|
|
リアクション
所変わって、ここは打ち捨てられた体育館。
急遽補強され設備の整えられた訓練所に、明日を夢見る決闘戦士たちが集まっていた。
過酷な戦いに勝ち抜くことを希望した分校生たちは、激しいトレーニングに明け暮れていた。
指導するのは、分校では臨時教師としてしばしば訪れたこともある九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)だ。
分校内で行われている決闘に参加する生徒たちを見守りながら、厳しく鍛え上げようとしていた。生徒たちとの距離を詰めるために、敢えてスパルタ方式の道場を開いていたのだ。
「バカヤロウ! 負けました、であっさりと尻尾を巻いて逃げ帰ってくる奴があるか!」
「ぐぼぁぁぁぁ!」
また一人、ジェライザ・ローズの愛の鉄拳で宙を舞った。
「ワッペンの色は君たちの人生そのもの。ポイントは命だ。君たちは、人生と命を失って、笑っていられるのか!」
叱咤に追い立てられ、再び特訓を始める分校生たち。
「何? 決闘に勝てない? 偉い人は言いました『ワンモアセッ!』はいっ! 今この場所こそ鍛練のアルカディア!!」
全員を見て回りながら、一人一人に声をかける。
決闘システムの仕組みは、おおむね生徒たちから聞いてわかった。
簡単に言えば、決闘でポイントを貯めてランクアップを目指すだけだ。特殊なボーナスタイムなどの特殊な時間帯を除いて、賭けるポイントも制限されているため、一度や二度負けたくらいでは、すぐにどうということは無い。
実際に、ジェライザ・ローズの道場へやっていている特訓生たちは、ダラダラと戦っているだけの者が多い。上位ワッペンになれば、待遇は上がるが、欲さえかかなければ白ワッペンのままでも十分普通に生活できるのだ。
決闘は、格闘術の他に勉強や、両者の同意さえ得ることができれば別の種目でも勝敗を決めることができる。
決闘委員会の立会いの下、ごく短時間で勝負が行われ、その場でポイントがやり取りされて終了するためわだかまりもなく、参加しやすい。
また決闘時には、両者がスカウターのようなダメージ測定装置を付けるため、実際に倒れたり身体に深刻な傷が残るまで戦う必要は無かった。ダメージ測定装置には、HPが表示され、これが0になれば試合終了だ。極端な話、寸止めのパンチでも測定装置は反応し、ダメージを割り振ってくれる。両者が全く無傷で決闘を終えることもできるのだ。
ゲームみたいだ、とジェライザ・ローズは思った。
現実世界を舞台にしたヴァーチャルゲーム感覚。生徒たちは現実と架空の世界の狭間で遊んでいるだけなのかもしれない。
だが、それでは精神がひ弱になる。
自分も相手も傷つかない生ぬるい世界に長時間浸ってしまうと、感覚が麻痺してしまう。痛みも相手の感情もわからなくなってしまうのだ。
モヒカンたちは凶暴で凶悪だったが、己の拳と肉体で衝突しあった。野蛮だが、痛みや感情は伝え合うことができただろう。弱肉強食社会の厳しさを身をもって知ることができた。それが本来のパラ実の姿。剥き出しの野生こそが彼らの糧であり魅力であったはずなのに、今やそれが消失しているように思えた。
(誰が作ったかは知りませんが、生徒たちを骨抜きにするにはいいシステムです)
そんな熱意のこもったジェライザ・ローズの道場の扉が、突然ババーン! と叩き開けられた。ドガドガドガと大勢が踏み込んでくる。
「ここか。何とかローズとやらがやっている、ふざけた道場というのは」
先頭に立つスキンヘッドの男が、不敵な笑みを浮かべながら、ジェライザ・ローズを睨みつけてきた。派手な装飾に彩られた黄金の衣装を纏い、全身がギラギラと輝いている。見るからにバカそうだが、存在感は抜群だ。
「オレは、極西分校の覇者! 金ワッペン保有者の山田 武雷庵(やまだ ぶらいあん)様だ。手下が世話になったみたいだから、ちょっと挨拶に来てやったぜ」
その男は、分校の不良グループのリーダーにして、現在最強の金ワッペン保有者と呼ばれている山田武雷庵であった。
二年前の分校での騒乱時にも一暴れし、結局臨時教師たちに抑えられたのだが、また復活し勢力を盛り返してきているようだった。
ジェライザ・ローズ自身は、二年前には直接彼とは関わりあうことはなかったが、話くらいは聞いている。向こうからやってくるとは好都合だった。
「あ、アニキ! あいつらだ!」
武雷庵の手下の一人が、ジェライザ・ローズの訓練生を指差した。
どうやら、決闘で負けて仕返しに来たようだった。
「ほう、それで?」
ジェライザ・ローズが聞くと武雷庵は不敵に挑発する。
