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リアクション
chapter.8 この道歩くべからず(1)・疾走
翌朝、目を覚ましたメジャーたち一行は、さらに深くへ進むべく、地下2階のフロアを歩いていた。程なくして彼らが差し掛かったのは、崖から伸びた全長50メートルほどの細い道だった。対岸を繋ぐ橋のように伸びているそれはお世辞にも強度のありそうな道には見えない。さらに、道の先には、人ひとり分の幅がある穴がある。おそらくこの道を渡って先へ進むのだろう。メジャーは崖から顔を出して下を覗き込んだ。
「おお……なんて危険なものがあるんだ」
彼が目にしたのは、弾力のありそうなスポンジで埋められた床であった。横幅1メートルもないであろうこの道を踏み外せば、そこに落ちるというわけだ。しかし、これでは落ちたところでたいしてリアクションがとれない。そういう意味では、ひとつ目の水噴射より危険度は高い。
「教授、これは……?」
生徒の何人かが口にすると、メジャーは頷き、質問に答えた。
「これが古文書に載っていた謎解きのふたつ目、『この道歩くべからず』というヤツだろうね。さて、どうしたものか……」
顎に手を当て、メジャーが考え込む。そんな彼の後ろ姿に、明るい声がかかった。
「教授! 危険を前に尻込みするなんて教授らしくないんじゃない?」
目の前の脅威に怯むことなく、むしろ目を輝かせながらそう言ったのは神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)だった。
「き、君、しかし……」
「ううん、君なんて呼ばないで、気軽にジュジュって呼んで! あ、ちなみに普段はドクター梅の護衛とかやってるから、よろしくね!」
まさかの、ドクター梅二度目の名前登場である。もしかしたらドクター梅とやらは、相当な知名度があるのではないだろうか。
「ジュジュくん、この道は危険だよ」
「うん、分かってる。それでも、行くのが冒険ってものよ!」
「いや、ここは僕がまず行こう。なんたって、危険だからね」
「ううん、あたしがひとっ走り行って様子見てくるから、教授はみんなと後から来て大丈夫よ!」
どちらが先に行くかで揉め始めるふたり。一見相手を気遣っているように見えるが、おそらくどちらも、ドキドキ体験がしたくて溜まらないのだろう。話し合いの結果、大人であるメジャーが先を譲るということで落ち着いた。授受はすうっと深呼吸をしてから、光条兵器を手にすると、高らかに宣言した。
「ジュジュ、いっきまーす!!」
次の瞬間、彼女は迷うことなく道をダッシュで駆け出した。歩いていけないのなら、走りぬければいい。それが彼女の出した、シンプルな答えだった。が、当然そんなド直球な答えを遺跡が許すはずがなかった。授受が10メートルほど渡ったところで、道の両脇から突如矢が飛び出してきたのだ。どうやら下のスポンジはフェイクで、こちらが不正解者を罰する本当の仕掛けだったようだ。
「危ない!」
メジャーが叫ぶ。が、授受はこういったことが起こるであろうことも考えていた。彼女は手持ちの光条兵器で、飛んでくる矢を次々と弾き落とす。が、連続して飛んでくる矢の雨は、収まる気配を見せない。
「ちょっ、ちょっとこれ、多すぎよ!?」
その場から一歩も動けなくなった授受は、矢を振り落としているうちにバランスを崩し、足を踏み外してしまった。
「あっ……!」
体をぐらつかせた授受が、スポンジの海へダイブしそうになったその時、危機一髪というタイミングで彼女のパートナー、エマ・ルビィ(えま・るびぃ)が小型飛空艇に乗り彼女を空中で受け止めた。
「あまり無茶しすぎはいけませんわよ?」
この緊急時でも穏やかな口調で、エマは優しく授受を諭した。
「ジュジュは何ていうか、止めても聞かないと言いますか、止める前に行ってしまうのでいつも後から助けることになるんですわ」
「うー、ごめん」
もう少し考えることも必要ですわよ、と言いエマは、そのまま飛空艇でメジャーの元へ戻った。
「え……?」
それを不思議そうに見るメジャー。いや、メジャーだけでなく、他の生徒たちも一様に不可解な目で彼女らを見ていた。彼らが心の中で、同じことを思っていた。
今、そのままそれに乗ってあっちまで行けたじゃん、と。
まあ、もしかしたらそれでも矢が飛んできて、ふたり乗りでは避けきれないと判断したから大人しく戻ってきたのかもしれない、とそれっぽい理論で各々が納得する。
「やっぱり走るだけじゃダメみたいだね。ということは……」
メジャーが次の案を模索していると、その間に早くも新たな挑戦者が現れた。
「ただ走るだけじゃ、だめなら……走り方を、変えれば、いいんじゃ……ないかなぁって、思うんですよぉ〜」
