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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『終わり逝く世界を見ながら、思う』

「あー……こうして改めて見ると、凄いね。目立つなぁ、これ」
 アンシャールでかつてのルピナスが拠点としていた場所へ飛んだ遠野 歌菜(とおの・かな)は、そこに空いていた大穴をモニターに収めつつゆっくりと機体を降下させていく。
「これが、私達がここで戦った痕……これももうじき、消えてなくなってしまう」
 機体を降りて、目下に見える戦いの痕を見つめながら呟く歌菜の背中は儚いものに見えて、同行していた月崎 羽純(つきざき・はすみ)は一瞬、言葉を掛けるべきか思案する。
「色んな戦いがあった、たくさんの思いがぶつかった。私を含めてみんなはいつか、それを忘れてしまうかもしれない。
 ……けど、龍族と鉄族、ルピナスが無事で本当によかった! だからね、私は後悔はしない! 心配しなくても大丈夫だよ、羽純くんっ」
 その思案を吹き飛ばすように、くるり、と振り返った歌菜が元気な表情で告げ、それを見た羽純も安堵の表情を浮かべた。
「パラミタに帰ってからのことを考えないとね。……私達は結果として天秤世界を消滅させ、持っていた役割を引き継ぐって話になった。
 私達はそれでいいって思ってるけど、問題点として上がってるみたいに、ちゃんと周りに……世界や世界を管轄している世界樹に示さないといけないよね。
 どうすればいいんだろう。どうすればいいと思う? 羽純くん」
「……正直な所、俺にもすぐに回答を出せる話ではないな……。
 振り返れば俺達はここへ、イルミンスールの力を浪費する戦いを止めるために来た。その戦いこそが天秤世界の役割でもあったから、役割を引き継ぐということはつまり、今後イルミンスールや他の世界樹の力を浪費する可能性のある争いを止める、ということになるんじゃないか?」
 羽純の説明に、歌菜はなるほど、と納得した様子で頷いた。天秤世界はイルミンスールだけが利用していたのではなく、他の世界樹も関わっていた。今後は対象が他の世界樹まで広がることになるだろう。
「じゃあ……世界樹から力が吸い取られるような事を察知したら、その気配的なものを追っていって、介入する……って事が出来るのかな?
 それが出来るというなら、私達がそうすることが世界へ、世界樹へ向けての宣言になると思うの」
「そうだな……出来るなら、その方法が良いように思う。
 聞いてみよう、今はあちらも忙しいかもしれないが――」
 歌菜の意見の可能性を確認するべく、羽純はテレパシーでもっておそらくこの件に最も詳しいであろうミーナへ連絡を取る――。

『あぁ、うん、大丈夫だよ。今ちょうど一息ついたところ。
 ……疲れてる? あーうん、結構話し合いがもつれたからね』
 羽純から届けられた言葉に、ミーナが表情に出さぬよう苦心しつつ返答する。たった今までここでは、『天秤世界』の存続についての是非が検討されていたのだ。
『質問だけど、今までのイルミンスールだとそれは難しかっただろうけど、天秤世界の力を得た今なら出来るんじゃないかなって思う。
 歌菜さんの言うように、気配を察したらまずは偵察をして、話し合いをして、最終的に関与するかどうか決定してから契約者を向かわせる、って形になると思うんだ。
 ……こんな感じでいいかな。うん、どういたしまして。じゃあね』

