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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第1回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第1回/全4回)

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思惑




「……何を、して……いる……?」

 一方で、彼らの目指す遺跡の最深部では、別の思惑が一同に会していた。

「……こいつもてめぇのご同僚ってヤツか?」
 ぼそぼそと漏らされたその問いには応えず、遺跡の奥側と入り口側の二つの方向を交互に見やって、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は目を細めた。
 その一方に、コンロンへ向ったその姿を追った者達と共に、一人。そしてもう一方、ひと目でこの遺跡の中枢だとわかる、複雑な装飾と構造で成る台座の上に、一人。ボロボロの黒いローブですっぽりと体を覆う、不気味な男――二人のナッシングの姿があった。
 寸分違わぬ見た目をした二人を見比べて、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が「わあ」と声を上げた。
「そっくりだね、双子?」
「いや……そういう存在ではないのだろう」
 ファルの言葉に早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は首を振り、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)も何故かどこか不機嫌気味に「だろうねえ」と同意した。
「ナッちゃんのご同僚じゃあるんだろうけど」
 そんな呼雪たちの会話を「フン」と興味なさげにしつつ、竜造は台座の上に立つナッシングをじろりと見据えた。こちら側のナッシングは、巨人族の秘宝が納められた台座の上から全く動こうとしない。
「てめぇらが双子だろうが、生き物じゃなかろうが関係ねえ」
 彼の興味は、ナッシングの存在そのものとは、全く別のところにあるのだ。言いながら台座へと近付いた竜造は、ローブの向こうの見えない顔を覗こうとするかのように目を細めた。
「目的は何だ。てめぇも、あっちのヤツと同じで、観察が目的……とか言うのか?」
「否……我は、手……下し、動かす……」
 言うと、ナッシングは台座の上に鎮座するものに手を触れさせた。恐らくそれがセルウスたちの求める”秘宝”だろう。触れた瞬間にずわりと吹き出した黒い光が、何かを探すように周囲を動き回るのに、呼雪らの傍にいたナッシングが、まるで彼らをそれから庇うように前へ出た。そうやって二人のナッシングが向き合うと、まるで鏡を挟んでいるかのように、その姿は寸分違わない。その様子の違いに眉を寄せながらも、竜造は「それで」とぐるりと遺跡を見回した。
「動かすってのは、この龍のことか?」
「……それは、正しく、もあり、誤りでも……ある」
 ナッシングは首を振って、黒い光が触れたことで沸くように現れたアンデットを見やる。
「資格、へ至る道……を閉ざす……役目、だ。続けねば……なら、ない……」
 どこか機械的ともいえる返答をしたナッシングは、ふと、自身と相対するように立つナッシングに視線を向けて、僅かに首を傾げるような素振りをした。
「貴様……は、……?」
 まるで何者かを問おうとしたかのような言葉に、ナッシングが何事か答えようとしたようだったが、それより早く「フハハハハ! そういえば名乗っていなかったな!」とドクター・ハデス(どくたー・はです)の声が割り込んだ。
「まずは俺から名乗ろう。我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!」
 びしい、と何処からかスポットライトを浴びたかのような光を放ちながら眼鏡を上げると、ずびしいっと今度はその指先を、やや斜め前にぼんやりと立っているナッシングを示した。
「そしてそやつは、我がオリュンポスの死霊騎士団長だ!」
「……だ、そうだ」
 ハデスの高らかな宣言に、指差された側のナッシングのローブの下から、心なしか面白そうな声色が答える。
「…………」
 その回答をどう思ったのか、秘宝に触れたままのナッシングが沈黙してしまったのに、呼雪はどちらにとも無く声をかけた。
「資格……か。そういえば資質を持つのはひとりではない、と言ったな」
「「そう、だ……資質、は……一人、では無、い」」
 声を揃えるようにして頷いた様子の二人のナッシングに、呼雪は続ける。
「『ドージェの再来』と呼ばれる少年もこの近くまで来ているそうだが……彼にもその資質があるのか?」
「「そう、だ……素質、を持つ、一人……だ」」
 やはりこれも、まるでステレオのようにして、同時にナッシングが答える。殆ど自動的とも思える言葉に目を細めながら、呼雪は最も気になっていた一言を切り出した。
「お前を送り出した存在か、或いはその近くにも、資質を持つ者がいるのか?」
「……!」
 その問いに、目を細めたのは、オリュンポス参謀である天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)だ。先ほどから、他のメンバーであるアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)奇稲田 神奈(くしなだ・かんな)とは一線画した冷静な目で、双方のナッシングや黒い光の情報を集めていたのだが、最大の関心はやはり、ナッシングと、その裏側にあるだろう「何者か」の存在だ。それに繋がりそうな情報はひとつも聞き逃すまいと、十六凪は耳を済ませた。果たして。
「…………」
 一方のナッシングは答えない。だがもう一方のナッシングは、暫し沈黙した後「いる」と短く答えた。
「我、に……役目、与えるもの……その、根、のひとつ……」
 意味ありげに言いはしたが、それ以上を答えるつもりも無いようだ。質問の言い方を変えてみても、有益な情報はとりあえずは引き出せないと判って、呼雪は息をつくと、ハデスが死霊騎士団長と称したナッシングに目線を向けると、その目を細めた。
「因みに……お前は何人目だ?」
「数は、知らん……我……は目、それは、手……いくらでも、いる」
 ナッシングが答えた、その時だ。まるで地響きのように足元が揺れるのに、竜造達は身構えて眉を寄せた。
「……んだぁ、地震か?」
「……違うみたいだよ、これ。何かが、ぶつかったみたいな感じだ」
 呟きには、ヘルが答えた。盛大に暴れていた時には無かった振動が、どこかにぶつかった程度で今頃起こるとは考えにくい。となれば、原因は。
「侵入者、ってことか?」
 その言葉に反応したように、秘宝に触れていたナッシングが「……来た」とぼそりと呟いた。
「近付いて……いる」
 その言葉に、竜造達だけではなく、ナッシングも反応を示し、二人のナッシングは揃って遺跡の入り口側を向くと、殆ど自動的とも思えるタイミングで、同時に口を開いた。
「「ならば……阻止、せねばならない」」
 その言葉を拾って「フハハハ!」とハデスが再び高笑いをあげると、その指をびしっとナッシングたちに向ける。
「我が部下、オリュンポス死霊騎士団長ナッシングよ。侵入者の阻止ならば、我らオリュンポスが手を貸そう!」
 そう宣言しておいて、二人のナッシングが自分を見ているのに、はた、と気付いたようにハデスはむう、と眉をよせた。
「ん、しかしナッシングでは紛らわしいか? よし、その内俺が素晴らしい名前を授けてやらねばなるまいな」
 と、そんなことを呟きつつ、こほんと咳払いひとつして、仕切りなおしとばかりにばっと腰に手を当てなおすと、眼鏡をきらりと押し上げて口上を続ける。
「ククク、我らオリュンポスのモットーは『一人は皆のために、皆は一人のために』だ」
 この遺跡で行っている「何か」や、ナッシングの本来の目的については不明だが、今現在の行動目的がセルウス達がここへ辿り着くことの阻止であれば、そのために協力するのは当然だ、とハデスは胸を張った。


「全面的に協力しようではないか!……なにをやってるのかは分からんが!」