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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

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三つの試練 第一回 学園祭の星~フェスティバル・スター

リアクション

 その頃。校長室には、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)の姿があった。
 いつもならば、まだジェイダスの後宮で美少年たちを侍らせ、ゆったりと過ごしている時間だ。けれども、ジェイダスにも思うところがあるのだろう。やや憂いを帯びた表情は、珍しい。一人、豪奢なソファに腰掛けて、ワイングラスを傾けていた。ラドゥはその傍らに控え、ジェイダスを尋ねてきた三人……ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)テリー・ダリン(てりー・だりん)、そしてウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)を、どこか値踏みするように見つめていた。
 三人は、探索にあたり、【シリウスの心】の形状を確認に来たのである。
 しかし、その裏には、ある疑惑もあった。
「【シリウスの心】についてか」
「はい。姿形分からぬものでは、探しようがありませんから」
 ウィリアムがそう答えると、ラドゥが静かに口を開いた。
「大きさは、それほどではない。刀身は直真の両刃。素材は黄みがかった黒色の、水晶だ」
「水晶?」
 テリーが確認のように、その部分を繰り返した。
 水晶ということは、それは主に戦うためではなく、なんらかの護符のようなものなのだろうか。
「ああ。柄の部分は、真鍮でできているが、かなり古びたものだ。……しかし、一目見れば、何者であろうと、それがそうとわかるだろう」
 ラドゥはそう言うと、口を閉ざした。ジェイダスはただ、ワイングラスを揺らし、その赤色を楽しんでいる様子だ。
「校長、一応聞いていいですか?」
 ヴィナが正面から、ジェイダスに尋ねる。
「狂言ってことはないですよね? 信じることは大切ですが、妄信は世界を狭めますので、無礼承知で確認させてもらいます」
「…………」
 ジェイダスはすぐには答えない。
 彼らが抱いていた疑惑は、なによりもそれだ。
 この盗難事件そのものが、ジェイダスが仕組んだ『テスト』なのではないかと。
 そうでなければ、何故賊は、校長室に【シリウスの心】があると知っていたのか。そして容易に忍び込み、だというのに簡単には逃げおおせられなかったのか。
 校内にあるということは、犯人の証言と状況からの結論ではあったが、以前謎は残る。
「やはり、狂言ですか」
 ウィリアムが、再度そう告げる。
 その瞬間、ジェイダスの手の中で、ワイングラスが砕け散った。咄嗟にラドゥはかけより、その手をとろうとする。しかし、ジェイダスは誰とも目を合わさずに、口を開いた。
「狂言とおまえが思うのなら、その上で行動をすればいい」
 顎をしゃくり、退室を促す。これ以上、ジェイダスは語るつもりはないようだ。
 ラドゥに半ば追い立てられ、三人は校長室を出た。
 あっさり狂言だと白状するとは思っていなかったが、しかし、あの反応も予想外といえばそうだ。……ジェイダスには、なにか隠していることがある。そのことは、疑いようもないだろう。
「ヴィナ、どうするの?」
 テリーが尋ねると、ヴィナは「ルドルフさんに報告に行くよ」と答えた。
 彼のことだから、おそらく、気にかけているに違いないだろう。
「そう。じゃあ、ボクたちは待ってるね」
 それは、ルドルフとヴィナを二人きりにしてあげたいという、テリーの配慮だ。
 ……どちらかといえば、ルドルフへの配慮かもしれないが。
 ヴィナは頷き、ルドルフの元へと向かった。


 校門では、さっそく入場者のチェックが始まろうとしていた。
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)は、学園祭を楽しむために訪れたものの、綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)は、真城直に校門で止められてしまった。
 彼らは天御柱学院の生徒たちだったが、学園祭との告知を聞いて、訪ねて来たのである。
「君たち。申し訳ないが、学園祭といえど、当校は女性は立ち入り禁止だ」
 その言葉に、紫音の眉がきっとつり上がる。
「俺は男だ〜!」
 確かに、紫音の見た目は美少年というよりは美少女に近い。しかし、そう間違われるのが彼はめっぽう嫌いだった。ポニーテールの黒髪を揺らし、今にも直にくってかかりそうな勢いだ。
「それは失礼をした。申し訳ない。ただ……」
 直は失言を詫びつつも、傍らの風花とアルスを見やる。
「お二人には、やはりご遠慮願いたい」
「どうしてもか? せっかく、タシガンの地まで尋ねて来たというに……。のぉ、風花」
 アルスの言葉に、風花はやや困ったように俯いた。
「残念ですが、規則は規則。ご理解を」
 直に深々とさげられ、風花とアルスはそろって紫音を見やった。
「しょうがないな。二人は外で待っててくれよ。お土産、買ってくるから」
「おおきに。お待ちしておりやす」
 残念そうではあったが、風花はそう答えて、おっとりと微笑んだ。
「やっぱり、女の人はダメみたいだね、ペルラ」
 そう言いながら、傍らの契約者を見上げたのは、同じく天御柱学院のミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)だった。今日は制服ではなく、普段着姿だ。ゴシック風の白いフリルシャツにリボンタイ、黒いハーフパンツをサスペンダーで吊り、足はハイソックスに紐の革靴という出で立ちは、少年によく似合っていた。頭には小さな黒い帽子を乗せているが、その下にある額には、ほんのり丸く赤い痕がついている。
「仕方がありませんわね……」
 ペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)はため息をついた。
 彼女は一応、この学校には女性は入れないということを聞いていたため、男装をするつもりだったのだ。しかし、豊かな胸が災いし、どうさらしを巻いてつぶしたところで、如何せん不自然すぎた。そのあげく、無理矢理男装用に用意したジャケットを身につけたものの、ペルラがくしゃみをした途端に、ボタンが全てはじけ飛んでしまったとあっては……とても無理と結論を出す他になかった。
 なお、ミルトの額の赤い痕は、その際に弾けたボタンを、サイコキネシスで止めそこねた故のものである。
「あの二人も入れないみたいだし、ペルラ、一緒に待っててよ」
「ええ。わかりましたわ。でも、知らない人についていってはいけませんわよ。いくら飴玉をあげる。と言われても」
「うん!」
 ミルトはそう返すものの、すでに心は校内の楽しそうな様子にすっかり奪われてしまっている様子だ。
 そんなミルトに、不安はより募るものの、行くなとはとても言えない。ペルラはそっと指先でミルトの額の赤くなった部分を撫でた。
「私の分も、楽しんできてくださいね」
 ペルラの言葉に大きく頷くと、早速ミルトは校門へと元気よく駆けだして行った。
「貴公も、留守番か」
 アルスに声をかけられ、ペルラは頷いた。
「ええ。残念ですけど」
 三人の少女が、せっかくタシガンまで来たのだから、近くを見物していこうか……と話し合っていた矢先だった。
 豪奢な馬車が、三人のすぐ近くで停まった。
「どなたですやろ」
 見るからに、賓客といった感じだ。しかし、降りてきたのは意外にも小さな子供だ。直は彼の姿に気づくと、あわてて駆け寄り、恭しく出迎えている。
「……一体、何者なんじゃろ」
 ウゲンの正体を知らない少女たちは、学舎に向かう少年の姿を、訝りつつも見送ったのだった。