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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『これが、本当のアタシ』

『おぅおぅ、アイツら派手にやってやがるぜ。ま、おめでたいのは確かだしな、後で挨拶しとくか』
 空の馬鹿騒ぎを見上げて、“紫電”が他人事のように呟くと、目前の緋色の機体、アカシャ・アカシュへ振り向く。
『んじゃ、こっちも始めっか。……こんな時まで決闘なんざ、実にオレ達らしいと思わねぇか?』
『ええ、そうね。傍から見れば実に無駄な戦い。
 ……でも、私とアンタにとっては、何よりも大事な戦いよ』
 搭乗者、グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)はそう返答して、そして『アカシャ・アカシュ』はかつての時のように剣を一本ずつ手に取った――。

 戦いは終わった。天秤世界は終わりに向かい、それぞれが元の世界に帰る時が来た。
「…………」
 だというのに、グラルダの気は晴れなかった。いつもよりも明るく見える空を見上げ、思うのは“紫電”と“大河”のこと。
(……分かってる。アタシは紫電のことが、好き。大河のことが、好き。それは戦友として、異性として、家族として。
 でも、アイツはどう思ってるの? 大河は……たぶん、アタシを受け入れてくれそうだけど……でも、確信出来ない。
 ……怖いんだわ、アタシ。自分の気持ちを伝えて、拒絶されることが)
 知らず、グラルダは自分の身体に腕を回していた。どんなに知識を得ても、隠せなかったものがそこにあった。
「…………」
 グラルダは背後からやって来た存在、シィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)に気付く。シィシャはグラルダに声をかけず、グラルダもシィシャに声をかけないまま、時間が過ぎていく。
「……はぁ」
 フッ、と、グラルダが息を吐いた。それはまるで、今まで自分を奮い立たせていた、強く見せていたものを解き放ったように。
「シィシャ。アタシ決めたの。
 恐れを大人ぶって隠すのは、やめるって」
 振り返ってそう告げたグラルダは、どこか幼く見えた。……いや、歳相応になった、と言うべきだろうか。
「グラルダ。貴方は少し、みっともなくなりました。
 ですが……少し、強くなりましたね」
 シィシャが思ったことを口にすれば、グラルダは笑った。
「アタシ、アイツの所に行ってくる。行って、伝えてくる。黙ったままなんてアタシらしくないから。
 だから、見てて、シィシャ。変わったアタシを」
「違います。変えてしまったのは私。それが、本来のあるべき姿。本来の貴方なのです」
 シィシャはずっと思っていた。私は彼女を変えてしまった、と。そうしなくては彼女が壊れてしまうという背景があったにせよ、彼女を変えてしまったのは私だ、と。

「それでも、感謝してるから」

 そう、ハッキリと口にされて、シィシャは暫くの間、何も思うことが出来なかった。
「…………はい」
 辛うじてそれだけを返答とし、そして駆け去っていくグラルダの背中を見送る――。

「さぁ〜て、いよいよしーくんとグラルダちゃんの一騎討ちが始まろうとしてま〜す♪
 解説のシィシャちゃん、二人の戦いをどのように分析しますか〜?」
「…………答えないといけませんか?」
 期待の眼差しを向けてくる“大河”に、シィシャは心の中でふぅ、とため息を吐いて口を開く。
「イコンはパートナーと搭乗してこそ、真の力を発揮します。一人乗りのグラルダではいくら経験があれど、紫電に太刀打ちすることは出来ません」
「そっか〜、グラルダちゃん不利か〜。
 でもね、わたしはグラルダちゃんが勝つと思うの」
「……それは何故に?」
 視線を向けた先、“大河”はうふ、とウィンクしてこう言った。
「女のカンよ」
「…………非科学的ですね」
 二度ため息を吐き、目前の戦いを見守る。互いに武器を両手に持ち、飛び出すタイミングを図る『アカシャ・アカシュ』と“紫電”。
『……ふっ!』
 先手を取ったのはやはり“紫電”。契約者の技術を組み込まれた“紫電”は人型の状態でも戦闘機なみのスピードでもって『アカシャ・アカシュ』に迫り、戦闘機の時はレーザー砲として用いているビームナイフで斬りつける。対する『アカシャ・アカシュ』はその攻撃を右に避け、そのついでに左の剣で攻撃する。“紫電”が避けることで距離が開き、動作に余裕を持ちながら次の攻撃を繰り出す『アカシャ・アカシュ』に、“紫電”も右に左に避けながらナイフを繰り出し、一進一退の攻防が続く。
「ここまでは前と同じねー」
「……どちらかが大きく下がり、相手を引き込むその時が勝負でしょう」
「じゃあわたし賭けるわ、しーくんが下がる方に」
「……乗りませんよ、その賭けには」
 えー、と文句をつける“大河”に知らんぷりをするシィシャ。シィシャ自身もまた、おそらくそうなるだろうという予測を立てていた。
 そして、二人の予想通り、“紫電”がそれまでよりも大きく後方に下がり、『アカシャ・アカシュ』が出力を上げ“紫電”へ突っ込む――。

 ――オレさ、最初はオマエのこと、気にもしてなかった。

 ――そうでしょうね。アタシも最初はアンタのこと、倒すつもりでいたわ。

 ――けどさ、なんだかんだで一緒に戦っていくうちに、楽しくなってきちまった。

 ――気に入らないけど、同感ね。アンタと“大河”と過ごす時間は、楽しかったわ。

 ――オマエ、元の世界に帰るんだろ?

