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リアクション
決着がつき、ニゲルの死を確認してからヴィータは構成員の追撃をしているモルスに目をやった
すると、そこに八神 誠一(やがみ・せいいち)がオフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)を連れて現れた。
その感じはまるで、ここをたまたま通ったような印象さえ受けるほどふらっと現れたのだ。
「なにか用かしら?」
「貴女に用はない」
誠一は素っ気ない返事を返すと、モルスの背に声をかける。
「八神無現流、八神誠一! 堕ちた勇者の守護者たるモルスに一騎打ちを申し込む! 己が意思があるならば、『自らの意思』でこの一騎打ちを受けられたし!」
真っ直ぐにモルスを見つめる誠一にヴィータは呆れたようにため息をつく。
「モルスに言葉が通じるわけないじゃない」
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度をヴィータが取る。
だが、その言葉に反してモルスは追撃の手を止めると、ゆっくりと振り返り誠一を見つめた。
「なっ……! モルス!?」
ヴィータの声にも反応せず、モルスは黙ったまま剣を手に取り誠一を見つめる。
「うむ、向こうは準備万端のようだ。せ〜ちゃん、お待ちかねの剣なのだよ」
オフィーリアは捧げるように両の手の平に鋼糸刀・華霞改を乗せて誠一に渡した。
誠一は黙って頷くと刀を受け取り、モルスと対峙する。
二人はゆっくりと誰の邪魔にならない場所まで歩いて行くと、鞘を抜き切っ先を交えた。
「……!」
その瞬間、モルスは大きく踏み込むと袈裟気味に腕を振り下ろす。
空気ごと破壊しそうなモルスの拳を誠一は飛翔術で空中に飛び上がる事で回避した。
モルスは首だけ動かして頭上を見つめると、自由落下してくる誠一に向けて身体全体を捻り、その勢いを利用して殴りかかる。
まるで獣のような本能任せのデタラメな攻撃ではあったが、誠一は脇構えにした刀身からショックウェーブを斜め後方に向かって放つ事で回避しながら加速してみせる。
「っ!?」
突然加速した誠一に反応できず、誠一が着地した瞬間胴ががら空きになってしまう。
「もらった!」
誠一は横一閃に刀を薙ぎ払うが、モルスはあえて一歩大きく前に出ることで斬られる打点をずらし、自らの横っ腹を鍔で殴らせた。
一進一退を続ける二人の剣さばきにヴィータが見入っていると、横で同じように見ていたオーフィリアが声をかける。
「お前と戦う気はない、寧ろ、礼を言いたいくらいだ」
「礼?」
「そうだ。あのモルスとか言うお前の剣は、我が剣の仕上がり具合を見るには、実に丁度良い相手だ」
「それなら残念ね。あなたの剣はあそこでガラクタみたいに砕けてしまうもん」
ヴィータがそう言うと、オーフィリアは不敵な笑みを浮かべた。
「それなら、それでも良い。ここで死ぬようなら、そちらの方が奴にとっても幸いであろうよ。
死ぬその時まで、わが武器として地獄の如き戦場で生き続ける事を思えばな……。そうは思わんか? 剣の使役者よ」
「……」
ヴィータが口を開こうとしたその瞬間、
「ヴィータ! さがって!」
護衛をしていた柊 唯依(ひいらぎ・ゆい)が叫びエグゼリカ・メレティ(えぐぜりか・めれてぃ)と共にヴィータの背後に並び立った。
何事かと見れば、ヴィータを狙ってリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)と空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が接近していた。
リカインは孤樹廊に指示を出す。
「私が二人を相手にするから、孤樹廊はヴィータを」
「分かっています」
