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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第2回

リアクション


(・性能確認)


 訓練開始の少し前のこと。
「五月田教官、少し話したいことが」
 榊 孝明(さかき・たかあき)はレイヴンに搭乗するにあたり、提案を行った。
「あの青いイコン――『暴君』もBMI搭載機であり、レイヴンと共鳴してシンクロ率のリミッターに影響を与える可能性があるのでは?」
「ウクライナでの共鳴現象は、BMIの暴走によるものだ。だが、シンクロ率が一定数を上回り、なおかつ同じBMI搭載機が特定範囲内に入った場合、何らかの影響を受ける可能性が指摘されている。それが共鳴に限ったことなのかは定かではない」
 目下調査中、ということらしい。
「可能性が少しでもあるなら、シンクロ率を抑えて戦うよりも、シンクロ率が上がっても自らを律する方法を探るべきではないか?」
 まだ青いイコンとレイヴンが邂逅してはいないため、何が起こるかは一切分からない。
 だが、最悪の場合、急激にシンクロ率が上がることで、暴走する生徒が多く発生する恐れがある。
 それならば、想定出来るレベルまでのシンクロ率を一度試した上で適性がない人間は乗せない方がいい。
 そのことを五月田教官に伝えたうえで、
「対青いイコン用のシミュレーションをお願いしたい」
 と申し出る。
「ちょうど今朝方、青いイコンのシミュレーター用データが完成したところだ。そこまで言うのなら、まずは試してみるといい」
 とはいえ、無理は禁物だ。
 今でこそレイヴンが戦闘でも使えるようになっているが、「封印」されていた時期があることを忘れてはいけない。
「あいつ、まさかあんなことになってたなんてね……」
 シミュレーター室に向かう最中、益田 椿(ますだ・つばき)が呟いた。
「ベトナムで見たときとはまるで別人だった。ただ、何かに執着しているようにも見えたが……」
 それがあの「暴君」を止めるための鍵となるのか。
 とはいえ、そのための力を得るためにも、レイヴンを乗りこなさなければならない。

 そして他にも、レイヴンへ搭乗しようという生徒がいる。
「ルアーク、覚悟は出来た?」
「俺はいつだって準備OKだけどね……緋翠はいいの?」
 水鏡 和葉(みかがみ・かずは)ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)だ。
 レイヴンをずっと見てきたが、見るだけでは危険性も有用性もわからない。シャンバラに現れた青いイコンは、おそらく同じシステムを搭載しているのだろう。
 ならば、一度乗ることで、何らかの打開策も見えてくるかもしれない。
「和葉……馬鹿なことは言わないで下さい。あれだけ、自分で危険だって言い続けていた機体にどうして自ら乗るような愚かな真似をするんですか? シミュレーターとはいえ、危険なのは変わらないんですよ? あの機体はいつだって暴走の危険をはらんでいる。それが分かっていて、どうしてっ……?」
「緋翠、それでも覚悟を決めるのは今しかないんだよ。それだけ危険だからこそ、実機だとどうなるか分からない。シミュレーターで試せる今だから、見極めなきゃいけないんだっ」
 こればかりは、譲れない。
「……分かりました。では、データはしっかりと記録しておきます」
 納得出来ない様子ではあるが、神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)がそう言って二人を見届けた。

