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静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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静香サーキュレーション(第1回/全3回)
静香サーキュレーション(第1回/全3回) 静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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【×6―1・懇願】

 気がつくと、静香は自分のベッドにいた。
「………………」
 枕は今まで以上に寝汗でぐっしょりと濡れていたが、そんなことは気にもとめず。
 何も言わず、何を思うでもなく、ベッドを降り、淡々と着替えを始めていった。
 それから自宅をこれまでより何倍も早く出て、百合園の校内を歩いていると、
 廊下で偶然ラズィーヤの姿を見つけた。
 探してはいたが、ここで会ったのは本当に偶然だった。
 これまでのループでは、いつも昼間の食堂でしか会うことができず。
 一体どこでフラフラしているのかと憤っていた静香だったが。
 そんな思いさえ忘れて彼女に近づいていき、
「静香さん? どうしたのこんな朝早くに、血相をかえ――」
 そして、ラズィーヤに抱きついた。身体を小刻みに震わせながら。
「うぅ……よか、た……よかった…………」
「あ、え? 一体なんなんですの?」
「だって、あんな…………ラズィーヤが……う、う……ううぅぅうううううう……」
 静香はただ、泣き続けた。
 抱きつかれているラズィーヤはなにがなんだかわからぬまま、話を聞こうかいじめようか抱きしめ返そうかと色々迷ったが。最終的にはやさしく静香の頭を撫でることにした。

 さきほどの悪夢のような惨状から静香が覚めた頃。
 同じように七那 夏菜(ななな・なな)も悪い夢から覚めたところだった。
 自分の部屋で夏菜は。自身の心臓が高鳴り、汗も尋常でないくらいにあふれているのに戦慄する。
 しかし呆けている余裕もなく、夏菜は布団を跳ね飛ばしてパートナーの七那 勿希(ななな・のんの)の姿を探し求める。といっても、すぐそこにいることはとっくにわかっているのだが。それでも、不安の声は夏菜の口から出ていた。
「のんちゃん、怪我、大丈夫!?」
「? 怪我って……なんのこと? 寝ぼけてるの?」
 勿希がサバゲーの準備をしているのもいつも通り。なにしろもう五、六回はこの光景をみているのだから完全に記憶してしまっていた。
 きょとんとしている勿希に、夏菜は軽く壁に手をつきながら、
「顔……洗ってくるね」
 と、部屋の扉を開けようとして、ノブに手をかけようとしたところで止まる。
(あぶない。うっかり開けてしまうところでした)
 何度も悪夢が繰り返されてきたせいで、逆に真剣さが薄れはじめそうになっていた。
 その悪夢――扉を開けて、リボンをくわえたネズミが飛び出してきて、それを勿希が追っていき、あやまって廊下の花瓶にぶつかり、その下敷きになって大怪我を――
(っ……いけない……思い出したら、涙が溢れそうに……)
 しかも。これまでそれを食い止めようと、花瓶に気をつけるよう注意したり、ネズミを追い払おうとしたり、花瓶を先に片付けておいたりと試行錯誤を続けていたが。
 なぜか悲劇は繰り返され続けている。
(どうして、助けることができないんでしょうか)
「あれ? リボンどこだっけ? あ、お姉ちゃんごめん。ちょっと通して」
 考えに没頭していた夏菜は、勿希が扉を開けてしまうのに気づくのが遅れた。
「あ、あった!」
 リボンをくわえたネズミの姿を発見した勿希は、すぐさま部屋にとって返し、エアガンを手に、ローラーブレードを足に装着させ、ネズミを追跡しようとして。
 夏菜が思いっ切り閉めなおした扉に、したたか顔面を打ちつけた。
「い、いったぁ〜。お姉ちゃんなにするの!?」
「部屋から出ちゃダメ!」
「え、えぇ? どういうこと? よくわかんないけど、はやく追いかけないとネズミが」
「わかってる。でも、お願い。これまでは、強く言えなかったけど。今回は言うわ。今日は絶対に外に出ないで。お願いだから」
 意味がわからず、理由を問いただそうとした勿希だったが。夏菜の表情が、今にも泣き出しそうな悲痛なものであることから、渋々ながら頷くことにした。
 夏菜は、これでちゃんと助けられたのかどうかわからなかったが。
 助けられたのならどうか、もうループは起きないで欲しいと、切に願った。