 ――そうよ。アンタも帰るんでしょ?

 ――ああ、そうだ。……じゃあ、帰る前に伝えておかないとな。

 ――アタシも帰る前に、アンタに伝えておくことがあるわ。


 ――オレはオマエのことが、好きだ。
 ――アタシはアンタのことが、好き。


 一つの音が響き、“紫電”のビームナイフと『アカシャ・アカシュ』の剣が弾かれ、くるくると宙を舞って地面に刺さる。
 そして“紫電”のもう一本のビームナイフは『アカシャ・アカシュ』の首元を刺し、『アカシャ・アカシュ』のもう一本の剣は“紫電”の首元を刺していた。
『……相討ち、か』
『……そうみたいね。……でも紫電の方が機体とダイレクトに繋がってるんだから、痛いんじゃないの?』
 腕を引き、武器を収める。と、“紫電”の身体がガクッ、と崩れ落ちた。
『いってぇ。物凄くいてぇ』
『ほらやっぱり。……ねぇ一つ教えて。どうしてあの時の変形を使わなかったの?』
 グラルダの問いに、“紫電”は切られた首元を擦りながら答える。
『……ほら、その、なんだ。逃げるのはよくねぇなと……。男なら受け止めてやるもんだろと……』
『っ……そ、そんな理由で? バカみたい』
『な、ば、バカってなんだよオイ!』
『言葉の通りよ、おバカさん』
『こ、このアマ……』
 悔しがるような仕草を見せた“紫電”だが、フッ、と力を抜く。
『まぁ、いいや。楽しめたから文句はねぇ。
 その……ありがと、な。オレと戦ってくれて』
『……うん。お礼はアタシも言いたいな。ちょっと待ってて』
 グラルダが『アカシャ・アカシュ』のハッチを開け、機体から降りる。地面に立って、座り込んだ格好の“紫電”を見上げて、そしてきっと、最高の笑顔で。

「ありがとう。本当のアタシを、受け止めてくれて」

 しばし見入ってしまった“紫電”は慌てて顔を背けて、『……お、おう』とだけ言葉を発した。
「それから……お、お姉ちゃん」
 くる、と振り向き、やって来た“大河”へグラルダが顔を染めつつ呼ぶと、“大河”の顔がパアッ、とときめいた。
「アタシ、お姉ちゃんの事も、好きだから。
 お姉ちゃんなら、妹になってもいいかな……って――わぁ!」
「きゃーーー、グラルダちゃーーーん!!」
 勢い良く“大河”がグラルダを抱きしめる。
「ねぇしーくん、やっぱりグラルダちゃん連れて行こう? そして三人で一緒に暮らそう?」
「ちょ、ちょっと何言ってんのよお姉ちゃんっ」
 振り解こうとするグラルダだが、“大河”の力は相当なものでびくともしない。
『ったく……締まらねぇなぁ』
 色々と思う所をひっくるめて、“紫電”は苦笑でもって応えた――。


『After』

「はぁ……」
 帰還に向け最終調整に入った“灼陽”船内、今はちょうど人気のない談話室の一角で、“紫電”はフードを深めに被って天井へため息を吐いた。
「失礼します、紫電様。……首の怪我は大丈夫ですか?」
「んぁ? ……あぁ、回流か。ま、大したこたぁねぇ。しばらく大人しくしてりゃ治る。
 ……そういやぁ、オレがここに来てケガしたのって、これが初めてじゃねぇかな」
 入ってきた“回流”に適当に頷いて、治療を受けた首を擦りながら、“紫電”がこれまでを思い返す。今までも何度も危ない目には遭ってきたが、その度に“大河”に助けられていたのを思い出した。
「……感謝しねぇとな、ねーちゃんにも」
「? どうされましたか?」
「なんでもねぇよ。
 そういやぁ回流、仲良くしてた女はどうした」
 尋ねられ、“回流”は苦笑を浮かべつつ答える。
「お別れをしてきました。互いにそれぞれの世界で植物を愛することを誓って」
「ははは、なんだそりゃ。……オマエもおんなじか。
 オレもな、別れてきた」
「……そうですか」
 二人の間に、沈黙が降りる。次に口を開いたのは“紫電”だった。
「……正直言うとな、一緒に居てぇ、って気持ちはあるんだぞ? でもそれを言っちまったらなんつうか、カッコ悪ぃだろ?」
「まあ、気持ちは分かります。……見栄っ張り、なんですかね、私も紫電様も。……いえ、男という生き物が、でしょうか」
 “回流”の返しに、“紫電”はさもおかしいように笑った。
「ははっ、言うじゃねぇか、回流。
 ……だが違いねぇ。女に支えられて生きてるなんて、恥ずかしい話だぜチクショウ」
「まったくですね。そのことをこの上なく幸せに思っている点も含めて」
「ああそうだよ! オレは幸せモンだ! 悪ぃかコノヤロウ!」

 “紫電”のフードに隠れた顔は、泣き顔に歪んでいた――。