* * *


「和葉、BMIとの同期を開始するよ?」
(了解……しっかりと自我を保ってねっ?)
 和葉はテレパシーを送る。ここからはこれで意思疎通を図る。
(……誰にもの言ってんの? 和葉より完璧にこなしてみせるってば?)
 ルアークが不敵に笑った……ような気がした。
 覚醒、起動。
 レイヴンとの同調率を高めていく。シンクロ率のメーターも同時に上がり、いつもの【ミッシング】の覚醒状態では体感し得ない、情報の波を感じた。
(く……たったの5%で頭の中が……でも、いける。絶対に動かしてみせる!)
 さすがにパートナーが強化人間ではない分、負担がかかるようだ。
 流れてくる情報に飲まれないよう、強く祈る。大切な人を守るために、どれだけ強い機体にも決して負けたりしないように。
 準備完了だ。
「さぁ、動け……」
「行くよ!」
 シンクロ率が10%になった瞬間、スロットルレバーを一気に押し込む。
 実機と同じように、カタパルトからの発進が再現される。
 機体は上昇し、安定飛行状態に入った。
(まずは第一段階クリア、か。和葉、次行くよ?)
(分かったっ!)
 機体の安定を確認すると、覚醒を解除する。レイヴンの最低起動値であり、同時に始めて乗る者にとっての上限でもあるシンクロ率10%。
(10%くらいだと、通常のイーグリットとあまり差はなさそう……かな?)
 長距離射程ス内パーライフルを構え、トリガーを引く。その際、先に頭でその動作をイメージしてみた。
(ああ、なるほど……BMIってこういうことなんだ)
 コックピットのレーダーを目視せずとも、敵の位置が分かる。そのため、照準を合わせてから発射するまでのタイムラグを通常よりも短く出来る。
(けど、やっぱりちょっと疲れるかな……)
 浮遊感覚を頭の中のイメージだけで維持出来るのはありがたい。また、パートナーの思考もある程度読み取れる。
(レイヴンに乗ったら、隠し事は難しいね)
 この機体に乗るには、パートナーとの信頼関係も、他のイコン以上に大切なのかもしれない。
 訓練用の敵を撃ち抜いていく、和葉。
(頭の中でイメージしたように動いてくれるのは、ありがたいよね)
 機体操縦を行っているルアークの声が頭の中に響く。
 10%だと、超能力使用に関してはサイコキネシスで弾速を多少上げることくらいしか出来ないが、補助機能としては十分だ。
(よし、ちょっと試してみるかな)
 和葉はレイヴンにサイコメトリを試す。
 ここは仮想現実ではあるが、現実のデータを忠実に再現しているならば、何か見えるかもしれない。
 例えば、イコンの意識のような――。
 だが、一瞬だけ見えたのはそれではないものだった。
(今のは、ボク?)
 まるで鏡写しのように、もう一人の自分の姿がそこにあった。
 仮にそれがイコンの意思だとするならば、レイヴンはそれこそパイロット自身である。
(う……)
 なぜだかそれを見た瞬間、強烈なめまいがした。
 意識を機体に乗っ取られるとすれば、それは自分の中で表に出てこない感情と、今の自分が入れ替わってしまうということなのかもしれない。
 
 そして、同じようにレイヴンで訓練を行っている孝明は、その感情に気付きつつあった。
(俺がなぜ戦うか、そのことを忘れるな……!)
 青いイコンと接触したことによる共鳴は起こっていない。
 だが、シンクロ率を上げていくにつれ、「囁き声」が大きくなっていく。
(敵意、殺意に振り回されるな……アイツみたいに、俺はならない!)
 孝明が意識するのは、仲間を守るというその一点だ。
 現在、シンクロ率は30%を上回った。本来ならば、打ち止めになってなければならないが、教官からの許可を得ているためまだ上げられる。
 ただ、烏丸 勇輝が暴走した40%に達したら気をつけなければならない。
(大事なのは、学院の仲間のために戦う……いや、あたしにとっては違う。そう、あたしは孝明のため。仲間のために戦う孝明のために戦う!)
 椿も自分の意識を保つ。シンクロ率が上がれば、パートナー間の意識が混濁し、自己を正確に認識出来なくなることがある。それは一つの危険信号だ。
(椿、『暴君』に接近する。共鳴が起こるとしたらどのくらいか、確かめておきたい)
 青いイコンからの真空波をかわしながら、距離を詰めていく。
「――――っ!!」
 二機の距離が縮まるにつれ、次第に頭痛が強くなっていくのが分かる。
(まずい、意識が引っ張られる。こういうことだったのか)
 より強い感情への共鳴。
 今はシミュレーターであり、パイロットは所詮AIだ。感情はない。BMIを使っていると仮定しているからこそ、同じBMI搭載機が接近した際に何が起こるかがシミュレートされていたのだろう。
 ということは、実機だったら一定の距離を取らなければ危険だ。まるでブラックホールである。
(殺意も敵意も、相手への怒りと恐怖からくるもの。レイヴンも、怖い? もっとあたし達を信じな)
 その恐怖心を消すために、相手を破壊したいという気持ちが大きくなっていく。言うならば、レイヴンの暴走の引き金となるのは、パイロットの「心の弱さ」だ。
 烏丸 勇輝が完全に飲まれたものの、桐山 早紀がほんの一瞬とはいえ耐えられたのは、早紀の方が飲み込まれないだけの意思の強さを持っていたからだろう。
(だが、この辺り――40%が限度だ。これ以上になると、俺も自信がない)
 40%。
 孝明自身が感じたレイヴンへの適性を見定めるためのラインだ。
 
