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【裂空の弾丸】Recollection of past

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【裂空の弾丸】Recollection of past
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第2章 潜入! ジークロード! 1

 ガシャンッ! 

 移動要塞ジークロード内部。
 その通路の天上にある通気孔の蓋が外れた。
 そこからひょっこりを顔を出した少女が一人いる。
 彼女はきょろきょろと辺りを見渡して、人影がないことを確認すると――

 くるんっ!

 前方回転してから、通路に降り立った。
 そのときスカートがふわりと浮き上がったことは言うまでもない。
 全国の男子にはひじょーに残念なことだが、その中身は太股にピッタリとフィットしたスパッツだ。
 それはそれで、一部の人たちを熱狂の渦に巻き込むような気はするが、少女がそれを自覚しているかどうかは、別問題だった。
 きっと彼女は、単に動きやすいという理由からそれを着用しているのだろうと思われる。
 件のその少女――小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、男子の視線というものに無頓着な少女なのだった。
「みんな、大丈夫だよー」
 その美羽が、通気孔に向けて呼びかける。
 すると――
「ほんと? それじゃ……」
 そう言って、複数の人影が、次々と通気孔から降り立った。
 先頭にいるのは美羽のパートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)だった。追うように、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)御神楽 舞花(みかぐら・まいか)がそれに続く。

 しゅたっ、しゅたたたっ

 通路に響く、着地の音。
「なんとか、無事に潜入出来ましたね」
 全員が通路に降り立ったのを確認してから、舞花がほっと胸をなで下ろした。
 その隣には、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の姿はない。案の定というべきか。彼は伴侶である元蒼空学園校長の娘との鉄道事業に奔走しており、この場にはいないのだった。代わりと言ってはなんだが、ノーンがいる。
「舞花ちゃん? これからどうするの?」
 彼女はきょとんとした仕草で首をかしげながら、舞花を見あげていた。
「とにかく、まずはベルネッサさんの行方を捜さないと……」
「待って! いま、足音が……!」
 美羽がシッと口許に指を置いて、舞花たちを制止させた。

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!

「まずい! 隠れないと!」
 通路の向こうから聞こえてきた大勢の足音に、美羽たちはとっさに近くにあった部屋に飛びこんだ。
 そこは幸運にも単なる倉庫であり、他にはどの機晶兵の姿もない。
 しかし、なぜ敵の突然? もしかして見つかったのか?
「…………」
 最悪の事態を考えて、武器を構える紫月 唯斗(しづき・ゆいと)
 もしも敵に見つかったというのなら、不可視の封斬糸で敵を切り裂くつもりだった。
 が、どうやら、それは杞憂だったようだ。
「あれ?」
 美羽がきょとんとした顔で見つめる先で、要塞内を見回る機晶兵たちは通路を通り過ぎていった。
「いったい、どうしたんだろ?」
「慌ただしい様子には変わりないから、なにかあったことは間違いないんだろうけど……」
 美羽の疑問に、コハクがつぶやくよう答える。
「……もしかして、誰か他の人が見つかったとか?」
 舞花がぼそっと言った。
 なるほど。それなら確かにあり得るかもしれない。
 要請に侵入しているのはなにも美羽たちだけではないのだ。他の契約者たちも、別ルートから潜入を試みていることを彼女たちは知っていた。
(でも……それにしたって、不用心だよなぁ)
 唯斗は思いながらも口にしたりはしなかった。
 彼の脳裏にあったのは別のことである。つまり、侵入がバレることすら厭わず、真っ正面から敵地に侵入してきた第三者、という可能性――
(いったい、誰だ?)
「とにかく……いまはベルたちの居場所を探すのが先決ね」
 唯斗の思考を中断したのは、舞花の声だった。
「ノーン、頼める?」
「うん、了解!」
 ノーンは元気よくうなずくと、なにやら眉間に皺を寄せてぐぐぐっと力を入れ始めた。
 するとしばらくして――
「キュピーンっ! わかったよ、舞花ちゃん!」
 ノーンはある一方向を指さした。
「きっと、ベルちゃんたちはこっちにいるはずだもん!」
「…………ほんとかよ……」
 いささか確信に欠けるノーンの台詞だが、トレジャーセンスを有する彼女の言うことだ。
 今は信じるしかないだろう。
「唯斗さぁんっ! 置いてっちゃうよぉ!」
「んぁ? あ、ああ、悪い。いまいく」。
 唯斗は頭を振って、通路の先を行く美羽たちの後を追った。

● ● ●


 率直に言うならば――
 唯斗が感じた可能性というのはその通りだったと言える。
 彼らが機晶兵たちの目をかいくぐって通路を進んでいたまさにそのとき、移動要塞の壁をぶち抜いて、一人の神官が現れたのだった。
〈侵入者ハッケン! 侵入者ハッケン! タダチニキュウコウセヨ!〉
 警報装置が大音量で危機を告げ、機晶兵たちが続々と現場に急行する。
 それを正面から見すえながらその神官は――
「ふんっ……!」

 ヒュッ――ズバアアアアァァァッ! ズドオオオオォォォン!

