First Previous |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
Next Last
リアクション
・授業風景 〜座学編〜
「……ということで、イコンの装甲強度は並の兵器を寄せつけないほど高くなるわけです」
エルフリーデ・ロンメル(えるふりーで・ろんめる)は整備科のイコン工学基礎理論の授業を聴講していた。所属しているパイロット科で必要な今年一年分の単位は、前期のうちに取得済みなので、要は暇潰しである。
(んー……そろそろダーク・ウィスパーも人が増えてきましたし、合理化を進めるためにセクションを分けますか。海洋生物学研究会らしくシャチの生態からとってこんな感じで……)
真面目にノートを取ってるように見せかけ、実のところは自分が立ち上げた部隊、ダークウィスパー(表向きは海洋生物学研究会)の今後についてのメモだ。
・レジデント(整備班)
・トランジェント(イコン部隊)
・オフショア(情報収集班)
それから、メンバーを所属科と照らし合わせて横に記入していく。
(うちはイコン戦闘がメインで情報収集の部門が弱いですからね。戦場でもさることながら、来年度の予算アップを目指して有力部の後任人事の情報や周辺の弱みを握って予算会議を有利に運びたいところです。そのためにも、今のうちに転入組からめぼしい人材を引っ張ってきたいところですが……)
ふと、窓際の席でゆらゆらと揺れている獣人の尻尾が目に入った。
(あのふさふさ尻尾はリーリヤですね。教壇からはラグナルの陰になって見えないようですが、あれ完全に寝てますね)
首を垂れた様子を見る限り、居眠りしているようだ。
(ラグナル、ナイスブロック! さすが最前列に置いたらディフェンスに定評のある男。教官に目をつけられると後々面倒ですから早いとこ起こさないと!)
と、いうわけでラグナル・ロズブローク(らぐなる・ろずぶろーく)が的確なディフェンスという名の視界塞ぎをしている状況を利用し、リーリヤ・サヴォスチヤノフ(りーりや・さう゛ぉすちやのふ)を起こそうとする。
(目標、ギンギツネ獣人の後頭部。これに有質量弾にて一撃を加え然る後に標的の授業への復帰を図る。それでは状況を開始する!)
用意するものは白き弾丸――俗に言う消しゴムである。
それを千切り、狙いを定める。
(ていっ!)
しかし、届かない。室内の空調(冬なので暖房)による風が思いのほか強かったらしい。
(ならばこれで撃ち貫くのみ!)
残った消しゴム本体をつまむ。
(左に二度、上方に三.五度修正。ふぁいえるっ!)
今度は後頭部に命中し、びくっと動いた。目を覚ましたらしい。
(任務完了)
そして再びノートに目を遣る。
(うーん、しかし人が増えると連絡も一苦労ですね。レプンカムイを簡略化して携帯アプリにでも出来ないか後で二人に相談してみましょう)
(うがっ!)
思わず声に出しそうになるが、リーリヤはなんとか抑えた。
(はっ! 陽射しの暖かさにうっかりよだっちまったぜ!?)
涎を拭き、目をこする。
陽射しだけでなく、ちょうど暖房が直撃する場所だったのが眠ってしまった原因のようだ。
(昨日は「Zwei Ohr Kuken」の改修プランを考えててすっかり寝るのが遅くなっちまった)
一応、それなりに考えはまとまった。
(低重心化及び腰部に小型飛行ユニットを設置すればそれなりに空戦もこなせるはずだ。上半身に推進器をつけると格闘戦の際の姿勢制御に難が出てくるからな。そのためにはスカートアーマーを増設してそこに大推力ブースターを増設。展開式にウェポンベイも兼ねれば一石二鳥だぜ)
得意げな微笑を浮かべる。
(さて、妄想はこのくらいにして授業……)
だが、前が見えない。
(って黒板との斜線をでけぇ背中が塞いでる!? ラグナル、てめぇか!?)
ラグナルはラグナルで、また別のことを考えていた。
(ちっす! あのちんちくりんのギンギツネめ。俺の考えた新作ゲームの企画を「却下」の一言で蹴りやがった。いくらてめぇが社長とはいえワンマンすぎやしねぇか?)
