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続・冥界急行ナラカエクスプレス(第2回/第3回)

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続・冥界急行ナラカエクスプレス(第2回/第3回)

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第5章 化身【1】


 ほろびの森、駅から北北東20km地点。
 忘れられた小さな物見台で天才プログラマー湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)は状況の把握に務めていた。
「計算するまでもないことだが、やはり僕の手持ちの火力では対処は無理だな……」
 となったら、自分の専門分野で貢献するしかない。
 株分けされたアガスティアの成長速度を計算し浸食のシミュレーションを行う。
 銃型HCの画面に周辺図を表示しナラカエクスプレスを防衛ラインを設定、防衛組の仲間に配置図を送信する。
 それから、とある作戦を実行するためエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)に連絡をとった。
「……エクスか。僕の護衛をさぼってどこをほっつき歩いてる。すぐに戻れ、考えがある」
『手伝えって……ボクに命令すんな! あんな酷いことしておいてよく言えるよね!』
「ガルーダにおまえの身体を売ろうとしたことか? 小さいヤツだな、そんなことぐらいで……」
『うるさいっ! もうキョウジなんて信用しないんだから! 他の人を手伝うよ!』
 問答無用で通話を切られ、凶司はため息まじりに足下を見る。
 そこにはナラカエクスプレスから調達したよく燃えそうな木材やらオイルなどがまとめられていた。


 それからほどなくして、彼の指示した配置にちらほらと防衛組のメンバーが集まりはじめた。
 崩れた砦の見張り台に立つ蒼空の魔導士御凪 真人(みなぎ・まこと)もそのひとりである。
 押し寄せるアガスティアを前に真人は冷静に分析している。
 五行相克に基づき『金剋木』を狙うにしても、強力な木行の前では『木侮金』になる可能性があります。
 ならば……。
 おもむろに杖を床に突き刺した。ひとたび念じると杖を中心に炎の魔力が渦巻きはじめる。
「五行の理なら『木生火』です。アガスティア自体が木である以上、こちらの炎に恩恵をもたらすのは必至……」
「なるほど。そこまで考えてはおらなんだが……、しかしすることは同じようじゃ」
 魔導書クタート・アクアディンゲン(くたーと・あくあでぃんげん)はそう言うと、真人の横に杖を突き刺した。
 大きな炎の渦がもうひとつ見張り台の上をぐるぐると回る。
「火の効果はそれだけではありません。高熱で水分が失われれば『水生木』の関係も崩れ成長も阻害できるはずです。ただ懸念は、果たして世界樹と呼ばれる存在に通常の木の特性が適用されるかどうかですが……」
「今はそれを心配しても始まらん、結果はおのずと付いてくるはずじゃ」
 二人は精神を集中し最大魔力での迎撃態勢に入った。
「……その時間を稼ぐのが俺たちの仕事ってわけだな」
 葛葉 翔(くずのは・しょう)はトレードマークのグレートソードを担ぎ迫り来るアガスティアに走った。
 樹々をちぎり大地を削るその様に神聖さはなく、もはやただの忌むべき怪物にしか見えない。
「ここで一生過ごすなんてごめんだからな……、この場は絶対に死守してみせる!」
 凄まじい速度で伸びる根を大剣の腹に受けると、翔は返す刀で煉獄斬を繰り出した。
 断たれた根が火の粉を散らして空を舞う中、間を置かず根を刈り取っていく。
 ただ如何せん数が多い。
 翔が大剣を振り上げたその時、左右から放たれた斬撃が頭上に迫る枝を微塵に刻んだ。
 炎をまとった剣で枝葉を断ち切る小さな影は、先ほど凶司に啖呵を切ったエクスだ。
「ボクも手伝う! 上から来る攻撃は任せて!」
 そして、もうひとつの影は真人のパートナー、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)
 虚空に円を描くように剣を振るい、四方から伸びる枝を薙ぎ払う。
「言っておくけど、手を貸すのは一回だけだからね。自分の身ぐらい自分で守りなさいよ」
「ああ、悪い。助かった。けど人の心配もいいが、おまえも気をつけろよ、うしろからデカブツが来てるぜ」
「言われなくても……わかってるわ!」
 振り返り様に打ち下ろされた巨大な枝を盾で防御。すかさず盾に内蔵されたパイルバンカーでバラバラに吹き飛ばす。
「今日の私はいつもの3割増よ……、いくらでもかかって来なさいよっ!」
 とその時、アガスティアの前に突然炎の壁が広がった。
 読み通り熱には弱いらしく、噴き上がる炎に枝葉や根の動きは目に見えて停滞化した。
「でもこの炎……どこから?」
 不思議そうにするエクスの目に、ふと眼下の茂みを横切る凶司の姿が映った。
「なんだ、作戦ってこれのことだったんだ……」


