケ作ったり色々出来るのに」
「はいっ! 綺麗な花嫁さんを近くで見られることが、とっても楽しみなのです」
 いつもは大人しめの彼女が、興奮を抑えられないと言った様子で元気に笑う。それを見ると、急なお願いになったけれどスタッフさんに頼んで良かったなと英虎は笑う。
「よし、じゃあユキノが準備している間に庭園の準備も整ったみたいだよ。花嫁さんを呼びに行こうか」
「いけませんよ、トラ。花嫁さんはあたしが迎えにいきます、トラは花婿さんをお願い致しますね」
 まるで、男の子には秘密だというように笑うから、英虎は苦笑して向きを変える。
「それじゃ、先にスタンバイしてもらってくる。ユキノたちも、遅くならないようにね」
 そう言って走り去る英虎を見送り、ユキノもユーニスの元へと向かう。リハーサルのときに挨拶をしたときは、ほんの少し年上で優しそうなお姉さんといった印象だったけれど、どんな風に変わったのだろう。逸る気持ちを抑えるようにドアの前で深呼吸を1つ。そして花嫁さんに失礼がないようにと4回ノックしてみる。
「失礼致します。庭園の準備が整いましたので、お迎えに上がりました」
 ドアの外から声をかけて静かに開くと、そこには胸元の開いた純白のマーメイドドレスを着て人形のように微笑むユーニスが振り返ったところで、シフォンのふんわりヴェールにちりばめられているラインストーンがキラキラと輝いていた。
「……凄くお綺麗で、お手伝い出来ることがとても幸せでございます」
「ありがとうございます、まるで本当の結婚式みたいで嬉しいです」
 ふふ、と2人で顔を見合わせて笑い並んで式場へ向かう様子は遠目から見れば仲の良い姉妹のようで、ユーニスもほんの少し緊張がほぐれたようだ。池に反射する美しい邸宅、石造りの道には石像が並びそして所々には10個ほどのカラフルな風船を一束にした飾りも置かれて可愛らしい雰囲気になっている。
 花を撒くユキノに先導されて、ユーニスも1歩1歩刹那に近づく。今回2人が行うのは人前式なので祭壇などはなく、代わりに花で作られたハートマークが通路の先に作られていた。
「刹那様……かっこいいです」
 その花の前で待つ刹那の服は、普通の黒のタキシードのはずなのに、髪はいつものポニーテールではなく下ろして首の後ろで結びなおしているからか雰囲気が違う。さらさらとした黒髪が靡くところが見られないのは残念に思うけれど、風が強ければ折角のヴェールが飛んでしまうだろうか。
「ユニも、その、……すごく、綺麗だぞ? 本物の花嫁みたいだな」
 互いにどの服を着るかは見せ合っていたけれど、急に言われてギリギリまで決心の付かなかった刹那はなんとなく気恥ずかしくて式の前に顔を出してやることが出来なかった。だからこそ、ちゃんと褒めてやろうと思っていたのに、拙い言葉しか出てこない。
「本物の花嫁ですけどね、剣の……」
 くすくすと笑うユーニスの手を取って、花の中に入る。振り返れば、椅子のない所にまでギャラリーがいたようで、恥ずかしさは拭えない。
「えへへ……パラミタに戻ってこれて、しかも刹那様と結婚式できるなんて夢みたいです」
 なのに、ユーニスがやっぱり幸せそうにはにかむから、結婚か……と今までのことを振り返る。
「……模擬じゃないのか?」
「あっ、そうでした……! でも、それでも嬉しいです……!」
 ついハッキリとした声を出してしまって、参列者からも笑いが漏れる。元々宗教の縛りもない、自分たちのスタイルで出来る人前式だからこそ、大らかな気持ちで参列している人が多いのかもしれない。
 そうして、互いに考えておいた誓いの言葉を口にして、思いついたように刹那がポケットから小さな物を取り出した。
「いずれきちんとしたものを……今はこれで許してくれないか?」
 手に乗せられた、きれいな指輪。指輪の交換はしたかったけれど、我が儘を言って付き合ってもらっているのだからと最低限の流れだけ予定を組んでいた。だから、こんなところで指輪が飛び出してくるだなんて思わず、ユーニスは泣き出してしまった。
「わたし……本当に、刹那様がパートナーで、よかったです……」
「な、泣くな……ユニ、落ち着いてくれ!」
 慌てて抱きしめてみるけれど、感極まっているユーニスには逆効果のようで泣き止んでくれそうにない。
「……そうだな、約束しよう。次は本番で、今より豪華に……それを、誓おう」
「はいっ!」
 涙を浮かべたまま微笑むユーニスに、誓いのキスを贈る。そこに参列していた弥十郎はこういう手作りのような物もいいなと憧れ、タキシードに着替え直したクライスは祝福するようにライスシャワーを撒いている。
 少し離れた所ではひなが心配そうに黎明ナリュキの様子を見守っているようだが、遠目から見ればいつも通りの2人に戻っていて、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
 そうして、参列している中で驚いた顔をしているのは牙竜だ。なぜだか赫乃に連れられた場所では民族衣装ではなく礼服に着替えさせられ、バレンタインだからカップルが多いのかと思っていたらこうして結婚式もあり、戸惑いを隠せない。
「ここは、結婚式場だったのか……」
 ルクセンブルクの町並みを再現しているこのエリア、庭園も広くて休日には昼寝をしたりペットと遊ぶのに丁度良いのだろうと考えていたが、まさかそんな場所だったなんて。タキシードを着るのはどうかと思っていたが、赫乃の計らいでこの場に溶け込めていたことが十分にわかった。もし、ケンリュウガーの衣装のままだったらと思うとゾッとする。
「綺麗な花嫁じゃ……のう牙竜、お主はドレスと白無垢、どちらが好きかの?」
 今日はドレスだけれど、相手の好みに合わせてみせる。さりげなく好みを聞き出し、そのまま雰囲気を盛り上げていこうと頭の中でシミュレーションを行うが、牙竜は未だ結婚式に驚いて辺りを見回していた。
「お、あっちじゃ立食パーティの準備か。式のあと披露宴まで出来るのか……結構な広さだしなぁ」
「そうか、立食か。あれは堅苦しくもなく……って、そうではなくてな」
「どうした? 赫乃」
(聞いておらんかったのか……雰囲気を出すために結婚式を見ようと思ったが、その結婚式に負けるとは……不覚!)
