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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第1回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第1回/全4回)

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進撃――群れ成す不死者




「まさに敵の腹の中……にしては、綺麗な遺跡だよねえ」

 
 トロッコの中から周囲を見回して、相田 なぶら(あいだ・なぶら)が呟くように口を開いた。
「まあ、そもそも遺跡そのものが暴れ出すこと自体、常識はずれだけど」
 突入した遺跡龍の中は、外見に反して存外きっちりと遺跡の佇まいをしており、両脇は柱に支えられ、天井には梁のようなものもある。見方によっては背骨と肋骨のようにも見えるだろうか。遺跡自体は相当暴れまわっているというのに中はさほどには揺れておらず、トロッコは順調に奥へと向っている。時折分岐点が現れるのも、ありきたりな遺跡の風情で、生き物のように動いているものの中に作られているとは、実際に飛び込んできたのでなければ、俄かには信じられなかっただろう。
「すごいや、トロッコって楽しいね!」
「身を乗り出すな」
 順調に遺跡の中を突き進むトロッコに、状況を忘れたようにセルウスは大はしゃぎだが、それを諌めるドミトリエは些か複雑な表情だ。七人のドワーフ達が言っていたように、外見のレトロさに対して外装は木製に見せているだけのイコン並みの頑丈だな装甲だし、自動的に敷かれて行くレールに、コースアウトしない重心構造、と、妙にハイテクなその技術に、密かに好奇心がくすぐられているようだ。
「もしかして、解体したいと思ってるとか?」
「無事に帰れたらな」
 天音の問いにも、否定はなかったが、「無事に帰れるところからが問題だが」と溜息を吐き出した。
「なあに、無事に帰しちゃるけん、心配しんさんな」
 そんなドミトリエの背中を叩き、翔一朗は、突入前に風森 望(かぜもり・のぞみ)がエカテリーナに渡したHCと同調を確認し、全員のそれと情報が共有できるようにしながら、マッピングを続けている。
 そんな中、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)率いるパワードスーツ隊フィアーカー・バルの運送担当である魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は、そのポイントを上空からのデータと付け合せて、軽く眉を寄せた。
『全長から考えれば、まだ入り口といったところですな』
「結構進んだような気がしてたんだけどな」
 マップデータを受け取って確認し、外に光が漏れていた箇所までまだ半分も達していない様子に、トマスは溜息を吐き出した。
「まあでもこの速度なら、思ってたより早く到達できる……かな?」
 だが、そのまま順調に進むと思われたトロッコは、中枢にたどり着く前に停止を余儀なくされた。