「だから! なんど言わせるのよ」
 朝の百合園校舎に、カトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)の声が轟く。
「ごめん、もう一回。もう一回だけ言ってくれるか?」
 声をぶつけられているのはアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)
 彼女はこのとき座敷部屋でのんびりとした時間を過ごしていたのだが、突飛なカトリーンの話にわずかに困っているようだった。
「今日が何回もループしてるのよ。繰り返されてるの」
「……ごめんなさい。僕、宗教はちょっと」
「違う!」
 いくら説明をしても、アイリスは明らかに話を信じていなかった。
 もっともカトリーンとて、そう簡単に信じて貰えるとは思ってはおらず。
「そこまで言うならわかったわ。これから起こることを当てれば、信じてくれるわよね」
「まあ。当たればね」
「えっと……そう、天気はずっと晴れよ」
「ああ、うん。天気予報でも0%って言ってたしな」
「んん、これじゃダメか。じゃあ、アイリスは今日の剣の授業で全員から一本とるわ」
「そう? だったらそうなるように頑張ろうかな」
「んんん、これもイマイチかな。それなら……三時ごろ調理実習室で、あなたのパートナーが小指を怪我するわ」
「瀬蓮が? それが本当なら、大変だな」
 ちっとも大変そうでないアイリスに、カトリーンは今はまだどうしようもないかと嘆息し、代わりにループを知らずにいる明智 珠(あけち・たま)が、
「ふたりとも、お茶はいかがですか?」
 と言って、空京で手に入れた日本茶をすすめていた。
 アイリスは喜んで受け取り、カトリーンは憮然として受け取っていた。
「アイリス様。わたくし、実は異文化に興味がございまして。よろしければ、エリュシオンという国についてお聞きしたいのですけれど」
 珠としては、単に自分の知識欲を満たしたいと願い、出身地の話題を振ったにすぎない。
 アイリスとしても、別に特別扱いをされているわけでもないと雰囲気で察し、快く答えることにする。
「そうだな。巷では、パラミタでもっとも優れた文化だなんだともてはやされているけど、僕にしてみればそこまでのものでもないかな」
「そうなんでございますか?」
「まあね。教育方針なんかが、普通よりちょっと厳しいから必然的に皆が向上していくだけだよ。書籍や武器の質なんかもそこまで違わないし。もしかしたら違うのは、土地柄の食文化くらいじゃない?」
「なるほど。非常に興味深い話でございますね」
 それからふたりはしばらく、楽しく談笑し続けていった。

 時刻が十時を刻んだ頃。
 静香はもう何度目かという校長の業務を行なっていたのだが。
 これまでと違い、ラズィーヤが協力してくれているという点に問題があった。
 あれからラズィーヤは何も聞かぬまま、ただ自分と一緒にいてくれている。珍しく自分に対してちょっかいも出さず、いじめてくることもなく、事情を話してくれるのを待ってくれているようだった。
 そんな空気に逆にいたたまれず、静香はトイレに立って悩んでいた。
「どうしよう……いっそ全部事情を話してしまおうかな」
 時間稼ぎ気味にきちんと手を洗って、校長室へ戻ろうとしたところで霧雨 透乃(きりさめ・とうの)緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)に出くわした。
「静香さん。元気なさげですけど、どうしたんですか?」
 開口一番、透乃からそう言われ。
 静香は思わず自分の顔がまた落ち込んでいるのかと不安になって軽く撫で回した。
 その間に、これまでのことをかいつまんで話していく。もはや隠す気も起きない同じ説明に、この状況に慣れてきているのを自覚してちょっと憂鬱な静香だった。
 しばらくふたりは半信半疑といった調子ではあったものの、
「やっぱり静香ちゃん、どこかにラズィーヤちゃんに対する不満か何かあるんじゃない?」
「え? そ、それは」
「静香ちゃん。自分の口からその夢のこととか、正直に話してみたら? もしかしたらラズィーヤちゃんも相談にのったりしてくれるかもしれないし」
「そうですね。パラミタは色々と不思議なことがありますから、静香さんの夢も何か意味があるのかもしれませんし」
 ふたりからのアドバイスに、静香の顔はせっかく直したのにまた悩みに曇っていく。
「いっそ、本当に死んで欲しいと感じているなら、いっそ静香ちゃん自身の手で殺してみたらいいんじゃないかな?」
「え、ええ!?」
「特に静香ちゃんに殺人経験がないなら何か発見があるかもしれないし。もしそうするなら私と陽子ちゃんでラズィーヤちゃんを拘束するくらいの手伝いはするよ?」
「そ、それはさすがにちょっと」
「まあそこまではいかなくても、一度静香さんとラズィーヤさんで互いに剣を交えてみるのもいいかもしれませんよ」
「……はい、頭にとどめておきます。わざわざ、ありがとう」
 最後は少し微笑みながら礼を告げ、静香は校長室へと戻っていった。
 戻ってみるとラズィーヤが姿を消しており、即効で静香は探しに出た。