その企画の名とは、「スーパー萌えっ娘イコン対戦」だ。
時代は「イコン擬人化萌え」だとラグナルは考えている。だが、イコンで萌え系の擬人化を行ったらただの機晶姫になるのではないだろうか。
などといったことは一切考えない。
(あいつは分かっちゃいねぇ。
そういえば、今度来るクェイルはエルフリーデが既に「Zwei Ohr Kuken」と機体名だけ決めてあるようだが、これはもちろん黄色い妹属性のメカ娘路線ってことで期待していいんだよな?)
妄想を膨らませるが、やはり却下された苛立ちは消えない。
(……ふん、しかし今思い返してもむかつく。腹いせにリーリヤの視界を遮ってやったぜっ!)
リーリヤの前の席に座ったのはわざとだった。
(退屈だな……)
そんな中、【戦術情報知性体】 死海のジャンゴ(せんじゅつじょうほうちせいたい・しかいのじゃんご)もまた暇そうにしていた。
(エルフリーデめ、こんなところに俺を押し込めやがって。変態という名のジェントルマン諸君にとってはうらやむような状況のようだが、俺にとってはただ汗で蒸れるだけだ)
彼は実体としての姿を持たないフラッシュメモリタイプの魔道書である。要は本体しかない上に、コミュニケーションを取る際はどこかに接続されてなければいけないのである。
そんな彼(?)が押し込まれているのは、エルフリーデの胸の谷間の奥であった。
(まぁ、この両脇からオレを圧迫してきている脂肪の塊の衝撃吸収性だけは評価してやろう)
などと思いながら、一応授業は聞いている。
(しかしあの新米教官、今途中式に代入する値を間違っちゃいなかったか? 関節部分に用いる部材の強度を求める式のようだが、あれでは強度が足りんだろう?)
とはいえ、どうすることも出来ないのだが。
そんなこんなでこの時間の授業は続いていく。
* * *
(なるほど、イーグリットは機動力がある分、一動作にかかる負荷そのものは大きいというわけですか)
一方、別の教室では
南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)がイーグリット整備に関する特別講義を受けていた。
単位制であるが故に、パートナーの搭乗機体が決まっている場合はこのような特講を受講することで、より習熟することも可能だ。
ただし、その分内容が高度なために、単位を取るのは容易ではないが。
「特に、駆動部の整備は重要だ。イーグリットは音速を超える速度を出せるが、人型兵器の場合、通常なら分解する。イコンがそれでも耐えられるのは、装甲強度のときにも説明したが、機晶エネルギーの作用があるからだ。しかし、それでもどうしても脆くなるのが装甲の薄い関節駆動部だ。ここに不備があれば、ビームサーベルを振ったときに、腕も一緒に飛んでってしまうぞ」
スクリーンには、イーグリットの図面が映し出されている。
パートナーの真理のためにも、重要な部分はノートにしっかりと書き留め、真剣に授業を受け続けた。
* * *
一方、秋津洲と同じく真理のパートナーである
敷島 桜(しきしま・さくら)は、この時間に授業がないため、コンピュータールームで作業を行っていた。
(前回の戦闘データは……)
海京決戦における真理のイコン戦闘データを洗い出し、改善すべき項目をリストアップする。
二学期から編入した真理には、他のパイロットに比べ経験的に浅い部分があるのは確かだ。
ただ、それ以前にまだ彼女自身が得意としているものをイコンに反映し切れていないのが大きな課題だろう。
弓は実装されていないが、それでも武道の心得があるのなら、それを戦術に取り入れて機体を駆れれば大分改善されるはずだ。
(あとは真理様次第ですね)
転入生の学院案内に付き合うというパートナーを思い浮かべる。同時に、彼女がレイヴンという機体に興味を持っていることも頭をよぎった。
(何事もなければいいのですが……)
試乗しようがしまいが、どことなく不安を感じるのであった。
First Previous |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
Next Last