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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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chapter.11 対デンタル空賊団(2)・更生 


 今までにない気迫を見せるデンタルに、メジャーたちは思わず一歩退いた。冷静に互いの人数を考えればその差は圧倒的であったはずだが、それすら一瞬忘れさせてしまうほどの力強さが彼からは感じられた。
「デンタルの野郎、ここまでの野郎だったとはな……」
 ヨサークが苦虫を噛み潰したような顔で言うと、アグリもブウウン、と困ったようにモーター音を鳴らす。とはいえ、いつまでも怯んでいるわけにはいかない。そう感じた生徒たちの何人かが、デンタルを倒すべく、足を踏み出した。
「魔法少女アイドル、マジカルカナ、参上! いくら仲間たちがやられたからって、人を傷つけてまでお宝を横からかっさらおうなんて……そんなの、私が許しません!」
 その中から最初に名乗りを上げたのは、遠野 歌菜(とおの・かな)である。歌菜は最初から全力で彼を倒すべく、「さーちあんどですとろい」によって生み出された炎でデンタルを炙ろうとした。歌菜を発生源として放たれた炎は、地を這うようにしてデンタルへと向かっていく。そして炎は確かにデンタルを捕らえた。が、歯痛と部下がやられた怒りで極限まで感覚を麻痺させていた彼は、炎による高熱すらぬるま湯くらいにしか感じていなかった。
「な、何て人なの! こちらの攻撃が……全然効いてない!? アレなの? まさかのドMなの!? 椎名真さんよりドMだというの!?」
 歌菜は驚きのあまり、つい妙なことを口走ってしまった。真はとんだとばっちりである。
「……歌菜、それは真に失礼だぞ」
 はあ、と息を吐きながら、彼女のパートナー、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が歌菜の横に並んだ。
「だってこの人、炎を浴びても平然としてるしっ……」
「それは、歯が痛いからだ。それが、すべてを凌駕しているんだ」
「歯痛で!? そんなに歯が……」
 羽純から真相を聞いた歌菜は、どう戦うべきか、少しの間頭を悩ませた。そしてやがてその顔に、笑顔を浮かべる。
「……歌菜?」
 嫌な予感がして、羽純は名前を呼ぶ。歌菜は、名案とばかりに自分の考えを羽純に話した。
「そんなに痛い歯があるなら……抜いてしまえばいいじゃない!」
「え、歯を抜く……?」
 思いっきり嫌そうな顔をして、羽純が聞き返す。歯痛によって今の無敵状態があるなら、歯を抜けば通常通り攻撃が通るようになるのでは? そう考えた歌菜の理論はおそらく正しい。ただ、羽純はその作戦にいまいち賛同できなかった。それも当然と言えば当然だが。誰が、恋人が空族の歯を全力で引っこ抜く光景を間近で見たいと思うだろうか。
「さーて、歯の痛みとオサラバするために、マジカルカナクリニックによる治療を始めますよーっ」
「歌菜のヤツ、完璧にヤる気だな……」
 羽純は心の中で祈った。どうか、少しでもまともな歯の抜け方をしますように、と。ちなみに歌菜はマジカルうんぬんと言っているが、抜歯方法は引き抜くだけという、思いきり力技だった。
「あー……と、とりあえずアンタ、悪いことは言わないから、このまま早く帰った方がいいぞ?」
 羽純は一応惨状が起きないよう助言してみるが、今のデンタルは当然聞く耳を持たない。斧を振り回し向かってくるデンタルの歯に、歌菜が狙いを定めた。
「っ!」
 しかし、予想以上に素早くなっていた彼の動きに、歌菜はすんなり歯を抜くことが出来ずにいた。
「そんなっ……どうして歯がもげないの!?」
 戸惑う歌菜と、そのそばでげんなりする羽純。彼女に言ってほしくないセリフランキングがあるとしたら、今のは相当上位に食い込むだろう。
「歯を抜くなら、気絶させるなりして動きをとめてからじゃないと厳しいのでは?」
