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リアクション
「……いつまで寝てんだよさっさと起きろよ!」
「ごふぁ!?」
腹に大きな衝撃を受けて文字通り飛び起きた坂上 来栖(さかがみ・くるす)の視界に、拳を固めた緋王 輝夜(ひおう・かぐや)の怒りを堪えたような顔が映る。
「……なんだ、輝夜か。目覚めはもう少し穏便に願いたいな――」
直後、輝夜の振るった拳が来栖の顔にめり込む。
「来栖、あんたあたしにしたこと忘れてんじゃないでしょうね!? せっかくエッツェルを見つけたのに殴って気絶させるなんてどういうこと!?」
声を荒げる輝夜、目覚めと共に感じた腹部の痛みが、長らく探し求めていたエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)を発見しながら目の前の来栖に気絶させられたことを思い返させた。
「……殴ったことは悪かったよ。ほら、お前鍛えてるから下手な事するより一撃でやった方が、って思って――あー、ごめん、謝るからその爪、仕舞ってくれないかなー」
本当の理由を口にすることは出来ず、冗談を口にすると輝夜はさらに怒りを膨らませ、ツェアライセンを両の拳に宿らせ振り下ろしてくる。それを両手で何とか押しとどめつつ謝罪の言葉を口にすると、輝夜は身を引いてツェアライセンを仕舞う。
「ま、起きたことは仕方ない。結局エッツェルは見失うし、しかもこの下じゃ龍が暴れてるらしいし、出入り口は塞がってるみたいだし。
悔しいけど、まずは退路の確保からだね。幸い、外からも応援が来てるみたいだし、動けるあたし達が行かなくちゃ」
「あたし達……ってまさか、私も入ってるのか?」
自分を指差して来栖が言うと、当然と言わんばかりに輝夜が頷く。
「何? もしかしてサボるつもり?」
「いや、私疲れてるから事が済むまで休みたいんだけど……」
だるだるといった様子でしゃがみ込む来栖、前回の戦闘の影響は未だ残っており、力も半分ちょっとくらいしか出せない感覚であった。
「そんなこと言ってないで手伝ってよ。イルミンスールの方も地下に不審者が出たとかで、忙しいみたいだし」
「……なに? おい輝夜、今なんて言った」
両肩を掴んで問い詰める来栖へ、輝夜が聞いた話を伝える。何でもイルミンスール地下に不審者が現れ、様子を見に行った契約者が襲われたのだという。
「誰だか知らんが、もし私の住処に手を出そうものなら……」
話を聞いた来栖の腕が、ふるふる、と震え、表情がいかにも本気、というものに切り替わる。
「こうしちゃいられない、急いでイルミンスールに帰らなくては。
輝夜、その退路ってどこ、案内して」
「なんだよ、いきなり態度変えちゃって。こっちだよ」
輝夜の案内で、二人は入り口の確保が行われている場所へ赴く――。
その怪物は、傷ついていた。
普段であればすぐに塞がるはずの肉体への損害が、今は一向に塞がらない。それどころか徐々に、受けた傷を中心に崩壊を始めているようであった。
――魔力が、安定しない――。
撃ち込まれた古き支配者の意思。反発崩壊を引き起こす外なる神の器。
周囲から魔力をかき集め、いくらでも魔術を行使できた身体が、崩れる。魔力が、霧散する。
――……なんだ?……――
それは、疑問。
自我も理性も無いはずの『私』が、今の身体の状態に疑問を持ち始める。
――……なんだ?……――
疑問は疑問を呼ぶ。
自身はどうなっているのか。なんでこのような状態になったのか――。
――……私はなんなのか?……――
やがて『私』の思考はループする。
まるで霧の中を彷徨う様に、向かう先すらわからず、向かう方向も定まらず、何を目指しているのかも理解していない。
わたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私はわたしはワタシハ私は
答えを出せぬまま怪物は彷徨う、辿り着く場所も目的も無いままに。
