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五精霊と守護龍~出現、『炎龍レンファス』~

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五精霊と守護龍~出現、『炎龍レンファス』~

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●イルミンスール:世界樹イルミンスール地下

「……ん」
 枝にもたれかかるようにして眠っていた少女の瞳が開く。
「ふわぁ……。また誰か来た。しかも今度はたくさん」
 十人以上の気配を感じ取った少女が、ちょっと面倒そうな顔をする。
「おにいちゃんの方が終わるまで、大人しくしててほしかったな。契約者さんって結構、怖いもの知らず?
 ……ちょっとだけ、遊んじゃおうっかな」
 口元に笑みを浮かべた少女が、両手でイルミンスールの根を掴むと、掴んだ腕が根と同化したように変化する。
「これから大変な思いをするかもしれないんだもんね。経験は大切だよね」


「……この状況で襲撃者映せずに、襲われる状況だけ届く事になったらと思うと……」
「望、その話は止めなさい! わたくしをまたトイレに行けなくさせるつもりですの!?」
「お嬢様、その年で怖くてトイレ行けないって、いくらなんでも恥ずかしくありません?」

 端末に繋いだビデオカメラを構え、風森 望(かぜもり・のぞみ)がやや怯えている様子のノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)をカメラの範囲に入れながら歩みを進める。
「視界が悪くて鬱蒼としていますけど、大丈夫でしょう。機晶妖精も連れてきたことですし――」
 望がそう言った直後、バチッ、と音がして機晶妖精が二体とも落ち、動きを止める。
「ちょっと! 早速役立たずに成り下がりましたわよ!」
 わめくノートを横目に、望は停止した機晶妖精を拾い上げる。機晶エネルギーで動く妖精の、エネルギーがものの見事にカラになっていた。まるで根に触れた直後、エネルギーを根こそぎ吸い取られたかのようであった。
「これは……シャレで済まない事態になりつつあるかもしれませんね」
「さっきは大丈夫だと言ってたじゃありません!? ……コホン。慌てても仕方ありませんわね。
 長居は禁物というのだけはよく分かりましたわ、ならば早々に不審者の元に辿り着くまでですわ!」
 言うや否や、ノートが視線を一点に定めると、その方角へ早足で歩き出す。
「お嬢様、そちらの方角に何か感じるものが?」
「……そうですわね……強いて言うなら、カン、ですわ!」
 どうですの!? という顔をカメラに向けるノート、その彼女が突然カメラの枠から外れた。
「きゃっ!! ……もう、何ですの!?」
 ぶつけたお尻をさすりながら立ち上がる、足元にはコブのように膨れた根。確かしっかりと避けたはずなのに、ノートが首を傾げながらそのような事を思っていると。
「……望?」
 ふと、向けられるカメラに違和感を感じる。望とは違う何かが、カメラのすぐ傍にいる感じ。
「何者ですの! 望に手をあげる者はわたくしが許しません――」
 武器に手をかけつつ振り返ったノートは、目の前の光景が何なのか、一瞬理解することが出来なかった。

「きゃあああぁぁぁ!!」

 そして、脳が光景の意味を理解した直後、悲鳴を残してノートも姿を消す。
 彼女が最後に見たのは、細い根が無数に絡まって宙に浮くカメラだった――。


「ここまで連れてきてくれてありがとね、エリー。この先は危ないから、エリーは校長室に戻ってて」
 鬱蒼と広がる根の世界へ踏み出そうとするルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)を、後を付いて行くことをやんわりと制されたエリザベートは他の契約者も行くからと、最終的に校長室に戻ることに決める。
「必ず探してくるから。約束の、指切りっ」
 エリザベートの指に自らの指を絡め、必ず少女を探してくると約束して、ルカルカは一歩を踏み出す――。

