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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『天秤世界の存続の行方は』

「まず最初に、確認させてほしい。
 今後は天秤宮……『天秤世界』の代わりを世界樹イルミンスールが行う。『天秤世界』はこの後、消滅する……そうね?」

 『天秤世界』での事件の中で、また『天秤宮』との戦いの中で重要な役割を果たし続けた機動要塞、そこにルカルカ・ルー(るかるか・るー)の凛とした声が響く。沈黙を“是”と判断したルカルカは、表情を悲しげなものに変えてエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)を見、言葉を紡ぐ。
「私は天秤世界を『小世界ルピナス』として残したいと思っていた。……でも、それはもう、出来ないのね?」
 質問を向けられたエリザベートはアーデルハイト、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)魔神 パイモン(まじん・ぱいもん)ミーナの順に視線を向け、最後にルカルカへ視線を向けて返答する。
「今まで私達は、想いの力……といえばカッコいいですけど、結構適当な力で何とかやって来ちゃいました。
 だから今回も、天秤世界を残そうと思えば残せちゃうんだと思いますよぅ。やり方はよく分かりませんけど」
「! だったら――」
 身を乗り出したルカルカを、エリザベートが腰を上げ立ち上がる事で制する。
「私達は天秤世界のやり方を『良くない』と否定しました。それなのに天秤世界を残そうとするのは、“筋が通らない”ですよぅ」
「……それは、そうだけど……」
 二の句を継げず、ルカルカは項垂れる。「そうだけど」の後に続く部分は、この場に居る者達が概ね想像出来るものだった。
 『天秤世界』を最終的に消滅に至らせたのは、『ある個人』――誰か、まではこの時点では判明していない――。その『ある個人』は『契約者』に属する。『ある個人の意思』は『契約者の意思』とは違えるものだったかもしれない。だが事実として『契約者は天秤世界を消滅させるに至った』。第三者は――世界樹は――おそらくこう受け取るだろう。
「天秤世界は、戦いしかなかった世界だけど……空気も土地も確かに存在している。それが無くなってしまうというのは、悲しいことだと思う」
「……天秤世界に新たな役割を授け、我々の今後の役割と連動させる、というのは技術的に可能だろうか」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の意見に、アーデルハイトとパイモンも加わっての検討が始まった。ルカルカはその光景からつい、と目を逸らし、パイモンに同行していた魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)へ歩み寄る。
「……何か他に理由がある、そう言いたげな顔をしているけれど?」
「バレちゃったか。……太陽がなく瘴気に満ちたザナドゥ、魔族にとってはそこが当たり前なのかもしれないけれど、私は『小世界ルピナスも魔族の移住先にできないか』と思ってたの。
 世界樹クリフォト、世界樹イルミンスールが分株をして残せるというなら、残して欲しいと思ってる」
「そう。……ルカルカは頭がいいからきっと分かってると思うけど、あえて言わせてもらえるなら、私ならこの世界を新しい移住先に選ぼうとは思わないわ。
 別にこの世界のことが嫌いなんじゃない、けど、選ぶに足る理由がないのよ。ルカルカだって思ってるんじゃない? 残すに足る理由がない、って」
「…………。
 核が無くなったら別の核を入れたらまた元通り、で済むなら楽なのにね……」
 その発言は、暗にロノウェの指摘を認めるものだった。

 結局、十分な議論の末、やはり天秤世界は消滅させる方向でまとまった。ロノウェの指摘にあったように、『天秤世界を残すことは出来なくはないが、残すに足る理由がない』事、残すと決めた時のデメリットの方が大きい事がその要因であった。
 ダリルは引き続き、今後の事について協力出来る部分を検討に入っている。夏侯 淵(かこう・えん)はロノウェと何やら楽しく談笑しているし、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)はこんな時でも「腹が減ったな」と席を外してしまった。居場所のなさを感じたルカルカはその場から逃げ出すように、部屋を後にする。
「ルカルカ、行っちゃいましたよぅ?」
「ああ、分かっている。淵、様子を見てやってくれ。カルキノスが同じ事をしていると思うがな」
 心得た、と頷いて淵がロノウェに挨拶をし、部屋を出る。
「……奴には悪いことをしたな。お前達の力は我々にとって非常に頼りになるものであったのに、結果を引き出す事が出来なかった」
 アーデルハイトがぽつり、と言葉を落とす。割り切れないものはアーデルハイトにも、もちろんエリザベートにもパイモンにもあった。
「皆がそう思っていてくれるのなら、問題はないだろう。ルカルカは強い。
 たとえこの経験でさえも糧にして、次の日には新しい目標を見つけているだろう。俺達はその姿に勇気付けられている」
 ダリルがそのようにルカルカを評し、他の者達も頷いた。