 一連の流れを見物していたクロス・クロノス(くろす・くろのす)が、両者の間に入り歌菜の加勢に加わった。歌菜が交戦中、パワーブレスで自身の攻撃力は既に増加させている。
「とりあえず、殺さない程度にいきますか」
 そう言うとクロスは、持っていた槍を構え、薄く笑みをこぼした。
「ここが狭くなくて良かったです。思う存分、槍を振り回せますから」
「えっと……よく分かんないけど、手伝ってくれるのかな? ありがとう!」
「お礼は、デンタルを倒してからです」
 正面、デンタルの方を向いたまま、クロスが言う。歌菜も再度気を引き締め直し、ふたりはデンタルと対峙した。静かな時間が流れる。数秒、あるいは数分だろうか。止まった時を動かしたのは、クロスだった。
「あっ、こんなとこにグラビアアイドルが撮影会してる」
「えっ」
 彼女は適当な方向を指差して言った。どう考えても露骨な嘘だったが、デンタルも男なのか、反射的にクロスが指差した方に目を向けてしまう。その隙を、彼女は逃さなかった。
「今です!」
 クロスは、デンタルの口めがけて氷術で生み出した小さな氷を放り投げた。彼の歯痛の原因が虫歯か、知覚過敏かは知らないが、いずれにせよこれならよく染みてくれるだろうと思ったのだ。そしてその氷は、アホみたいにだらしなく開けていたデンタルの口の中に、すぽっと見事に入った。
「うおおっ……! 歯がっ……歯がっ……!!」
「狙い通りですね」
 もがき苦しむデンタル。クロスは、フォロースルーを怠ることなく、腕を空中で止めたまま言い放った。戦う前彼女が言っていた「槍を振り回してどうのこうの」というのは一体何だったのだろうか、後で聞いてみたいところである。
「ぐっ……あぁっ……」
 もはやいつ気絶してもおかしくない様子で、デンタルが膝をついた。それをチャンスと歌菜は近づこうとするが、彼女より先にデンタルを射程距離に捉えた者がいた。
「動くな」
 彼の背後に回り込み、銃をつきつけたのはジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)だった。完全に、おいしいところだけ持っていった形である。
「く……俺が、こんなところで……」
 デンタルは、それを見て最後の気力すら失ったのか、目を閉じ崩れ落ちた。



「ん……?」
 戦いが終わって数十分。デンタルは目を覚ました。きょろきょろと辺りを見回す彼は、不思議そうに呟いた。
「ここは……?」
「お、目が覚めたね!」
 デンタルは、自分の状況を確認した。何やら簡易的につくられたベッドに寝かせられていることと、記憶が少しぼやけているのはすぐに分かった。
「じゃあ、早速だけど任せたよ、凄腕の歯医者さん」
「歯医者さん!?」
 そう彼の前で言ってのけたのは、ジャックの契約者、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)だった。ちなみにベッドに寝かせたのも、忘却の槍で前後の記憶をあやふやにしたのも、両方とも彼女の仕業である。そんな彼女に紹介されると、もうひとりのパートナー、カイン・クランツ(かいん・くらんつ)が不本意そうな顔で出てきて言った。
「ちょっと待て、おれは歯医者じゃねぇ!」
「またまた先生、ちゃんと手に医療器具持ってるくせに」
「どう見たらこれが医療器具に見えんだよ」
 カインが手にしているのは、工事する際などに使われるドリルだった。が、玲奈はまったく耳を貸さない。
「……聞いちゃいねぇな。まあ仕方ねぇ。やれってんならやってやるか。ちょーっと痛いかもしれねぇが、我慢しろよな」
「そ、それちょっとどころじゃ……っ!」
 じたばたと暴れ、必死で抵抗するデンタル。どうやら彼女たちは虫歯を強引に治療することで、その存在を無個性なものにして存在意義をなくそうと目論んだようだった。が、いかんせんそのドリルは工事用だ。歯ではなく、機械などを直す際に使用するためのものだ。
「大丈夫、死なない程度に回復はしてあげるから」
 玲奈が胸を張って言うが、説得力はゼロだった。死ぬ死なないの言葉が出てきた時点でアウトだろう、という話である。