「む……速度を落とした方がええ。アンデットの気配じゃ」
 青白磁が警戒の声を上げると、ウルディカも目を細めた。
「……それも、多数だ」
 このまま直進するのは危険だ、と警告する二人に、ドミトリエがブレーキをかけて、トロッコは急停止した。
「帰路を考えれば、移動手段はできるだけ近くに置いておきたいが……仕方が無いか」
 HCを起動させて、マッピングの機能とテレパシーの状態をチェックしながらレン・オズワルド(れん・おずわるど)が呟き、全員がトロッコを降りるのを確認すると、セルウスを軽く手招いた。
「なるべく離れるな」
 以前、セルウスが逃げるのに手を貸した間柄ではあるが、今のレンは調査団の護衛として来ているのである。優先事項があるものの、いざと言う時いつでも手が貸せるように、と考えてのことだ。
「ここからは歩きだ。強行軍になるが……大丈夫か」
 心なしか名残惜しそうにトロッコを見ていた、クローディスは、その言葉に肩を竦め「戦闘は兎も角、この程度なら問題ない」と笑った。どうやら、移動手段としてではなく、ドワーフたちと同じ種類の魅力をトロッコに見ていたようだ。
「……大丈夫か?」
 そんなクローディスとは逆に、どこか気分の優れない様子だったのはディミトリアスだ。グラキエスが背中を軽く叩くのに「……問題ない」と力無く言った。
「少し……こういったものが、慣れなくてな……」
 その反応に苦笑しながら、遺跡を観察するように視線をめぐらせたグラキエスはふと、壁面に刻まれた溝に気がついた。文字や図のようなものではないし、規則性も無いただの溝のようでもあるが、それにしては細かな部分まで手が入っている所を見ると、装飾のようなものだろうか。
「まるで血管だな」
 呟くグラキエスの傍らで、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は周囲を警戒しながらも「さしずめここは胃かしらね」と興味深そうに息をついた。
「コンロンに来るのは久しぶりだけど、こんな遺跡もあったのね」
 アンデットの接近に警戒を深めながら、各々が歩みを開始ししたところで、その先頭に立とうと足を速めたのはセルウスだ。
「ここからは探検だね!」
 状況がわかっているのか疑いたくなるように、明るい声を上げたセルウスだが、その目は違う。近付いてくるアンデットに対して、既に戦闘態勢に入っているのだ。だが、意気揚々とモンスター退治、とかかろうとしたセルウスに、すっと祥子が遮るように手を伸ばし、ぽんと天音がその肩を叩いた。
「はいはい、ストップ」
「貴方は下がってなさい」
 一瞬不満げになったセルウスに、祥子は続ける。
「目的を間違ってはダメよ。貴方は覚醒を無事成功するために、力を温存しておくべきだわ」
 それには流石にセルウスも渋々ながら頷いて、クローディス達と共に後ろに下がった、が。
「……! こっちからも来るよ」
 トロッコを追ってきたのか、或いは分岐点からかは判らないが、いつの間にか後方からもアンデットの気配が近付いていたのだ。前方からやってくるアンデットの群れからすれば少数ではあるが、スケルトンやゾンビを中心に編成される軍勢は、既にその姿が目視できるほど傍まで寄ってきている。最後方にいたクローディスはちっと舌打ちし、ディミトリアス等と構えを取ったが、その前にするりと滑り込んだ影がある。
「無茶するなってツライッツに言われてたろ?」
 下がってなって、と笑うアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)と、パートナーのクリビア・ソウル(くりびあ・そうる)だ。そのままクリビアは止まらず鎌を振り上げた。と同時、唐突にその姿がゆらりと揺らぐ。そして、次の瞬間には、アンデットの軍勢の中にその姿があった。
「遅いですよ」
 言い放つと同時に、振り払われたリヒト・ズィッヘルが、ゾンビたちを薙ぎ払って蹴散らす。そしてその間にも、クリビアは残像を残しながら跳躍し、氷術が弾幕代わりに撒き散らされた。
 中心が凍りに足を取られて進軍が止まる中、アキュートはまるで散歩でもするかのような気安さでそちらへ近寄った。
「おい……!」
 クローディスが声を上げたが、アキュートの歩みは止まらない。当然、アンデット達がそれを見逃すはずが無く、一斉にアキュートに群がった、が。内一体のスケルトンが、手にしたツルハシを振り上げた瞬間、アキュートの姿は既にその背後へと回っていた。
「残念だが、こにお前のエサになる様なマヌケは居ねえよ」
 言葉を言い終えるより早く、振り下ろされたユーフラテスの鱗がスケルトンの首を切り落としていた。勿論相手は命も痛覚も持たない相手だ。すぐさまその手を振り上げて来たが、それはひょいとかわされ、次々に振り下ろされる武器を、蹴りで軌道を逸らし、或いはその間をすり抜けて、翻弄するように動くと、それに吸い寄せられるように、アンデットが集まると、に、とアキュートは口の端をあげた。
「ホイホイ誘い込まれるなんざ、ご苦労なこった」
 それを死者である彼らが理解できたかどうか。ふっとアキュートの体が沈んだかと思うと、その上を薙ぐように、一閃。特攻するクリビアの刃と、地を這うように両手の鱗を滑らせるアキュートの刃が交錯し、群がっていたアンデット達をばらばらに切り裂いたのだった。
 だが、ばらばらになったその躯の向こうからも、まだ近付いてくるアンデットの気配がある。この様子では、まだまだ安心するわけには行かなさそうだ。クリビアは軽く眉を寄せ、アキュートは溜息を吐き出した。
「どっから沸いてやがるんだか……」