「ミーナに確認した所、これからは出来るんじゃないか、という事だった」
「そっか、よかった。じゃあ、まさに有言実行! 実力で示す! ってヤツだねっ」
 ぐっ、と拳を握ってそう口にする歌菜を見て、羽純が苦笑を漏らす。それが一番大変なのだというのに、歌菜を見ていると憂鬱な気分が吹き飛んでしまうような気がした。
「……勿論、簡単じゃないのは分かってるよ? 今回みたいに上手く行くか、って考えると、責任の大きさに身体が震えるの。
 羽純くん、覚えてる? 『天秤宮』が見せた“全ての命が止まっていた”世界のこと……」
「……あぁ、あの光景は、俺も目に焼き付いてる」
 二人が見た、『全ての命が止まった世界』。おそらくだが『天秤世界』は、そんな“もはや修復不可能”な世界を生み出さないために存在していたのかもしれない。
「戦って、戦い続けて……全ての命を刈り取ってしまう。そんな結末があるって事が、本当に……怖い」
 自らの腕で身体を抱いて、歌菜が“これからあり得る未来”に怯える。『天秤世界』はもう無くなる。契約者はこれから、手遅れになる前に事態を打開し、『全ての命が止まった世界』を作り出さないようにしなければならない。
「……無くなるものは、仕方ない。俺達はある意味、ゆりかごであった世界を喪うことになる。
 でも俺は、運命は誰かに管理される物ではないと思う。険しい道だと人は言うかも知れないが……上等だ」
 楽しげに口元を歪め、歌菜に視線を向けて言い放つ。
「そんな物は蹴り飛ばして、俺は歌菜と一緒に笑っていられる幸せな世界を作ってやる」
「羽純くん……!」
 羽純の首に腕を絡め、歌菜が身を預ける。頼れる者の胸に抱かれて、歌菜は思いの内を明かす。
「誰かを犠牲にしないと成り立たない世界なんて、間違ってる。
 ルピナスを救った事、龍族と鉄族と心が通じた事を誇りに、私、頑張るよ。
 絶対に諦めない、想いは通じるって、これからもずっと、信じる」


「こうして『世界の端っこ』を見られるって、そうそうないよね。
 端っこに腰掛けて、脚をブラブラ、ってやりたくなるな」
「そんなおっかないこと、ボクには到底ムリなんだな。今も崩れ続けてるから、危ないから外に出ない方がいいんだな」
 『エールライン・ルミエール』で『世界の端っこを見に行こう』と飛んできたリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)モップス・ベアー(もっぷす・べあー)博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)はかつて『深峰の迷宮』の調査に携わったと思われる者達の街が徐々に崩れていく様を目の当たりにしていた。地面が崩れ、その下に広がる空間は漆黒の闇に包まれており、まるでどこまでも落ちていってしまいそうな感覚を呼び起こさせた。
(……もう、この世界に来ることは出来なくなる。
 僕らが……リンネさんとみんなが力を合わせて問題を解決して、平和に出来た世界が無くなってしまうのは……辛いな)
 モニターに映る光景をぼんやりとした目で見ながら、博季はそう思った。一部には天秤世界を存続させられないかという動きがあったが、話し合いの中では『今までどうにかなってきてしまっているのだから、存続させようと思えばすることは出来るだろう。だが、我々契約者は天秤世界のやり方を否定し、結果として消滅させる手段を取った。そうである以上、今また存続させようというのは筋が通らない。我々は天秤世界の役割を引き継ぐことを世界に、世界を管轄している世界樹に示さねばならぬのに、天秤世界の存続を決定することは大きな枷になる』という意見が大勢を占め、結果、存続の措置は取らないことに決定した。悪意を含む言い方になってしまうかもしれないが、契約者は世界を平和にはしたものの、世界を消滅させることになったのである。
(リンネさんは口にはしていないけれど、どう、思っているのかな)
 博季の視線が、リンネの背中を捉える。彼女もまた崩れゆく街をモニター越しに見ていた。
「……さようなら、だね」
 そして、穏やかにそう告げた後、明るい表情を博季へ向ける。
「そろそろ行こっか。時間はまだ大丈夫かな?」
「えぇと……はい、後数時間は大丈夫だと思います」
 博季がコンソールを操作し、契約者向けの情報を確認する。天秤世界からパラミタへの帰還時刻までは、まだ余裕があった。
「じゃあ、もっと色んなところ、見ていこっ!
 みんなが頑張って、平和になった世界を、ちょっとでも長く覚えていられるように」
 そう言い、『エールライン・ルミエール』を進ませるリンネの横顔は、既に決まったことをいつまでも振り返らず、前を向いている……そう、博季には見えた。
 それはとてもリンネらしくあった……ただ博季は、リンネのその振る舞いが“早過ぎる”のではないかと頭の片隅で思った。
(無理に切り替えようとしているのかもしれない)
 その可能性を頭に思い浮かべはするものの、とりあえずはしまっておく。何かあればリンネの方から言い出してくる、自分はそれをしっかり受け止め、支えてあげられるようにと――。