* * *


「とりあえず、一通り試してみますか」
 杵島 一哉(きしま・かずや)アリヤ・ユースト(ありや・ゆーすと)は、第二世代機であるブルースロートでの訓練を受けていた。
「座標計算、開始します」
 アリヤがレーダーを元に、ジャミング対象の機体の位置を計算する。ステルス効果を発揮するために、情報撹乱を用いて自機を視認しにくくする。
 敵の銃撃に対しては、エネルギーシールドを展開。これがかなり優秀なもので、ビーム系の攻撃を吸収することも可能なようだ。
 だが、戦闘においては単独行動に向いている機体ではない。単機では、せいぜい偵察機として敵情視察に行くのに使われる程度だろう。
 とはいえ、初めて乗る機体でほとんどの武装を生かしきれていない。とりあえず、慣らすことから始めるしかなさそうだ。

『それでは、ブルースロートによる小隊支援の訓練を行う』
 教官からの通信が入る。
 笹井 昇(ささい・のぼる)デビット・オブライエン(でびっと・おぶらいえん)も、ブルースロートの性能を試そうとしていた。
「やっぱり新型って響きはいいよな。まぁ、情報収集ならオレに任せておけよ。
 にしても、早く実機でも試したいもんだぜ」
 デビットがパネルをいじりながら呟く。
「……それにしても、レイヴンは継続運用か。まだ烏丸機の暴走の原因だって究明出来ていないというのに、危険極まりないんじゃないか」
 昇は訓練前のことを思い返す。
 これまで、レイヴンの搭乗はテストパイロットのみだったが、今回は特に条件が設けられていなかった。
 ウクライナの件があるにも関わらず、なぜ搭乗可能にしたのか。しかも、暴走したにも関わらず、今回訓練でレイヴンを搭乗希望したものは決して少なくない。
「確かにブルースロートは防御特化で攻撃に不安のある機体であり、レイヴンの運用を休止すると、第一世代機主体にならざるを得ないという苦しい台所事情なのは理解出来るが……学院は一体何を考えているのか?」
 また同じ悲劇が、下手をすればもっと酷い事態になってしまうのではないか。
 あれ以降、あの二人がパイロット科に現れることはない。死んではいないらしいが、再起不能だという。
「まったく、昇はまた難しく考えすぎなんだよ。
 烏丸のヤツは、まぁ、なんだ、残念なことになっちまったけど……ようは使い方一つなんじゃないかと思うぜ」
「使い方、か」
「あいつはちょっと出撃前から様子がおかしかったしな。パイロットのメンタルケアってのも大事なんじゃねえかな。それに、研究がもっと進めば、レイヴンの危険性だって減る可能性はあるだろ」
 一理あるが、その過程で果たしてどれだけ学院の生徒が犠牲になるのだろうか。
 実際に生きた人間が機体を動かす以上、リスクは常について回る。
「そういや、早紀ちゃん、まだ入院してんのかな。精神的にかなり参ってるだろうしな、訓練終わったらちょっと見舞いにも行こうぜ」
「桐山さんか……そういえばどこに入院しているんだろうな」
 海京の病院、とりわけ強化人間のための施設は限られている。そのどこかにはいるだろう。
(不満を口にしているだけでは何も変わらないか。とにかく、第二世代機の有用性が立証されて運用が軌道に乗ってくれば、現状を改善出来るかもしれない)
 レイヴンや勇輝達のことは頭の隅にやり、訓練に集中する。
