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リアクション
セルマたちと別れて帰宅したサク・ヤを玄関先で待っていたのは風森 巽(かぜもり・たつみ)、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)と変装したツク・ヨ・ミ(つく・よみ)だった。
「あなたたち?」
「太守代理のサク・ヤさんですね。急な来訪で失礼します。お留守とは聞いたのですが、こちらで待たせてもらいました。自分は風森 巽、この子はティア・ユースティ、それからこの子は……セツ、といいます」
ティアとツク・ヨ・ミが軽く頭を下げる。
「そう。ス・セリがあなたたちをなかへ入れなかったの?」
「あ、違います。わたしがここで待つって言ったんです」
感心しない、といった口調のサク・ヤに、ツク・ヨ・ミがあわてて手を振って見せた。
「そう?」
「あの……すぐ戻られます、って聞いたので……」
「そうね。遅くなってごめんなさい。ちょっと思いがけない知り合いと会って、話し込んでしまったの。
さあなかへ入ってちょうだい」
「いえ、ここで……」
なかへは入りたくなかった。あの影の化け物はいつ、周囲にだれがいても関係なしに襲ってくる。動きが制限される室内で襲撃されるのは避けた方がいいと、話し合っていた。
(こちらの人にもご迷惑をかけることになるし……)
「あの、すぐすみますから」
「そう? じゃあ何の用かしら?」
ツク・ヨ・ミは何度も唾を飲み込み、緊張に声を震わせながら言った。
「…………わたし、キーをなくしてしまって……。だから、信じてもらえないかもしれませんけど、わたし、約束を果たしてもらいにきたんです……」
「え?」
「おじいちゃんの代わりに……わたしが来ました」
「待って。話が見えないわ。あなた、何を言っているの?」
「だから、約束――」
「ちょっと待って、ツク――セッちゃん」
足元を見つめ、ひたすらしゃべることに集中していてサク・ヤを見ていなかったツク・ヨ・ミと違い、巽は周囲を警戒するとともにサク・ヤの反応もうかがっていた。
「この人、本当に知らないみたいですよ」
「……えっ?」
顔を上げてサク・ヤを見たツク・ヨ・ミは、巽の言うとおり、サク・ヤが本当にとまどっている様子なのに愕然となる。
「あの……エン・ヤさまから、聞いていませんか?」
「だから何をです?」
「ヒボコノカガミを……時が来たら、渡してくださると」
「……え?」
今度はサク・ヤが驚く番だった。
神器ヒボコノカガミは弐ノ島太守の証。それを太守が他人に渡すなどと言うはずがない。
「あなた、何か勘違いしているのよ。きっと、そのおじいさまにからかわれたのね」ほほ笑んでツク・ヨ・ミの頭をなでると、巽を見る。「用件はそれだけですか? それではこれで失礼させて――」
「嘘じゃありません! これを見てください!」ツク・ヨ・ミは首にかけていた神器を引っ張り出す。「これはヒガタノカガミです! モノ・ヌシさまはわたしの言葉を信じてくださって、これをわたしに預けてくださいました!」
「そんな……モノ・ヌシさまが?」
あり得ないと思ったが、銀鎖の中央でゆらゆら揺れているのは、まさしくヒガタノカガミだった。
ツク・ヨ・ミはさらに言葉を重ねる。
「家政婦の方にエン・ヤさまに会わせてくださいとお願いしましたが、病気が重くて無理だと言われました。お願いです、どうかエン・ヤさまに訊いてください、時がきたら神器を預ける約束をしていたでしょう、と。ヒノ・コの代理の者が受け取りにきました、と」
サク・ヤはますます混乱した。
この少女が嘘を言っているようには見えない。そして本当にモノ・ヌシがヒガタノカガミを渡したのだとすれば、その親友である父も渡すと約束をしていてもおかしくない。
おかしくはないが、しかし――……。
