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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

リアクション

 採掘場で起きた崩落の振動は、そこからかなり離れた距離まで移動していた布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)たちまで感じ取れるものだった。
「……なんか今、足元揺れなかった?」
 佳奈子はダウジングの足を止めて、振動が来たらしい方向を向く。
「ねえエレノア?」
「んん? 私は感じなかったけど?」
 エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が草を掻き分けて戻ってくる。つまりはそれくらい微妙な振動だったのだろう。
「そうなんだ?」
「そんなことより、ほら、作業に戻って。しっかり成果出さないと、バイト代もらいづらいわよ」
「あ、そうだった」
 佳奈子はハンガーを曲げてつくった即席のL字型針金2本を両手に持って、んーーー、と集中する。
 なにしろ、昨日は壱ノ島で散財してしまった。
 初めて浮遊島に来たことで浮かれまくって壱ノ島を歩き回ってたら、気づいたら両手に紙袋をどっちゃり下げていたのだ。
『……エレノア……これ、どうしよう……?』
 ホテルに戻ったところで正気に返って青ざめた佳奈子に、エレノアはシェイクのような飲み物を飲みながら「おばかねえ」と言うような視線を向けていた。
(せっかく来るときの船で売り子のバイトしたのに、持ってきてたお小遣いどころかそのバイト代にまで手をつけちゃって……これじゃあ何のためにバイトしたか分からないよ)
 翌朝、もう滞在費がないと、泣く泣くカナンへ戻る船に乗ろうと港へ向かった佳奈子に、エレノアが例の工夫募集の貼り紙があることを教えた。
『ねえ、佳奈子。これ、ちょうどいいんじゃない? 工夫って肉体労働だけど、岩盤打ち抜けて機晶石が出たらさらに特別報酬出すってあるし。
 弐ノ島行きの船代は安いみたいだから、そんなに負担にならなさそう』
 カナンへ帰るだけだとお金は出ない。でも弐ノ島へ行ったらお金がもらえる。しかもガテン系は時給がいい、さらに特別報酬まで出るとなれば、どちらを選択するかは決まっていた。
(機晶石、機晶石、機晶石。機晶石さん、どこにいるか教えて。あなたが見つかったらこの島の人たち、みんな喜ぶから。そうなるとあなたもうれしいでしょ? そして私たちにも特別報酬が……特別報酬……それが入ったら、またアクセサリーとか、お土産買ってもいいよね? だってバイト代とは別に出るんだし……)
 鉱脈探しに集中しているはずの頭に、いつの間にか欲が忍び込む。
「はい、余計なことは考えないっ。集中集中」
 長いつきあい、ピーンときたエレノアがすかさずぽかりとやって軌道修正をかけたおかげかどうかは不明だが、佳奈子はほどなくそれらしい位置を探り当てて歩くのをやめた。
「佳奈子さん、見つかった?」
「たぶん! ここで針金がハの字に広がったの」
 立ち止まったまま動こうとせず、エレノアと話している様子の佳奈子を見て、それまで2人の邪魔をしないよう離れていた南條 託(なんじょう・たく)が寄ってきた。
「ほら」
 と託に見せるように両手を突き出す。まっすぐ前に伸びていたダウジングの針金は、佳奈子の言うとおり、ある一定の場所に来たらゆらゆら揺れながら自然にハの字に開いた。
「うん。ここに間違いなさそうだねぇ」
 託も満足そうにうなずく。
「どっちに向かってそう?」
「あ、待ってて。えーと……」佳奈子はまたも集中して、その場でゆっくりと回転した。「あっち」
「東ね」
「東か」
 そして、じゃあ、と言うように振り返った。
「おーい、アキラさーん。すっかり待たせてごめんねぇ。
 ここを端に、そうだなぁ、半径50メートルくらいで東に中心とって、掘ってくれる? 適当でいいからさ」
 名前を呼ばれて、アキラは振り返った。
「おー!」
 元気よく返事をしたその手には、ルシェイメア鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)たちに広げて見せていた、お土産で買ったトトリがある。アキラいわく
「俺はこのトトリに運命を感じたんだ!」
 ということらしい。ルシェイメアなどは店で売られていたほかのトトリとどこが違うのか分からず、そういったかさばる品は帰りでいいだろうと思うのだが、アキラは頑として譲らなかった。
「だって、他の人に買われちゃったらどうする!」
「いや、今まで売れてなかったのじゃから、帰りでも十分――」
 アキラの決意の表情を見て、そこで言葉を止めると、はーっと息を吐く。ルシェイメアの根負けだった。
「ホント、いいわよネー、コレ」
 アキラの頭の上から見下ろしながら、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が翼の模様を見てニコニコ笑う。
 カカの餌にされかけた恨み忘れじ、としつこくこだわって昨日はずっとルシェイメアの頭に乗っていたアリスだったが、つい、いつもの癖でアキラの頭に乗ってしまい、「しまった」と思っていたことなどケロリと忘れてしまったようだ。
「だろ? あとで乗って、一緒に空飛ぼうぜ!」
「ウンウン」
 だけど今は機晶石採掘だ。
 ここへ着いた当初は似たような景色ばっかりで、しかもそれが灰色の空に岩や草だけと、早くも退屈していたアキラだったが、カナヤ・コと話した今は違う。
「やることをすべてやりきるまで絶対見捨てない、その心意気やよーし!! 俺っちもひと肌脱いでやるぜぃ!!」
「げんきんネー。ここがむかーしマホロバ領だったからデショ?」
「それもあーる!