「この山田武雷庵様の子分に挑戦するとはいい度胸だ。もう一度、やらせてもらうぜ。拒否はさせねぇ。何しろ、分校ではこのオレ様が王なんだからな」
「なるほど」
相手してやれ、とジェライザ・ローズは、訓練生の一人に目で合図する。何度来ても同じ結果だ。訓練の成果を見せるのにはちょうどいい。
「おい、ブッチャ。おまえが奴らを叩きのめしてやれ」
「ぶっちゃ!」
山田の紹介で、えらい事太った子分が登場した。横周りだけではなく身長も高く力もありそうだ。
「俺にやらせてくれよ!」
なんというか、頭に緑色の菜っ葉を生やしたような髪型の訓練生が立ち上がった。名前は、ベス夫。ザコっぽい風貌と名前だが、やる気は充溢している。
「『決闘委員会』だ。これより、決闘を始める」
山田の子分、ブッチャと訓練生のベス夫がワッペンを重ね合わせると、立会いの決闘委員会が登場した。本当にどこにでもやってくるらしい。
二人とも、スカウターを装着し、身構える。
「では、始め!」
掛け声とともに、子分と訓練生の決闘が始まった。
「……」
ジェライザ・ローズは目を疑った。
いきなり仕掛けたベス夫の渾身の攻撃を、ブッチャがいとも簡単に握りつぶしたのだ。戸惑うベス夫にブッチャが、なんか凄そうだが汚い必殺技を放つ。
「ぐはあああああっっ!」
吹っ飛んだベス夫はゴロゴロ転がりながら、ジェライザ・ローズの足元に倒れ伏した。
「だ、ダメだ。勝てねぇ。すまねえ、先生」
「先生ではない。姉貴と呼べ」
ジェライザ・ローズはベス夫に蹴りを食らわせると、立ち上がらせる。決闘委員も勝負の決着を宣言していない。まだ戦いは続いているのだ。
「君ッ! なんだ今の戦いは! 私が怒っているのは、君の心の弱さなんだッ、わかるかベス夫!」
「は、はいっ!?」
何故叱責されているのかわからない訓練生のベス夫は、目をぱちくりさせる。
「そりゃあ確かに力の差があったんだ! 攻撃をたやすく握りつぶされて衝撃を受けるのは当然だ。私だってヤバいと思うッ!」
言うものの、ジェライザ・ローズはベス夫が最初の攻撃の時に致命的命中を避けようとしていたことを見抜いていた。測定器によるダメージ算出があるのだから、相手への肉体ダメージを減らそうというその気持ちが、相手の反撃を許したのだ。
「だがッ、私の知る契約者達なら! あとちょっとで勝ちが見える攻撃の手を止めたりはしねえッ! たとえ腕を飛ばされようと足を持っていかれようとも!」
ここが一皮向けるか否かの分かれ目だ。ジェライザ・ローズは、言って聞かせる。
「君はマンモーニなんだよ、ベス夫。ビビってるんだ心の奥底で。成長しなさい、そうでなきゃあ私達は勝利を掴めない。そしてハッキリと言っておく。この指導にいる限り私達はナンパストリートにいる仲良しクラブのような、ぶっ飛ばすぶっ飛ばすと言っている口だけの奴等とは訳が違う」
「!!」
「ぶっ飛ばすと心のなかで思ったならッ! その時すでに行動は終わっているんだよ!」
「!!!!」
ベス夫は、弾かれたように気力を取り戻すと、再び敵に挑んでいく。次の攻撃に躊躇いはなかった。
ドガガガガガッッ!
「ぶっちゃぁぁぁぁぁッッ!」
攻撃を食らったブッチャは、吹っ飛び倒れた。口から泡を吹いて動かなくなる。
「勝負はそこまでだ」
決闘委員が終了を告げた。ブッチャの測定器のHPが0になったらしい。
「か、勝ったぜ、姉貴!」
ポイントを受け取ったベス夫は、得意顔で嬉しさを表現する。悟りを開いた瞳が輝いていた。
「わかったよ、姉貴! 姉貴の覚悟が! 言葉ではなく心で理解できた! ぶっ飛ばすと心のなかで思ったなら! その時すでにぶっ飛ばしているんだね!」
「その通りだッ!」
ジェライザ・ローズは、成長した訓練生を暖かく迎え入れる。
「……君、君、君さあ〜。今怒ったことなら自信を持て。君はその気になりゃあ誰にだって勝てる、だろう? ほらプロテインだ、皆の分もあるから指導後に飲むんだよ」
戦いを労いながら、ジェライザ・ローズは山田に向き直る。
「さて、次はどうする? 君が戦うかいッ! その勇気と力があるのなら! 私がお相手しよう!」
「ふんっ」
山田は、頬を引きつらせていたが、笑みを浮かべたまま回れ右する。
「ふっ、本来なら、オレの30%ほどの力で恐怖の極みを見せ付けてやってもいいところだが。超ゴージャスな服がわずかでも汚れる可能性があるからやめておいてやる。今日のところは命拾いしたな。だが、次はこうはいかねえぜ」
そんなことを言いながら、子分たちを引き連れて帰っていく。
「……」
決闘委員会のお面モヒカンたちも、いつの間にかいなくなっていた。
「さあ、君たちッ、特訓を続けよう!」
生気に溢れたジェライザ・ローズに鍛えられ、訓練生たちは成長していくのだった。