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リアクション
第2章 二次選抜試験回答編
例によってモン族の山岳地帯奥地にて訓練している者がいる。第3師団支援航空部隊の一部が訓練中である。先月から第二回選抜を行っているが結果が総全滅状態であるため、再度行われることとなっている。
そんな中、その光景に驚く者がいる。
「す、すごいなあ〜」
鬼院 尋人(きいん・ひろと)は首を思い切り上げ、飛んでいるワイヴァーンに感動している。
「空を飛ぶモノとしては今の所最速ではないか?」
呀 雷號(が・らいごう)も隣で見ていてわずかに驚いたような顔をしている。パラミタ上空ではジェット戦闘機などの高速移動物体が飛ぶことが出来ない、というか近づいたらドラゴンに迎撃される。ミニドラゴンと言うべきワイヴァーンはそう言う意味では数少ない高機動空中兵器といえる。
「ああ〜あんまりうろうろしないでください」
セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が注意する。周辺には訓練のための器具なども置かれており慌ただしい。
「なあ、あれって乗れるのか?」
「難しいよね。基礎訓練に二ヶ月掛けるのが基本」
「……二ヶ月?」
「ええ、教導団第3師団ではみんなそうしてきたし」
簡単には乗れないと言うことだ。ライトにしても皆が苦労して訓練しているのを見ている。すぐに乗りこなせるものではない。現実に試験で苦しんでいる。
「あれがあれば、空族に対抗できる」
「貴方は……外の人かしら?」
「ああ、タシガンから来た。空族相手に有効な手段が欲しい。こっちでワイヴァーンを使っているって聞いてきたんだが」
「なるほどね。でも、どうかしらね?ワイヴァーンは事実上モン族の人たちに借り受けている様なものだし、元々数が少ないのをお願いして使っているんだから。第3師団だって数が足りなくて困っているのに。他に供給するのは難しいよね」
「数がないのか?」
呀は眉を潜めた。
「ええ、だからああやってパイロットの訓練をしているのよ。やる気があるならまず訓練から始める事ね……。どこまで持つかしらあ?」
「訓練……」
まずは二ヶ月搭乗訓練。しかる後に試験を受けなければならない。もっとも、ワイヴァーンは第3師団自身、数をそろえるのに苦労している。他への供給は現状では難しいであろう。
「ああ〜っと、模擬弾運ばないと〜」
慌ててライトは走っていく。すでに実戦投入されているワイヴァーン部隊では素早く装弾して時間短縮を図っていると聞いてライトも負けられないとばかりに急いでいる。
その頃、青黒いオーラを発散させているのがアリシア・ミスティフォッグ(ありしあ・みすてぃふぉっぐ)である。キッと睨んだ先には件の目標、洞窟が口を開けている。親の敵を見るような眼差しはリベンジに燃える心の現れである。
「律、準備は出来た?」
「お言いつけ通り作成しました……」
小鳥遊 律(たかなし・りつ)は爆薬樽の改造を行っている。
「ふふっ……やるわよおおおおっ!」
「それにしても大丈夫でしょうか?」
「やってやるわよ。安定翼つけたんだからまっすぐ飛ぶに決まってるじゃない。これで私がパイロットよぉ〜」
そうミスティフォッグが高笑いすると、向こうでは菅野 葉月(すがの・はづき)がワイヴァーンに乗って飛び立ったところである。ワイヴァーンの脚には安定翼のついた模擬爆薬樽がある。
「……律」
「何でしょうか?」
「ひとお〜つ聞きたいんだけど。あの樽は誰が改造したのかしら?」
「律が改造しました。……皆々様の樽も安定翼をつけてあります」
ミスティフォッグは小鳥遊の首を掴むとぐいぐい締め始めた。
「ライバル増やしてどうすんのよ!、このポンコツ!」
「アリシア様……、勝負は公平に致しませんと……」
上空で飛ぶ菅野は何やらもみ合っている様子を上から見ていた。
「何やっているんだか」
