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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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「帰ってみたらビックリだよ、こんなに人が居るなんてさ」
 円がそう言いながら、受け取った豚汁とおにぎりを口にする。円でなくとも驚くだろう、契約者の拠点の一角は今や、多種族が混在する食堂と化していた。
「まさかこのように、同じ場で同じ飯を食らう日が来るとは思いもしなかった」
「私も同じだ。不思議なものだな、契約者とは……」
 『龍の眼』の所長、ラッセルと鉄族の部隊長、“三峰”が語らい合う。彼らは『龍の眼』の攻防を巡り敵対した仲であったが、今ではこのように同じ場で同じご飯を摂りながら会話を楽しんでいた。同じように龍族のホルムズと鉄族の“飛翔”も互いの境遇が似ていることもあって打ち解け、時折笑いが漏れる。
「なんか……いいね、この光景」
「あぁ、実に感動的だ。……すまん、涙が」
 思わず目を覆った大吾に、千結からハンカチが差し出される。それで目を拭い、大吾は今この瞬間を目に焼き付ける。
(そうだ、たとえこの世界が消えたとしても、この世界で得た絆は消えない。
 俺は、俺達は、この世界であった事を、出会った仲間達の事を忘れないんだ)

「あら〜、ルピナスさんはどうしたのかしらぁ?」
 オリヴィアが辺りを見回す。先程まで居たはずのルピナスの姿がないことに気付いた。
「ああ、ルピナスくんなら呼ばれたみたいで、出ていったよ。用件が済んだら戻ります、だって」
「了解よぉ。……あら、ねぇ見て円、刀真さん笑ってるわぁ」
 オリヴィアに言われて円もそちらを見れば、月夜と白花と食事を共にする刀真の顔は、確かに笑っていた。
「刀真くん、いい笑顔だね」
「ん、俺が? 笑顔? ……あぁ、そうかもな。久しぶりにこうして3人揃って寛いでいるからかな、嬉しいのかもしれない。
 そうだ、シャンバラに戻ったら皆で何処かに遊びにいこう。こういう場に来たら俺は必ず剣を振るう、だからそうじゃない時は楽しまないとな」
「うん、行こう行こう! みんなで行けばきっと楽しいよ!」
「お出かけですか、ではお弁当を用意しますね。ふふ、今から楽しみです」
「円やルピナス達もどうだ? 俺達は昼に皆で遊んでも夜に時間を作るから大丈夫だよ」
「そうだねぇ、じゃあその時はよろしく、って言っとこうかな。
 ちなみに……夜に時間を作る、って何に時間を作るのかな?」
「え、あ、いや、その……イロイロ」
 思わず口に出てしまったのだろう、刀真が取り繕おうとして必死になるのを、円が実に面白いといった様子で見守っていた――。


『あなたへの、ささやかな贈り物』

 ――円には呼ばれたから、と言った。でもそれは、少し違う。
 “彼女”は、わたくしを呼んでは居ない。ただ、来るのを待っているだけ。


 ――時は少し前……中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)とルピナスが分かたれる前に遡る。

「君か。話は聞かせてもらったよ。
 ……僕はここで、お別れかな。君は元の身体を取り戻し、ルピナスは君達のおかげでやはり身体を取り戻す……僕はそこに含まれていないだろうからね」
 現れた綾瀬に対し、ルピナスの育ての親、カリスが告げた。カリスの言葉に対し綾瀬は含みのある表情を向けると、一つの提案をする。
「カリス様、ルピナス様に対して償いをしたいと言うお気持ちがありましたら……私に身を委ねては頂けないでしょうか?」


 この世界の住民の殆どがそれぞれの街、あるいは契約者の拠点で最後の時間を過ごす中、綾瀬は漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏い、まるでそこに溶け込むように立っていた。
 唯一彼女がそこに居ると証明しているのは、その胸に抱かれた赤ん坊である。
「……来ましたわね」
 小さく呟き、綾瀬はやって来た人物、ルピナスの存在を認めながら言葉を吐き出す。
「私は本来、傍観者ですの。ですが、この度は少々物語に介入し過ぎてしまったみたいですわね。
 まぁ、それ程までに物語の先が楽しみになってしまっていたとも言えるのでしょう……。