(私達の経験は無駄にはならなかった。
 世界は終わるかもしれないけど、世界の前に終わり無き戦争を終わらせることは出来たのだもの)
 一人、終わり逝く世界を見つめ、ルカルカは思う。
(最後まであきらめずにあがく。これが人間。希望がなくなった先にも別の希望がある筈だと信じているから。
 だから私達は、終わり無き戦争すら終わらせることができた。そう、ちゃんとおしまいに出来たことは、誇って良い)
 うん、と頷いたルカルカの顔に、いつもの半分くらいの笑顔が戻った。自身の経験も踏まえるなら、『戦争は始めるより終わらせる方がよほど難しい』。終わりに出来たことは、自信にしていいだろう。今回が失敗だとしても、返上する機会はこれから幾度と無く巡ってくるだろう。
(やってやるわよ! このくらいでへこたれる、私じゃない!)
 よし、と自分に気合を入れて、そういえばお腹が空いたわね、と振り返った先には、カルキノスと淵の姿があった。
「……20分。今日は俺の勝ちだな」
「へっ、負けたぜ。もうちょっとヘコんでるって思ったんだけどな」
「ちょっと、私をのけものにして何なのよ、もー!」
 ははは、と笑い合う二人に迫るルカルカの顔は、もういつもの笑顔に戻っていた。


『ミーナたちの今後』

「以前ミーナさんに、『マパタリの世界樹や、ミュージン族やうさみん族、龍族や鉄族を放逐した世界樹とも、連絡は取れる?』と質問をしたと思います。
 その時の回答は、『繋がっていない以上は連絡は取れないし、行き来をすることも出来ない』だったかと思います。ですが、鉄族や龍族、そしてミュージン族やうさみん族が今まさに、元居た世界に帰ろうとしている今なら、世界は繋がっていますよね? この瞬間であれば道を作ることが出来ますし、 世界樹とも連絡は取れますよね?」
 ミーナが無事に戻ってきたことを祝った後で、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)があくまで気軽な風を繕って質問をする。
「うん、出来るね。というかもう今は天秤世界の力を得た影響だと思うんだけど、僕が関与しなくても『根』を伸ばして他の世界と繋がることが出来るようになってるみたい。エリザベートさんの管理の下、交流が行えるようになっているんだと思う」
 とはいえ、エリザベート単独ではやはり負担が大きいとのことで、以前ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)に触発されてアーデルハイトが研究を進めていた『世界と世界とを魔法で繋ぐ』の中で生まれたものを補佐として使えないか模索している最中だ、とミーナは付け足した。それに関しては既にユーリカがアーデルハイトの下へ向かっているので任せることにして、近遠は今のミーナの言葉の中で気になった点を口にした。
「ミーナさんとコロンさんの用事は、今回の件が一段落したことで済んだように思いますが? それに先程、ミーナさんが関与しなくともイルミンスールは今後、繋がれる可能性のある世界にコーラルネットワークを通じて繋がることが出来るようになると仰られたようですが」
「うん、済んだよ。それに僕とコロンが居なくても、イルミンスールは大丈夫。エリザベートさんやアーデルハイトさんも、皆さんと一緒にやっていける。
 ……だから、一息ついたら、僕たちの世界へ帰ろうかな、って思ってる。前に言われたことを、改めてちゃんと向き合おうと思うんだ」
 『その時代の問題はその時代の者が解決すべき』、ミーナはこの言葉がずっと引っかかっていたのだと言う。それと同時に、ここまで関与しておいて今更何を言うか、と言われるかもしれない胸の内を明かす。
「ここに来た時は分からなかったことが、今になって分かるなんてね……。
 全てを分かったつもりにはなっていない……と思いたいけど、もうちょっと考えてみるべきだったのかなぁ……あっ、今のはその、内緒ね」
 口に指を当てる仕草を見せるミーナに近遠が頷く。ミーナもコロンも『世界樹』という人種で、特別な力を持っているのは確かであるけれども、内面はまだまだ未熟で、人から言われても自分が納得するまで受け入れない所があったり、考えたつもりで全然考えてなかったなんてことがあるのは、まあ理解できる話だ。
「その……元の世界に帰っても、連絡とか、取れますよね? 行き来とか出来なくとも。
 契約者は普段意識しているかどうかは分かりませんけど、絆の力を大切に思っていますから……鉄族や龍族と別れることを寂しく思う人が居るように、ミーナさんやコロンさんと別れることも寂しく思われると思いますし」
「…………、取れると思うけど……個人的には取ってほしくないかな。
 あの時と変わってないなら……ひどいから。そのひどさを知った君たちが、まったくの善意から介入してきてしまう可能性が、ちょっと怖いかな」
 笑ったミーナの顔は、何だかとても寂しいものに見えた。

