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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声
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リアクション

3.タングート<1>

 先陣の奮闘と、その後に続くパーティたちの裏で。
 密かにレモは、靄の中に口をあけた『ゲート』を見つけ出していた。
 幽鬼には数体襲われかけたが、鬼院 尋人(きいん・ひろと)大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が護衛を務め、彼らを退けていた。なによりも、トマスたちに多くのモンスターが集中し、こちらはさほど目立たずに済んだというのも大きかったろう。
 黒い渦を巻くようにして、虚無が口をあけている。黒い靄が絶え間なく吐き出され、いかにもそこは『地獄への入り口』といった様相だった。
「ここで良いのですね?」
「うん。感じるから……こっちだよ」
 翡翠にそう答え、レモはより感覚を研ぎ澄ますように目を閉じる。
 すると、レモに応えるように、目の前の空間に不気味に穴をあけたゲートが内側からぼんやりと赤くにじむような光を発しだした。
「行こう」
 レモは躊躇いなく、虚無の穴へと身を躍らせる。その後を次々と、協力者たちも続いた。
「さてはて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「それ、あんま洒落になってへんよ。顕仁」
 泰輔の返答に、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)はふふふと笑った。
「むしろこういうときはアレや。虎穴に入らずんば、虎子を得ず、やろ。っちゅーことで……南無三!」
 ――そして、彼らの姿は地上から消えた。

 だが、……ゲートのその奥へと興味を持っていたのは、レモたちだけではなかった。
 とはいえ彼らについては、また、後に語ることとする。



 ――落ちる、落ちる、落ちる。
 最初こそ勢いがあったものの、体感する落下速度は徐々に落ちていくようだった。
 といっても、漆黒の闇の中。周囲ものもは何も見えず、手を伸ばしても触れる者もない。
「みんな、大丈夫か?」
 尋人はそう口に出してみたものの、声はぼやぼやと反響し、発した自分ですら不明瞭な音でしかなくなっていた。
 やはりこれはただの罠で、このままあてもなく落下し続けて、そのうちにこの意識までも消滅してしまうのだろうか。
 そんな考えがちらと脳裏をかすめた、その矢先だった。

 唐突に、視界に光りが戻る。
「……っ!」
 咄嗟に目が眩み、突如取り戻した重力の感覚に頭がクラクラした。それでも、その場に崩れ落ちることなく、尋人は気づけば砂地に立ち尽くしていた。
 単純な落下装置というよりは、空間転移装置といったほうが正しかったのかもしれない。通り抜けてきた穴は周囲にはもはや見当たらず、広がる砂漠の向こうに微かに街らしきものが揺らめいて見えた。
「大丈夫ですか、尋人」
 西条 霧神(さいじょう・きりがみ)が、そう声をかける。
「ああ。……レモは?」
「あそこにいますよ」
 霧神の指し示す方向で、レモはまだ目眩がするのか、口元に手をあててしきりに瞬きをしながら、ぺたんと座り込んでいた。
「すぐに動かないほうがいいわ。ゆっくりね」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、優しくレモの背中を撫でてやっていた。
 他にも数名は、軽い乗り物酔いのような症状に見舞われたようだが、ひとまずは無事のようで尋人は安堵した。
 だが、ほっとばかりもしていられない。すぐさま、尋人は周囲の安全を確認するために注意深く視線を巡らせる。
「ここがタングート、か」
 同じく、レモとともにゲートへと飛び込んだ早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が、尋人の隣に並ぶ。
「あれが都のようだね。そこに共工がいるのかな?」
「おそらくは、そうだろう」
{b}「そうだよーーー!!」{/b}
「!?」
 唐突に大声で会話に割り込まれ、呼雪と尋人は咄嗟に声の方向を見上げて身構えた。……そう、声は上空からだったのだ。
「大勢でよく来たもんだねっ! それも男ばーーーっかりっ!!」
 どちらかといえば小ぶりの、ひょろ長いフォルムをした竜が、上空に浮いていた。そこから、ぴょんっと小柄な少女が落下してくる。
「あぶな……っ!」
 誰ともなくそう口にしたが、彼女は危なげなく落下直前にくるんと肢体を反転させ、地面に着地した。ぴんと伸びたトラ縞の尻尾が揺れ、二つにくくった髪のお団子が猫耳のようにも見える。
「あたいは窮奇(きゅうき)。共工様のご命令で、あんたたちを迎えに来てあげたんだから。感謝しなさいよねっ!」
 腰に手をあて、甲高い声でそう告げると、窮奇は小さい身体で精一杯胸を反らした。
「これは……ツンデレ獣っ子?」
 ごくり、と唾をのむアーヴィンに、「アーヴィン、今はそういう場合じゃないと思うよ……」とマーカスが小声で突っ込む。
「ねーちゃん、窮奇ゆうんか。ちっこいのに、声はおーきぃなぁ」
「うるさいわねっ! っていうか、軽々しくあたいの名前を呼ばないでくれる? でぇ、いったいどいつがレモっての? とっととこっちに寄越しなさいよっ!」
 鋭い犬歯を覗かせ、泰助に窮奇はくってかかる。見えないが、背中の毛がぼうぼうに逆立っている感じだ。
 タングートの女悪魔は男嫌い、というのはあながち嘘でもなさそうだった。
「レモはまだ幼く、道中の危険から遠ざける為に我々も付き添って参りました。レモが暮らしていた領域はこの地とは真逆故、踏み入る者に男が混じるのは聡明な共工様もご承知の事と思います。どうか、ご容赦下さい」
 丁寧に、呼雪がそう謝罪すると、「まぁ……そーだけど」と窮奇はしぶしぶと頷く。
「ごめんなさいね、無礼で。はじめまして、窮奇さん」
「「外界からの新しい風を迎え入れれば、快いものばかりが流れてくるとは限りませんわ。様々な種族、文化…見極め、折り合いを付ける為に検分して頂けたらと思います」
 お姉様モードをオンにした祥子と、匂うばかりの色気を漂わせたタリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)が温和にそう声をかけた。
 すると。
「あ……え、ええと。はじめましてぇ、お姉様方!」
 途端に喉をごろごろ鳴らさんばかりにして、窮奇は目を細めて祥子とタリアを見上げた。