「えっと……アンケート、お願いしまーす」
「こら。そこの小娘、わらわのアンケートに答えれぬと申すか」
 中庭で北郷 鬱姫(きたごう・うつき)タルト・タタン(たると・たたん)は、アンケートを行なっていた。内容は、今日行った事、今日の予定、最近変わった事は無いか。など。
 なぜそんなことをしているのかというと、実は先ほど。
「あの……タルト」
「なんじゃ? 主よ」
「えっと……気のせいかもしれないんですけど。私たち、百合園女学院は初めてのはずですよね」
「ああ。光景に見覚えがあるといいたいんじゃろう?」
「え! き、気づいてたんですか?」
「まあのう。原因までは見当つかんが、ややこしい事態に巻き込まれたようじゃのう、どうしたものか」
「うーん……そうですよね。なにが起こってるのか良く分からないけど……どうにかしなくちゃ! いそいで情報を集めないと」
「ほう。なかなか立派な心構えじゃのう」
「えっと……作戦名は『オペレーション・スクルド(未来を司る女神作戦)』で!」
 という話し合いがあったのだった。
「ところで主よ、なぜ北欧神話なのじゃ……?」
「え? なにか言いました?」
「……いや、まあいい」
 タルトは集めた情報を改めて見直してみる。
 見たところ毎回絶対に起きているのは、授業のほかには、静香の様子がおかしいという話、ラズィーヤが命を狙われているという噂、静香の元にかかってくる謎の電話等だった。
「なに? このアンケートって」
 と、そこへやって来たのは高原瀬蓮(たかはら・せれん)
「えっと……深く考えないで、普通に書いてくれたらそでいいんです」
「そう? うん、わかった」
 近くのベンチに座り、かきかきという効果音が聞こえそうな筆圧で記入していく瀬蓮。
 なんとなくふたりはそれを覗き込んだ。そこには、

 今日行った事       [お花の授業うけたよ☆]
 今日の予定        [お菓子作りするよー!]
 最近変わった事は無いか [まいにち楽しいです♪]

「あの……タルト」
「みなまで言うな。瀬蓮が可愛すぎるというのは、わらわも同意見じゃから」

 そんな彼女達を眺めるオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は、ぽつりと。
「それで、オルフェはどうして、いつも用もないのに百合園学院にいるんでしょう」
 そんなことをぼやいていた。
 実は彼女は気づけばなぜかいつも、用もないのに百合園女学院にいて。その不自然さでループを知ったわけなのだが。
「そもそもどうしてループが起きているのかは、全然わかっていないわけなのですよね」
 はぁ、と溜め息ひとつついた。
 それでも。さっきアンケートをしている人達が話していた、静香さんが悪夢を見ているだの、静香に危険が迫っているだのという話は聞き逃せないのも事実で。
「どうにかしたいけど、どうすればいいんでしょうか」
「あの。すみません、ラズィーヤさんを見かけませんでしたか」
「え? 見てないのです……て、静香さん!」
 振り返れば、静香がいた。
「? はい、ボクは静香だけど」
「探していたのです。なんだか色々よくない噂を聞いて、心配してたんですから」
「そうなの? それはどうも、ごめんなさい」
「いえ。オルフェは静香さんの力になりたいだけなのです」
「そ、そう。ありがとう」
 そうして静香はわずかに照れながら、オルフェリアと共にラズィーヤ探しを再開させる。
 目指すのはいつも一緒になる昼間の食堂。
 しかし今回静香は、そこでラズィーヤにも亜美にも会えなかった。