リカインは微笑むと、唯依とエグゼリカに向けて咆哮を放った。
音の衝撃に二人は身を固くし、先に仕掛けられた唯依は牙を剥くような笑みを浮かべた。
「やろうってなら相手になるさ! エグゼリカ!」
「気に入りませんが……仕方ありませんね」
戦意剥き出しの唯依と違いエグゼリカは冷静にフロンティアソードでリカインに斬りかかる。
「甘いよ!」
リカインは叫びながら腕を前に出す。
通常ならば腕を輪切りにされて終わりになるところだが、レゾナント・ハイの効果でエグゼリカの刃は弾かれてしまう。
そのままリカインが反撃に転じようとするのを阻止するべく、唯依がエグゼリカの背中越しからベルネッサをぶっ放す。
撃ち出された弾丸は真っ直ぐとリカインに向かっていくが、紙一重で横腹をかすめた。
「残念だったわね」
「そうでもねえさ!」
唯依が叫ぶと遠隔のフラワシを使い、弾丸が直線の軌道から急激にカーブを描き、弾丸がリカインの背中を狙う。
隙だらけの背中に唯依が勝ち誇った笑みを浮かべると──リカインは再び咆哮を放った。
衝撃で二人は吹き飛ばされ、曲がった弾丸も失速しその場にポトリと落ちてしまう。
三人が互角の戦いを繰り広げる中、孤樹廊とヴィータも戦闘に入る。
ヴィータは暴食之剣を振るい、孤樹廊は朱の飛沫で応戦する。
物理攻撃と炎の攻撃へ対処するためヴィータは中々攻撃に転ずることが出来ないでいた。
「ああもう! 鬱陶しい! モルスも急に言うこと聞かなくなるし! なんだってのよ!」
色々な苛立ちが言葉になって漏れる。
「さっきの振る舞いだって、もしかしたら彼が正気を取り戻したのかもしれない。
……モルスを一番拒絶しているのはあなたの方ではないんですか?」
孤樹廊の言葉にヴィータは眉をピクリと動かして露骨に不愉快そうな顔をする。
孤樹廊の発言に心当たりが無いわけではない。
現にさっきも自らの意思で戦いに向かったことと、突然別人のように冷静な攻撃方法が蘇ることがヴィータを苛立たせていた。
「……うっさいわね。知ったような口きかないでよ」
孤樹廊から一度離れて呼吸を整えると、突然右腕に斬られたような痛みを覚えて、思わず顔を歪める。
だが、ヴィータの腕に傷らしいものは見られない。
「まさか……!」
ヴィータはハッとしたようにモルスに目をやった。
自らの意思で一騎打ちに挑んだモルスは誠一に押されていた。
モルスは誠一のポイントシフトによる移動を目で追えないのか、眼球をキョロキョロと忙しなく動かしていた。
やがて、モルスは前傾姿勢の獣ような戦闘態勢から背筋を伸ばし両手を組み合わせるとそれを自分の前に近づけた。
そこには獣のように獲物を追っていた人物の姿はなく、リーラたちと一戦交えたときの戦士の姿がそこにはあった。
モルスはその態勢のまま動かなくなってしまう。
「なるほど……後の先に入ったのか。本当なら、痺れを切らすまで待ちたいが、これは僕から挑んだ一騎打ち。打って出るのが……礼儀だろう!」
誠一はモルスの背後から斬りかかる。
「……!」
殺気か、空気の流れか、あるいは第六感が働いたのか。
モルスはまるでそこから来ることを知っていたように振り返ると、そのまま腕を横に薙ぎ払った。
誠一の刀とモルスの拳が交差し──一瞬早く、モルスの拳が誠一の左腕を殴りつけた。
「ぐ……!」
殴られた衝撃で左腕が離れてだらりと下がる。当然、太刀筋は勢いを失いモルスを斬るには至らない。
本来なら、ここは一度距離を離すところではあるだろうが──誠一は逆にそのままモルスへと接近し、横を通過した。
遠くで見ていたヴィータと孤樹廊も剣を交えているモルスも何故、相手に一瞬とはいえ背を見せるような真似をしたのか理解できなかった。
が、次の瞬間、モルスだけが理解できた。
自身の前を鋼糸が何本もあり、身体に食い込んでいるのだ。
見れば、誠一の刀身が鋼糸に変形していた。
