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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『今は休息の時』

(世界が終わろうとしている、か……。これが、俺達が招いた現実……)
 ポッシヴィを遠目に、小高い丘の上に陣取った神条 和麻(しんじょう・かずま)が寝転がり、空を見上げる。
(一羽の鳥も飛ばず、虫の鳴き声も聞こえず……命が薄い世界だ。
 こうして横になっているだけで、俺という存在が薄くなっていくような……嫌な世界だ)
 希薄になっていく感覚に和麻が嫌悪感を示した所で、びゅん、と一陣の風が吹いた。
「とうちゃ〜く。かずま、みつけた〜」
 自分を見下ろしてくるナベリウスのナナに、和麻がよっ、と身を起こす。
「向こうの方はいいのか?」
「うん、だいたいおわったって。あとはかえるのをまつだけ。
 わたしもここで、かずまとひなたぼっこする〜」
 そう言って、ぺたん、とナナが和麻の横に寝転がる。服が汚れるぞ、と言おうとしたがナナは特に気にしないだろうし、自分も似たような状況なので止めて、同じように寝転がる。
「やっとかえれるね〜」
「あぁ、そうだな。これでイルミンスールもすぐに枯れるということは無いだろう」
 呟きつつも和麻は、でもこれで全てが平和になるわけじゃない、と心に思う。今頃上の方では今後の対応が話し合われているだろうし、イルミンスール以外にも問題の種は山ほどある。
 いつ問題の種が芽吹き、成長して契約者の前に立ちはだかるか。そんな中に生きているのだと改めて実感する。
(どう進んでいいか分からなくなる事もあるだろう。そんな時、誰かに道を決められることがどれだけ楽か。
 だけど、それじゃ結局、何も変えられない。一歩ずつでもいい、自分で考えて自分の足で歩くべきなんだ)
 それこそが本来の契約者のあり方ではないだろうか。時に契約者は無鉄砲な無法者と思われがちだが、彼らはその身に何かを為す力をいつだって秘めている。
(俺達に出来る事は、目の前の問題を解決すること。そして自分でやると決めたことに、判断を付けること。
 ……そうだな、今回の問題について、俺は……)
 ちら、と横目でナナを見る、すやぁ……と寝息が聞こえてきた。
(……結局、ナナには助けられてしまったな。
 だが、悪いことではない……助けあうことの大切さを学んだ気がする)
 ぽむ、と、ナナの頭に手を当てる。熱いほどの温もりは、この希薄な世界の中で確かな存在を感じさせてくれた。
(俺はいつだって誰かを助ける為に刀を振るう。
 それが正しい事だって思うし、迷う必要も無い)
 そう結論付け、和麻は目を閉じる。またいつの日か、問題を解決する時に動くその時まで、今は休息の時――。


『これからも、臣下として』

「う〜〜〜っ、やっと、終わったよ〜〜〜♪
 にゃは〜っ、和輝と一緒なのだ〜♪」
 『天秤宮』との戦いでは離れ離れにさせられた影響からか、アニス・パラス(あにす・ぱらす)佐野 和輝(さの・かずき)からぴったりとくっついて離れようとしない。
 そんな様子に苦笑しつつ、和輝は隣でポッシヴィの街並みを見つめるパイモンに皮肉交じりの言葉を放つ。
「これで、腰の軽い主君との“楽しい”遠征も、そろそろ終わりだな」
「そうだな、暫くは腰を据えて落ち着くことにしよう。あまり動き回って臣下の心労を増やすのもな」
 暫くの沈黙があって、フッ、とそれぞれが笑う。二人を見ていたアニスはそのやり取りがいまいち分からなかったが、喧嘩してるわけでもないし笑ってるので気にしないことにした。
「さて、パイモン。お前は自分が何かを為せる存在であるか、今回の事象で理解する事は出来たのか?」
「どうかな……ととぼけることは出来るが、そうだな……正直に言えばまだ、掴み切れていないな。
 俺はこの世界で勝利を得た……だがそれは皆の力があってこその勝利で、俺が掴んだ勝利、とは言い難い。俺が皆を勝利に導いた、などとはとても言えないな」
 パイモンの言葉に、和輝はふぅ、とため息を吐く。そして足を止め、パイモンが振り返ったタイミングで独り言のように吐き出す。
「人。いや……知的生命体は、結局は一人だ。
 多くの友がいても、多くの臣下を得ても、一歩……そう、たった一歩、道を踏み外してしまえば友や臣下が失われてしまう。