……怪物は自身も気付かないまま、『煉獄の牢』を脱出していた。それはもしかしたら、生物が有している生存本能がそうさせたのかもしれない――。
「お、収まった……の?」
獣たちと【中層B】に居た所、地震に見舞われた及川 翠(おいかわ・みどり)一行は、身を寄せ合いながら揺れを凌いだ。幸いにして落石や崩落に巻き込まれること無く、誰も怪我を負うことはなかった。
「ふぇ〜、地震すごかったですねぇ〜。
……あっ、大変です〜、下層部で生き埋めの方が出たようです〜」
状況を、端末を用いて確認していたスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が、下層部で起きた事件を説明する。どうやら一部の契約者が、原因は不明ながら閉じ込められてしまったとのことであった。
「そ、それは大変なの! 助けなきゃなの!」
「あと〜、炎龍さんが現れて、戦いになってるみたいです〜」
続いてもたらされた報告に、一行の動きが止まる。助けに行きたいのは確かだが、巻き添えを食う可能性もある。
「さっきの地震も、洞窟の様子が変わったのも、炎龍が現れたからなのね……。しかも戦闘になってしまうなんて。
閉じ込められた人を放置するわけにはいかないけど、私達だけで行けるかしら……」
ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は尤もであった。ごく一般的な魔物相手であれば彼女たちでも十分対処出来ただろうが、今回の相手は『炎龍』である。素性も分からない相手では、立ち入ることもままならないかもしれない。
それに、別の問題も浮上していた。
「翠さん、今さっき動物さんに協力をお願いしてみたんですけど、中層部なら手伝えることはあるかもしれないけど、下層部へは行くのは厳しいと言っていました」
獣たちと意思疎通を図った徳永 瑠璃(とくなが・るり)が、少し残念そうな顔をして翠に獣たちの言葉を伝える。多少の加護を受けている獣たちも、流石に下層部の暑さには耐えられないようであった。
「……あっ、中層Aでも、何か事件があったみたいです〜。怪我をした人もいるそうです〜。
閉じ込められた人たちへは、イコンが向かっているみたいですぅ」
さらにもたらされた情報に、ミリアが素早く対応策をまとめ、口を開く。
「翠、私達は中層の、怪我をした人や動物達を助けに行きましょう。下層部に行けないのは残念だけど、そっちはイコンに任せましょう」
「うん、分かったの。じゃあ、急ぐの」
さらに情報を集め、中層Cには一時避難に最適な場所が確保されていることを知った彼女たちは、まず中層Aへ向かい救助活動を行った後、中層Cへ移動する方針を定め、行動を開始する――。
「うむ、こっちはこれで良かろう。妖蛆、そちらはどうじゃ?」
「こちらも設置完了ですわ、衛様。後は衛様の張ってくださった魔術結界で、回復に努めましょう」
鵜飼 衛(うかい・まもる)とルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)が周囲に、衛の意志で発動が可能な魔術トラップを設置し、治癒の力を生み出す結界へと戻って来る。
「うぅ……このような事態に、自分一人満足に動けないとは面目ない……」
魔術結界では、腹部に大きな損傷を受けたメイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)が横たわっていた。全身を電撃で貫かれた挙句、怪物――エッツェル――の触手の一撃をもろに食らった結果であった。三人の中で最もダメージが大きいメイスンを優先的に休ませ、比較的ダメージの小さかった衛と妖蛆が周囲の警戒に当たる形になっていた。
「なに、もしあの怪物が炎龍の出現の場に現れていたら、より厄介なことになったじゃろう。それを食い止めることが出来た、それでよしとせねばな。
妖蛆、怪物の位置等、分かることはあるかの?」
「はい、衛様。あの弾丸はわたくしの魔道書の情報の一部にして、邪神の力が宿っています。現在はあの怪物の侵食部を食い破らんと情報侵略を行っています。