「……だめよ、できないわ」サク・ヤは申し訳なさそうに首を振った。「わたしはその約束については何も聞かされていません。ス・セリが言ったことは本当です。父は病が重くて、1日のほとんどを薬で眠っています。ですので、今もあなたに会わせることはできないんです。父が目を覚ましたときにあなたの言葉が真実か、訊いてみることもできますが……今の父は、目を覚ましても意識は混濁状態で、ほとんど口をきくこともできないんです」
「えっ」
「それに……大変申し訳ないのですが、あなたの言うことが真実だとしても、もうお渡しすることはできません」
「ど、どうしてですか?」
「機晶石採掘の工夫を雇いました。ヒボコノカガミは彼らへの給金を用立てるために手放すことになっているのです」
だれに話すつもりもなかったことを、サク・ヤは彼らに告げた。家の恥だが、もしこの少女の言うことが正しければ、説明する義務があるだろう。
「そんなっ!」
「彼らに無給で働いてもらうわけにはいきません。申し訳ありません」
「で、でもっ、あれがないと橋が――」
「分かりました」
あせるツク・ヨ・ミの肩に手を乗せ、引き寄せると、代わりに巽が答えた。
「ひとつ訊いてもよろしいでしょうか? その機晶石の採掘場というのはどちらですか?」
彼が潔く退く態度を見せたことに、サク・ヤはほっとしつつ、採掘場の場所を教える。それを聞き、頭を下げると巽は2人を急き立てるようにしてその場を離れたのだった。
「あの人に言ってもしかたありません」
道々、巽は言う。
彼は周囲を警戒、サク・ヤを観察している際に、この屋敷が手入れが必要なほど老朽化していること、島の太守の屋敷なのに人の気配がほとんどないこと、そしてサク・ヤの着ている服が、上手に隠されているが袖口などかなり擦り切れていることなどに気づいていた。
「あの家にお金がないのは本当でしょう。それに、もう募集して、来てもらっているのですから。工夫の人たちの方を説得してみましょう。港の掲示板にあったあの募集の貼り紙ですよね。もしかしたらその人たちというのは――」
「ああ! そっか!」
ティアはピンときたらしく、とたん表情に余裕が戻った。
「もしみんなだったら、話せば分かってくれるかもね!」
「まだ可能性ですが」
「うんうん。彼らなら十分考えられるよ。機晶石採掘の工夫とか、引き受けちゃいそう。
あー、それにしてもビックリしたー。ミィちゃんってばおじいちゃんの名前出すんだもん。あの人、それどころじゃない風だったけど、気づかれたらどうしようってハラハラしちゃった」
『ミィちゃん』というのはティアがつけたツク・ヨ・ミのあだ名らしい。
「だって人前でツク・ヨ・ミなんて呼べないでしょ? それに、普段から呼び慣れてないと、気を抜いたときにうっかり呼んじゃうかもしれないから」
ということだった。
今まで呼ばれたことのない呼び方に最初はちょっととまどったものの、今ではツク・ヨ・ミも引っかかりなく受け入れている。
「ああ、そうです。おじいさんとこちらの太守さんで、何か約束があったんですか?」
「みたい。わたしも詳しくは知らないんだけど、昔、おじいちゃんがこの方法を思いついて、こっそり各島の太守に何回も相談に回ってたらしいの。えーと、1200年くらい前? もし装置が完成したら、神器を貸してください、って。そのたび捕まりそうになったり、実際捕まったこともあったみたい。おじいちゃん、昔から捕まったり脱走したりを繰り返してたから。
それで、一番最近なのが30年前で、今の太守だとモノ・ヌシさま、エン・ヤさま、コト・サカさま。3人には話をしてあるから、たぶんスムーズに渡してもらえるんじゃないか、っておじいちゃんは言ってた」
「それで行政府にはモノ・ヌシさまに会いに来ていたんですね?」
「ええ。ほんとは夜に館を訪ねようって思ってたんだけど……あのときは、ほかのことで頭がいっぱいで、とにかくやらなくちゃ、って……」
だってそれをするために、ウァールをだまして裏切ったんでしょ?
