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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

リアクション

「随分あわただしいんだなぁ」
 興味深そうにあたりを見回しながら、舞台裏に顔をのぞかせたのは、瀬島 壮太だ。彼の後ろでは、四条 輪廻が、いつの間に用意したのか薔薇の花束を手にしている。彼らは、最初は天音に学園祭の案内をしてもらっていたのだが、天音は刀真に取り次ぎを頼まれたため、二人きりで行動していた。今は、天音に頼まれたクナイ・アヤシ(くない・あやし)が、こうして舞台裏に案内してきたところだ。
「あ、こんにちはぁ」
 同じく二人のことを天音から頼まれていた清泉 北都(いずみ・ほくと)が、にこやかに二人を出迎える。北都は、ロミオの従僕であるバルサザー役で、すでに衣装を身につけてスタンバイ中だった。
「イルミンスールの四条というものだ、いや一度楽屋というものを覗いてみたくて来たのだが、あぁその花は差し入れだ。ルドルフに渡そうと思ったのだが、彼はどこに?」
 輪廻に問われ、北都はいつもののんびりとした口調で「実は、ロミオ役は違うんだよ」と答えた。
「そうなのか?」
「うん。見に来た人をびっくりさせたいから、秘密にしてたんだぁ」
「じゃあ、誰がやるんだ?」
「それは、始まってからのお楽しみだよ。ああ、内緒にしといてね?」
 北都の機転に、クナイは内心で拍手を送る。
「少し道具、見せてもらってもいいか? おー、さっすが薔薇学、ゴージャスだなぁ」
「ふむ、これがロミオが飲む毒か・・・実際の中身はなにを使っているんだ?」
 小道具ひとつも凝った細工のもので、壮太と輪廻は感心しきりだ。あれこれ見て回っては、楽しげにはしゃいでいる。
 彼らが疑われないよう、北都はぴったりと側についていた。すると。
「あれ、やっぱり……」
 声がしたのに気づいたのだろう。台本を確認していたエメが、ひょこりと顔をだした。
「へ!?」
 突然現れた美女に、壮太は目を丸くし、それから。
「私ですよ、私」
「え、えー!! ジュリエットなのか、おまえ!」
 エメとは親しいが、まさかジュリエット役だとは思わず、壮太は仰天している。
「ほほぅ。良いドレスですね。ややサイズがあわないようですが……」
 輪廻はさっそく観察し、そう呟くと、エメは「少し痩せたからですかね」と答えた。
「いかがですか? 薔薇の学舎は」
「あ、ああ……楽しんでるぜ。その、舞台、頑張ってくれよ!」
「ありがとうございます」
 エメはそう言うと、準備があるので、と一礼をして去っていった。
「こりゃあ……やるしかねぇな」
 壮太はそう呟くと、にやりと微笑んだ。もともと、輪廻とともに大道具にとある仕掛けがしたいとは企んでいたが、友人の晴れ舞台とあっては、俄然力がはいる。
「輪廻、力貸せよ」
「もちろんだ」
 二人はそう言うと、密かに目配せをしあった。
「どうしたの?」
 北都はそう尋ね、二人を見やる。本来ならば誰にも秘密でやりたいところだったが、しかし、こう貼り付かれていては(北都にしてみれば、大事な監視だ)、彼にだけは事情を打ち明けないでは無理そうだ。
「実はな……」
 壮太と輪廻は、声をひそめ、北都にある企みを打ち明けたのだった。

 その頃、クナイは客席のほうにいた。
 舞台のほうは北都に任せるとして、観客席の方の警戒が彼の役目だ。
 もしもジェイダスが観劇に来るようであれば、万が一の襲撃に備えておくつもりだったが、まさか彼が主演になるとはクナイにも予想外のことだった。
 しかし、相手が校長となると。
(北都がジュリエットではなくて、よかったですよ)
 そう、内心で思わざるを得ない。
 禁漁区の能力で警戒を続けながらも、次第に埋まりつつある客席を眺める。……どうやら満員御礼は間違いなく、さらにいえば、数名、穏やかならぬ瞳をした者たちの姿もあった。
(大人しくは、済まないでしょうね)
 そう思いつつ、クナイとしては、無事舞台を終わらせ、企画されている後夜祭を北都と楽しみたいところだった。


「おっと、よかったよかった。席があったぜ」
 どうにか見つけた空席に、たくましい身体を収めると、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)はふぅと一息ついた。
 薔薇学に行くのだからと用意した黒スーツは、インナーの鮮やかな赤いシャツが差し色になっている。だて眼鏡は、ちょっとしたアクセサリーだ。なかなかラルクの鍛えられた肉体によく似合っているが、本人はやや窮屈そうでもある。
「ふむ、盛況だな」
 隣に腰掛けた秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)が、感心した口ぶりで呟いた。
「おう、間に合ったのか」
「まぁな。ちぃとばかり、時間くっちまった」
 闘神の書は、へへっと鼻の下をこする。どこで何をしていたのか詳しくは知る由もないが、どうやら学園祭を彼なりに満喫していたらしい。
 勿論最初は連れだって来たのだが、ラルクがサトゥルヌスのティールームでコーヒーを楽しんでいるあいだに、せっかくだからと闘神の書は男の物色をしにいってしまった。ラルクとしては、それ故に騒動がおこっても、自己責任でなんとかしろ、というスタンスだ。一応は「暴れるな」と釘は刺しておいたものの、女子供じゃあるまいし。年だけでいったら、ラルクより遙か上なのだから、それくらいのことは一人で解決できるだろう。
 もっとも、闘神の書とて、外部であまり派手なことをするつもりもない。珍しく薔薇学生にしては鍛えた体つきの生徒を見かけて、ついつい熱くその筋肉のすばらしさについて熱弁をふるってきたくらいのものだ。
 せっかくならもう少し、つまみ食いをしたいところでもあったが……。
「そっちはどうだったでぇ」
「ああ、どれも美味かったぜ」
 ラルクはそう答えるが、彼の味覚については相当に怪しいものがある。そのあたりを知っている闘神の書としては、それ以上のコメントを求めることはしなかった。
 そうこうするうちに、客席の照明が薄暗くなってくる。
「お、いよいよかな」
「楽しみだねェ」
 緋色のビロードが貼られた椅子に腰掛けなおし、二人は正面の舞台を見つめた。
『皆様。本日はご来校、まことにありがとうございます。まもなく、演劇「ロミオとジュリエット」を上演いたします。皆様お席にお着きになり、もう暫くお待ち下さい。なお、上映中の携帯電話や特殊能力のご使用など、まわりの人々にご迷惑をおかけする行為は、禁止とさせていただきます。お守りいただけない場合、すみやかに退場していただく場合がございますので、ご了承ください。それでは、もうまもなく、開演いたします』
 決められていた台詞を、北都がアナウンスで読み上げる。
 ざわついていた客席が静まっていき、やがて、ゆっくりと音楽が流れ出した。

 いよいよ、舞台の幕があがる。そして同時に、事件は終幕を迎えようとしていた。