「いっ、嫌だっ……!」
 大慌てで逃げようとするデンタルだったが、カインが雷を帯びさせる技をいくつか使っていたためか、帯電していた彼は体の自由がほとんどきかず、這うようにベッドからずり落ちるので精一杯だった。
「麻酔をかけてるんだ、あまり動くな」
 麻酔というか、雷術である。どうもこのふたりは、歯医者の概念を根本から勘違いしているのではないだろうか。
「待ってくれ」
 デンタルが涙を流しそうになった時、玲奈たちを呼び止める声がした。
「彼には、ちゃんとした環境でちゃんとした治療が必要だ」
 なんだ、まともな人間もここにはいるじゃないか。デンタルが一瞬気を緩め、声の方を見る。次の瞬間、彼は言葉を失った。
「ヌウ、押さえておいてくれ」
 声の主、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に言われ出てきたのは、彼のパートナー、ヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)であった。身長2メートルもあるヌウは、どういうわけか、丈が短めのナース服を来ていた。
「似合ってるよ、ヌウ」
 反対側からも声が聞こえ、デンタルは首を反転させる。すると彼は再びぎょっとして、目を丸くした。
「やっぱりこういう時は、これを着なきゃね」
 そう言ってヌウと同じナース服で現れたのは、もうひとりのパートナー、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)だった。ヌウほどではないがそれなりに高身長のヘルのナース姿もまた、デンタルに激しい恐怖を与えた。
「なるほど、治療は清潔な服でしないといけないんだな! 足がスースーするから涼しくていいな!」
「大丈夫、きっとすぐ慣れるよ」
 デンタル越しに会話するツインタワー。鍾乳洞で女装した大きな男性ふたりに挟まれるのは、デンタルの人生でこれが最初であり最後だろう。
「さて、口を開けてみてくれないか」
 そこに呼雪が近寄ってきて、やや強引にデンタルの口の中を覗き込む。デンタルが暴れようとする度に、ヌウがそれを押さえ込んでいたので彼はまったく身動きがとれないまま、されるがままとなっていた。
「どうだい、呼雪?」
 ヘルに尋ねられると、呼雪は真剣な表情で少し黙った後、ゆっくりと首を横に振った。
「……遅すぎたんだ、何もかも」
 そう呟いた呼雪は、何かを決心し、懐から糸と先が細いペンチを取り出した。
「……まさか」
 デンタルの全身に、悪寒が走る。せっかくドリルの悪夢から逃れられると思ったのに、結局同じ運命か。落胆の表情を見せるデンタルを見ると、呼雪は器機を丁寧に消毒しながら、励ますように言った。
「デンタル、君のアイデンティティを失わせてしまうことになるのは確かに忍びない。が、これも空賊から足を洗わせるためなんだ。歯が綺麗なら、芸能人になることだって夢じゃないぞ」
 きっと彼は、歯痛のせいでムシャクシャして空賊稼業に手を出したのだろう。だから、それを治してやれば真っ当な道に今からでも戻れるに違いない。そう思った呼雪は、もう誰が何と言おうと彼の歯を抜く心積もりだった。
「たっ、頼む、それだけは……っ」
 ヌウに押さえられながら必死の抵抗を見せるデンタルだったが、呼雪は糸を口の中に入れながら平然と言った。
「大丈夫だ、今まで痛かったんだから、それより痛くても一瞬だけだ」
 言いながら、ぐい、と一気に歯を引っ張る呼雪。
「いへえええっ、いへええ!!」
 デンタルはすっかり涙目である。が、肝心の歯がまったく抜けない。どうやら糸では無理だと判断した彼は、ペンチに変えることにしたようだ。抜きやすそうな歯に狙いをつけると、彼はペンチで挟み、全力でその歯を抜いた。
「!!!」
 声にならない声を上げ、デンタルが足をバタバタさせる。だが呼雪は早くも、次なる虫歯を探していた。
「他には……ここも虫歯、ここも……これもか? 随分酷いことになっているな」
「え、ちょ、呼雪? そのへんはまだ大丈夫じゃない?」