 いやほんと、マホロバ領現領主鬼城家に縁のある者として放ってはおけねーしな!」
 というわけで。
「行け! セイルーン家一の縁の下の力持ち、ジャイアント・ルシェイメア――ぶッッ」
 言い終わるより早く、アキラはぷちっと巨大化カプセルで大きくなったルシェイメアのかかとで踏みつぶされていた。
 もちろんアリスは気配を感じた瞬間にルシェイメアに飛び移って、しっかり助かっている。
「意味が違うじゃろう! あと、スカートのなかを覗くでない!!」
「……の、覗いてませんが……」
「気配を感じた!!」
「……そんな、気配だけで……」
 ――ガクッ。
 半分地面にめり込んだ状態で力尽きて白目をむいているアキラは放置して、ルシェイメアは託の元へ行く。
「ここじゃな?」
「うん。大体280メートルくらい地下から機晶石が出始めて、例の固い岩盤があるのは450メートルぐらい下らしいよ」
「よし。では始めるとしよう。きさまは離れておれ」
 巨大化できるのは3分が限度だ。その間にできるだけほかの者たちの手間が省けるよう、ルシェイメアはシャベル状に変えたアーム・デバイスでザクザクと大雑把に掘り始める。
 その肩に乗ったアリスが、待っている間にルシェイメアと2人で入念に計算して書いた図面を広げて、掘ったあとも落盤が置きにくい最適な角度やら何やらを指示していた。
 工法は露天掘りである。天井が開いていれば崩落など関係ない、というのがその理由だった。
 発案者・託の提案に乗って、ルシェイメアが大まかな荒掘りをして、そのあとを貴仁や託や佳奈子たちが手を入れることになっている。
 比較的軟岩の層が続いており、ルシェイメアは砂のようにそれらを掻き出していく。そこに、重機に乗って運んできた朝斗たちがやって来た。
「あ、朝斗くん」
「お待たせ! ルシェイメアさんが大きくなってくれたから助かったよ。携帯全然つながらなくて」
「え? 鳴らなかったよ?」
 佳奈子は自分の携帯を取り出して、開いて確認してみた。やはり着信表示はない。
「たぶんここの天候のせいだと思う。
 それで、重機はとりあえずリッパドーザーとバックホウとローディングショベルの3台だけ動くようにしたんだけど、これでよかった?」
「うん! ありがとう! さっそく使わせてもらうね!」
 佳奈子は朝斗と入れ替わりにリッパドーザーの運転席によじのぼると、運転手の若者にあいさつをした。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 同じように、ルシェンアイビスと交代して、ローディングショベルにはエレノアが、バックホウには貴仁が同乗する。
「それで、何をしたらいいんだい?」
「ええと。あそこに開いている穴の壁に沿って、螺旋状に道をつくってほしいんです」
 事前に託から受けた話を思い出しながら、貴仁は指を指して説明する。
「底へ作業員が下りられるように、ぐるっと」
「了解」
「ざっとでいいんです。時間短縮優先でお願いします。あとは俺が整えていきますから」
 貴仁を乗せたバックホウは穴の縁へ向かい、佳奈子とエレノアが乗ったリッパドーザーとローディングショベルはルシェイメアがショベルで掘り出した剥土の山へ向かう。
 その姿を見ていたルシェンが、ふと提案をした。
「私たちもこちらを手伝っていかない?」
「え?」
 採掘場へ帰ろうとしていた朝斗はその言葉に足を止め、振り返る。
「そうですね。向こうはもう十分手が足りていたようですし」
