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リアクション
「レモ……行くんだな」
薔薇の学舎の制服の上に、目立たぬよう灰褐色のマントをすっぽりとかぶったレモに、デイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)はそう声をかけた。
「うん。ごめんね、ワガママ言って。でも、どうしても……行かなくちゃいけないんだ」
ハッキリとレモはそう答え、デイビットに微笑んだ。大丈夫だよと、そう言うように。
レモは、ルドルフの指揮とは別に、タシガンの地下にあるという悪魔の国、タングートへと赴く予定だった。まずは研究所付近まで同行し、ゲート付近のモンスターがある程度押さえられた隙に、ゲートへと飛び込む計画だ。
「行き当たりばったりで、みんなを巻き込んじゃって、ごめんね」
「仕方がありませんよ。どうなっているかわからないのは、皆、同じことです」
神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が柔らかくそう答える。
翡翠は、レモが夢枕にきいた地へ行くことを決めてから、同行を申し出てくれたひとりだ。その他にも、カールハインツから事情をきいた数名が、協力を名乗り出てくれていた。彼らとは、ゲート近くで落ち合う約束になっている。
「タングートって……古い本に出てくる魔族の国だよね。なんでも、女性悪魔ばかりの国だとか……」
デイビットとともに、見送る方を選んだハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)がそう口にする。
「そのようだな。で、あるから少年。心配は要らない、その為の備えならば万全だ!」
どびらぁっ! とばかりにアーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)が手にした荷物から広げたのは、フリルいっぱいの可愛らしいメイド服だった。しかもご丁寧に、猫耳つきの。
「ザナドゥといえば種族悪魔のいる地なのだから逆にこういった耳があるほうが溶け込みやすいかなと思うのだがどうだろうな? 通常の耳は長めのカツラもつけて隠しておくか……」
「ボクもお嬢様みたいなかっこうしたよー!」
木・来香(むー・らいしゃん)が可愛らしいワンピースの裾をゆらし、その場でくるんと一回転してみせる。
「一番大事なのは変に事を荒立てない様にってことみたいだからー!」
「うむ、そういうことだ! さぁ!」
「え、えーと……」
アーヴィンはともかく(ともかく?)、来香のように無邪気にすすめられては、断りにくい。しかも理由としてはそれなりに理に適ってもいるわけだし……が……。
(……なんでメイド服なんだろう……)
天然の獣耳を伏せて、内心でマーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)は呟いたが、この場の全員がそう突っ込みたいところだったろう。
「あ、ありがとう。折りを見て、着替えさせてもらうよ。今からじゃ、汚しちゃうしね」
「ふむ。まぁ、そうだな。さしあたっての、危険な局面を乗り越えてからでもよかろう」
ありがたく荷物を受け取りながら、レモはくすくすと笑う。
「どうした? 少年」
「ううん。アーヴィンさんが一緒でよかったなぁって。僕だったら、こういう服とか思いつかないから。来香さんも、すごく可愛いよ。ありがとう」
「どういたしまして、だよー!」
「うむ。なに、いつでも俺様を頼るといい。レモ少年を、一人で行かせはしない」
「うん。頼りにしてるね」
(レモ君……大人の交わし方を覚えたね……)
マーカスはそう、レモの成長を妙なところでしみじみと感じていた。
「それと……ハルディアさん、デイビットさん。カルマたちのこと、どうかお願い」
噛みしめるように、レモはそう口にする。
レモ自身、まだ、迷いはある。
妖しげな誘いにのって、タシガンを離れて良いのか。それ事態が、ひとつの罠ではないのかと。
それでも、もしもこれが、なんらかの打開策になる一筋の糸だとしたら、手放すこともできないのだ。
「行ってらっしゃい、気を付けてね。僕らはここで頑張るよ」
「オレも付いて行きたいけど、カルマの事だって、レモにも、学舎にも大切なんだよな」
「それに、女性ばかりの国じゃ、デイビッドは行っても緊張して石みたいになっちゃうだろうしね」
「ちょ……ハル、そんな事言わなくても!」
赤くなって照れるデイビットに、レモとハルディアは顔を見合わせて笑った。しかし、すぐに真顔になり、「カルマの事は…僕達に何が出来るか分からないけれど、出来る限り手は尽くしてみるよ」とハルディアはレモに約束をした。
「うん。僕も、頑張ってくるね」
「レモ。……オレ、もっと強くなって胸張れるようになったら、その時はレモの騎士になりたい」
デイビットはそう告げると、小指を差し出す。
「だから、ちゃんと帰って来てくれよな」
そのための指切りだと。
「デイビット……ありがとう。待ってて、ね?」
はにかんで答え、レモは同じように小指を差し出し、約束を交わす。そんな二人を、ハルディアと翡翠は暖かい瞳で、アーヴィンは若干熱っぽく(……)見守っていた。
しかし、ハルディアたちと別れてから、翡翠は小さくため息をつく。
めざとくそれに気づいた山南 桂(やまなみ・けい)は、「主殿? 浮かない表情のようですね? 心配ですか?」と声を抑えて翡翠に尋ねた。
「桂、いえ、なんか引っかかるんですよ? いきなり呼ばれた事と言い、妨害も有りそうですし、すんなり事が運ぶとは思えず、無理難題も有りそうですし。一番の不安は、真の解放……そのために、何を犠牲にするのかと」
レモを呼んだ『共工』なる人物が、単なる親切心で動いているはずもないだろう。そのとき求められる対価は、おそらくはレモ自身ではないのか。それが、翡翠には気がかりでならなかった。
「まあ、何があろうが協力するんですよね? 決めるのは、本人ですから。俺達にできるのは、相談と背中押しだけです。……ただ、その選択が後悔しない物なら、良いんですが」
「そうですね」
桂の言葉に深く頷き、翡翠は鈍い曇天に覆われた空を見上げた。
「タングート……これか」
一方、梓乃に行方を心配されていたティモシーは、とあるタシガンの貴族の屋敷にいた。その人物は古い書物……とりわけザナドゥ関連の好事家でもあり、なにか資料がないかと尋ねたのだ。
なにせほとんどが古い文献であり、散逸や損傷が激しい。かろうじて読み解けるものにしても、伝説かおとぎ話といったレベルの伝聞がほとんどである。
共通しているのは、共工という女王の存在と、女性悪魔だけが集う場所、ということか。その特徴が故に、とても子供には読ませられないような類いのものもあった。
(これは、シノを連れてこなくてよかったですね)
反応を見たい気もするが、まだもう少し、初心のままとっておかねばつまらない。
「……ふぅん」
退屈そうに開いたページには、巨大な龍にも似た蛇がのたうっていた。どうやらこれが、共工の本来の姿だというらしい。毒と水を操り、その巨体で周囲を圧倒する悪魔。
なるほど。いくら美しく擬態していたとしても、実体は悪魔らしいものだ。
「丸呑みにされなければ、よいですけどね」
やはり、梓乃が行くにはまだ早そうだ。そう結論づけ、ティモシーは本を閉じた。これ以上ここにいても、さらなる知識は得られそうにない。
「あーあ、退屈、退屈ぅ〜」
そうぼやきつつ、ティモシーは書架に背を向けたのだった。
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