「いや、手遅れだ」
 もしかしたら、彼は歯を抜くのが楽しくなってきてしまったのではないか。ヘルのそんな不安に気付かず、呼雪はペンチを二本目の歯に宛てがう。
「わたしも! わたしにもやらせて!」
 それを近くで見ていた影野 陽太(かげの・ようた)のパートナー、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が純粋に手伝いたいと思ったのか、元気に立候補する。陽太がナラカに行っており不在だったため、契約者なしで遺跡に来ていたノーンは、デンタルの様子を見てずっと「きっと美味しいものも食べられないんだよね……かわいそうだよ」と不憫に思っていたのだ。
「だがこれは、思っている以上に難しい作業だぞ」
「大丈夫! わたし、挑戦してみるよ!」
 明るい声で答えるノーン。その無邪気さが、デンタルは逆に怖かった。ノーンは所持していたガーゴイルの力を借りて歯を部分的に石化させると、日曜大工セットでどうにか歯を削り取ろうとする。
「うーんと、教科書の通りならこれで合ってると思うんだけど……」
 地面に医学部の教科書を置きながら作業するノーンを見て、すっかり出番を失っていたカインと歌菜も再びデンタルへと歩み寄った。
「なんだ、さっき俺が使ってた道具で合ってんじゃねぇか。どれ、続きやるからもっと口開け」
「デンタルさん、今のアイドルはね、歯だって抜けるんだから! 私に任せれば大丈夫!」
「ん、んー! んー!!」
 あっと言う間に呼雪、ヌウ、ヘル、ノーン、カイン、歌菜に囲まれたデンタルは、よってたかって口の中をやりたい放題いじられた。

 十数分後。
 「ふう……どうにか、力を合わせて全ての歯を抜けたな」
 呼雪が額の汗を拭いながら、やり遂げた感満載の顔で言う。
「今度会う時は、せいぎのみかたの空賊さんになっていてくれると嬉しいな」
 ノーンが「ダメかな?」と首を傾げながら尋ねるが、既にデンタルの意識はない。子守唄代わりになれば、とノーンは幸せの歌を歌うが、彼の脳に届いているかは分からない。呼雪もまた、彼を気遣うべく、気を失っているデンタルの胸元にそっと一枚のメモを乗せた。
「呼雪、それは?」
「ああ、ネットのクチコミで評判の良かった歯科医の名前と住所だ。アフターケアを含め、どうか同じ過ちを繰り返さないでほしいと思ってな」
 なるほど、と思ったヘルは、呼雪のメモを手に取って読んでみた。
「ドクター梅……? 住所は東京都……」
「それ以上は、口に出さない方がいい」
 呼雪に慌てて止められ、ヘルは口を閉ざした。代わりに心の中で、彼はそっと呟く。
 これ、歯医者さんじゃない気がするんだけど……ま、いっか。
 こうして、一行はデンタルを無事撃退し、先へと進んだのだった。その後デンタルがどうなったのか、それは分からないままだった。唯一分かるのは、こうも度々よそのリアクションに登場するドクター梅とやらが、かなりの影響力を持っているのだということである。



「アグリ、今回は大活躍だったじゃねえか」
 鍾乳洞を抜けている最中、ヨサークがアグリに話しかける。アグリは小刻みにライトを点滅させ、謙遜した。そんな彼らの後方で、朝野 未沙(あさの・みさ)はひとり、アグリからぽたぽたと漏れていた例の白い液体状のものをじいっと見つめていた。
「これ、本当に農薬なの……?」
 僅かな量を指に取って、顔に近づける未沙。だがその真相は闇の中である。
「採取して解析に回したいけど、アクリトさんに協力できないかな?」
 なんとなくだけど、白い農薬を集めることが得意そうだなあ、と未沙はアクリトを思い浮かべ想像した。もちろん他意はない。
「一応、持って帰ってみようっと! 解析できれば、またひとつ機晶姫の謎が解けるんだね!」
 後日、空京大学にそれを持ち込んだ未沙はアクリトの部屋を訪れ解析を願い出たが、アクリトはその白い液体状のものを見ると「少し部屋から出ていたまえ」と早口に言い、未沙を部屋から追い出してしまったという。彼が部屋でどんな調査をしていたのか、未沙には分からなかった。
 彼らが探検を終えてから、大分後のことである。