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リアクション
【×4―4・善意】
校長室の置時計が四時十五分をさした頃。
ラズィーヤは、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)と、その従者である文官と事務員と共に窓ガラスの掃除をはじめた。もっとも、ラズィーヤはほとんどケーキを食べながらくつろいでいたが。
ジュリエットとしては、
(最近ラズィーヤ様を訪ねていくと何者かに殺されている悪夢をよく見るのですわよね)
という思いがあって、昼過ぎからずっと彼女と一緒にいるのだった。
「それにしても助かりましたわ。わざわざ仕事を手伝っていただいて」
満足げに笑うラズィーヤを見つめながら、
(仕事と仰いますけど、これまでは授業の監督という名目で美術のモデルをしていた生徒をいぢめたり、剣の稽古の手伝いをすると言って新入生の子をやっぱりいぢめたり、書庫の整理と言いながら管理人の女性を結局いぢめたりしていたような)
ジュリエットは密かに苦笑しつつ。それでもきちんとラズィーヤに張り付き、庇護者と不寝番のスキルをも駆使して彼女を守る姿勢は崩さないままだった。
と、そこへノックの音がした。
「どうぞ。開いていますわよ」
やってきたのはクリストファー・モーガン。
「こんにちは、今いいですか?」
「なにかしら? これでも一応仕事中ですから、用件によりますわ」
「実は俺、パートナーを楽しく弄る方法をご教授お願いしたいんです!」
いきなりそんなことを言い出したクリストファーに、ジュリエットは呆れ。
「まあ! それはすばらしい用件ですわね♪」
即効書類を放り出してしまったラズィーヤに、さらに倍呆れてしまった。
「やっぱり、そんな相談するつもりだったんだね」
が、いつの間にか扉の前に佇んでいたクリスティー・モーガンによって空気は一変した。
「クリスティー。なんでここに」
クリストファーからの質問は無視する形で、クリスティーはにっこり微笑み。
ドン、と思い切りラズィーヤの方に突き飛ばした。
「きゃ」「いって!」
ふたりがぶつかってバランスを崩した隙をつき、
クリスティーは、ラズィーヤの胸にナイフをつきたてようとした。
ドス
だが。
今回は、傍にいたジュリエットがそれを許さず。
彼女はなんとよろけたクリストファーを無理やり盾にして、ラズィーヤを守ったのである。おかげでラズィーヤは無事だが、クリストファーの胸にナイフが刺さってしまった。
しかしクリスティーは、単に殺す順番が変わっただけだとばかりに容易くナイフを引き抜き。もう一度振りかぶろうとした。
ジュリエットのほうも、文官と事務員と共に彼女を止めようとした。
そこへ、いきなり神代明日香が飛び込んできた。
明日香はクリスティーを押しのけ、用意しておいた短剣で、ラズィーヤの腹部をもろに刺した。
一方その頃。
静香を警護する美咲、有栖、それにミルフィ達は、今まさにとんでもない事態になっている校長室へと向かっているのだが。
肝心の静香はなぜか急ぐこともせず宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)とお喋りしながら、ゆっくり歩を進めていた。祥子のパートナーの那須 朱美(なす・あけみ)も一緒に。
「私は教育実習の書類を提出に来たんですけど、静香様はなにをしていたんですか?」
「あ、うん。まあ、色々と」
「私、歴史学や考古学が好きなんです。ロマンがありますもの。遥か太古、太平洋に存在していたと言われるムー大陸、その正体が実はパラミタ大陸だったとか面白いと思いませんか?」
「そうだね。ロマンは大切だよ、やっぱり」
「現代でも考えられないような超技術や原因不明の消失とか通じるものがあると思いませんか?」
「可能性としては面白いと思うよ」
なんとも張り合いというか、元気のない静香に祥子はわずかに不満を感じるものの。
「あの、静香様。このお話し前にもしませんでしたか?」
