校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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パフェのある風景 日本に帰っても、実家のある新潟まで足を延ばしたことはなかった。 今日しばらくぶりに実家の延々と続く白壁まで来て、白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は足を止める。そこから先に進んで、実家に帰省する気にはなれない。でも、そこに家があることを確認したくて、珂慧はここまで来たのだった。 白壁の中にあるのは、大きな古い日本家屋。いかにも由緒ありげな佇まいだったけれど、具体的にどんな家系なのか、珂慧はよく知らなかった。家にいた頃は奥の座敷でひたすら絵を描いていただけだったから。 親戚や屋敷で働く人も多くいたけれど、身近な人、として思い浮かべられる人はあまりいない。 ……母もここにいるはずだけど。 よそよそしく見える白壁を、そんなことを思いながら眺めていると。 「珂慧ッ!」 強く名前を呼ばれ、珂慧は物思いから覚める。 こんな風に自分に接する人は限られている。嫌な予感しかしないけれど、珂慧は背後を振り返った。 「……叔父さん」 ああ、やっぱり。 よく日に焼けたがっしりとした身体、焦げ茶の目、黒髪と珂慧とはまったく似たところのない叔父、白菊 佳孝が目を見開いてこっちを見つめていた。買い物帰りだろうか。膨らんだ袋を両手に抱えている。 目の前に珂慧がいるのを夢ではないかと疑うように、何度もまばたきした後、佳孝はくしゃくしゃと顔を歪めた。 「慧ちゃーんっ!」 笑顔で突進してくる叔父に、珂慧はいつも通り……にしようとして、思い留まった。コントラクターとなった珂慧が一般人を殴ったりしたら大変なことなる。 だからとりあえず……感動の再会を夢見て最後の3歩を駆け抜けた叔父と、 ――身体が触れ合う直前に、横に避けた。 捨て身で飛んできた叔父は、そのままの勢いで熱い抱擁を果たした。白壁相手に。 ぐしゃっ……と嫌な音がする。買い物袋の中の玉子はどうやら軒並みいってしまったらしい。 さすがにダメージが大きかったのか、佳孝はしばらくうーと唸っていた。 けれど、立ち直ってくるりとこちらを振り向いた顔は笑っている。 そんな変わらない姿に、珂慧はどこか安心した。 もしかしたら……ここに来たのは変わらないものを見たかったから、なのかも知れない。日々移り変わる激動のパラミタを離れて。 「慧ちゃん、しばらく見ないうちに大きくなったね」 佳孝はしみじみと珂慧を眺めた。と、そこだけを取り出せば感動のシーンのようだけど、鼻の頭を赤く擦りむいた佳孝が相手ではしまらない。 「さ、こんな処に突っ立ってないで入って入って。慧ちゃんが帰ってきたって知ったらみんな喜ぶよ」 てっきり、珂慧が実家に帰ってきたと思ったのだろう。佳孝は家に入るように促したけれど、珂慧は首を振る。 「ううん。すぐに東京に戻るつもりだから」 家だけ見たら戻るつもりだったから、荷物も持ってきていない。 「そっかぁ……」 佳孝ははたから見てもそれと分かるほどがっくりと肩を落とした。 それにほだされて、というのとはちょっと違うけれど、珂慧はふとこの叔父にスケッチブックを見せてみたくなった。 「良かったら、近くの喫茶店に行かない?」 そう誘うと、佳孝は驚いた顔になり……そしてまた満面の笑みを浮かべた。さっきよりも穏やかな笑みを。 チリンと鳴るドアを開けて入った喫茶店も、以前と何も変わりなかった。 涼しい店内にほっとしながら腰を下ろし注文を……、 「アイスコー……」 「チョコパフェ、2つね」 ……する暇もなく、勝手にチョコレートパフェを注文されてしまった。 まあいいけど。 この叔父に文句を言ってもむなしいだけだろうと、珂慧はスケッチブックを開いて見せた。 パラミタのあちこちで描いた絵。佳孝のことだから質問攻めにしてくるかと思っていたのだけれど全く何も聞いてこない。だから珂慧の方から少し場所や、状況の説明をしたりしてみる。 いつも暑苦しく騒々しいと思っていた叔父なのに、今は終始穏やかな笑顔でスケッチブックをめくっている。 「叔父さんがそんなに静かだと、ちょっと気持ち悪い」 「こら、なんて言い草だ」 正直に言った珂慧を、叔父は笑いながら軽く小突いてくる。 でも、珂慧はやり返さない。 (ほら、コントラクター、だから) そんな言い訳を心の中で呟いたりして――。