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リアクション
☆2・開始準備☆
競技が始まる前に実況席の紹介をしよう。
水球競技の実況はプール内と実況席の2ヶ所で行われる。
過酷と思われるプール内実況を担当するのは、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい) だ。本来は西チームだが、このゲームでは中立の立場で実況係を引き受けてくれた。
まだ、人のいないプールに右手に竹槍、左手にジェイダス人形、頭には防水加工したマイク付ヘッドホンをつけた翡翠が、出入り用にスロープのついた緩やかな場所に立っている。
スタンドの実況席には、キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)が、西シャンバラチーム・水球チームリーダーティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)、東シャンバラチーム・水球チームリーダー、イルミンスール生フィリップ・ベレッタと共に座っている。
公式マスコットと自ら宣言しているキャンディスだ。その多少くたびれた外見からは想像できないが、きっと、多分、競技知識も選手名も暗記してきているに違いない。
シルクハットを被り、晴れの舞台で正装してきたキャンディスは、コホンコホンと軽くマイクに咳払いをすると、両リーダーに意気込みを聞いた。
「正々堂々と、戦いますかァー?」
意気込みというか、なんというか、確認である。
「もちろんデース」
ティファニーは無邪気に答える。ざっと選手団を見回してみると、圧倒的にティファニーの西チームが多い。チーム戦で選手交代は自由なのだから、数に勝る西チームが負けるはずがない。それに、団長が助っ人として参加してくれている。
「ふつー戦えば、勝てマース!」
「数で勝負が来まるわけではない。勝負は知力で決まるよ」
フィリップは、控えめな態度のわりに自信たっぷりなようだ。
二人は立ち上がってにこやかに笑顔をかわすと、それぞれにチームに戻っていった。
その姿を合図に、プール入り口に待機していた翡翠が、自ら用意した大型ジェイダス人形に飛び乗ってプールの中に飛び込む。
一瞬!
ジェイダス人形が波に飲み込まれた。すごいスピードでプール内を流されていく。翡翠は必死にジェイダス人形に詩がしがみついている。水流が上昇しだし、スピードが少し緩まった。
「お待たせしました。実況の浅葱翡翠です。試合に先駆けてプール内の様子をお知らせーーーーー!きゃーーーーーーーーーーーーーー!」
そのまま、ウォータースライダー内に姿を消した。
「ゴーーーーー!ゴボッ!ドン!!」
様々な音が実況マイクを通して、会場内に響く。
ようやく、翡翠がゴール前に出てきた。
ずぶぬれである。
「お分かりいただけたかと思います。とにかく、皆さん、怪我のないように正々堂々戦いましょう」
翡翠は、手にした竹で、なんとか大型ジェイダス人形を流れのよどみに寄せる。
「あとわずかで試合開始です」
それぞれのチームは円陣を組み、先発メンバーを送り出す。
☆【西シャンバラチーム】先発メンバー
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)
クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)
エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)
マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)
ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)
☆【東シャンバラチーム】先発メンバー
カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)
ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)
牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)
ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)
クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと) キーパー
そして、山葉涼司(やまは・りょうじ)。
「グオォーーーーーーーーーーー!」
涼司が東チームとして登場し、観客席からは悲鳴とも歓声ともつかない地鳴りのような声が聞こえる。
「おうっ!山葉のぉっ!」
選手席で大声を張り上げているのは、一見品のよい学生だ。白一色のスーツにワインレッドのネクタイを締めて中折れ帽を被っている。帽子を目深に被り、更に濡れタオルでおでこから鼻にかけて覆っているので、誰なのかは良く分からない。声の感じから察すると、もしかしたら、支倉 遥(はせくら・はるか) かもしれない。
「おのれ、渡世で義理を欠いたらどうなるかわかっとるんじゃろぅのぅ!あぁんっ!?」
水の中に入った涼司が観客席をみやる。
「助っ人に呼ばれたから来たんだ!なんだ、お前、うるせーぞ」
「西の助っ人じゃなかったのかょ」
遥らしき人物が叫んでいる。
ピンポーン!