「え? そ、そんなことはないと思うけど」
話していくうちに、既視感のほうも感じ取り始めたようだった。
どうせなら祥子にも本当のことを話して協力を仰ごうか、このまま一緒に行くとどっちみち巻き込むことになるだろうし……と静香は思っているものの。あと一歩が踏み出せずにいた。
そもそもわざとゆっくり進んでいたわけではなく。校長室へ行こうとするといつも足がすくんで、うまく動いてくれないのだ。
だがそうした無様な葛藤を抱いていても、静香たちはいつしか校長室へと到達しており。
しかも中から誰かの叫び声がしてくれば、もう躊躇っているわけにはいられなかった。
扉を開いた静香は、
やはり開けなければよかったと心の底から思った。
いつものように赤い中に倒れているラズィーヤがいて。しかもその隣には、クリストファーの血だまりまでできていたのだから。
明日香はジュリエットに押さえつけられ、クリスティーは既に姿をくらませている。
「静香様、しっかりしてください!」
祥子の叫びも、聞こえてはいなかった。
美咲や有栖たちの姿もぼやけ、ついには静香は気絶してしまった。
(本当にラズィーヤ様が亡くなってるなら、静香様もパートナーロストの影響タダでは済まない! ましてや電話に出るような行動ができるわけ……ってなんで電話にでるって私は知ってるの? あれ、でも???)
混乱しかける頭を繋ぎとめる祥子だったが、
「みんな、ちょっと落ちついてよく見ろ」
朱美が指差す先、そこではラズィーヤの死体が、起き上がっていた。
「わきゃああああああああ!」
誰かの叫びがあがったが、すぐに沈静化する。なぜならば。
「ふぅ、あぶないところでしたわ」
ラズィーヤは死んでなどいなかったのだから。
明日香の解説によれば、
ラズィーヤが死ぬのを阻止すれば、ループから抜け出せると判断した彼女は。パーティーグッズによくある、先が引っ込み血糊が出る短剣を用意しておいたのだった。
「もっとも、ラズィーヤさんとは打ち合わせできませんでしたから、ぶっつけ本番でしたけどぉ。目配せだけで伝わってよかったですぅ」
「状況はよくわかりませんでしたけれど、危険なことだけは確かだとわかりましたから」
笑いあうふたりだったが、他の皆は心配して損した的な冷めたような表情で。
ともかく逃げたクリスティーを探そうと、校長室を後にしていった。
明日香も罪悪感から後を追って、部屋にはラズィーヤと気絶中の静香だけが残された。いや、正確には絶命しているクリストファーもいるのだが。
「遅れて申し訳ありません。食器の片付けに来ました」
そのとき、校長室に入ってきたのはミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)。
彼女は床に倒れている静香や、血だらけのクリストファーを見て何事かという表情になったものの。
「ああ、気にしないで。これらはわたくしごとですから」
というラズィーヤの言葉に甘んずることにした。
片付けなんてただでさえ面倒なのに、厄介なことに巻き込まれては叶わない、と考えるミネッティだったが、なんとなくそれがラズィーヤに見透かされているような気がした。
(一刻も早く片付けて立ち去ろう……)
一緒に校長室で食べていたであろう人たちの食器を持ち、
「はい、これ」
最後にラズィーヤの食器を受け取ろうと手を伸ばした。
「あっ」
瞬間、ミネッティはよろけて食器類を落としそうになり。落ちていく食器を慌てて掴もうとして、余計にバランスを崩してラズィーヤの方へとぶつかるように転んでしまった。
このとき運が悪かったのは、手に掴んでいたものがケーキ用のナイフで。転んだ勢いによる速度がついてしまったことだった。
ドスッ
「「え?」」
言葉がシンクロした。
そのあと目線も同時に動いた。
ラズィーヤの胸、しかも左側に、深々と、突き刺さったナイフに。
ミネッティもラズィーヤも、なにが起こったのかわからず頭が真っ白になり、そのかわりにたらたらと赤いものが流れ始め。やがてラズィーヤはあおむけに倒れ。