「魔法による世界と世界の連結は、理論的には行える。……じゃがどうしても個人の力量に左右されるでな、どうすれば汎用化出来るかという点でつまづいておった」
 以前ユーリカに提案された、『世界と世界を繋ぐ方法を魔法で模倣、ないしは実現』の進捗具合をアーデルハイトが話す。要はイルミンスールがコーラルネットワークで『根』を伸ばして世界と繋がるのとほぼ同じで、魔法使いが影響を及ぼす世界を見つけにいくのだが、それは個人の感覚による所が大きい(裏を返せば、能力に優れた魔法使いは世界を越えることが出来るとも言える)。
「結局はイルミンスールが……この場合エリザベートがじゃな、世界と世界を連結する際に魔力による補助を行う仕組みを用意することにしようと思っておる。
 私としても、誰もが空間跳躍を行えるようになるのは魅力的ではあるが、今はここまでじゃな」
「分かりましたわ。今後も大ババ様はこの件に関して研究を続けられるのですわね? なら、今後の成果に期待していますわ」
「過度な期待はせんようにな。……それよりも、これから大変なのはお前たちじゃぞ。
 世界を変えうる力、それは一歩使い方を間違えれば自身を含め、世界が滅びかねん」
「それは、そうですけど……でも、あたしは誇りに思っていますの。
 小さなものから大きなものまで、目の前にある危機を回避させる事が出来る。自分たちの行動で、救うことが出来るものがある。それは大変なことなのは分かっていますけれど、とても素敵なことだと思いますの」

(自分たちの行動で、救うことが出来るものがある……か)
 ユーリカの言葉を耳にして、イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が自分の手を見つめる。この手にそれだけの力があるのだろうか、この手はこれからも誰かを救うことが出来るのだろうか。
(……今、それを考えた所で仕方ないとは思うがな。
 私はこれからも、出来る範囲で力無い者の助けとなる。世界を救う役割だとか言われてもいまいちピンと来ないな)
「イグナさん、何をお考えですの?」
 アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)に覗き込まれ、表情を和らげたイグナが今思っていたことを口にする。
「そうですわね……アルティアも実感は無いのです。けれど、今後、天秤世界の代わりの介入者として、他の世界に関わっていく事になる時は、対立する者を滅ぼすのではなく、手を取り合う事を識ってもらいたいです。
 出来ればアルティア達とも、繋がりを持ってほしい。新しい世界で新しい繋がりを作っていけたら良いと、アルティアは思うのです」
 絆を求めるのは契約者ゆえか、それともアルティア個人の思いか。
「それが可能であるなら……良いと思う、な。うん」
 それはともかくとして、アルティアの方針はイグナにとって応援したくなるものであった。