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リアクション
●共存都市イナテミス
『炎龍』の出現により、共存都市イナテミスの気温は夜中でありながら50度に達しようとしていた。
『避難警報発令、避難警報発令。住民は速やかに『イナテミス広場』へ集合してください。繰り返します、住民は速やかに『イナテミス広場』へ集合してください……』
各所に設けられた拡声器から『イナテミス広場』への避難を告げる放送が流れ、住民は特に身体の弱い子供やお年寄りを気遣い、優先して広場へと連れて行く。暑さに強い炎熱の精霊、それに魔族は率先して活動を行い、数万にも膨れ上がった住民を残すこと無く誘導する。住民の方も普段から災害に対する意識があったおかげで、取り乱したりせず指示に従う。
「これより、『ブライトコクーン』を展開する。なお今回は、温度上昇に対する措置を講じてあるため、展開の際に足元に違和感を覚えると思う。
互いに気遣い、助け合ってこの危機を乗り越えよう。では……展開!」
『イナテミス精魔塔』からケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)の声が聞こえると、セイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)が装置を操作し、『ブライトコクーン』を展開させる。精魔塔の天辺から伸びた光の膜はイナテミスを覆っていくが、広場から少し行った所で地上に向かって降りていった。人々が首を傾げていると、光は地面に降り注ぎ、一定の厚みを持ってこれまでとは逆方向に進む。
「おおっと」
そして、光がイナテミス広場へ戻って来ると、その場に居た住民たちが一様に足元をふらつかせる。光の膜は住民たちの足元を覆い、地面からの熱の伝わりをシャットアウトしていた。
新型ブライトコクーンとも言うべき機能は、完全に住民たちを光の膜に包み、災害から守ろうとしていた。
「ブライトコクーンの中の気温がどうなるのか疑問でしたが……なるほど、こういうことでしたか」
フワフワとした感覚を新鮮に感じつつ、樹月 刀真(きづき・とうま)が横を歩くケイオースとセイランに言う。
「試験段階ではあったが、何とか間に合ったようだ。展開体積は減ってしまうが、完全に住民たちを『光の繭』に包み込む事が出来る」
「光を集め、引き寄せる部分にはお兄様の闇の力が利用されているのですわ」
少しだけ誇らしげに言うセイランに苦笑しつつ、刀真はブラックホールのようなものかな、と想像する。
「あぁ、現状の説明の際は、協力どうもありがとうございました。おかげ様で住民たちも動揺せずに話を聞いてくれたと思います」
改まって二人に向き直り、お礼の言葉を口にする。それは三人が揃って、イナテミス精魔塔から住民たちに呼びかけた時のこと。
「皆さん、聞いて下さい。この暑さや地震は『炎龍』によるものです。この対処の為に契約者やニーズヘッグ、アメイアが『煉獄の牢』へ向かっています。
彼等が必ずこの状況を解決してくれます、それまで辛いとは思いますが、ここに居て下さい。ここなら安全です!」
「俺もセイランも、あなたと共に居ただけのことだ。特別なことをしているわけではないさ」
「いえ、このような状況下、住民たちの先頭に立つこと、それこそが最も求められているのだと俺は思います」
「そう言っていただけると、嬉しいですわ。……はい、どうなさいました?」
老夫婦に呼ばれたセイランが、話に耳を傾ける。どうやら避難の途中で、娘夫婦と孫と離れてしまったとのことであった。必要な道具を持ち出してから行くと言っていたことを鑑みると、まだ避難の途中かもしれない。
「場所はどの辺りですか? 今、月夜が街中を逃げ遅れた人が居ないか見て回っているはずです。彼女に行方を捜させましょう」
老夫婦から家の場所を聞いた刀真が、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)へ通信を繋ぐ。
「……月夜、聞こえるか? 今から言う場所に向かい、逃げ遅れた人が居ないか確認してきてほしい」
「……うん、確認したけど、家には誰も居なかった。避難経路を辿って調べてみる」
刀真へ報告を送った月夜が、脚部に装備したダッシュローラーで避難経路を辿りながら、人影がないかを確認する。改良型端末による捜索は、周りの温度が体温より高いという状況のため使うことが出来なかった。確かに今の気温は、息をするだけでも苦しいほどだ。
(もし逃げ遅れでもしたら、大変……避難していればいいけど、そうでないなら早く見つけなきゃ)
しばらく道を進んでいくと、大きな荷物を抱えて進むのに難儀している夫婦と思しき後ろ姿を認める。
「大丈夫? どこか怪我でもした?」
「あ、あぁ。怪我はしていないが、荷物を持ち過ぎたようだ。僕等は最近この街に越してきてね、勝手が分からなかった」
代わりに荷物を持ってあげると、確かに重い。自分が契約者でなかったら、この荷物を持って移動するのは男性であっても苦労しただろう。
「助けを呼ばなかったの? 多分あなた達が逃げ出す頃は、まだ精霊や魔族も居たはず」
「あぁ、確かに来てくれたんだが、妻と子供が怖がってしまってね。申し訳ないとは思ったんだが」
言われて月夜は、自分なんかは見慣れてしまったが、今まで見たことのない者が精霊や魔族を目の当たりにすれば、驚きや恐怖を覚えるのは無理もないと悟る。
「最初は信じるのは難しいかもしれないけど、精霊も魔族もとても優しい。いつかきっと、あなたにも分かる日が来ると思う」
月夜の言葉を、男性の妻と子供はなんとも言えない表情で受け止める。
「もう少しで広場に着く。それまで頑張って」
今は素直に聞き入れられなくとも、いつか分かってもらえたら。そう願いながら、月夜は夫婦と子供を避難場所へ誘導する。
「♪〜♪〜♪〜」
「♪〜♪〜♪〜」
封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)の奏でる旋律と、幸せを運ぶという青い鳥のさえずりが、住民たちの心を鎮めると共に『ブライトコクーン』内の熱も冷ましていく。
「見事な腕前だな。つい、聞き入ってしまった」
拍手をしながら歩み寄るケイオースに、白花が嬉しそうに微笑む。
「ケイオースさんも、歌を嗜まれるとお聞きしました」
「嗜んでいるかと言われると首を傾げる所だが、披露の場はそれなりにあったな。このような場でなければ一曲歌ってもいいと思えるほどの演奏だった」
「では、今日の事件が落ち着きましたら、その時にでも」
言った所で、白花の端末が鳴る。操作に戸惑いつつ取ると刀真からで、スープを作ったので一息入れないかというものであった。
「そうだな、休憩は必要だ。お邪魔でなければ俺も一緒していいだろうか」
「もちろんです。では行きましょう」
二人は共に、刀真の元へと向かう。
「……はぁ。身体にスッ、と染み入る、そんな心地ですわ。疲れが溜まっていたのは確かでしたが、このスープのおかげでまた頑張れます」
「それは何よりです。まだ先は長いです、どうしても疲労が大きくなる立場ですから、こちらとしても出来る限りのフォローはしますよ」
セイランを気遣う刀真を、月夜がじとーっ、と音が聞こえてきそうな視線で見つめる。
「なんだろう、刀真がとても優しく見える。私もあんな風に気遣われてみたい」
「じゃあ、この事件が終わったら刀真にお願いをしてみたらどうでしょう」
「白花、それが出来たら苦労しない。はぁ……」
ため息をつく月夜、白花は訳が分からず疑問符を頭に浮かべている。
イナテミスの住民は力を合わせて、『炎龍』の決着が付くのを待ち続けている――。
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