誠一は何も言わず鋼糸に真空波を纏わせ表面を切り裂くと、そこから蛇のように鋼糸を侵入させ、
「これで……終わりだ」
ショックウェーブを発生させる。
「……!?!?」
体内から強力な衝撃が駆け抜けると、モルスは一度ヴィータの方を見つめ──その身体を内側から切り裂き、モルスは崩れ落ちるように倒れた。
「っっっぐう!? あああああああああああああああああああああああああ!!」
痛みをフィードバックしたヴィータが絶叫し、身体を震わせる。
痛みで動けないヴィータを日比谷 皐月(ひびや・さつき)は好機と見て氷蒼白蓮で氷を精製すると、それを攻撃へと転用した。
「うう……!」
氷柱が降り注ぎ、ヴィータは転がるようにいして回避するが、そうしている間に皐月が接近する。
「お前がお前の希望の為に、こんな事をしでかすならな……オレが、お前の希望を砕いてやる」
そう言って、皐月は再び氷を精製するとヴィータに叩き付ける。
が、その氷は廃墟の屋上で待機していた柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)によって打ち払われる。
恭也はヴェンデッタで壁に手をかけながら降下すると、倒れているヴィータの傍に寄って、皐月にメルトバスターを発射するが、皐月は氷でそれを遮る。
恭也は何度も氷りに向かって打ち続ける。あくまで足止めが目的であり、命中させる気は無いのだ。
「おい、誰だか分からないけど邪魔するなよ」
皐月が恭也に声をかけると、恭也は鼻で笑った。
「はっ! 俺からすれば邪魔してるのはてめえの方だけどな」
メルトバスターを撃ち続けて氷を破壊するが、すぐに次の氷が精製されて壁に遮られてしまう。
「どうしてもどかないなら、一緒に潰れてもらうぞ!」
皐月が恭也の頭上に氷を精製して落下させる。
「くそ!」
皐月は射撃をやめてヴィータを小脇に抱えると、氷をなんとか回避した。
が、飛んだ先にも氷が張っており恭也は転倒してしまう。
「ぐ……!」
ヴィータに怪我をさせないように転倒したため必要以上の衝撃が身体を駆け抜けるが、恭也はこれ以上の追撃を止めるために無茶な体勢から射撃を開始して、皐月を釘付けにする。
「さっさと倒れてくれよ。これ結構疲れるんだ」
「知るか!」
恭也は叫びながらヴィータに声をかける。
「しっかりしろって! こんなところで倒れてる場合じゃないだろ」
「うぅ……」
痛みでヴィータが呻く。痛みをフィードバックしていた相手が切り裂かれたのだから気絶してないだけでもかなりの精神力だが、今の状況から逃げ出すには不味い状況なのに変わりはない。
だが、そんな状況で恭也は──あえて笑ってみせた。
「おいおい、世界を壊すって言ってた奴がなに苦戦してんだよ」
「……うっさいわね、わたしだって調子悪いときぐらいあるの」
「おーおー、イラついてるねぇ。いつものおまえらしくねぇぞ?」
「らしくってなによ」
「あの人を舐め腐った態度の事だ」
「……人聞き悪いわねぇ」
「人聞きもクソも、おまえがやろうとしている事に比べりゃマシだろ?」
「ま、確かにそうね……」
ヴィータは少しだけ息を吐き、恭也と背中合わせの態勢をとった。
「……今のわたし、あなたの言うとおりいつもと違うから、後ろを気にしてる余裕もないみたい」
「おー、素直だねぇ」
「うっさい。黙って聞け」
微かに笑い声を洩らす恭也に、ヴィータは呆れたようにため息を吐いた。
「ってわけで、わたしの背中をお願いね。頼りにしてるわよ、不良くん」
頭に上った血が下りたのか、ヴィータも自分自身で感じ取っていた怒気がしぼむのを感覚的に理解した。
視野が広がっていくのを感じながら恭也が声をかけてくる。
「とにかく、この状況を打開するぞ!」
「ええ、分かってるわよ!」
迷いを振り切ったヴィータは集中力を高め、再び武器を手に取った。