(通常の世界では、全ての出来事には原因と結果がある。そして、大きな出来事は繋がってる事が多い。
 炎龍とこの襲撃も、世界樹イルミンスールの異変も、どこかで繋がってる。……そんな気がするのよ)
 心にそのような事を思いながらルカルカが、従えた下忍たちを偵察に放ちつつ、端末に地図情報を記録していく。相当の広さを誇るイルミンスール地下も、実力者であるルカルカとダリルの連携プレーで瞬く間に調査を終える……かと思われたが、侵入者の脅威は二人へも牙を剥く。
「……あれ? 下忍と連絡が取れない……どういうこと?」
 各地に放った下忍からの情報が、ある時点からぱったりと途絶えてしまった。下忍とはいえ並の契約者以上の実力を持つ彼らがほぼ同時に消息を絶つ、これはよほどの事態だとルカルカもダリルも思い至る。
「どうあっても、接触を拒むつもりか。そちらがそのつもりでも、俺達はこの事件の真実に迫る。謎は、必ず解明してみせる」
 念の為、校長室に控えさせていた親衛隊員へ状況を伝え、少女に挑むように言い放つダリル。しかし今この瞬間においては、彼らの意志よりも侵入者の力が上回っていた。
「ん?」
 トントン、と肩を叩かれる感覚にダリルが振り返ると、肩を叩いた枝の先端がパッ、と開き、そこから芳しい香りが漂い出す。
「これは――」
 その香りに含まれる危険性を脳が伝えた時には既に時遅し、抗えぬ虚脱感に苛まれたダリルが膝をつき、そのままどさ、と倒れ込んで意識を放り出す。同じような手口でルカルカを、そしてダリルを絡め取った根は、ある場所へと二人を連れて行く――。


「アキラさんと私達を、あなたが助けてくれたと聞きました。ありがとうございました」
「あぁ、改まって礼を言われる程じゃない。オレはマルクスに言われて来ただけだからな」
 何度か頭を下げ、ピヨと共に少女を探索に向かったヨンを見送って、日比谷 皐月(ひびや・さつき)はふぅ、と一息つく。
(なんだか、なし崩し的にここまで来ちまったな。ここらで情報を纏めるか)
 皐月はマルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)の連絡を受けて地下に行き、倒れていたアキラとヨン、ピヨを救出してからここまで、ゆっくりする暇もなく来てしまっていた。ここまで来てしまった以上、いずれは侵入者(どうやら少女らしい)に接触を図るために出発することになるだろうが、情報を整理するための時間は必要だと考え、他に地下へやって来た契約者とは行動を別にし、思考を巡らせる。

(オレも一通り見て回ったし、他のヤツらの報告でも、イルミンスールに外観上の異変は無かった。
 何かに汚染された様子は無く、元気がない以外は平常通り、ってとこか。

 異変の原因があるとすれば、中に何かが生み出されているか、誰かが外から力を吸っているか。
 まぁ……侵入者が居る事を考えれば、後者か。

 イルミンスールの不調は、これまではエリザベート校長が言っていたのを鵜呑みにしてたけど、既定路線と考える。
 そこに『大規模な事件が収束へ向かった直後、周囲の環境が一時的に荒れるなどの兆候が見られた』という情報だ。炎龍の復活、これはイルミンスールの不調とは直接関わりがない。となれば、イルミンスールの不調にかこつけて誰かが炎龍を復活させた、と考えるのが無難か。
 不調と侵入者が関わっているなら、他の世界樹でも……もしかしたら昔のイルミンスールでも、誰かが干渉していたかも知れない……まぁ、これは今はいいか。

 イルミンスールは何も言わない。エリザベート校長も特に何も聞いていない。
 必要が無いのか理由があるのか。それは分かんねーけど。

 総合判断。
 『不調以外に汚染などの影響は無く』『環境が荒れるのは一時的』『イルミンスールからのSOSは無い』。
 ……つまり、根への侵入者に害意は無い。けれど、『対面した人間が襲われた』――存在を秘匿する理由は、有る)

 思考を巡らせて得られた判断に、よし、と皐月が納得の表情を浮かべる。
「さて……こうしていても埒が明かねぇ。直接赴いて話を付けに行くとしますかね」
 いざという時のため『氷蒼白蓮』に武器をしまい、辺りを警戒しながら皐月は少女が目撃されたという場所へと歩を進める。