のんびりと、しかしどこかおどおどとした口調でそう言いながら道の前に立ったのは、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)だ。その姿に、一同は大きく口を開いた。
彼女が、自走式パイプオルガンの上にちょこんとその体を乗せていたからだ。日奈々の小さな体と、パイプオルガンの面積を見比べた生徒たちは、疑問に思った。「まさか、今までずっとそれに乗って移動していたのか」と。おそるべきパイプオルガン少女である。
「なるほど、よく思いついたね。さっすが日奈々」
そんなギャラリーの視線など気にも留めず、パートナーの冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は日奈々をべた褒めしている。
「じゃ、あたしも走ろうかな。きっとさっきのは、スピードが足りなかったんだよね。ダッシュローラーをつけて、神速と軽身功を使えばすごい速さで走り抜けられると思う」
「名案、ですねぇ……千百合ちゃんの、発想は、本当に、素敵ですぅ〜」
準備を始めた千百合を、日奈々もまたべた褒めする。なんだこのノリ。周囲の者たちはそう思ったが、口には出さなかった。きっとそういう関係なんだろうと、温かい目で見守ることにしたのだ。
「千百合ちゃん、行きましょうぉ〜」
互いを褒め合った日奈々と千百合は、一呼吸置いた後、道を走り出そうとする。が、それはどう見ても危険な行為でしかなかった。千百合はともかく、日奈々の乗っているパイプオルガンは相応の重量と大きさがあり、細く、不安定な道を進むのは明らかに無理があったからだ。本当にそのまま行くのかい? メジャーがそう言いかけた時、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が彼よりも先に日奈々たちを止めた。
「ちょっと待ってください」
「?」
彼の声に振り向く日奈々と千百合。遙遠は静かに微笑みながら、ふたりにある提案をした。
「おそらくその方法では落ちてしまうと思うので、遙遠がここを通過させてあげますよ」
彼女らの無謀な行動を中止させようとしてるのだな。少なくとも、ここにいる者たちはそれを聞いた限り、そう思うだろう。しかし、遙遠の意図は別なところにあった。
秘宝がたくさん眠っているとはいえ、ここにいる全員がそれを手に入れられるとは限らない。ならば、ここでライバルを少しでも消した方がメリットがあるのでないか。彼は、そう考えていたのだ。
「遙遠に名案があります。ほら、爆発で吹っ飛べば、歩いてることにはなりませんから。大丈夫です」
そう言うと、遙遠はすっと機晶爆弾を荷物から取り出した。どう考えても嫌な予感しかしない。
「いや、あたしたちはちゃんと走れるから……」
千百合が彼の介入を断ろうとするが、遙遠は既に手に持ったそれを起動させていた。このままでは危ない。そう判断した千百合は反射的に日奈々を守ろうとする……が、日奈々は盲目のためか、状況がよく分かっていないようで、ひとりパイプオルガンをゆっくり走らせ始めていた。ファー、とどこか間の抜けたオルガンの音が鳴る。これが彼女の断末魔の叫びとなるのだろうか。
しかし、被害に遭ったのは日奈々でも、まして千百合でもなかった。突然耳に届いたその音は遙遠にとって予想していなかったもので、彼は驚き、持っていた爆弾をぽとりと落としてしまう。
「……あっ」
遙遠が思わず声を上げる。次の瞬間、カッと光が爆ぜて、遙遠は吹っ飛んだ。それも、残念なことに道の先ではなく真上に。それを彼のパートナー、紫桜 瑠璃(しざくら・るり)は集団の最後尾から見ていた。
「あっ、兄様の言う通り、人が爆破して飛んだの!」
瑠璃は、この爆破作戦の前、遙遠からある指示を受けていた。それは、「爆破して人を飛ばした後、飛距離を補う、という体で追い打ちをかけてください」というものだった。
「あの人、飛んでるけどあのままじゃ出口まで飛ばなさそうなの! 今がきっと、兄様の言う瑠璃の出番なの!」
瑠璃はそう言って、ロケットランチャーを構えた。遙遠にとって不運だったのは、瑠璃が集団の最後尾にいたため、爆破地点からやや遠く、彼女の目には飛んでいるのが誰なのかいまいち判別できなかったことだ。よもや自分の契約者が爆風で飛んでいるとは、夢にも思わなかったのだろう。
「どーん! なの!」
何の疑いもなく、瑠璃は弾を放った。それは見事に遙遠に命中し、彼はある意味計画通り、衝撃によって対岸へ渡ることに成功した。深いダメージを対価にして。策士策に溺れるとは、まさにこのことである。
ちなみにパイプオルガンでファーファー走り抜けようとしていた日奈々は、当然ながら矢の雨の攻撃対象となり、大慌てで千百合に引き戻されていた。
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