 ひと振りの大剣を手に、一気に機晶兵たちをなぎ払ったのだった。
「うひゃーっ、すごぉい!」
 その様子を後ろから見ながら、はしゃぐ人影が一つあった。
 飛空艇の不時着した浮遊島で、神官のいた神殿に入り浸っていた桐生 円(きりゅう・まどか)である。
 彼女は突如として移動要塞に向かった神官の後に金魚の糞のようにひっつき、ついにはここまでついてきてしまったのだった。
 その興味はすべて、神官へと向けられている。
「ねえねえ! ベルを助けにいくんでしょー?」
「………………」
「ってことは、昔からの因縁の相手とか? そいつって嫌なやつ?」
「………………」
「ああっ、もしかして神官さんもクォーリアの騎士ってやつ? ベルネッサたちが見つけた遺物から、そんな名前が出てきたんだって!」

 ズバァッ! ドッ! ズゴオオオオォォン!

 機晶兵たちが次々と破壊されていく中で、円の質問は実にのんびりとしたものだ。
 が、やがて、ほとんどの機晶兵を倒しつくし、床に転がるのがそのスクラップだけになったところで、神官が口を開いた。
「……クォーリアはもういない。どこにもな」
「うん。なんか……ホログラムの人? ベルネッサのお父さんも、そう言ってたんだって。自分が最後の生き残りだって」
「奴がそう言ったなら、それが真実だ。あたしはただ、逃げ出しただけの騎士だからな」
「あたし?」
 神官が思わず口走った言葉に、円が引っかかる。
 余計なことを言ってしまった。そのような表情を、フードの奥に隠れた顔にかすかに浮かべ、神官はまたスタスタと歩きはじめた。
「わわっ、待ってよぉ〜!」
 円は慌ててその後を追っていく。
 少しだけ神官との距離が近づいたような、そんな気がしていた。

● ● ●


 チュドオオオオオオオオオオォォォォォォン!

 移動要塞の一部で大爆発が起こったのは、神官が突入して間もない頃だった。
「わーっ! やりすぎたー!」
「だから言っただろ! 取りつけすぎじゃないのかって!」
 爆発が起こった場所から、逃げるように通路を走る二人の人物がいた。
 遠野 歌菜(とおの・かな)、そして月崎 羽純(つきざき・はすみ)の二人である。
 恐らくは二人とも、美羽たちとは別ルートで要塞に侵入したチーム。
 の、はずなのだが、なぜか歌菜は魔法少女アイドル風の衣装を身に纏っていた。羽純は比較的普通だが、歌菜のほうは、潜入とはとても思えない衣装である。理解がおよばない。
 だが彼女がその衣装を身につけているのには、それなりの理由があってのことだった。
「うううぅぅ……だってだって! あんなに人が集まるなんて思わなかったんだもん! やるからには派手にって言ったのは羽純くんのほうじゃない!」
「そりゃそう言ったけれども……あんなに大騒ぎになるなんて誰が思うか!」
 そう。実はこの二人は別ルートから要塞に潜入し、敵を引きつける役を買って出たのだった。
 もちろん、そのためにはある程度は派手に演出をしないといけないし、どうせなら敵も一掃しておきたいところである。そこで歌菜が講じた策が、歌が敵を引きつける! という、なんとも間抜けというか奇抜というか……みたいな方法だった。
 結果だけ言えば、それは成功したと言える。
 簡易的なアイドル用のステージを用意して、そこにスポットライトを当てて歌う歌菜を、機晶兵たちは目ざとく見つけた。これが人間なら、こんな明らかに異質な誘い方、違和感を覚えるか、疑問を感じるところだが、そこは機晶兵。条件反射的に、次々と歌菜のほうへと向かってきたのである。
 そこに、隠れていた羽純が剣の雨を投下!

 ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!

 相手が引き下がったところで、ついに設置していた機晶爆弾が爆発したのだった。
 ただし――思いもよらない爆破量で。

「ひいいぃぃんっ! こんな騒動になるなんて思ってなかったんだよぉ!」
 歌菜は泣きながら自身の潔白を叫ぶ。いまさら遅かった。
「まあ、結果的にはこれで良かったんだろうが……少しやりすぎか?」
 羽純が後ろを振り返ると、そこにはもうもうとあがる煙から現れた複数の機晶兵たちが追いかけてくる姿があった。
 心なしか、怒っているようにも見える。もちろん、機晶兵なのでそんなことはないと信じたいが。
「とにかく逃げるが勝ちだ! 一体でも多く引きつけるぞ!」
「り、了解!」
 二人の壮大な脱走劇が始まろうとしていた。