「もう少しだけ、計算式が単純なら良かったんだがな」
「やむを得ないだろう。空中に展開、しかも機動している他の機体にエネルギーシールドを張るには、その機体の位置、速度、自機との距離とエネルギー残量を常に把握し続けなければいけない」
 ある程度の演算サポートプログラムが試験的に搭載されているが、あくまで補助的なものだ。
 だが、同じ小隊機の位置を把握していれば、多少の誤差は調整してくれている。レーダーを注視しながら計算を行えば、エネルギーシールドの展開範囲を維持することは可能だ。
 事前の説明によれば、一機のブルースロートが同時にカバー出来るのは一小隊分――自機も合わせれば五機が限界だという。
『目標は小隊全機に対し、エネルギーシールドを正確に維持すること。エネルギーシールドは、寺院の機関銃程度なら無効化するほどだ』
 その教官の説明通り、遠距離からの銃弾はことごとくシールドに阻まれて消失する。
『最初からは難しいかもしれないが、公式を覚えておけばエネルギーシールドを維持したまま、敵機への干渉を行うことも可能だ。相手の機体が弱っていれば、完全にコントロールを奪うことも出来る』
 問題は、敵機の座標を正確に把握していないと、こちらは厳しいということだ。昇達が試してみるが、中々相手の機体の制御を乱すことは出来ない。
 エネルギーシールドを切って、なんとか干渉可能なほどだ。
「昇、機体は出来る限り安定させてくれ。そうしないと、正確な計算が出来なくなる」
 ブルースロートで重要なのは、常に安定した操縦を行い、急激な動きを避けることにある。そうしないと計算が狂うからだ。
「了解」
 これまでの機体と違い、サブパイロットに高い演算能力が必要とされる。レイヴンとは違った意味で、「頭を使う」機体だ。
「こりゃ座学での勉強も、もっと必要になりそうだぜ」
 
* * *


「データ解析、完了しました」
 シミュレーター訓練が終わった後、敷島 桜(しきしま・さくら)が真理を迎えた。
 整備科での実習が終わった南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)もやってきている。加えて、今回のデータも整備の際に組み込むためだ。
 シミュレーター訓練でのメリットは、終わってすぐ客観的に、自分の動きを見直せることにある。
 実機では教官からの指摘があるくらいだが、自分の目で見ることで、より課題を自覚することに繋がる。
「こうして見ると、操縦技術じゃなくて、『戦い方』を知らないのが問題だな」
「もっと戦況判断だったり、連携した戦術だったりを知る必要がありそうだね」
 紫苑とサクラもまた、訓練データを見返しながら課題を見出していく。
 特に、覚醒を使うタイミングで教官から指摘を受けていたこともあり、過去の覚醒使用者の戦闘データとも照らし合わせる。
 こうして翌日の訓練へと臨んでいくのである。

* * *

 
「ここか」
 早紀の入院している病院を調べ、デビットと昇はそこへたどり着いた。
「桐山さんですか? はい、こちらにおりましたが……」
 受付の人から驚くべき事実を知らされる。
「三日前に病室から姿を消して以降、行方不明のままです。現在、強化人間管理課の方が捜索中です」