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嘆きの邂逅~闇組織編~(第3回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第3回/全6回)
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リアクション

 噂によると、ここの池の水を飲み、水浴びをして体を清めた者は過去の記憶を僅かに思い出すそうだ。
 過去を見るリーアの能力が流出したのか、5000年以上もこの水を飲み続けたことで、リーアに過去を見る能力が備わったのかは不明だ。
 準備そこそこに、さっそく池に近づく百合園生達がいる。
「イリィさんのことは気がかりですが、目の前の面白――こほん、興味深いことは二度とこないかもしれないのです。さあ、飲みなさい。清めなさい。そして思い出して、私に教えなさい」
 パートナーのエルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)の腕をぐいぐい引っ張って、池のほとりまで連れてきたのは、高務 野々(たかつかさ・のの)だ。
 野々はにこにこ笑みを浮かべながら、池をびしっと指差す。
「……あたしは今日この日ほど、野々を理不尽だと思ったことはない」
「なんですって?」
 ため息交じりのエルシアの言葉に、野々は腰に手を当てて、彼女を覗き込む。
「とまでは言わないけど」
 エルシアは再び大きなため息をつく。
「だってあたしは、長い間実体のない、霊体の状態で地球にいて……気づいた時から何十年も誰にも触れず、誰にも見えず、誰にも聞こえず……そんな日々を過ごしてきたのですから」
「ええ、あなたが私に契約するまでの、すごいつまらない話はもう知ってる。私は、あなたが何者だったのかとか、あなたが生きていた頃のことを知りたいの!」
 野々の苛立ちの篭った言葉に、エルシアは弱い笑みを見せる。
「それ以前のこと、となるとあたしも覚えていない。でも、キミに出会ってからの今の方がよほど大事――」
「だから、そんな恥ずかしい事言ってないで! さっさっと、落ちてきなさい!」
「って野々!?」
 バシャン
 抵抗する間もなく、エルシアは野々に思い切り池に突き落とされる。
「冷たっ、げほっげほっ」
 エルシアは直ぐに立ち上がって、咳き込む。髪までびっしょり濡れてしまった。
「野々……!」
 恨みがましくパートナーの名を呼びながら、池から上がって太陽の光を浴びる。
「まぶ、しい……」
 光が、頭の中でも弾けた。
「あ……っ。……私は。そうだ。私は――!」
 頭の中に、霧のかかった映像が浮かんでいく。
 優しい手が近づいて、頭に触れた。
 暖かな微笑みを浮かべている高貴な人は――遠い過去の私の大切な人。
 この人の守護天使として、私は勉学にも励んでいた。
「ごめん、なさい……」
 エルシアの目から涙が落ちた。
 戦争で先に死んでしまった自分は、その人の最後を知らなかった。
 野々はそんなエルシアの姿を見て、やりすぎたかなと反省をしたが言葉には出さず、彼女がぽつりと語りだした過去の僅かな思い出を黙って聞いていた。
「そう、じゃあ皆のところに戻りましょうか」
 聞き終えた後、いつもの調子で野々は言う。
「野々、気にならないのですか? あたしにあなた以外の大切な人がいたかもしれないのに」
「え? 気にしないですよ。だって――」
 また、腕を引いて歩きながら。
 いつもの調子で、でも、少し僅かな笑みを浮かべながら、野々は言った。
「今の方が、大事なんでしょ?」
 エルシアは、こくりとただ、首を縦に振った。そして、冷たい身体を温めたかったからか、野々の腕にぎゅっと抱きついた。