弾丸とわたくしの意識がある限りは力が失われることはありませんし、位置もおおよそ感知できます。……ですが、どうやら怪物はわたくし達から距離を取り、この洞窟からの離脱を図っているようです。
長距離を取られては効果が薄れます。この洞窟なら有効範囲ですが、そこからは……」
妖蛆が申し訳無さそうな顔をする。もし怪物が弾丸の効果を見抜きでもすれば、一旦距離を取ることで弾丸を抜き取ることも可能かもしれない。そうなれば大きな損害を与えた自分たちを狙ってくる可能性が十分考えられると。
「もしそのようなことになれば、次こそ自分の剣の一撃を届かせるまで。……もしそれも叶わぬならば、この機晶爆弾で――いたっ」
コツン、とメイスンの頭が、衛の拳で叩かれる。
「阿呆なことを抜かすでない。その損傷は研究室に戻らねば直せぬ、これ以上手間をかけさせるな」
「済まない……」
口を閉じたメイスンから視線を外して、妖蛆に向き直った衛がふぅむ、と腕を組み口を開く。
「お主の力が勝れば、あの怪物の脅威となるかもしれんということか」
「そうですね。あの怪物の侵食部をわたくしの邪神の力が侵食すれば、支配率が変わり、元の人格が現出するかもしれませんね」
「そうなるな。じゃが、無理は禁物じゃ。わし等にそこまでの義理はあるかどうか疑問じゃからな。誰かの依頼なら話は別じゃが」
言いながら衛は、怪物に攻撃を仕掛ける際戦っていたと思しき少女の存在を思い出す。その者は怪物と面識があるのか。怪物について何かを知っているのか。
「衛様、怪物の瘴気を纏った獣が数匹、こちらへ近付いて来ます」
衛の思考は、妖蛆の警告に遮られる。それはエッツェルが生み出した獣たちの成れの果てだった。主を失ったことでより凶暴性が増したらしく、衛たちを認めると一目散に駆けてきた。
「まったく、こっちは手負いじゃ。少しは加減してほしいものじゃの」
言いつつ、衛が仕掛けていたトラップを発動させる。ルーン魔術符が光を発し、放たれた魔力弾は狙い違わず獣を撃ち抜き、致命傷を負った獣は塵と化す。
同時、衛たちのすぐ近くまでやって来ていた翠たち一行は、戦闘と思しき音を目の当たりにして動きを止める。ここまで何とか戦闘を回避してこられたものの、救出対象が襲われている可能性があってはそれもここまでのようだった。
「動物さんはここにいてなの!」
獣たちにその場にとどまるよう指示し、翠とミリア、スノゥ、瑠璃は道を急ぐ。そして眼前に、結界に護られている契約者――衛と妖蛆、メイスン――と、彼らを捕食せんと迫る獰猛な獣の姿が映る。
「動物さんが契約者さんを襲っているわ! お願い、襲うのを止めて!」
ミリアが獣に呼びかけるも、聞く耳を持たない。
「……ダメです、あの獣は……命の鼓動を感じません。よく分かりませんが、何かに操られているみたいです」
「それって、もう死んでしまってるってことですかぁ?」
スノゥの問いに、瑠璃がこくり、と頷く。
「かわいそうなの……。せめて、安らかに眠らせてあげるの!」
翠のかざした掌に、女神の加護を受けた光が集う。それは無数の光刃となって、漆黒の獣たちを貫き、塵へと帰す。
「炎の鳥さん、あの契約者さんを護って!」
ミリアの喚び出した炎の鳥が羽ばたき、獣を灼熱の炎に包み込む。
「私が獣の動きを止めます、スノゥさんはその間に!」
「はぁい、分かりましたぁ」
瑠璃の生み出した氷が獣の脚を凍らせ、そこにスノゥの放った魔力弾が炸裂する。残っていた漆黒の獣たちが全て塵と消えると、一行はふぅ、と息をついてそれぞれ無事を喜び合い、結界の元へと向かう。
「大丈夫なの?」
「おぉ、助かったわい。トラップが切れてどうしようかと思っとった所じゃ、カッカッカッ!」
衛たちを加えた翠一行と獣たちは、途中ではぐれていた獣を引き込みながら中層Cの避難場所へと向かう――。
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