 そして、一人という単位は弱くて脆い。
 一人が持つ掌の大きさなんてたかが知れている、故に全てを“掬え”ないし、掴む事もできない」
 パイモンが自らの掌を見つめる。この手は何を“掬って”きたのか――。
「非科学的だと笑ってくれて構わない。
 ……何かを為せる存在というのは、意思の強い者だと俺は思ってる」
 和輝の言葉が、俯いていたパイモンの顔を上げさせる。
「自らの信じる道を歩む覚悟。如何なる時も止まらない覚悟。襲いくる孤独を受け止める覚悟。
 先の大戦は失敗に終わったが、その覚悟をお前は持っている。……だから、俺はパイモンと言う存在は何かを為せる存在であると確信している」
 その言葉を受けて、真っ先にパイモンはある人物を思い浮かべた。それは彼の“母親”であり、最終的に彼がその手で殺した相手。
 彼女こそ、自らの信じる道を歩む覚悟を、如何なる時も止まらない覚悟を、襲いくる孤独を受け止める覚悟を有していたに違いない。
(母さん……俺は、母さんほどの覚悟を、持っているのか?)
 答える声は無いと分かっていても、パイモンはそう、心に呟く。
「……すまん。ちょっと自分でも良く分からない独り言になった。
 まあ、その、なんだ……佐野和輝という存在は、パイモンという王が如何なる存在であろうと付き従う覚悟は持っているということだ」
「そうだよ和輝〜、難しいこと言ってないでさ、そう言った方が伝わるんじゃないかな?
 あと、これはアニスのカンっていうか、パイモンは自分が居てもいい理由が欲しかったとか思ってるのかな〜って気がしたんだけど。

 そんなの、もう持ってるじゃん?
 パイモンが居なくなって困る人、何人いるか知らないの?
 駄目な王様だなぁ。そんなんじゃ和輝に王様の椅子、取られちゃうよ♪」
「こらアニス、いきなり何を言うんだ」
「あれ〜、違うの? な〜んかそんな感じがしたんだけどな〜。
 和輝が王様の椅子に座ってこう、ふんぞり返って……あっ、結構似合ってるかも♪」
「……付き合わんぞ、まったく……」
 妄想を口に出すアニスにやれやれ、とため息を吐く和輝を見て、パイモンがおかしそうに笑った。
「確かに、似合うな、和輝なら。そして俺が臣下として跪くか……ははは、非常に面白い。
 だが……たとえ和輝であろうと、譲るわけにはいかないな。もう少し俺の臣下として、付き合ってもらおう」
 ……それだけの覚悟を持って、な」
「フッ……心得ました、パイモン様」
 まさに臣下としての振る舞いで、和輝が頭を垂れた。それを受けたパイモンは頷くと、背を向け一歩を踏み出す。
(俺は確かに、駄目な王様だろう。周りの者に気付かされてばかりではな。
 母さん……あなたの元へ行くにはもう少し、鍛錬が必要なようです)


『感謝の心を伝えに・3』

 様々な音楽が共存する広場に、柚が足を踏み入れる。不思議と音楽が「どうぞどうぞ」と自分を誘ってくれるような気がした。
「♪〜♪〜♪〜」
 誘いに乗るように、柚は歌を口ずさむ。すると住民も歌に合わせて音色を創り出し、歌と音楽が重なり一つの小さな世界を生み出す。
(歌は、音楽はこれだけ、人を笑顔にしてくれる。
 それを知ることが出来たのが、今は本当に嬉しい)
 軽やかな足取りで、柚が歌いながら歩いていくとそこに、重なる声があった。
『ボクも、混ぜてもらおうかな』
 そう言いたげなアムドゥスキアスが歌えば、魔神の歌声はポッシヴィの住民にも感動を呼び起こし、より力の入った演奏を促す。
「ふふ。覚えてますか、アムくん。あの時のアムくん、可愛かったですよ」
「忘れたくても忘れられないから困るね。とっても恥ずかしかったし、今もとっても恥ずかしいよ?」
 ぷい、とそっぽを向いてしまうアムドゥスキアスがやっぱり可愛くて、柚は笑ってしまう。
「「「わたしたちも、なかまにいれてー!」」」
 さらにナベリウスたちと三月も加わり、小さな世界は大きく膨れ上がっていく。広場の住民の殆どがこの世界のための音楽を奏で、色んな歌声が色んな音楽とダンスを踊る。
「ありがとう! みんな、ありがとう!
 ナナちゃんもモモちゃんもサクラちゃんもアムくんも大好きです!」
 柚がみんなをまとめてぎゅっ、と抱きしめ、感謝の言葉を伝える。止んだ音楽の代わりに盛大な拍手が、世界を満たしていた――。