校長室
星影さやかな夜に 第一回
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十二章 カーニバル『夜』 空が暗くなり、欠けた月が昇り始めた頃。 騒ぎがまだ収まらない動かない時計塔の周辺。 その近くの路地裏で、玖純 飛都(くすみ・ひさと)はコルッテロの構成員の男に尋問を行っていた。 最初は観光客として近づいたが、逆に脅迫をされたため、仕方なく武力行使をしているのだった。 飛都は男の襟首を掴み、建物の壁に押し付け、冷たい声で言う。 「今から質問することに答えろ。出なければ殺すぞ?」 「ひっ」 恐怖で顔が歪む男に、飛都は無表情で問いかける。 「聞きたいのはリュカについてだ。 子供の頃から暗殺者として訓練されているとはいえ、いわば下っ端にそんな重要な鍵が持ち出せるものなのか?」 「し、知らねぇよ! 計画の鍵はアウィス様が保管していたんだ!」 「……そうか、なら殺す」 「ままま待て待って! 多分やろうと思えば出来たはずだ!」 「ほう……それは何故だ?」 「アウィス様はずっと計画の鍵を机の上においていたからだ! 暗殺者として育てられたあの獣人なら、潜入して取ることだって出来たはずだ!」 男は顔中に大粒の汗を浮かべながら、そう言った。 「そうか。なら、次だ。 本人に他意は無いとしても、そこに何かの意図が働いている可能性は?」 「意図? そればっかりは知らねぇよ! コルッテロでは計画についてはほとんど全てアウィス様とコルニクス様の領分なんだ!」 必死な様子からするに嘘はついていないだろう。 そう判断した飛都は、「では、これが最後の質問だ」とつぶやいた。 「彼女に協力したという組織の人間は洗脳されていなかったのか?」 「協力した人間? ああっ、あいつらのことか……へ、へへへ」 男は急に下品な笑い声を洩らす。 「あいつらはなぁ、洗脳なんかされてねぇよ。あの四人のことだろ?」 「四人?」 「ああ。洗脳するために雇われた研究者のアーカイン。チビのアレイ。ガキのクォリア。色っぽいイザベラだ」 「……なんでそいつらが洗脳されていないと答えられる」 「ははっ、だってあいつらはアーカインが不憫に思って記憶を戻させて、コルッテロから脱走しようとしたからなぁ。 で、アーカインは死刑。目と口に煙草を詰め込まれて、孤島の外にポイッだ」 「…………」 「で、ここからがおもしれぇんだ。捕まったんだよ。リュカも含めて全員な。 牢獄に入れられて、また洗脳して使おうと思ってたらしいが、また脱走してな。リュカは捕まったんだが、三人は逃げ出したんだわ。 で、その時にアウィス様を殺そうとしたらしいんだ。今後もう私達みたいな子が生まれないように、リュカを解放するために、ってな。馬鹿だよな。叶うわけがねぇのに。 噂じゃあその時にアウィス様とコルニクス様の会話を聞き取ったらしい。で、コルニクス様に見つかってな。ボコボコにされて手と足を動かないようにされて、もう一度汚ねぇ牢獄に逆戻りだよ。 あそこはろくに掃除してねぇし、飯なんか出さねぇし、傷口から菌が入って病気と飢えでリュカ以外は全員衰弱死だ。その最後の言葉は笑えるぜ? 言うに事欠いてリュカに「プレッシオを守って!」だとよ。バカだよなぁ、笑え」 「黙れ」 飛都は襟を締める手に力を込める。 「それ以上余計なことを喋るな」 「ひ、ひっ」 飛都は腰が砕け、失禁した男を地面に放り捨てた。 飛都はその男を険しい目で一瞥すると、そこから歩き出す。 (……とりあえず、他で聞いた情報を合わせると、リュカは騙されていない。リュカを監視している人間も構成員の話によればいない。 どうやって逃げ出したのかも、脱走したの一点張り。リュカの本来の人柄も裏社会に似合わないほど柔らかで意志の強い健気な性格か……) 飛都は自分の得た情報を反芻し、ボソッと呟いた。 「他人の悪意に攻められて、人生を滅茶苦茶にされた子だな……彼女は」 ―――――――――― 動かない時計塔プレッシオから、少し離れた場所。 「やれやれ、ガキを見つけるのに随分とまぁ……。 何か随分躍起になってる連中もいるし物騒な感じだぜ」 「うっさい! そう思うのならエロ吸血鬼、さっさと手伝うのですよ!」 「あぁ!? んだとワン公! てめぇは地面に鼻をこすりつけてさっさと匂いを追いやがれ!」 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)と忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)はいつも通り悪態をつき合っていた。 その二人の姿を見ていたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は苦笑いを浮かべる。 「マスター、ポチ。そう喧嘩しないでください」 フレンディスの言葉を聞いて、二人は同時に彼女を見て、 「していませんよ! ご主人様!」 「してねぇよ! フレイ!」 そして、また同時に言い放った。 それを見て、一緒に行動するフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が呆れたようにため息をついた。 「おいおい、フレンディス。本当にこいつらで大丈夫なんだろうな?」 「はい。マスターはともかく、追跡に関してポチは優秀な忍犬ですので」 「ほんとかよ。なぁ、リネン」 フェイミィは自分のパートナーのリネン・エルフト(りねん・えるふと)に話を振る。 しかし、リネンは話に気がついていないのか、真剣な表情で何かを考えていた、 「おい、リネン。どうしたんだ?」 「あ、い、いや、ごめん。どうしたの?」 「……どうしたんだ? おまえ、尋問した構成員にリュカと明人のこと聞いてからなんか様子が変だぞ?」 「……ちょっと、ね」 リネンはそう答え、もう一度思った。 この街を訪れ、コルッテロの構成員を尋問し、得た情報。 それはリュカの過去についてのことだった。 (……以前の私と……同じ境遇の女の子) 自分も経験したことがあるから、人一倍にその辛さが分かる。 だから、なんとしてでも彼女を助けたい、と思っているのだった。 (それに私は……天空騎士だから……) リネンは<名声>を持つ天空騎士と畏れられるタシガン空峡の義賊だ。 だから、困っている人には手を差し伸べる。それがか弱い女の子となればなおさらのこと。 (……絶対……絶対……リュカを助ける……!) リネンはそう思い、より一層と強く決意をした。 その横で、その様子を見ていたフレンディスは柔らかく笑う。 「リネンさん、大丈夫です。そう一人で背負い込まないでください」 リネンはフレンディスの言葉を聞いてはっとした。 それは一人で強く決意をしたが、周りには目的の一致した仲間がいるのだと。 フレンディスの言葉には私達も頼ってくださいね、という意味も含まれていたのだと。 「……えっと……ティラ……ありがとう」 「いいえ、お気になさらず。皆さんの力を合わせて、リュカさんと明人さんを助けましょう」 フレンディスが柔らかい笑みでそう言ったのとほぼ同時。 ピーンとポチの助の尻尾が立った。 そして、くんくんくんくんと鼻を鳴らすと、「間違いないです!」と言い、フレンディスに顔を向ける。 「この匂い! 間違いないです! ご主人様!」