 しかし、この程度で負けるわけにはいかない。まずは自分に意識を向けてもらい、その上で話しかけようと赫乃は雰囲気を作る作戦から次ぎの作戦へと実行することにした。
「あの……実はな、おぬしに贈り物があってのう」
 手渡された小さな紙袋には可愛らしい包みが入っており、中身を確認するようにその場で開ける牙竜。昨日一生懸命作ったチョコレートは、男性が食べやすいようにビターを選んでみた。ここでは女神のお祭りをやっているようだが、牙竜はチョコレートに込めた想いを知っているだろうか。
「日本のバレンタインでは、女子が慕う男子にチョコを渡すという風習があっての、妾もおぬしへの気持ちを込めて作ってみたんじゃが……」
 感想を聞いて、もし好みの味だったならそこから良い雰囲気へ持って行けないだろうかとドキドキしている赫乃の予想を超えるのが牙竜。早々に箱を開けでチョコレートをバリボリと音を立てて食べ、そのおかげで赫乃の言いたいことは半分ほどしか伝わらなかったようだ。
「チョコを貰える日なんていい日だな。けどこれ、赫乃が作ったのか? ……市販品かと思った」
 綺麗な包みに入っていたチョコレート。わざわざ作ってくれるような理由も思い当たらなくて、市販品だとばかり思っていた。けれど、手作りと言えば話は別なのか食べるスピードを落として1つ1つ形を確認して味わうように食べ始める。がさつな彼でも、市販品なら遠慮無く食べられるが、手作りならば味わって食べなければ失礼だと思ったようだ。
「すまん。お嬢様って、料理とかは作ってもらうと思っていたから……赫乃のチョコレート美味いな」
 言葉が無いのは、自分の思い込みのせいだろう。そう思った牙竜だが、彼女が伝えたかった肝心の部分「慕っている男子に渡す」というところをスルーされたので、全く持って伝わっていないことに脱力していたのだ。
(……ふっ、このような物で妾の気持ち全てが伝わるなどとは思っておらん。チョコを褒めて貰った今ならば、告白の雰囲気へも導けるじゃろう)
「おぬしの口に合ったのなら、妾も嬉しいのう。こう見えても料理は良くするのでな、そのう……忙しい牙竜に代わって妾が台所を守ると言うのも」
「そうだな。これなら、いいお嫁さんになれるよな」
 やっとそれっぽい雰囲気に導けた。今までの苦労を考えると、きっとこの先このような回答を貰うのは難しいだろう。赫乃の気合いも高まり、じっと目で訴えるように熱視線を送る。
(このチャンス、逃せば末代までの恥となろうぞ……いざ、尋常に……勝負っ!!)
「よく聞いてくれなのじゃ、妾は……妾は、お主のことが──」
「今ここに、新たなる夫婦が誕生したことを宣言致します!」
 勇気を振り絞って伝えた好きと言う言葉は、参列者からの祝福の喝采で掻き消されてしまい、牙竜自身も赫乃から目を逸らし遅れて拍手をする。
「模擬だって話だったけど、幸せそうだよな」
 そう隣をもう1度見れば、拍手というにはスローテンポな手の動きをしている赫乃がいて、もしかして具合が悪いのでは無いかと少し屈んで顔色を伺う。
「もしかして具合悪いんじゃねぇか? 具合悪いな遠慮せずに言えよ」
「違うのじゃ、妾は、妾は――!」
 もう1度告白をしようと、先程より大きめの声で言ってみるが、花嫁たちを送り出すような鐘の音に掻き消されてしまい、再び赫乃の告白が届くことは無かった。
「……赫乃、結婚願望でもあるのか?」
 先程からのおかしな行動は、もしかしたら結婚式を見て何か思うことがあったのかもしれない。そう思って声をかければ、チャンスだと言わんばかりに赫乃は頷いた。
「妾がそれほど慕う相手は、おぬししか――」
「急いで結婚する必要はないと思うぜ? 結婚は果物と違って、いくら遅くても季節はずれになることはない」
 アドバイスのつもりで肩の力を抜けと微笑むが、肩どころか全身脱力してしまってどうしようもない。鈍感だとは聞いていたが、自分1人で空まわってしまい牙竜には何も伝わっていなかったのだ。
「まぁ、何を焦っていたのか知らないけど、焦らないで行けば上手くんじゃないか? チョコだって焦って作った訳じゃにだろ?」
(確かにその通りじゃが……これは試練か? 妾の想いが本物であることを証明せよという試練なのか?)
 何度も失敗した作戦に落胆するも、簡単にこの想いを諦められるわけもない。赫乃は「思う男子に一心に添い遂げよ」という母の言葉を思い出し、家訓に従い牙竜を諦めてなるものかと振り向いてくれるまでアタックし続けることを決心するのだった。