そして、そのまま、瞳も、腕も、足も、動かなくなった。
「え?」
もう一度言ってから、ミネッティはなにが起きたかを理解した。
辛うじて抱えた食器を落とさなかったが、それでなにが変わるわけでもなかった。
「う、嘘……。だって、あたしは、ただ、食器を片付けようとして、それだけで」
ぷるぷると手足が小刻みに動き出す。
寒いわけでもなにのに、なぜか身体が震えるのが止められない。
しだいにミネッティの頭には、連行されて檻の中に入れられる自分の姿がわいてきそうになり。ブルンブルンという音がしそうなくらい首を振って、最悪な未来を振り払った。
「そ、そうだ。証拠を消しちゃえばいいんだ。私だとわからなければ……! そうだよ、これで静香さんだってコイツの魔の手から逃れられるんだ……あたしはいい事をしたんだよ。あは、あははは……!」
明らかに気が動転し、目も焦点が定まらなくなり始めるミネッティ。
「と、とにかく証拠をなくさなきゃ……!」
言うが早いか、確実な物証であるナイフをラズィーヤの胸から力の限り引き抜いた。途端、どくどくと血の赤が噴出するのを目の当たりにし、のどにすっぱいものが込み上げてくる。
(う……やばい。ここで吐いたりしたら、それこそもう隠しようがないよ)
血のついたナイフをハンカチでふき、ついでに自分が触ったところも乱雑に拭いていく。
しかし手の震えが止まらず、誤って机に指を触れさせてしまう。
(落ち着け、あたし……落ち着け、落ち着け、落ち着いて早く、落ち着いて急ぐんだ、落ち着きながら急ぐんだよ、あたし!)
必死に自らに言い聞かせるミネッティだったが、
そこへ静香のケータイの着信音が鳴り響いて、死ぬほど驚かされ、
「ん……」
そのせいで気絶していた静香が、目を覚ましてしまった。咄嗟に机の陰に隠れるミネッティ。
「桜井校長? 静香さん? おられないのですか――ドアが、開いている……? 失礼、します――えっ?! これは、一体……?」
しかもそこへ書類を抱えた非常勤語学教師のオルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)まで姿を現した。
「この光景、前にも見た事があるような気が……あっ!」
オルレアーヌは驚愕に目をむきながらも、これまで何度かループを過ごしてきたことで平静を保つことができ。ループ地点でいつも静香が携帯電話をとろうとするのを思い出した。
静香がぼやけた頭のまま、とりあえず電話を取るべく携帯を耳元まで持って行こうとしたところで、オルレアーヌがその腕を掴んで止める。
「何故かは、言葉では説明出来ません。ですが、その携帯電話に出たら、私達は再び出口の無い迷宮の中へ引き摺り戻されてしまう――そんな気がしてならないのです」
着信音が続く中、続いて祥子と朱美も戻ってくる。
「電話には出ないで! 逆にラズィーヤ様に電話をかけてみてください!」
ふたりは遅まきながら既視感に気づいたらしかった。
しかも、静香と死体の間に駆け寄った朱美はラズィーヤが今度は本当に死んでいることにも気がついた。
(どういうこと……? そもそも、パートナーロストの影響が全くないの? それに、ラズィーヤ・ヴァイシャリーがこんなにあっさり殺されるなんて)
朱美としては、この死体がニセモノと言う可能性を見出し……
という、ミネッティやオルレアーヌや祥子たちの様々な思惑がとびかうなか。
さらに高務野々が入ってきた。
「これは……? どういう、ことですか?」
その直後。
望むと望まざるとに関わらず。回帰がはじまっていく。
「!」
場の全員がその不気味な感覚に背筋を寒くさせる。
(そんな、携帯電話が鍵じゃなかったのか!?)
オルレアーヌとしては、着信が切れるのを待ってその番号にかけなおすつもりだったのだが。まさか携帯が鳴っている最中に戻っていくとは予想外だった。
野々は終点を見極めるべく、校長室の置時計に目を向けた。
「時刻は、四時三十五ふ――
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