 どんな過去だか、自分でもよく分からないから。
 パートナー以外には知られたくないと、冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は、リーアに見てもらうことは望まず、池に行くことを望んだ。
 勿論、パートナーの如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)も一緒に。
 池のほとりで、千百合は服を脱ぐ。下には水着を着てきている。
「まだ水冷たいよね」
「……風邪、引かないようにしてください……」
 日奈々は心配気な顔でバスタオルを抱きしめている。
「ん、大丈夫。あたしはね、昔、何があったのかは全然、覚えていないけど、何かを忘れているってことだけははっきりとわかるんだ」
 言って、千百合は来ていた制服を日奈々に預けていく。
「だからそれをはっきりとさせたいんだ」
 こくりと頷いて、日奈々は千百合が池に入る前に、こう言った。
「私は……千百合ちゃんの過去に……何が、あっても……受け入れるですぅ……」
「ありがとう。待っててね」
 千百合は微笑んで日奈々に服を全部預けると、水着姿で池に入っていく。
 水はとても冷たかった。
 両手で掬って飲んでみる。
 それから、自分の身体にぱしゃぱしゃと水をかけていく。
「冷たい……っ。あ……」
 軽く震えた千百合の脳裏に、淡い映像が浮かんだ。
 水を掬って、頭からかけてみる。
 その映像はさっきより長い間、千百合の脳裏に浮かんでいた。
 ――それから、数秒後、千百合は日奈々の元に戻った。
 日奈々は目が見えないけれど、感覚で千百合が近づいてきたことは分かって。
 だけれど、何も言わない彼女の様子に――あまりいい過去ではなかったのかと思い。
 何も言わずにバスタオルを差し出した。
(……どんな、過去があったのか……すごく、気になるけど……千百合ちゃんが……自分で、話そうとするか……話しだそうと、するまで……私は……何も、聞かない)
 大切な人を傷つけたくないから。
「身体、拭いて下さい」
 とだけ、日奈々は口にした。
「ありがとう」
 そう、千百合はお礼を言って、バスタオルで髪と身体を拭いて。
「よし、休憩所行こう!」
 いつも通りの元気な声を発した。
「あ……っ」
 強い力で引っ張られて、日奈々は小さく声を上げる。
「今のあたしの気持ちは、何も変わらないからね」
 そう千百合が声のトーンを落として言った。
 日奈々は頷いて、微笑みを見せる。
「千百合ちゃんが……話したく、ないなら……話さなくても、いいんですぅ……でも……話したくなったら…いつでも、言ってくださいね……私に……できることなら……何でも、しますから……」
「うん! ありがとっ」
 突如、千百合は日奈々をぐいっと引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。
 いつもとはちょっと違って。日奈々に甘えるような抱きしめ方だった。

「サリスちゃん、きれいないずみですね、水もきもちいいです♪」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、裸足になって、池の中に足を入れていた。
 浅い場所を歩き回って、水を両手で掬ってふわっと投げてみる。
「うわーっ」
 光をきらきら反射して、水が落ちていく様子に、サリス・ペラレア(さりす・ぺられあ)が歓声を上げた。
「おねぇちゃん、冷たくなあい?」
「慣れましたです」
 サリスの問いに、ヴァーナーは微笑んで答える。
「きれいでふしぎな感じの池だね♪」
 サリスはアゲハ蝶のような羽をパタパタ羽ばたかせて、水の上を踊るように、くるくる回っていく。
「いっしょにあそんでいい?」
 2人に近づいてきたのは、鈴子のパートナーとなったライナ・クラッキル(らいな・くらっきる)だ。
「うん、遊ぼ!」
「楽しいですけど、でも、深いところはダメです♪」
 ヴァーナーは手を差し出して、ライナを迎え入れる。
「あたしは、右手〜。ふんふんふ〜ん♪」
「じゃ、私はこっち、ラララララ〜♪」
 サリスがヴァーナーの右手を、ライナが左手を握り締めて、3人でダンスを踊るように池の中と上で舞う。

