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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

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 さて、そのころ。
「なにかあったのかな?」
「盗難?」
 来校者たちがざわつき始めたのを感じ、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)はすかさず明るい声で「クレープはいかがですか? 焼きたてですよ〜!」と声をあげた。そして、同じように騒ぎを気にかけている生徒たちに、小声で「僕達が動揺したら、それだけ探している皆に負担がかかるから。落ち着いていこう」と釘を刺した。
 弥十郎たちは、校庭に用意したテントで、屋台を切り盛りしている。ここでは、主におでんとクレープが目玉だ。
 寒くなってきたし、暖かいものを……と話し合っているときに、天音からおでんを、北都からクレープのリクエストを受けたことと、タシガンに地球文化の料理を伝える目的もあった。
 前日に大量に用意した関西風昆布だしのおでんの具は、大根、昆布、こんにゃく、ちくわ、餅巾着、牛すじ、はんぺん、たまご、シュウマイとバラエティに富んでいる。餅巾着の油揚げは味をマイルドにするために、油抜きはせず、芥子は時間が経つと揮発して辛味が抜けるので、水で練る時に少量のお酢を加えるという丁寧さだ。
 ガレットとクレープには、定番の生クリーム、チョコアーモンド、カスタードに、薔薇学らしくローズヒップのコンポート。レタスやツナ、ポテトグラタンといったものも用意してある。
 これらの料理を作るにあたって、真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)も協力した。
 真奈美には、どちらも馴染みのない料理だが、弥十郎の説明と試作品で、理解はしている。
 なので、真奈美が主にしたのは、パラミタの住人が好む味付けになるよう、弥十郎と相談することだった。
 そしてそれは功を奏し、異文化の食べ物はあるが、昼近くなるにつれてますます屋台はますます繁盛する一方だ。
「やぁ、すごい人気だね」
 そこへ顔を出したのは、ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)だ。
 薔薇学生徒らしく身だしなみに注意し、着用している制服には皺一つない。
「よかったら、食べていってよ」
 真奈美に微笑まれ、ナンダは「じゃあ、是非、それを」と真奈美の持っているおでんの具を指さした。
「こんにゃくと、はんぺんね」
「へぇ、そういう名前なんだ」
「私も初めて食べたんだけど、美味しいよ!」
「なんだか……食べ物には見えないけど……」
 ナンダは初めて見る食べ物に、興味津々だ。
 彼は、主に学園祭の展示を見てまわっていた。もともとインド出身でインドの事しか知らない彼は、異文化にとても興味がある。それに、来年の文化祭をさらに盛り上げるためにも、とりあえず今年は学ぶ側にまわることにしたのだ。
 タシガンの文化についての研究発表や、なかでもナンダが注目したのは黒薔薇の森の研究だ。しかし、彼はあの森のことを思うと、ついウゲンのことを思い出さずにはいられなかった。
 森ではろくに話もできなかったが、あの後、あの幼い子が領主になったときいて、ナンダは驚いた。イエニチェリということは、それほどの能力を持つということなのだろうか。それにしても、何故だろう。
 そんなことを思いつつも。
「……熱いが、美味だな」
 とりあえず、ナンダは弥十郎のおでんに、舌鼓をうった。
「さーさきさん♪チョコバナナのナッツトッピングね」
クレープ屋台に嬉しげにやってきたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、早速そう注文する。
彼女と、同行者のニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)は、薔薇学の制服を着込んいた。朝、ニケと二人で互いに豊満な胸を晒で絞り、男子生徒に見えるよう頑張った甲斐はあったようだった。
「ダリルはどうする?」
 ルカルカは振り返り、同じように薔薇学の制服姿のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に尋ねる。
「サラダクレープを。外は蕎麦とゴマ入りの塩クレープ、包むのはレタスとツナにポテトサラダ」
「クレープ?駆霊符…悪霊退治の品物?」
 ニケが不思議そうに尋ねる。彼女には、そういった知識はあまり無いのだ。
「クレープとはだな、小麦粉・牛乳・鶏卵などを合わせて溶いたゆるい生地を薄く焼いたものだ。本来は絹のような、という意味だが……」
 ダリルは早速きまじめな口調で、クレープについて説明を始める。だが、それを遮るようにして。
「はい、あーん!」
 ルカは弥十郎から受けとったクレープを、早速一口ニケに食べさせた。
 暖かいクレープ生地と、香ばしいナッツの食感、とろりと甘いチョコレートとバナナの味が、ニケの口いっぱいに広がる。
「百聞は一見にしかず☆人はデータのみに生きるにあらずよ。……どう?」
「美味しい!」
 思わず、といったようにニケは答え、ルカは満足げに微笑んだ。
 そうこうしているうちに、ダリルが頼んだクレープもできあがり、彼は代金を支払うとそれを受け取った。
「旨い」
 感想はその一言であったが、弥十郎にはそれで充分通じたようだ。
「ありがとう」
「あ、佐々木さん、イチゴカスタードのキャラメルソースがけ追加でお願い〜♪」
 ニケと二人で、さっさと一つめを食べてしまったルカが、嬉しそうに追加を注文する。
「カロリー摂取のしすぎだ」
「軍務で運動しまくりだから平気だもんっ! さっき、乗馬もしてきたし!」
 ダリルの言葉に、ルカはそう言い返し、ニケは二人のやりとりを微笑んで見守っていた。
「どうぞ!」
「こっちも美味しそう!」
 ルカとニケは、さっそく二人で歓声をあげる。
「シャンパラって、良い国ね」
 クレープに感激しきりのニケがそう言うと、唇の恥にカスタードをつけたまま、ルカが「でしょ〜」と胸をはる。
「それをクレープで計るな」
 呆れたダリルは、ステレオで「え〜!」と女子二人に非難を浴びてしまった。
「食べものが美味しいっていうのは、文化が豊かってことだもん!」
「その通りですよ!」
「……」
 食べ物、とくに甘い者を前にしての女子のパワーはすさまじいものがある。ダリルは仕方なし、コメントを控えた。しかし。はしゃくルカが、うっかり後ろにいた人物(?)にぶつかりかけ、ダリルは素早く腕を伸ばす。が、その前にルカは自分でするりと相手を避けた。
「ごめんなさい」
「いえいえ。ミーは大丈夫ヨ」
 ややうつむき加減に、ぽっちゃりしたゆる族の彼が答える。青いマスクに赤いショートヘアのカツラ、タキシードという、なかなか目立つ姿だ。すると。
「あら、あなた……」
 ニケにそう言われ、あわてて。
「ミー? ミーは、エメナ・マ’マァクと申します。『キャド』で構いませんよ。あ、ろくりんくんとは、なんの関係もありませんヨ!? あんな有名な美人に間違えられるとは光栄だけど、男として複雑ですヨ。……それでは!」
 一気にまくしたて、彼は紳士的に一礼をすると、その場からそそくさと立ち去った。
「……チョコレートがついてますよって、言おうと思っただけなのに……」
 やや呆然としつつ、ニケが呟いた。