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リアクション
応接間では、未だ意識を取り戻さないリュカの手を、朱里が優しく握っていた。
(リュカ……お願い、目を覚まして……)
朱里はぎゅっと両目を瞑る。
<命のうねり>も、<ナーシング>も。自分達に出来ることは全てやった。
(あとは本人の意思次第――)
燕馬が去りぎわに言った言葉が脳裏を掠める。
この少女は、親友達の最後を看取り、ボロボロになるまで逃避行を続けていたのだ。
身体の傷は治したが、心の傷を癒すことは自分達には出来やしない。
そう思うと、朱里は自分の無力さに腹が立った。
(……それでも――)
朱里はリュカの手を胸に抱く。
冷たくなっている彼女の手を、少しでも温めようとして。
今の自分に出来ることはこれぐらいだから。
(私は、諦めない。
リュカを死なせない。消えかけている命を見捨てたりなどしない)
寂れた壁越しに、外の戦闘の音が聞こえてくる。
これだけ派手にやっているのだ。廃墟が壊され、襲撃してくるのも時間の問題なのかもしれない。
(……確かに、人は無力かもしれない。
悪魔よりなお邪悪な、同情の余地も無い悪人もいるかもしれない。
私自身、目の前にいながら力及ばず救えなかった人々を、何人も見て来た。
それでも、それでも――私は諦めない。絶対に、諦めたりなんかしない……!)
朱里は強くリュカの手を握る。
その、健気な想いが通じたのか。
「……あれ……私は……?」
小さく握り返してきたのと共に、リュカの瞼がゆっくりと開いた。
「! リュカ――」
朱里の顔がぱぁっと明るくなる。
それに気づいた明人が、彼女に駆け寄ろうとした時。
――大広間から、轟くような轟音が響いてきた。
――――――――――
同時刻、大広間。
他の壁より一段と脆い場所―爆弾によって閉じられた入り口―が、《ラブ・デス・ドクトル》の《ザ・メス》によって切り払われた。
瓦礫が崩れる轟音と共に、大量の砂埃が舞い上がる。それと共に起動した幾多の投石の罠が、ゼブルに襲い掛かった。
「アユナァァァァッ!!」
「うふっ、ふふふふふふ……」
ゼブルの叫びを受けて、アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が<ディテクトエビル>を行使。
飛来する石の軌道を把握して、最も集束する場所に<Sイレイザー>を設置。
三メートルを越す巨体が、全ての投石を受け止めた。
「あはははははははは!」
アユナは狂ったように笑うと、続けて<アシッドミスト>を発動。
無害な霧を充満させて、おまけとばかりに<闇術>を発動。完全に、入り口付近の視界を塞ぐ。
これでは、相手は易々と手出しは出来ない。
周りのメンバーが最後の準備を手早く終わらせると、ゼブルが<トレジャーセンス>を行使。
「キャァァッチ!」
計画の鍵の位置を察知し、応接間の方向をビンッと指差した。
「あの部屋からァァ、ビンビン来てますよォォオオオ!!」
「……分かった。ゼブル、アユナ、君はヴィータの援護に戻ってくれ」
外で一人で陽動を続ける彼女を気遣ってのことだろう。
仕事モードに入った徹雄のその指示を受け、ゼブルとアユナは踵を返した。
「……さて、行くぞ」
周りの傭兵達がこくりと頷く。
徹雄は《影縫いのクナイ》と《さざれ石の短刀》を構えなおし、突撃を開始した。
――――――――――
廃墟、応接間。
大広間のほうから熾烈な戦いの音が響く中、リュカは朱里から今の状況の説明を受けていた。
「……分かりました。今は、そんなことになっているんですね」
状況を理解して、リュカは「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。
そんな彼女に、治療を手伝った魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が近づき、声をかける。
「目を覚まして早々、申し訳ありません。少し、よろしいですか?」
子敬の慇懃とした口調に、リュカは首を縦に小さく振った。
彼は歳相応の皺を一層と曲げて、言葉を続けていく。
「これまでの仲間達の得た情報を付き合わせた結果。
あなたの持つペンダントが動かぬ時計を再び動かす鍵になる蓋然性が高い事、時計を再び動かす事はおそらくはこの町に災厄をもたらす事。この予想に間違いありませんね?」
「はい、間違いありません。
あの時計塔――いいえ、あの殺人兵器が起動すればこの街は壊れてしまいます」
リュカの言った単語に、傍に居たテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が首を傾げた。
「殺人兵器? あの時計塔がか?」
「……はい。これは、親友から聞いた話なのですが」
リュカはゆっくりと、時計塔の正体を語っていく。
「あれは、大昔にポーラタカ人の技術提供によって作られた機晶兵器なんだとか。
その威力は桁違いで、最大火力では街を吹き飛ばすほどらしいです。それは、悪王のときの二の舞にならないように、いざという場合の市民の力として作られたようですが……」
小さな少女は、悲しげに目を伏せて続けていく。
「この秘密は、街の上層部のみ知っていたようです。
ですが、どこで秘密が漏れたのかは分かりませんが、アウィスがそのことを知ってしまって」
「…………」
「計画とは、その兵器を用いてカーニバルにやって来た観光客を人質にとることのようです」
リュカの話を聞いて、子敬は静かな声で呟いた。
「だから、あなたはペンダントを持ち出して逃げたのですか」
「……はい。それに、この街を守ることは……亡くなった親友達との約束ですから」
リュカは顔を上げて、そう言った。
険しい顔で、意思の強そうな緑色の瞳で、子敬の顔を見つめる。
(本当に、強い子ですね。……ですが、少々強すぎる)
その身も。その心も。
彼女をめぐる環境では、強くなるしかなかったのだろう。
(なんて残酷なのでしょう。運命は、こんな優しい少女に、そぐわぬものを与えて……)
そう思うと、子敬は自然と彼女の頭に手を伸ばしていた。
「よく、頑張りましたね」
亜麻色の髪を、優しく撫でる。
リュカはこんな風に褒められた経験がないのだろうか、どうしたらいいのか分からないようで、あたふたとしていた。
子敬は柔和な笑顔を浮かべ、口にした。
「私達も、この街に災厄が降りかかるのは阻止したいのです。
良ければ、その役目、代わってもらえませんか?」
「えっ、え……?」
リュカは緊張の消えた歳相応の少女の表情で、子敬を見上げた。
「私は、あなたを助ける事はできないかもしれません。
ですが、あなたが守ろうとしている事、あなたの望みを達成する事はできるかもしれません」
「……はい」
「ペンダントを、委ねてはいただけませんか?」
その申し出に、リュカは少し考えた後、
「……お、お願いします」
おずおずと、ペンダントを両手で差し出した。
子敬が受け取ろうとするが、彼を手で抑えてトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)がペンダントを掴む。
「僕は人は殺さない……つもりですが、貴女を見殺しにする事になるかもしれない。僕の事を偽善者だと思って下さって結構です」
トマスは後ろに立つ契約者達を指差し、続けて口にした。
「けれど、他の契約者達が必ず貴方達を守ってくれますから。安心してください」
リュカの視線の先で、他の契約者達が胸をドンと叩いた。