急にアナウンスが始まった。
「今回の水球試合には、東チームから、「山葉涼司氏を助っ人に呼ぶ」 「ミツエ氏をチアガールとして呼ぶ」の要請が、西チームから、「山葉涼司氏を助っ人に呼ぶ」「金鋭峰を助っ人とに呼ぶ」との要請がありました。厳密なる抽選の結果、双方に呼ばれた山葉涼司氏は東チームに、西チームには変わりに山葉聡氏が助っ人として参加します。ご理解のほど宜しくお願いします」
アナウンスしているのは、ろくりんピック組織委員会メンバーらしい。
「わかったか!」
涼司は、だれだか分からない体中を衣類で覆った人物に毒づいた。
☆3・試合開始☆
西チームは、一列に整列して、団長・金鋭峰に敬礼してプールの中に入っていく。全員おそろいの水着である。全員、教導団だから当然だ。
いや一名、違うものもいる。山葉聡
「なんで、俺、このグループなんだよ」
「助っ人だからデース」
チーム編成は、ティファニーが行っている。
「それに、山葉涼司が出るのヨ」
ティファニーは、大きな目をもっと大きく見開いてウィンクを投げかける。
「従兄弟の決闘!みんなエンジョイネ!!」
激しい流れにも関わらず、皆は円陣を組んで鼓舞した。流されないよう聡は中心にいる。
レーメック・ジーベックが声をあげる。
「金団長の目の前で、恥ずかしい戦いぶりは見せられないな。全力で戦おう!」
選手皆が呼応する。
「私も共に戦う!」
ザッ、ザッと水の中に入ってきたのは、その団長だ。
最後尾にいた7人目の選手がいつのまにか水の外、ベンチに戻っている。
「団長、まずは私たちで」
「まずは我々の戦いぶりを」
教導団選手は恐縮している。しかし。
「遠慮するな。観客席が疲れるのだ」
金団長はミツエを見やって、それだけつぶやくと、見事な泳ぎで水の中へと消えてゆく。
仁王立ちするミツエ。視線で皆を倒すかのように、にらみ続けている。
教導団メンバーは、その視線を受け、全てを悟った。それぞれに、事前の作戦で決めた、自らの場所へ向かって泳ぎ進んだ。
「団長、誰が指揮官デースか?」
残されたティファニーが叫んでる。
水中のクレーメックは拳銃型の光条兵器を手にしている。パートナーの麻生優子のものだ。数あるろくりんピック競技のなかで、水球だけが相手への攻撃が許されている。
銃を手に、クレーメックは流れに身を任せた。水面より顔を出し、銃を構えて相手チームを待つ。
「何あれ?やりすぎだよ」
「弾がぶつかったら、あぶないです」
応援席の葵とヴァーナーは水面の光を受けてキラキラ光る銃身を見ている。
「大丈夫よ」
ミツエが水の中に消えていく、東チームを見ながら、不敵に笑う。
「銃ごときで我がチームは負けないわ」
武装しているのは、西チームだけではないのだ。
さて、東チームもプール内でなんとか円陣を組んでいる。
「頑張ろ〜」と大きな声をあげるのは、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ) だ。
「おー!」
呼応する声を残したまま、皆、あっという間に流された。
流れが速いので、ボールが地上にあるこの時間帯、敵味方共にただ、プールで遊んでいるようにも見える。
にこりともしない金団長だが、西応援席前を通り過ぎるときには多大な拍手が沸き起こる。
反対に山葉涼司が流れてくると、「メガネ、氏ね!」と過激な言葉が振ってくる。
逆に東応援席では、金団長は手前より潜水して顔を出さない。山葉は必死にアピール、水面から顔を出す。
カレンは、キャッキャと嬌声を上げながら流れに身を任せていた。
「面白すぎるよ!」
水は下からも吹き上げているようで、沈む心配がない、というより沈むほうが難しい。
キャンディスが実況席からよたよたのろのろ出てきた。
「では、いよいよスタートデース!ボールを投げ込みマース」
キャンディスが思いっきり公式ボールを空高く投げた。
「ばーーーーーー!ン!」
いよいよ試合が始まった。
最初にボールが落ちたのは、カレンの前だった。気合を入れるためにポンと両頬を叩いた、その手に幅にボールが嵌った。
「よーし!」
そのままボールを持って、スライダー内に突入する。
まだ、序盤である。誰も仕掛けてこない。
カレンはボールを持ったまま、スライダーから出た。
「危ない、カレン!!右に回るのじゃ」
ゴール前で大声を張り上げたのは、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)だ。
「ゴールを狙え!カレン、投げるのじゃ!」
カレンにその声が伝わったのか。
シュートを打つカレン、カレンの投げたボールは、川原で投げた石が水面を転々と跳ねる様に、飛び跳ねながら、しかもくねくねとカーブをつけて、ゴールに向かって飛んでいく。
「名付けて「水走りシュート」!」
言い終わらぬうちに、カレンは自分が、クレーメックによって狙撃の的となっていることに気がついた。
「潜るのじゃ!」
ジュレールが叫ぶ。
「もどかしいのぉ、我は、決して泳げぬ訳ではないぞ。ただ、全身水に浸かってしまうと、後でメンテナンスが大変なのだ…しかし!」
カレンを助けに水の中に飛び込もうとするジュレールを、フィリップ・ベレッタが止めた。
「大丈夫ですよ、ほら!」
クレーメックの姿は消えている。ボールを追って流れていったのだ。
カレンが打ったシュートの行方。
マーゼン・クロッシュナーが、ゴール手前でしかとボールを受け止めていた。