 さて、ルピナス様。
 私は貴方を生まれ変わらせました、ですがだからと言ってこの先どういう風に生きていけと指示するつもりは御座いませんわよ?」
 綾瀬の言葉に、ルピナスは分かっている、と示すように頷いた。これまでも多くの人がルピナスと話をしてくれたが、誰からも「こうしなさい」とは言われていない。
 全ては自分で決めること。それは皆からも言われてきたことだし、ルピナス自身もそうしなくてはいけないと決めている。
「聖少女としての力を完全に失ったかはまだ分かりませんが、少なくとも今まで聖少女として貴方様を繋ぎ止めていた物はなくなったはず。
 幸せになりたいと願うのなら、今はルピナス様の事を大切に思っている方々からその気持ちを受け取りなさい。……そして、いつか誰かに同じ様に接して上げてください。
 ……幸せは留まる物ではなく、常に廻り続ける物だと私は思っていますので」
「気持ちを受け取り、気持ちを伝える。幸せは得るものだけじゃない、与えることで廻り続けるもの……なのかしら?」
 ルピナスの発した言葉に、綾瀬がえぇ、と頷く。そして、今まであやしていた赤ん坊をスッ、とルピナスへ差し出した。
「さて……最後に私から、新たな人生を歩いていかれるルピナス様への、ほんのささやかなプレゼントですわ。
 生き続ける、幸せになる、そういった望みを叶えて差し上げる事はできませんが……確かもう1つございましたわね?」
 その場の雰囲気というか、差し出された赤ん坊を抱いたルピナスは綾瀬の言った事を反芻する。『生き続ける』『幸せになる』はどちらも、自分の芯とも呼べるべき言葉。そしてその言葉はもう一つあった。
「……! まさか、この子は――」
 ルピナスが赤ん坊の正体に気付いた時、既に綾瀬の姿は消えていた。

 ――聖少女としてではなく、ルピナス個人として作り出す物語。
 平凡な物かもしれませんが、たまにはそういった物を傍観するのも良いかも知れませんわね?


 その言葉だけが、ふわり、とルピナスにヴェールのように被せられ、消える。
「綾瀬さん……」
 この気持ちを、なんと言えばいいのだろう。ルピナスは考え、そしてこう口にした。
「ありがとうございます……」
 深く頭を下げ、そして頭を上げると、そこには魔王 ベリアル(まおう・べりある)の姿があった。その手には何故か、プリンがあった。
「まぁ、難しく考える必要なんてないんじゃない?
 ほら、このプリンを見てみなよ? ちゃんとプリンとしての形は崩さずにいるのに、こんなにもプルプル震える柔軟性を持っているだろ? これが硬かったら折れたり割れたりしちゃうじゃん?
 つまりそういうことなんだよ」
「……その……すみません、どういう事ですの?」
「やれやれ、これが分からないなんて、キミもまだまだだね」
「ご、ごめんなさい……。
 あの、一つ、教えていただけないでしょうか?」
「いいよ、なんでも聞いてよ。僕に答えられることならね」
 とっても偉そうな態度のベリアルに、ルピナスはこの質問をする。
「パラミタには、どのような種族がございますの?」

 そしてルピナスは、赤ん坊を胸に抱き、契約者の元へ帰還する。
「この赤ん坊は、カリスなんですの」
 ルピナスがそう告げると、契約者の間からはなんとも言えない反応――今までの事を考えるとそうだろうなぁという思いと、いや流石にそれはないだろという思い――が返ってくるが――。
「ルピナスが自信を持ってそう言うんだから、間違いないよ」
 円の言葉で、まあそういうことにしましょう、的な雰囲気に収まる。

「わたくし、考えましたわ。そして、決めました。
 アルツールさん……わたくしをあなたの子に……皆さんの家族に迎えてください」
 次にアルツールの元へ向かったルピナスが、自分で決めたことを伝える。
「ああ、これから皆で仲良くな。
 ……あ、言い忘れていたが。うちの娘になると、何故かいつの間にか魔法少女になるという謎ジンクスがあってだね。
 正直私も訳分からんが、娘が可愛いからまあいいかな、と。詳しくはそうだな、ミーミル達に聞くといい」
 そう言って、アルツールはこれまでの娘達――ミーミル、ヴィオラ、ネラ――に出番を譲った。
「私はヴィオラ、三人の中では姉だった。
 あなたの生まれを私はよく知らなくてすまないが、最も下の妹、ということで構わないだろうか」
「ええ、構いませんわ。
 お姉様、これからよろしくお願い致しますわ」
「うちはネラやで。ルピナスが妹っちゅうことは、うちは……ちびちびねーさん!
 ……やっぱやめや。ちびが強調されすぎてアカン。ちょ、ちょっと考えるから待っとってな」
「はい、ネラさん」
「私はミーミルです。ルピナスさん、決まりましたか?」
 ミーミルのその質問の意図は、パラミタへ渡るに当たり、何の種族として生きるかというものであった。

「ええ、先程決めました。
 わたくしは……ヴァルキリーとして生きます。この子を護るため、立派な研究者として育てるために」

 自分の言葉で宣言したルピナスは、空に目を向け思う。
(……全て元通り、とはならない。やり直す事は出来ない。
 でも、わたくしはもう一度、チャンスを与えられた。それはとても、幸せなことですのね)