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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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●イルミンスール

 時刻は夜、気配静まるイルミンスールの森にメニエス・レイン(めにえす・れいん)の姿があった。彼女の手に握られた携帯から、『天秤世界』で何か緊急の事態が発生したこと、それにより一時的な混乱状態にあることをメニエスは知る。
(多分、これが最後のチャンス。これを逃せばもう、私に打つ手は無い。私はまだ、終わるわけにはいかないの……!)
 近くでがさり、と音がして、メニエスは携帯を仕舞い待ち合わせの人物に呼びかける。
「久し振りね、ケイ」
 姿を見せた緋桜 ケイ(ひおう・けい)へ、メニエスは再会の挨拶もそこそこに話し始めた――。


『ケイ、あなたに協力してほしい事があるの。今晩会って話を聞いてくれない?』
 メニエスと会う数時間前、メニエスから連絡を受けたケイは突然の事に、疑惑を覚える。
(メニエス……君はまだ何かを企んでいるのか?)
 メニエスの事をよく知るケイは、彼女がまた契約者と敵対する未来は避けたい、と思う。道程は険しくとも、メニエスには更生の第一歩を踏んでもらいたい。そう思ったケイは意思を固め、待ち合わせの時間を待った――。

(む……ケイ、このような時間に何処へ行くのかの?)
 静かに抜け出していったケイを、しかし悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は捉える。その様子から何かある、そう踏んだカナタは直ぐに支度を整えると、密かにケイの後を追った――。


 そして今、メニエスの前にはケイが、少し離れた場所にはカナタが居るという状況になっていた。
(何かあると思っておったが、相手がメニエスとはな。……さて、如何様にするか)
 心に呟き、カナタが方針を思案する。目の前の二人の話し合いを出て行って止める、それはいささか無粋な真似に思われた。
(……ふむ、あやつの姿が見えぬな。わらわと同様、この近くに身を潜めているのならば……そちらを警戒しておくかの)
 検討を終え、カナタがメニエスのパートナー――ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)――への警戒を始める。そして向こうではメニエスが、検討した妨害策を説明した上でケイも加わってほしいと告げる。
「……メニエス、もう終わりにするんだ。もうそんなこと続けたってしょうがないって、本当はわかっているんじゃないのか?
 俺にはメニエスが無理をしているようにしか思えない」
「……な、何を言っているの!? あたしがそんな事思うわけ無いじゃない! 無理なんてしてないわ!」
 ケイに言われたメニエスが、明らかに動揺した素振りで反論する。それを見てケイは、話を聞いている時に抱いたメニエスへの違和感が確信に変わったのを感じる。今の彼女にいつもの自信や余裕は無い。あるのは焦り、そして彼女は相当追い詰められている。
「メニエス、パラミタに来てやりたかったのは、そんな事なのか? 本当に君は望んで、やりたいと思っていることをやっているのか?
 ……俺はパラミタに来た頃のメニエスを知ってる。色んな冒険をして、みんなと同じように些細なことを楽しんでいたメニエスを。……そのメニエスが今やろうとしていることを、心から望んでしているとは俺は、思わない。君がしたいのは、こんな事じゃないんじゃないのか?」
「うるさい、黙れ! それ以上喋るな!」
 聞いていられないと言いたげに、メニエスがケイの首元を掴む。必然近付く二人の距離、ケイは構わず話し続ける。
「俺はあの頃に戻りたい……二人でまた色んな冒険をしたい。またみんなと同じように些細なことを楽しんで、メニエスと一緒に笑い合いたいんだ。
 ……本当はメニエスだって、戻りたいんじゃないのか?」
「――ッ」
 その言葉が、メニエスの心に深く突き刺さる。黙らせようと伸ばしたはずの手からスッ、と力が抜け、ケイを睨んでいた顔は伏せられ、やがて震える声でメニエスは、抑えつけていた思いを吐露する。
「……今更、戻れるわけ無いじゃない。あたしはメニエスなのよ。
 これまで散々あなた達の邪魔をしてきた、それがあたし、メニエス・レインなの。今更それを捨てられるわけ無いじゃない」
 自らの野望のために、何度となく契約者の前に立ちはだかったメニエス。しかし今彼女は、そうしてきた過去に自信が持てなくなり、けれど過去を捨ててしまえば今の自分に何が残るか分からず、途方に暮れている。……そんな風にケイの目には映って見えた。
「……確かにメニエスは沢山の罪を犯した。それはこれから償っていかなきゃいけないことだ。だから君は、メニエス・レインであることを捨ててはいけない。
 俺は、メニエスがメニエスであることを捨てなくたって、戻ってこられる、そう信じてる」
「そんなわけ――」
 反論しかけたメニエスを、ケイは抱き寄せる。頭一つ分小さいメニエスの身体を包み込むように腕を伸ばして、ケイは意思の篭った言葉を送る。
「俺が支えてやる。俺がずっと側にいる。……だから、一緒に帰ろう。メニエス」
「…………一緒……本当に?」
 顔を上げるメニエス、そこに今までの険しさは無い。
「ああ、本当だ」
 ハッキリと肯定してやれば、メニエスはケイの胸に顔を埋め、「……あり……がとう……」と呟いて嗚咽を漏らす。

 ――こうやって二人で会うようになって、わかっていたんだ。
 メニエスはあの頃のままだって。本当のメニエス・レインはこんなにも小さい女の子なんだって――。


 メニエスの頭を撫でてやりながら、ケイは優しく、心を込めて迎えの言葉を口にする。
「おかえり、メニエス」

 事態が収束していくのを見届け、カナタはある可能性を頭に思い描く。
(わらわはパラミタにやって来る前のメニエスを知っておるが、とても今のメニエスとは結び付かぬ。
 メニエスがああなってしまったのは、あやつとの契約が影響しておるのかもしれぬな)
 そう思った所で、カナタは悪寒に意識を振り戻す。丁度目の前をミストラルが、匕首を手に二人の元へ迫ろうとしていた。
「……動くな。動けばおぬしの心の臓を撃ち抜く。決してハッタリではないぞ」
 ミストラルの背中へ杖を突きつけ、カナタが低い声で告げる。ミストラルは黙したままその場を動かない。
「おぬし……一体何が目的なのだ?」
 先程まで考えていた可能性に関係する問いをミストラルに投げれば、暫くしてミストラルは何かに区切りを付けるかのように溜息を吐き、それまでとは異なる雰囲気――対する者を威圧するような――でもってカナタと相対する。
「目的? そいつがこうしたいと言ったからそれを手伝っただけですわ」
「おぬし……本性を現しおったな」
 パートナーであるはずのメニエスを『そいつ』呼ばわりしたミストラルに、カナタは嫌悪感を表情に出す。対するミストラルはふん、と息を吐いて臆すこと無く言葉を吐く。
「私はそいつを利用して上に上がろうと思った、向こうは私を頼り信頼した。契約できたのだから何も問題ないでしょう?
 ……でも、それももう、終わりみたいね。貴方や人間共に近づかせたのが間違いでしたわ。後は勝手にしたらいい。全く、この十数年を無駄にしてしまいましたわ……」
 そう言い残すと、ミストラルの身体がフワッ、と霧へ変わる。
「待て!」
 鋭く言い放つカナタ、しかしもうミストラルの気配は感じられない。
(……果たしてあやつが言葉通りに、メニエスへの興味を失くすかどうか。あやつの意図次第ではメニエスは『契約』という枷をはめられたに等しい。
 ケイ……おぬしのことは信じておるが、くれぐれも注意するのじゃぞ)

 彼らが歩き出した道の先にあるのは、希望か、それとも絶望か――。