オートガード、ディフェンスシフトを使用して、味方全員の防御力を上昇させるマーゼンは、自分にはエンデュアを使用して守りを固めたている。
キーパーは金団長である。
「シャンバラ教導団員の名に賭けて、ここは通さん!」
マーゼンはボールをクレア・シュミットへとパスする。
「団長、退屈させるかもしれませんぞ」
マーゼンは、団長をボールに触れさせずに、このピリオドを終了させようと意気込んでいる。
「構わん」
金団長は、鋭い目でボールの行方を追っている。
カレンはその間も、流されていた。
「キャー!」
流されていく途中で見るのは、教導団の水着ばかりだ。
たった一回、ゴールを狙っただけで、カレンは自分の力が弱まっていることに驚いていた。
「休み休み戦ったほうがいいかもね」
心配そうに追いかけてくるジュレールに、カレンは手を振った。
ボールは、クレアの手にあった。
「流れが速いから、前にパスをするとゴール前を通りすぎてしまうだろう」
事前にクレアは、水流の強さなどを下調べしていた。チームメンバーには既にそのデーターが渡っている。
クレアはパートナーのエイミー・サンダースと共に短いパスを繰り返しながら、ゴールに向かう。
東側ゴールを守っているのは、クライス・クリンプトだ。声援でボールが自分に近づいていることが分かる。
ゴール前いる佐々木 弥十郎に目配せするクライス。
スライダー入り口でのボールを巡っての攻防が起こっている。その戦いを弥十郎は、観客席にいる兄、佐々木 八雲(ささき・やくも)からの精神感応で受け取っている。
このゲームに弥十郎が参加を決めたのは、兄のためでもある。兄、八雲は無類のスポーツ好きだが、今は病気療養中のため競技に参加することは出来ない。
「兄さん、【精神感応】でのやり取りを早くしたら、僕を通して兄さんも試合に参加できるかなぁ」
弥十郎の一言が八雲の心を動かした。
二人は今日までトレーニングを行い、スキルを使いこなせるよう努力してきた。
今、コール全体を見渡せる観客席にいるのは、八雲と付き添いの仁科 響(にしな・ひびき)だ。二人はボールの行方を追っている。
「ねぇ。精神感応ってさ、やり取りに慣れていくと自分が見た情報をそのまま、相手に送ることもできるのかな。」
響の問いは、八雲も疑問と思っていることだ。
今は、まだ二人はそこまでのスキルは持っていない。
八雲は心で呼びかける。
「弥十郎、右からだ、右から降りてくる。」
「了解」
「カットしたらすぐオフェンスの可愛い子へ」
「に、兄さん...可愛い子って…」
「ゴール前にいるのは…」
「何、独り言をいっているのだ」
答えたのは、ドラゴニュートブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だ。
「違うよ、もうすぐボールと共に落ちてくる子だ、落ちた。でも違う子だ」
八雲が弥十郎に告げる。
スライダーからボールより先に、実況役の浅葱 翡翠が落ちてきた。
「ゴール前に来ました。なんだか、大変なことになっています。先取点を取るのはどちらでしょう」
翡翠はずぶぬれになりながらも実況を続けている。
ゴール前には、西メンバーもいる。ゴットリープ・フリンガーだ。水音も立てずに入り込んできた。
パートナーからサーベル形の光条兵器を借り受けている。
ボールの行方次第では、いつでも使用できるよう、準備している。
ボールは、ウオータースライダー出口から、クレーメックと共に降りてきた。クレーメックはあちこちに刀傷が出来ている。
「ゴットリープ、頼む!」
傷だらけのクレーメックは、残った余力を全て使い必殺攻撃を撃つ。彼の攻撃は、『メイルシュトローム』。一定時間、敵チーム全員が渦巻きに呑み込まれて移動不能になる。
その隙に、ゴットリープは、東チームのゴールキーパーと対峙する。一対一の勝負だ。
クレーメックは、ウオータースライダー内で何者かに刃を向けられた。相手に向けて光条兵器を使用すれば、スライダーを破壊しかねない。
クレーメックは刃を銃で受け、なんとか出口まで辿り付いた。しかし、もう余力はない。
「ゴールを見ることができないのは、残念だぜ、ゴットリープ!」
それだけ言うと、クレーメックは流れていった。ベンチにはクリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)がいる。
「頼むぞ!」
クリストバルは、控えめに頷く。
「他にも傷を負った選手がいるかもしれませんわ。プールを泳いで、回復呪文で、傷付いた味方選手を治療してきます」
クリストバルは、水中に入り周囲を警戒しつつ、流れてゆく。
光条兵器を収めた麻生 優子(あそう・ゆうこ)と桐島 麗子(きりしま・れいこ)は、力尽き傷ついたクレーメックの身体をプールから抱え、寝かせ、ヒールで回復させる。二人のSPをクレーメックに与えることで、クレーメックの身体は急速に回復してゆく。
「団長を守らねば!」
クレーメックは、ムクッと起き上がると、西チームのゴールを見つめた。クリストバルが皆の怪我を治し、再び、この場所に戻ってくるまではまだ間がある。
「それまで休息をとって」
優子はクレーメックの身体を気遣うが、既にクレーメックの心は、プール内に潜み、自らに刃を向けたものに向かっていた。
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