 進路を東に取り、世界の端をなぞるように飛行を続け、かつて“灼陽”が滞在していた場所を過ぎた所で今度は西に向きを変え、辿り着いたのは小さな森だった。
「ここも、ちゃんと守られたんだね。よかった」
 機体を降り、木々の間から差し込む光に目を細めながら、リンネが腕を広げて森の恵みを受け取る。この森もまた、契約者らによって最期の時まで保たれ続けた『平和の灯』なのである。
「……私達の平和は、私達の知らなかった世界が守っていてくれたんだよね。
 でも、それはもう止めにしよう、これからは自分達が頑張っていこう、って決めた。これからの私達の平和は、私達が守っていかなくちゃいけないんだよね」
「そう。僕たちはしっかり自分の足で、未来へと踏み出していかなきゃいけない。
 自分たちで考えて、悩んで。そして進化していかなきゃいけない」
「そう、だね……。改めて言葉にすると、大変なこと、だよね。
 出来る……かな? 出来ない、なんてことはないと思うけど」
「確かに、言葉にすると重々しいけど、でも、それって普段からやってることなんですよ?
 ね? 思い返してみて下さい、リンネさん」
 博季に言われて、リンネは宙空に視線を彷徨わせる。その顔を見て、博季が言葉を紡ぐ。
「リンネさんは常に一生懸命だった。
 常に最善を模索して、最善を尽くした。
 一度出来なかったことも、次までに努力して、次はやり遂げた。
 一人じゃ出来ないことも皆と協力して、やり遂げた。
 ……全部、リンネさんが自発的にやったこと。やってきたことなんだよ」
「あ、ありがと、博季くん……。
 えへへ、そう、なのかな。特別意識してないからなんだか、こそばゆい感じ。
 でも、博季くんが言うんだから、そうなんだよね。私、頑張ったんだよね」
「ええ、リンネさんはこんなにも凄いことが出来る人なんです。
 エリザベート師やアーデルハイト師だって、一人じゃ出来なかったこと。リンネさんの『当たり前』は、こんなにも素晴らしい事なんですよ」
「わー、博季くんに私、褒め殺されるよー」
 博季の言葉に、リンネが耳を塞いでいやいやをする。もちろん博季としては冗談のつもりではなく、自分が思うリンネの天秤世界に来てから今までしてきたことを述べたに過ぎなかった。

「天秤世界には天秤世界の、大変な事があった。けれどそれ以上に、天秤世界にしかない魅力があった。
 きっとこの広い世界には、世界の分だけの大変な事があって、そこにしかない魅力があると思うんです」
 博季の発言に、リンネがうんうん、と頷く。契約者がこれから為すべきことは、言い換えれば膨大な数の世界の大変な事と、その世界にしか無い魅力を発見することが出来るとも言えるのだ。
「……行こう、リンネさん。僕が一緒に居ます。雨の日も嵐の日も、雪が降っても槍が降っても……。
 例え地獄の中だって、僕は一緒ですから」
 差し出された手を、リンネがそっと握りしめる。
「うん、ありがとう、博季くん。これからも、ずっと一緒だよ!
 ……あっ、もちろんモップスも一緒だからね!」
「ついでのように言わなくてもいいんだな。……ま、家の事はボクに任せておくんだな」
「モップスさんはリンネさんと一緒には行かないのですか?」
「ボクはインドア派なんだな。……それに、考えなくちゃいけないことも出来たんだな」
 その、僅かに開いた間をまさに『女の勘』と言うべきか、リンネが鋭くツッコミを入れる。
「気になる人でも出来たとか?」
「…………ノーコメントなんだな」
 明らかに隠せてない発言だったが、リンネは「そっか。頑張ってね!」とだけ言って、それ以上はツッコまなかった。
「じゃあ……帰りましょうか。僕たちの家に」
 リンネの手を引いて、博季が歩き出す。その先に広がる二人の、新たな道を信じて。
(貴女は、もっと沢山の事が出来る。もっと、輝けるんです。
 それこそ『当たり前』に……ね)