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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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 『イスカンダル』に搭乗する赤城 花音(あかぎ・かのん)は出撃後、一時的に共闘を決定した『執行部隊』のケレヌスとヴァランティ、『疾風族』の“紫電”と“大河”へ自身の行使する『詩魔法』について説明する。
「聖歌結界『八咫鏡』は、灼陽様がダイオーティガ様を葬った時クラスの火力を向けられた際、ダイオーティ様を護るための対応策だった。
 みんなのおかげで、発動するような事態にはならなかったけどね。その点はみんなに感謝、だよ」
『それほどの効果を発揮するのなら、護られる我々の方にも影響が及んじゃったりしない?』
「影響がある、といえばあるのかな。結界が発動している間、その地点の『攻撃と思われるもの』は全て効果を失う。
 つまり、護られる側も一切の攻撃が出来なくなるんだ」
『なんかそれ、微妙じゃね? 攻撃出来なきゃ結局自分の身を護れねーじゃねーか』
 ヴァランティの問いに答えた花音の言葉を聞いた“紫電”が、率直な疑問を口にする。『八咫烏』の効果としての『絶対防御』はつまり、その中での攻撃が一切効果を発揮しないという意味である。捉えようによっては何も状況が変わらない、無意味な魔法と思われるだろう。
「そういう意見もあると思う。でも、ボクはこれが……“無力化”こそがイコンの覚醒や進化、その極意なんじゃないかって思うんだ。
 なんでも貫く矛を“受け止める”んじゃなくて、“鎮める”、これが『盾』かなって。だから矛を持つ人はその意思次第で、盾にもなることが出来るとボクは思うんだ」
『あー、難しくてよくわかんねー』
『わたしは、何となくだけど、分かる気がするかな。しーくんに説明出来るほど分かってるわけじゃないから、本当に何となく、だけど』
 “紫電”が音を上げ、“大河”は花音の意見に同調する意思を見せる。ケレヌスもヴァランティも、花音が何を目指そうとしているのかというのにおおよその検討が付き、言いたいことは何となく理解していても、確信を持って『分かった』とは言えない思いを抱いていた。長い時間を物理的な戦いで過ごしてきた彼らにとって、『歌』というのは何となくでしか理解していないもので、どういう効果をもたらすのかも分からないからというのが大きな理由だった。
「あはは。ボクもハッキリとこうだ、って説明出来るわけじゃないんだよね。だから今は、反則みたいな防御能力を持たせることが出来るんだ、くらいに思っておくといいかな。
 もちろん、それが発動するような激しい戦いにならないのが一番だけどね」
『それはあいつに言うしかねーな。オレだって好き好んで戦ってるわけじゃねーし』
『……お前の口からそのような事を聞くとは、正直驚いている』
『あのなぁ、オレをなんだと思ってんだ? 戦う必要があるから戦ってんだ、それ以上でもそれ以下でもねー。
 戦いに狂ってるヤツは、まともじゃねーだろ』
『……それもそうか。互いに戦う必要があると思っているから戦う、そうだったな。
 とするとアレは、戦いに狂ってると言っていいのかもしれんな』
 ケレヌスの視線が、『天秤宮』へと向く。あくまで戦いによる決着を執行する彼は、言い様によっては戦いに狂ってるとも言えるだろうか。
『さあ、狂者の軍勢のお出迎えよ。容赦無く迎え撃ってやりましょう』
 ヴァランティの言葉を皮切りに、それぞれが標的を定めて速度を上げる。『Cマガメ族』の主力機『フライヤー』は出迎えとばかりに、装填していたミサイルを契約者側へ向けて放った。
 ……と、その瞬間ミサイルが突如爆発し、爆風に巻き込まれたフライヤーが落下していく。他のフライヤーは何が起きたのか、と言わんばかりの顔を――あくまで表情は変わらないが――していた。
「分かりませんか? 音波は音速であり、かつ面状に広がります。
 あなた方のミサイル発射を感知と同時にこちらから音波を放てば、自身が撃ち出したミサイルでもって自爆することになるでしょう」
 リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)が種明かしを説明する。このような音波の使い方もまた、花音が目指している『戦力の無力化』の一つであった。ミサイルを撃った所で迎撃される、と理解すればそれは無用の産物と化す。攻撃を持つものが効果を発揮しなくなる、『八咫烏』と同じような効果となりうるのである。
(ただ……それは恐れによるもの。そして人はその恐れを克服するため、技術を進化させてしまった面がある。
 人が矛を持つ限り、人は矛を使いたい衝動に駆られ、また矛が通用しなかった時に怯える。どうか世界が、矛を使わなくてもいいようになるのが最善とは思いますが)


 『蒼十字』の旗艦、『ドール・ユリュリュズ』は『昇龍の頂』と『ポッシヴィ』の中間辺りに位置どった。『できるだけ戦場から迅速に駆けつける事ができ、かつ戦火の届かない位置』を皆で協議した結果であった。
「上空からって……きっついよね。あんまり近づくと僕らだって問答無用で攻撃してくるでしょ、彼ら」
 パイロットを務めるアンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)が、懸念を口にする。龍族と鉄族は彼らを攻撃対象としない旨を守っているが、『天秤宮』から出現した『Cマガメ族』と『Cヴォカロ族』にそれが通用するとはとても思えない。彼らはとにかく勝者と敗者に分けるのみだから、自分達のような中立は認めはしないだろう。
(……でも、結和は彼らをも治療の対象にしようとしている。力が及ぶかどうかを抜きにして)
 これだけ戦場が広域に渡れば、いくらメンバーが移動をした所で治癒が間に合わない事態がある。その為に高峰 結和(たかみね・ゆうわ)ロラ・ピソン・ルレアル(ろら・ぴそんるれある)の力を借り、治癒の力を遠方へ届ける事をするだろう。結和が疲れてしまわないよう、気を配らないといけない、三号はそう考える。