 時同じくして、真人とクタートも準備が整う。
 詠唱を終え、目の前の杖に手を突き出すと、渦巻く炎が一斉にアガスティアを飲み込んだ。
「灰は灰に、塵は塵に……ナラカの世界樹よ、あるべき場所に還りなさい!」
「行くぞ! 我が紅蓮の炎! 立ちはだかる敵を焼き払え!!」
 業火は炎の壁も巻き込んで、アガスティアに燃え広がった。断末魔の苦しみに枝や根は踊るようにのたうち回る。
 終わった……誰もが安堵した瞬間だった。
 ……しかし。
 冥界の守護者は最期の力で炭化した枝を蔓のように伸ばす。
 標的となったのは魔力を消耗し疲弊した真人達、砦をえぐるように攻撃が叩き込まれ毒素が周囲に飛散する。
「ぐ……、流石は世界樹……とてつもない生命力ですね」
 血にまみれながらも瓦礫の中から真人は立ち上がり、毒素に倒れたクタートに治癒を施す。
「す……すまん」
「まだあなたの力が必要ですから……。さあ、何度でも立ち上がりましょう。我々が諦めない限り敗北はありません」
 不屈の闘志で立ち上がる二人に、翔やセルファ、エクスや凶司も再び気合いを取り戻す。
 そして、その闘志に呼応するかがごとく、ルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)の飛空艇が救援に駆けつけた。
 天に伸びる無数の枝を卓越した操縦技術で回避して接近する。
「言われたとおり、目標の懐に潜り込みましたが……どうするつもりなんです?」
「どうするって……お兄さんに期待されても困るんですけどね」
 後部に乗る相棒の昼行灯クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は肩を鳴らしながら言った。
 だがしかし、顔を上げるとその雰囲気がガラリと変わる……、紅の魔眼と封印解凍で潜在能力を解放したのだ。
「お兄さんね、紅の魔眼で片目だけ紅にするとさ、紅と青のオッドアイになるのさ。どうよ、なんかカッコよ……」
「興味ありません。恥ずかしいので人前で厨二発言はやめてください」
「あ……はい、すいません。どうでもいいですよね」
 肩を落とす彼だが、不意に真面目な一面を見せた。
「……それはともかく、お兄さんの力がたかがしれてるのは事実。でもやらないよりマシってね」
「あなた、まさか……あの技を?」
「今なら大分弱ってるし案外通じるかもね。さ、おしゃべりはおしまい、危ないからすぐにこっから離れるんだよ」
「クド!」
 静かに笑って彼は飛空艇から飛び降りた。
 襲いかかる枝を装着したファイアヒールの反動でもって避け、衰弱しつつも蠕動を続けるアガスティアに着地。
 その瞬間、クドが光に包まれた。
「さあ、よい子はもう眠る時間ですよ。お兄さんが添い寝してあげるからもう終わりにしちまいましょう」
 全身から放たれたパラダイス・ロストの閃光がアガスティアを粉々に吹き飛ばす。
 度重なる炎により、抵抗力のほとんどを失っていた世界樹は、なす術なく解放された魔力の海に沈んだ。
 息も吐く間もなく灰燼と帰した樹々の欠片が空を埋めつくす。
「人の気も知らずに無茶ばかり……、帰ったら一度大掛かりなお説教が必要ですね」
 ため息を吐くルルーゼ。
 けれど、空から落ちてくる絶命寸前のクドを見つけると、慌てて飛空艇で救出に向かうのだった。