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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『最後のフライトへ』

「……さて、一通り話はお済みになられたかと思います。
 時間はあまり残っていないようですが、折角来られたのです、アーデルハイト様もエリザベート校長も、この世界をご覧になられた方が良いでしょう。
 ささ、あちらに船を用意してありますので。……望、いい加減にしないと出発出来ませんわよ」
 すべき話を一通り済ませた所で、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)がエリザベートとアーデルハイトをフリムファクシ・アルスヴィズでの回覧に招待する。この時風森 望(かぜもり・のぞみ)はというと、膝をついた格好で腕はアーデルハイトの腰に回し、「あぁ……アーデルハイトサマニウムが補充されていきます……」と恍惚とした表情を浮かべ呟いていた。なんでも望によればその『アーデルハイトサマニウム』とは望がアーデルハイトへのご奉仕その他生きていくために必須の物質であり、これが欠けると全てにおいてやる気が無くなるが補充されると『天上天下に轟く一撃必殺な奉仕』を行うことが出来るという。
「……ま、まぁ、確かに至れり尽くせりじゃったが……。はて、こやつそんな面があったかのぅ」
 アーデルハイトが首を傾げる。ベタベタと擦り付いて来た時は思わず固まってしまったが、こうしている望は普段のどこか食わぬ表情をしている時よりも微笑ましく見えてきていた。
「ほれ、行くぞ、望。いつまでもこうしていては出発できぬ」
「えぇ〜……世界が終わる時まで一緒に居ましょうよぅ」
「誤解を招く発言をするでない、まったく……。
 分かった分かった、船の中でも出来る限り一緒に居てやるから」
「……本当ですか!? 嘘やごまかしじゃ済まされませんよ! 分身でもダメですからねっ」
「あくまで出来る限り、じゃからな――ってうおっ、こら何をする、運ばずとも私一人で歩けるわ」
「いいえこれもご奉仕です! ミスティルテイン騎士団として、メイドとして、いえそれ以上に風森望として!
 全力で!
 おもてなしを!
 するのです!」
 アーデルハイトをお姫様抱っこして、望が爆発的な加速力でもって船へと連れて行ってしまう。
「おやおや……アーデルさんは人気者ですね」
 遠くなっていくアーデルハイトを見つめていたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が、自分の手元に視線を落とし、そこにあるものを確認する。
(この先には色々な道がありますが……自分の生きてゆく道は、もう決まっています)

「この、目前に広がっているのが天秤世界ですか……。
 結局、来るのが最後になってしまいましたが、一目でもこの世界が残っている内に見ておけて良かったですね」
「ふむ、そうじゃな。
 ……とても穏やかに見える。ここで行われた幾多の争いが、まるで嘘のようじゃ」
 風を受け、帽子を飛ばされぬよう抑えつつアーデルハイトが、目の前に広がる景色を視界に収める。過去様々な争いが行われ、無数の屍が眠るであろう大地は今は空からの光を反射して煌めいていた。
 まるで大地が、生物を育みそして還してきた海のようだ、ザカコはそんな事を思った自分を笑って、口を開く。
「契約者が個々に世界樹に対する示し方を模索し、龍族と鉄族に自分たちと同じ志を持つ宣言を行わせるという案が実行されましたね。
 これだけで十分かと言われれば不安はありますが、まずは一つ、といった所でしょうか?」
「そうなるじゃろう。今後も我々は世界に示し続ける必要がある、この一つで終わりではない。
 幸いというか、天秤世界の力を得た事でこちらから発信する事も容易になった。我々は毅然として、こうする、というのを伝えてしまうのもアリじゃろう」
「ええ、自分もそれを思っていました。はっきりと伝えてやれば案外、すんなりと受け入れてもらえるのではないでしょうか。
 そして自分たち契約者は、問題の起きそうな場所にこちらから出向いて片付ける。頻度がどのくらいあるか分かりませんが、忙しくなりそうですね」
「まったくじゃ。次から次へと問題を起こしおって」
 そう言うアーデルハイトは、しかしまったく嫌に思っていない素振りだった。それだけでもザカコは、アーデルハイトがイルミンスールの生徒を大切に思っているのだと分かる。
「まあ、何も起きず暇で退屈な時間よりはマシでしょう。自分もいくらでも付き合いますよ。
 これから契約者は、新しい道を探していく必要があるかと思いますが……自分の道は既に決まっています。今日はそれを伝えたいと思います」
 スッ、と姿勢を正し、ザカコがアーデルハイトを正面に見据え、告げる。
「前にも言いましたが……自分は今のアーデルさんを愛しています。
 自分の辿る道は、イルミンスールの平和を……そして、アーデルさんの笑顔を守っていく道です」
「う、うむ……。改まって言われるとこそばゆいのぅ。
 だが、それだけお前が本気で想っていてくれるのだと分かる。これほど嬉しい事はあるまい」
 告白にそう応えたアーデルハイトの目の前に、ザカコから小箱が差し出される。中には煌めく宝石を散りばめた指輪が入っていた。
「過去も立場も捨ててくれとは言いません。
 今ここにいる一人のアーデルさんとして、自分と同じ道を共に歩んでいって貰えませんか」

「アーデルハイト様、ついに結婚しちゃうんですか?」
「もうしとるわ、遥か昔にな。
 いや、その……厳密な意味で結婚は出来ぬよ。だがそれほどまでに絆を結ぶ事は許可してもよいと……な、何を言っているか分からんな、ゴホン」
 珍しく慌てふためく様子に、望はくすくす、と笑う。ザカコからアーデルハイトへ渡された指輪は、アーデルハイトの胸にしっかりと収められていた。
「つまりはさながら、ケッコンカッコカリ、ですね。
 いいじゃないですか、アーデルハイト様にもそれだけのお相手が出来たことは、喜ばしく思います」
 そう口にして、望は終わり逝こうとしている世界に目を向ける。この世界の事を、忘れない為に。二度とこの世界を生み出さないように。
「コレが最後の天秤世界だとは思えません。人が争いを続ける限りいずれ、第二、第三の天秤世界が産み出されるかもしれません」
 望の言葉に、アーデルハイトもうむ、と同意の頷きを返す。全てのものとの共存、それは人の身で果たせる夢なのだろうか――。
「運命の糸を断ち切ったこの先に、例え何が待ち受けていようと……私はアーデルハイト様と共に歩むだけですので」
 望の発言に、アーデルハイトが振り返る。応えるように望が優しい笑顔を――本当に優しい笑顔を――向ける。
「私が勝手に決めて、勝手に付いて行くだけですので。
 例え断られても一緒に生きますよ。それが私の決めた道ですから」
「……フフ、こうも違うものか。いや、違うな、そういうものだ」
 何かを納得したような表情で望の告白を受け入れたアーデルハイトが、空へ視線を運んだ。

「まだこれほどの幸せが……心動かす事があったのだ。
 生きる事がいかに幸せで、そしてどれだけ尊いことか」