「花の中で舞うお姉さま達……天女みたい」
 姫野 香苗(ひめの・かなえ)はぽおっとしながら、花畑の中を歩いていた。
 フリルが沢山あしらわれた白いワンピースの水着姿で、ちょっと危ない娘を醸し出しているつもりだ。
 ……周りから見たら、かなり危ない娘なのだが、香苗にそこまでの自覚はない。
 太陽の光が降り注いでいるとはいえ、まだ4月。水着姿でうろうろするには早すぎる。香苗の狙いは見え見えだった。
 校長が危険なことが起きるかもしれない、と言っていたことなんて、耳には入っていない。
 香苗をよく知らない他校生から、注意を呼びかけられたが、それも頭に残ってはいない。
 香苗の頭の中にあるのは、蝶のような花のような、天女や女神ともいえるほど美しい女の子、お姉さま達だけだ!
「でもなぜ、何故香苗を見てはくれないのっ」
 皆パートナーと遊んだり、過去を見ることに夢中で誰一人香苗に声をかけてくれないのだ。
「可愛い乙女な一面を見せれば愛情を受け止めてくれるはず」
 香苗は周囲を見回して、大人の魅力溢れるジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)達に目を留めたのだった。

「うふふふ、こちらですわよ」
「いくじゃん!」
 ジュリエットが素足で池のほとりを走り、アンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)が追いかけている。
「えいっ、きゃはは!」
 アンドレは水をかいて、ジュリエットそれから辺にいる岸辺 湖畔(きしべ・こはん)に水をかける。
「冷たいですわ。もうっ」
 ジュリエットもばしゃばしゃと水をアンドレにかけていき、素足で池の中に入っていく。
「ジュリエットお姉さま、香苗も混ぜて」
 そこに香苗も混ざって、3人は水を掛け合って笑いあう。
「妖精さん達も遊びましょう?」
 ジュリエットは、サリスとライナの方にも水を飛ばす。
「きゃっ」
「つめたーい。うふふっ」
「いっしょに、お礼しましょう」
 ヴァーナーが2人の手を放して、2人の妖精と一緒にジュリエットの方に、水をぱあっと振りまいた。
「まあ、綺麗」
 きらきらと落ちる水に、微笑みを浮かべてジュリエットは水を浴びる。
「綺麗なのは、お姉さま自身なの……きゃっ」
 香苗は池の中で転んで、水も滴るいい女になってみる。
「いきますよ」
「お姉さ……あうっううっ冷たーい」
 手を差し伸べられて、暖かな胸に抱きしめられるシチュエーションを期待してみたが、残念無念。更に水を浴びせられる。
「お姉さま〜っ。えいえいっ!」
 でも、そんなお姉さまとの戯れあいも楽しくて、香苗も夢中になって水をかけ返していく。
「どんどん浴びるじゃん!」
 アンドレが大きく水をかいて、皆に思い切り水をかける。
「や、やめ……やりすぎですわ」
 言いながらやり返すジュリエットは満面の笑みを浮かべていた。
 いつの間にか、ちぎのたくらみを使っていて。
 ジュリエットは10歳前後の子供の姿になっていた。
「お姉様ったら……」
 あどけない、とても可愛らしい輝く笑顔に、ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)の顔にも微笑みが浮かんでいく。
「本当にきまぐれなんですから……着替えを用意してきて本当に良かったですわ」
「ラズィーヤ様も一緒に来れたらよかったのにねぇ」
 着替えやタオルを持って、皆を見守っているジュスティーヌに、地祇の湖畔が近づいた。
「とてもお忙しいようですから。戻りましたら、今日のことを報告に伺いましょう」
「追い返されそうな気もするけどね。子供の頃は可愛かったのに。お高く育っちゃったよなぁ」
 湖畔はヴァイシャリー湖畔の逢引スポットの地祇だ。幼かったラズィーヤの無邪気な姿も目にしたことがあった。
「そんなことありませんわ。ラズィーヤ様も、本当は皆と一緒に来たかったはずですから」
 ジュスティーヌはそう微笑んだ後、子供の姿に戻り、子供達と一緒に子供の笑顔で遊んでいるジュリエットの姿に、目を細めるのだった。
「あんな無邪気なお姉様を見るのは久しぶりですわね。それだけでも来た甲斐があったというものですわ」
「そうだね」
 と、湖畔も微笑むのだった。