 アイビスもルシェンに賛成のようだった。
 どちらでもやることは変わらない。機晶石採掘のために岩盤を打ち抜くことだ。朝斗としては、反対する理由はなかった。
「分かった。じゃあこっちを手伝おう」
 3人は貴仁のあとを追って穴へと向かう。貴仁はバックホウから下りて、アキラや託と一緒にバックホウがつくる道をならしていた。
「貴仁さん、僕たちも手伝います」
「助かります。全然手が足りてなくて」
 貴仁は見るからにほっとした顔で彼らを歓迎した。
 やがて道は坑底へ着く。そこでは巨大化を終えて、体力を消耗したルシェイメアがぐてーっと壁に背をつけて足を伸ばしていた。
「あー、いたいた」
 アリスに介抱されている――といっても顔をぺちぺちはたかれて声がけされているだけだが――ルシェイメアを見つけたアキラが駆け寄る。貴仁も後ろに続いた。
「おーい、ルーシェ」
「ルシェイメアさん、大丈夫ですか?」
「うむ。少し消耗しただけで、休んでおれば元に戻る。
 それより、最後に一撃入れておいたぞ。結果は見とらんがな。うまくいっておれば、ヒビぐらいは入れられたかもしれん」
「分かりました。確認してみます」
「うむ」
 アーム・デバイスの一撃のあとは、まるで小さな渓谷のように下に広がっていた。
「うーん。ここは大体380〜400メートルくらいってとこかな」
 託が上を仰ぎ見て、縁との距離を目測する。
「残り約50メートル。あのアーム・デバイスなら、貫通してる可能性がなくはないかもねぇ」
「ここを下りるのか。
 ルシェン、酸度ゼロのアシッドミストを壁にお願い」
「いいけど……何をするの?」
「お願い」
 わけが分からないながらもルシェンはとにかく朝斗が指さす辺りへ向かってアシッドミストを放った。
「次に氷術を使って」
「ああ、そういうことね。分かったわ」
 閃いた表情で、同じ場所に氷術をかける。アシッドミストで湿った土は凍って固まった。
「あまり長持ちはしそうにないけど、僕たちが下りて上がってくるくらいはもつでしょ」
「そうね」
 飛び出した岩を足場にゆっくりと下へ下りて行った彼らは、やがて岩盤層へとたどり着いた。
 託の想像したとおり、ルシェイメアの一撃は岩盤の表層部分を砕いて亀裂を入れている。しかし、残念ながら完全に割り切ってはいなかった。
「アイビス、頼めるかな?」
 亀裂に手を添えて、具合を見ながら言う。
「え? でも……」今下りてきたばかりの斜面をちらちら見て、アイビスはとまどう。「落盤が起きないでしょうか」
「僕たちが見てて、起きそうになったら知らせるから」
「分かりました。
 場所を代わってください。危ないですから皆さんできるだけ下がって」
 しゃがみ込んだアイビスは亀裂から走るひび割れに手を添えて、ここという位置を探って決めると今度は咆哮とともにこぶしを打ちつけた。アイビスの咆哮に反応して、レゾナント・アームズがほのかに光を放ち始める。それと同時にアイビスの素手による攻撃も威力を増していき、イコンをも破壊するこぶしは何度も打ちつけるうちに固い岩盤を貫く。そこからさらに割れを大きくしていき、ついにはアイビスの拳は岩盤の厚い層の一番底を打ち抜いた。
「やった!」
 アイビスが開けた穴の向こうに機晶石を見て、朝斗は快哉を上げる。
 あとは周囲を崩していき、穴を広げるだけだ。
「ここもいっぱい埋まってそうだねぇ」
 ダークビジョンで彼らの肩越しに覗き込み、暗い底に広がる機晶石の鉱脈を見ながら、託が満足そうににっこり笑った。