 『Cマガメ族』のビーム銃に翼を貫かれた龍族の戦士が、激しく地面と衝突する。すぐさま起き上がり次の攻撃に備える彼を、Cマガメ族の機体『フライヤー』のビーム銃が捉えようとしていた。
『!!』
 だが、ビームが放たれる瞬間、突如フライヤーへ降り注ぐように雷が出現、行動の自由を奪ってしまう。
「童の言う無力化……まあ、こんな所でしょうか。
 ウィン、今の内に負傷者の救護を」
「はい、師匠! ……大丈夫? 今、助けるからね」
 申 公豹(しん・こうひょう)が敵の動きを止めている間に、ウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)が負傷した龍族の傍へ駆け寄り、応急処置を行う。
「君たちか……ありがとう、助かった。
 君たちが居るからこそ、俺達は安心して戦える」
「そう、そう言ってくれるのは嬉しいわ。……さ、歩ける?」
 負傷者を運ぶためのトラックに彼を連れて行き、戦線から離脱した公豹を収容してトラックが走り出す。荒れた土地の中、とにかく頑丈なこのトラックは乗り心地を多少犠牲にしつつも負傷者の救助を継続するのに大いに力となっていた。
「いやはや、怖いものです。こちらは防御が紙ですからね。あちらは我々が蒼十字であることを知らずに攻撃してくるので。
 ……尤も、蒼十字と知った所で、状況は変わらないでしょうね」
「そうみたいですね。失礼しちゃうわ、まったく。
 負傷者の救助の時に撃っちゃいけないなんて、誰でも分かることだし実際に守ってきた事なのよ」
 古来より幾度の戦争が起きたが、こと、負傷者の救助においてはたとえ争う国同士であっても行われてきたし、その為の時間が設けられることもあった。不思議と、人が乗っている兵器は平然と破壊するのに、乗っている人を撃つことはしないのである。
「……確認しますが、Cマガメ族とCヴォカロ族は、やはり?」
「ええ……ダメね。こちらが手を差し伸べる前に、パッ、って消えちゃうの。助けることを必要としてないみたいね」

 小声で尋ねてきた公豹へ、ウィンダムが険しい面持ちで答える。彼らは龍族や鉄族だけでなくCマガメ族やCヴォカロ族も救助対象としていたが、彼らは戦闘続行不能になった途端に忽然と姿を消してしまうのであった。まるで戦えなくなると溶けて消えてしまうデュプリケーターのように。
「……それならば、仕方ありませんね。こちらはこちらに出来る事をしましょう」
「はい、師匠。……結和さんが気がかりね」
 助けられないものがあると知れば、彼女はどう思うだろう。トラックの中でウィンダムはそんな事を思った。

「そうか……連れて来られないのなら、な。
 分かった、気をつけて来てくれ。連れて来た者は、私たちが必ず助けよう」
 ウィンダムから連絡を受けたアヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)が、治療具であるバールを肩に当てつつ、『天秤宮』のある方角を険しい顔で睨みつける。
「見下しよって、何様のつもりなんだい、あいつは。加えて自分の駒を使い捨てにするなんて酷いね、まったく」
 負傷者を助けさせず消滅させる『天秤宮』に、ホント悪趣味だな、とアヴドーチカは悪態をつく。
「……気にしてなければいいけどね。あの子も成長してるんだし」
 結和の事を気にかけつつ、アヴドーチカは運ばれてくる負傷者を治療するための準備に取りかかる――。

(Cマガメ族とCヴォカロ族へは、救いの手は差し伸べられない。私の力は……及ばない)
 甲板で風を受けながら、結和は流れてくる情報から『Cマガメ族』と『Cヴォカロ族』への意思の疎通が難しいこと、治療はほぼ不可能であることを悟る。
「……ふふ、大丈夫よ、ロラ。
 助けることが出来るのに助けられないのは落ち込むけど、助けることが出来ないと分かったなら……ね」
 自分を心配してくれるロラに微笑みを浮かべて、結和は空に浮かぶ『天秤宮』を見つめる。彼は言った、争いは無くせるものではなく、また生物にとって必要不可欠である、と。
(争いは無くすことはできない……避けられないかもしれない。それはわかっているんです。知的生命体が存在して、それぞれに自分の意思がある限り、考えが違ったりすることは絶対に起こり得ること。
 ……だけど、だからといって『必要』ではない。だって私たちには言葉があるんです。思いを伝えて、一緒に考えて、お互いの主張を擦りあわせるための、頭脳があるんです)
 『天秤宮』の主張のうち、前半部分はそうかもしれない、と結和は思う。まったく争いを無くせるか、と問われればはい、と言える自信はどこにもない。でも後半の必要不可欠、の部分には断固として反対したかった。争いは『必然』かもしれない、けれど決して『必要』ではない。起きた争いは言葉を交わし合い、思いを伝え合って一緒に考えて、やがて収められるべきなのだ。
(まずは対話無しには、争いは収められない……その対話をするために、お互いの被害を抑えて争いを鎮める。
 その為に、私はこの力を使うんです!)
 生み出した魔力の矢を番え、結和は『天秤宮』へ向けて放つ。もしかしたら彼もまた、長きに渡る仕事の間に疲れているのかもしれないから。
(争いは必然かもしれない、けど、必要では、絶対にない……。
 天秤宮さんへどうかこの思いが、伝わりますように)