軽く脚でワイヴァーンの脇腹を蹴るとぐんぐん速度を上げていく。パイロット候補の間では概ね樽に安定翼をつけて直進性を増し、飛距離を伸ばそうと考えている。高速で突っ込んだ葉月はまず離脱点を計算する。しかる後にその手前のポイントにて投下する。そうしないとひねりが加わって結局壁にぶつかるからだ。
「方向良し!行きます!」
ぐんぐんと高速で突っ込むと樽を投下!。樽はまっすぐ低軌道を描いて穴に向かって落ちていく。……ぽて。ごろごろごろ。
「……あれ?」
コースは良かったが穴の直前に落ちた。そのままころころ転がったが奥までは行かなかった。
「あううううう……」
黒旗である。安定翼をつけると確かに直進性は増す。しかしながらいわゆる離脱限界点より手前で放り投げるためその分距離が長くなるので相殺されてしまう。結果はとんとんで奥まで届かない。
次に挑戦したのはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)である。ポーターの場合、やはり同様な改造を施しているが投擲位置、というか菅野の動きを見て高度を少し高めにしている。
「えいっ……ですぅ〜」
ポーターも概ね菅野と同じである。やや上気味で投擲したため、穴の縁にぶつかりかけたがそのまま斜め下へ突っ込んだ。菅野より少し転がる距離が伸びたがそこで止まった。
それを見て口元を半月にして笑みを浮かべたのはミスティフォッグである。
「よーし、よし。よくやったわ律。みんな樽に安定翼つけているわね。私のは形が違うしぃ〜」
「律はそのような事は考えてはいないのですが」
小鳥遊は主よりよほど素直なようだ。頭を抱えるようにしてポーターも戻ってきた。
「本当に難しいのですね」
フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は首をかしげている。アヴェーヌはミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)と一緒に待機しているワイヴァーンの所にいる。ごそごそやっているのをコーミアが気にしている。
「何取り付けてるの?」
「サイレン」
「?」
「ポーター様がワイヴァーンにサイレンを取り付けて見ようとしていますので」
第二次大戦時の急降下爆撃機で有名なドイツ空軍の『スツゥーカ』はサイレンを取り付けてあった。爆撃時にこれを鳴らして急降下している。元々は急降下時の風切り音がサイレンの様に聞こえた事によるのだが威嚇効果があるとして、急降下時の風圧に拠って鳴るような仕組みのサイレンが取り付けられた。連合軍兵士はこのサイレンを『ジェリコの喇叭』と呼んで恐れていた。もっとも、1941年以降は夜間に飛んでいるのがばれるなど飛行時の隠密性に問題があるとして取り外されている。
まあ、アヴェーヌとしては試しに実験と言うことだ。もちろん、ワイヴァーンの翼には取り付けられないので電池式のを胴体に取り付けて見ようとしている。
「大丈夫?ワイヴァーンが驚いて暴れたりしたら」
「鳴らします」
途端にものすごい音がとどろいた。びっくりしたワイヴァーンはばたばたと走り出す。
「ひあああああ!やっぱりいぃぃぃぃ」
「はううううう!」
二人は走り出したワイヴァーンに引きずられた。
「止めて止めて止めて」
「はいはいはいはい」
ぽちっとスイッチを止める。ワイヴァーンはまだ興奮して走り回っているが、二人は何とか難を逃れた。
ひっくり返ったままコーミアは言った。
「……あのさ。鳴らすのは飛んでる時にしようよ……」
「……そうでございますわね……」
そしていよいよミスティフォッグが宙に舞った。爆薬樽の改造は安定翼だけではない。全体の形状をラグビーボール状にしている。
「これなら空気抵抗も少ないんだから!いくわよおおおおっ!」
ミスティフォッグは吠えるように叫ぶと一気に急降下して速度を上げると洞窟めがけて突き進む。離脱限界点の十数メートル手前で投下した。そのまままっすぐ洞窟内に突き進んでいく。洞窟のやや内側に突き刺さると跳ねた。今までで一番奥まで行ったったが、落ちた際に逆にラグビーボール形状が災いして洞窟内で横に跳ねて目標まで届かなかった。
黒旗!