「コト・サカさまもいらっしゃるから?」
この質問には、ツク・ヨ・ミは首を振った。
表情が曇ってしまったのは、また思い出してしまったからだろう。巽もそんな顔をさせたくはなかったが、はっきりさせておきたいことがあった。
「コト・サカさまがあそこにいるのは知らなかったの。壱ノ島へ太守が集まっているのにもびっくりしたわ。それでちょっとあわてちゃった。コト・サカさまとはおじいちゃんが話をするって言ってたから……」
会いたいと思った。ウァールやナ・ムチとあんなことになって、すごく心細くて。優しいコト・サカさまだったら相談に乗ってくれるかもしれないと思った。……捕まるかもしれないという不安もあったけど、おじいちゃんが話すって言っていたし、きっと分かってくれると思って……。
だから、こっそり貴賓室の前まで行ったのだ。
「廊下にだれもいなかったのは……たぶん、あの影が先にとおったからだと思う……」
今思えばあの時点でおかしかったのだけれど、あのときはそんなこと思いつく余裕もなかった。
「さっき見せてもらった、あの神器……ええと、ヒガタノカガミでしたか。ツク・ヨ・ミちゃんが持っているのはそれだけ?」
そのことについては、巽はすでに行きの船のなかでツク・ヨ・ミがいないところでティアからご託宣を受けていた。ただ、巫女のご託宣はいまいち信用が薄いし、ツク・ヨ・ミがこのことについてごまかせば――あまり考えたくないことだけれど――彼女がしたほかの話もそのまま鵜呑みにはできなくなる、という思惑があった。
「ええ。なぜ?」
きょとっと見上げてくるツク・ヨ・ミに、心のどこかでほっとしつつ、巽は思い切って告げた。
「あまり思い出したくないのは分かるけど、思い出してほしいんです。ツク・ヨ・ミちゃんがコト・サカさまに駆け寄ったとき、コト・サカさまはうつ伏せだった? 仰向けだった?」
「こっちに正面を向けて、横に倒れてたわ。車イスがそばに転がっていて……わたしが仰向けにしたの……。コト・サカさま、あんなに血が……」
そのときのことを思い出し、ぎゅっと目をつぶる。
「うん。それでそのとき、彼の胸元に神器はあった?」
巽に言われたとおり、思い出そうとして、ツク・ヨ・ミは首を振った。
「なかったわ。――あ」
巽が何を言いたいか、やっと分かってツク・ヨ・ミは口元をおおう。
「どうしよう? マフツノカガミをあの影が持って行ったってことよね?」
「そしてあの影は「キーを渡せ」と言っていましたね。そろそろ教えてくださってもいいでしょう。キーとは何です?」
「……橋を架けるシステムを、起動させるためのキーよ……。システムは各島にあって、神器と一緒に使用するって、おじいちゃんが……」
「つまりあの影は、橋を架けるというあなたたちの目的を知っていたことになります。そのために神器が必要なことも、キーが必要なことも知っていた、と」
「でも……でもっ、それだったら神器を奪えばすむんじゃない? どうしてコト・サカさまを殺す必要があるの!?」
なぜなら、その方が簡単に奪えると考える悪党はこの世にいくらもいるからだ。
ツク・ヨ・ミを殺して、彼女の持つキーを奪おうとしていたように。
本気で狼狽しているツク・ヨ・ミには言えないが。
そのキーが奪われ、今はナ・ムチという男が持っていることもティアから聞かされていたが、こうしてヒガタノカガミを持っている以上、ツク・ヨ・ミはまだこれから先もねらわれるということに変わりはない。
「ティア、十分注意してください」
ティアにだけ聞こえるようひそめた声で言う。
「? うん。言われなくても、ミィちゃんは守るよ」
「ティアもです。あの影か、それともその後ろで操っているやつがいるかはまだ分かりませんが、敵は平気で他者を巻き込んできます。そばにいる自分たちも決して例外ではありません」
「……うん。分かった」
重く受け止めたように、神妙に答えた直後。ティアはへらっと笑う。
「なんです?」
「んーん。なんかさぁ、自分が危ないって分かっても、タツミには手を引くって考えが浮かばないんだなぁ、と思ってさ」
昨日偶然出会ったばかりで、まだ知り合って24時間も経ってなくて。しかも相手は浮遊島で犯罪者と追われている子で。巽には何の関係もないのに。
「? 当然でしょう」
それを当然と思わない人も大勢いるんだよ、と思う。口に出しては言わないけど。
「それってやっぱりタツミもおじいちゃん子だからっ? 親近感沸いちゃったとか?」
「なっ!?」
言い逃げするように、きゃははっと笑って走り出す。途中で「ミィちゃんっ」と先を行くツク・ヨ・ミの手を取って、強引に一緒に走った。ツク・ヨ・ミはわけが分からないながらも引っ張られるまま走り、ちらちらと巽を気にして肩越しに振り返っている。
巽は思わぬ不意打ちに赤くなっているだろう顔に手をやり、そのまましばらく絶句していた。
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