 そうやって後方からの進撃を抑えながら、前進すること暫し。目前には、何体居るのだか知れないアンデットの群れと、歩みを惑わす分岐が立ち塞がっていた。身構えながら「厄介じゃのう」と翔一朗が呟いた。どちらの道にも相当数のアンデットが群れを成している上、もし万が一選んだ道が行き止まりだった場合、引き返すのは相当過酷だ。セルウスの覚醒が目的のひとつでもある以上、二手に分かれると言う策も仕えない。皆が眉を寄せる中、前へ出たのは三船 敬一(みふね・けいいち)率いるパワードスーツ隊カタフラクトだ。
「皆、下がれ。生身でこの量のアンデットは厳しいからな。俺たちが壁になる」
 合図と共に前へ出た敬一と、その横に並んでコンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)が立ち、パイルバンカーシールドを構える様は、まさに壁だ。白河 淋(しらかわ・りん)は、その後方について対神スナイパーライフルの引き金を引きながら、僅かに笑った。
「これがイコン相手なら、慎重に狙わなければいけないところですけど」
 幸い相手は群れているアンデットだ。こうして後ろに庇っていれば、誤射する必要も無い。思う存分、といった様子で次々と撃ち込まれるライフルが上げる小爆発が、押し寄せるアンデットを吹き飛ばしていく。それでも尚向ってくるアンデットは、コンスタンティヌスのギロチンアームがぐしゃりと頭蓋ごと砕く勢いで押しつぶした。
「アンデット如きでは、この装甲はびくともせんぞ」
 同じように、パワードスーツの防御力と攻撃力を武器に、防波堤のようにアンデットの群れを押し留めながら、敬一は振り返らずに、後方の仲間たちに声をかけた。
「このまま何とか押さえてる内に、進路を決めてくれ」
 勿論、皆もそのまま手をこまねいていたわけではない。後方からも押し寄せるアンデットの群れに、体力温存の意味もあってアキュートとその位置を交代した神崎 優(かんざき・ゆう)達が応対している。その援護をしながら、ディミトリアスはグラキエス達を振り返った。
「どちらに進むべきか、判るか」
 遺跡へ入る前に、捜索に心得があると言っていた筈だ、と問うディミトリアスの目線に、ウルディカが頷き、その言葉を代弁するようにグラキエスが口添えた。
「この暴走に元凶がいるなら、その何者かが通った形跡があるはずだ」
「任せたぞ」
 その言葉に、力強く言ったのは神代 聖夜(かみしろ・せいや)だ。そのまま飛び出して、優の傍につくと、疾風迅雷の速さで敵陣に飛び込んで、群れを乱し、その隙に優がファルシオンで破邪の刃を叩き込んでは、次々とアンデットを屠っていく。
「……っ」
 それを見て、自分もと飛び出しかけたその肩を、ディミトリアスとアウレウスが叩いて止めさせた。
「万全の状態ではないのだろう。あんたは道を見つけてくれ」
「そうです。ここは私達が何とかしますから!」
 頷いて、神崎 零(かんざき・れい)もまた後方の戦線を見やると、こちらは飛び込むような真似はせず、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)と共にその場に留まると、各々の持つ術で優たちのサポートへ回った。特に巫女である零の放つ眩いバニッシュは、アンデットの足を鈍らせ、刹那の呼び出した炎の聖霊がゾンビ達の体を灰へと化して行く。
 それでも、前から後ろから次々に押し寄せてくるアンデットの軍勢に、段々と味方の陣が狭まっていく。中心を守るように皆が身構えながら、飛び出しそうになるのを堪えていた、その時だ。
「こっちだ!」
 グラキエスが声を上げた。その隣でウルディカが示しているのは、最近人が歩いた痕跡だ。それも、アンデットたちとは明らかに違い、遺跡の奥を目指したと判る。その行く先も勿論アンデットたちが近付いていたが、一度現れた光に、皆の気勢は否応無く上がる。
「ならば、突き破るとしましょう。いきますよ、なぶら!」
 フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が戦意新たに切っ先を進む先へと向けた。対照的に、パートナーであるなぶらは、隣り合って剣を構えながらもやや眉根を下げた。
「フィアナ、それはいいけど、無茶な猛進はやめてね……?」
 だがそんななぶらの言葉を聞いているのかいないのか「それは無理ですね」とフィアナはあっさり言った。
「私、正々堂々正面突破しかできませんし、する気ありませんからね」
 勇者を目指すなら、仲間位上手に扱ってみなさい、と、言うや否や、愛剣ランドグリーズを構え、そのスピードに飽かせて一直線に群れの中に突っ込んでいった。その重い一撃が、直線上にいたアンデット達を吹き飛ばしたが、群れの壁は厚い。
「だから、無茶は止めてったら」
 と、愚痴を言っている暇も無い。フィアナの突進力が弱まった瞬間を見計らって、なぶらの真空波が周囲を切り刻んで間合いをとらせ、その間に飛び込んでその身を守るように楯を翳して、アンデットからの攻撃を防ぐ。そしてその機を逃さず、飛び出したのは{ICN0003296#宝貝・補陀落如意羽衣}を身に纏った裁だ。その機動力を生かして、フィアナとなぶらの作った一筋のルートに飛び込むと、狭まろうとする道を広げるように、回し蹴りを放ってアンデットを蹴散らすと、その反動を利用して今度は逆側へと跳躍し、回転を入れた足技で、着地のついでに数体を地面に沈める。
「ボクは風、ボクの動きを捉えきれるかな?」
 くすくす、と楽しげに笑って、次々と舞うように飛び回って、一体一体を潰して確実に道幅を広めるのに、フィアナは「負けていられませんね」と立ち上がると、再び中央突破を目指して突撃を開始した。その背中に、なぶらは溜息をつきながら回復魔法を唱えて援護し、そうしてこじ開けられた道の、その両脇を敬一達が固めると、セルウスたちは一斉に駆け込んだ。速度そのものなら、殆どのアンデットは数歩分も遅いため、大体を引き剥がすことが出来たが、前方には相変わらずぞろぞろとアンデットたちが近付いてくる気配がある。
「しかし、一度や二度なら兎も角、何度も分岐が続くと、厄介だな」
 追いすがる、何対かの足の速いアンデットたちの後方の壁役になりながら敬一が呟くと、そうだな、とクローディスも表情を苦くした。今はまだ雑魚レベルのアンデットしかいないが、奥に進んでいけば厄介なアンデットが立ち塞がる可能性が多いにある。
「それでも行くしかない。立ち止まった所で、餌食になるだけだ」
「それに、これだけのアンデットが居る、ということは、中枢も近い、ということです」
 優と零が言うのに、そうだな、と皆が同意したが、その顔に不安がちらつき始めているのも事実だ。
「とにかく、無茶はしないでよ。辿り着くことが目的じゃないんだから」
 寧ろ、辿り着いてからが本番でしょ、と続けたなぶらの言葉に、皆は頷いて、焦りと逸りを押さえながら、その足を速めた。