「がーん!」
ミスティフォッグは頬を両手で押さえた。その様子を下から見ていた菅野とポーターはさすがに落胆している。
「やはり無理なのでしょうか?」
試験監督をしていた角田 明弘(かどた・あきひろ)少佐は腕を組んだまま様子を見ている。
「ん〜。今からもう一つやってみる」
角田が合図すると、向こうから樽を引っ張ったワイヴァーンが飛んでくる。モモンガパイロットの乗ったワイヴァーンである。
「え?」
「あれ?」
ポーターと菅野はその様子に驚いた。樽にロープが取り付けられていて、それをワイヴァーンが引っ張っている。但し、二機で。
「二機で引っ張っているんですか?」
思わずポーターは叫んだ。一つの樽を二機のワイヴァーンがロープで引っ張っている。ロープがVの字をなす格好で引っ張っているがスピードが速い。それはそうだ、一つの樽を二機で引っ張っている。重さは半分だ。
「今回の試験に際して言ったはずだ。『航空部隊がいかにしてこの課題をクリアするか研究せよ。』が内容だ。『航空部隊』がいかにして任務を果たすか?一機でやれとは言っていないぞ」
高速で飛ぶワイヴァーンはそのまま離脱限界点に近づく。樽が洞窟に向けた射線上に乗るようにした後、二機のワイヴァーンは左右に分かれる。ロープがピンと張る少し前に同時にロープを放す。他のパイロットよりも樽は高速で飛んでいる。しかも、ロープが放された際、樽は事実上離脱限界点のラインを越えている。一機でやれば右に曲がろうが左に曲がろうが横の力が加わるが、二機だと左右同時なので相殺されて樽はまっすぐ飛ぶ。高速でまっすぐとんだ樽がそのまま内部に突っ込んだ。
命中の赤旗が揚がった。何しろ、投弾場所が他のパイロットより十数メートル以上洞窟に近い。
菅野もびっくりしている。一機でやれば急降下、急上昇でも宙返りでも上手く放り込むことは困難だ。投弾のタイミングがどうしても離脱動作開始後になるからだ。しかし二機ならばワイヴァーン単体の動きはまっすぐ高速で飛んで一回横に曲がるだけである。
「前にも言ったが、味方の攻撃機をほったらかして敵機撃墜ばかりを考えるような戦闘機パイロットはいらない。通常、航空機が単独で戦闘することはない。戦闘機でも二機でペアになるのが基本だ。JG301が必要としているのは曲芸飛行が上手い操縦士ではない。任務を着実に果たせるパイロットだ」
ワイヴァーンは数が少ないからこそ、一機の損失が馬鹿にならない。連携を考え、それを実行できる者でないと乗せることが出来ない。そう言うことを考えているかどうか、実行に移せるかどうかである。何しろ肉薄して攻撃するのだ。そうでないと死にに行く様なものである。
パイロット候補達は皆がっくり来ている。
「少し、頭を冷やした方がいいようだな。若干、間を置いてから第三次選抜を行う。それまでは訓練と試作実験を続けてもらうしかないな」
「試作実験?」
菅野が聞き返した。
「ワイヴァーン用の戦闘機装備の試作品が来る。空戦で使えるかどうかテストする。訓練しながら次の課題に向けて心構えを養うことだ」
そう角田は締めくくった。ワイヴァーンに機銃を取り付けるらしい。但し、ただ搭載するだけではワイヴァーンがびっくりして暴れ出してしまう。そのため若干の工夫がなされているようだ。