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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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第十章  封印されしモノ

「ザッパァーーン!!」

 かざした両手の間から、勢い良く湧きだした奔流が、干からびかけた大地を濡らす。
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)の《群青の覆い手》によって、白茶けた農地が黒く濃く染まっていく。
 終夏が二度、三度と力を使うにつれ、枯れかけた作物が潤いを取り戻していくのを見て、村人達は歓声を上げた。
 皆が終夏の周りに集まり、その手を握り、家族や友人と抱き合い、涙を流して喜んでいる。
 コレは、彼等にとって一週間ぶりの水なのだ。


 終夏と日下部 社(くさかべ・やしろ)は、南濘で起きている異常気象の調査のため、南部沼沢地帯の周囲に点在する農村を回っていた。

 熱波の被害は二人の予想をはるかに上回り、どの村でも深刻な水不足に悩まされていた。 
 そんな有り様だったから、例えわずかとは言え、水をもたらしてくれる終夏たちの事を、村人達は大歓迎してくれた。
 もちろん終夏たちの調査にも、非常に協力的だったのである。

 しかし。

 彼等は、ほとんど何も知らなかった。
 東野の知泉書院(ちせんしょいん)に所蔵されていた古文書に載っていた、『炎の魔神』のコトを知っている老人は、何人かいた。
 しかし昔話として聞いたことがあるだけで、その魔神が本当にいたかどうかや、ドコに封印されているのかといったコトについては、何も知らなかった。
 ただ、老人たちは皆一様に、『もしそんな魔神が封印されているのなら、大沼(土地の人たちは、南部大沼沢地のコトをそう呼んでいた)の一番奥だろう』と、口を揃えて言った。
 また、アメリカの海軍と共同で進めているという大型飛空艇のサルベージ計画の影響についても聞いてみたが、サルベージが始まってからもう一年以上経っており、直接関係があるかどうかはわからないという返事だった。


「お疲れさん。術使うの、大変やったろ?少し、休んだらどないや?ホラ、冷たいモン」
「キャッ、冷たい!もうやっしー、いきなり何するの!……でも、冷たくてきもちいい〜♪」

 社に、首筋にいきなり冷たいペットボトルを押し付けられ、最初こそ怒った終夏だったが、そのあまりの心地よさに、怒りなど一瞬で吹き飛んでしまった。

「ふう〜、生き返る〜♪」

 などと言いながら、ドリンクをアイスノン代わりにして、頭に当てている。
 社は、彼女の隣に腰を下ろしたまま、そんな終夏の様子を飽きることなく眺めている。
 
「なんや、早く飲みぃな。冷やすんなら、もう一本持ってこよか?」

 立ち上がりかけた社の手を、終夏がそっと握る。
  
「ううん……。それよりも、やっし――」

 終夏は社の手をそっと引くと、彼を元の位置に座らせた。

「こうしてくれる方が、嬉しい――」

 社の足を膝枕に、ゴロンと横になる終夏。
 その終夏の淡い色の髪を、社がそっと撫でる。

「あ……。それ、気持ちいいかも……」

 余程疲れたのだろう。終夏は、そのままゆっくりと目を閉じると、額の冷たさと、恋人の肌の感触に、すっかり浸りきっている。
 村人が休憩用に用意してくれた建物は高床式で、既に日の暮れ始めた今時分には、何とも言えない涼やかな風が吹く。
  
「ホンマ、ご苦労さん……」 

 群青の覆い手によって一度に創りだせる水の量など、たかが知れている。
 なのに、終夏はいつも嫌な顔一つせずに、村人の求めるまま、限界まで水を創り続ける。

「村の人達が喜んでくれるの、とっても嬉しいんだ」

 目の下にクマを作りながら、そう言って笑う――そんな終夏の優しさが、社には何よりも愛おしい。

「なぁ、オリバー……って、なんや。寝てもうたんか、しゃあないなぁ」

 口ではそう言うものの、社の終夏を見る目は、優しさに満ち溢れている。
 やがて社の顔が、何かに吸い寄せられる様に、終夏の顔に近づいていく。
 二人の顔が、ゆっくりと重なり――かけた所で、社のケータイが鳴った。

(んなあぁぁ!な、なんやぁ!!)

 口から心臓が飛び出るくらいビックリしつつも、オリバーを起こしてはいけないと慌ててケータイを取り出す社。
 着信表示には、響 未来(ひびき・みらい)とある。

「もしもしぃ?いったい何のようじゃお前ぇ!!」
『な、何って……。そっちこそ、なんでいきなり怒ってるのマスター?』
「あ!い、いや、別になんでもあらへん」
『むはっはぁ〜……』
「な、なんや……」
『ごっめ〜ん、マスター!今取り込み中だった!?また、かけ直そうか?』
「やかましい!もうなんでもいいからサッサと要件をいいや!要件を!!」
 
 怒りと羞恥とで、もはや涙目になっている社。

『ハイハイ。そんなに怒んないでマスター♪円華ちゃんの調査の方があらかた終わったから、報告しとこうと思って。えっとね――……』

 白峰の調査の概要を、かいつまんで話す未来。

『それで、今度は南濘の方に調査に行こうっていう話になって。近々円華ちゃんと、そっちに行くと思うから。それまでに、ちゃんと成果あげといてよ、マスター』

「わかった。もうちっと、頑張って見るわ〜」
『それじゃ、オリバーにもよろしくね〜。……もう電話しないから、続きはゆっくり、ね♪』
「大きなお世話じゃ!!」

 怒鳴って電話を切る社。

「う、ウーン……」

(やばっ!起こしてもうたか!?)

 思わず動きを止めて、じっと終夏の顔を見る社。
 幸い、終夏はすぐにまた寝息を立て始めた。

(ま、コレもイチャイチャしとるウチかな……)

 社は飽きることなく、終夏の顔を見つめている。
 吹き渡る風の心地よさと、終夏の可愛らしい寝顔に、社はとっておきの癒やしの時間を満喫した。


 その日、村で一夜を明かした二人は、思い切って沼沢地の奥に行ってみる事にした。
 昨日の夜に行った聞き込みで、今から一月程前、20人程の見慣れない風体の男たちが、沼地の奥へと分け入っていくのを見たという証言が得られたのである。
 念のため確認してみたが、それはアメリカ海軍ではなかった。
 となればその連中は、外部から来た契約者である可能性が高い。

「あの〜、スンマセン。ちょっと見て欲しいモノがあるんですが――」

 社が何枚かの顔写真をその村人に見せると、村人は、そのウチの一人を指差した。 
 尊大ぶった表情に、特徴的な白衣と黒縁メガネ――。

「間違いない。ドクター・ハデス(どくたー・はです)や」
「手配書持ってきて正解だったね、やっしー♪」

 社たちは、この四州島で活動している敵対勢力、由比 景継(ゆい・かげつぐ)三田村 掌玄(みたむら・しょうげん)、それに三道 六黒(みどう・むくろ)やドクター・ハデスといった人物の顔写真を、常に持ち歩いていた。

「何しにこんなトコまで来たか知らんが、どうせロクでも無いコト考えとるに決まっとる」
「そうだね。ハデスのコトだから大した事は出来ないだろうけど、万が一ってコトもあるしね」
「それに、オレらが知らん情報握っとる可能性もあるしな。とっ捕まえて、吐かせたろ」
「そうだね!」
「しっかし、こんな沼地にまで白衣来てくるとは筋金入りのアホやが、今回ばかりはそのアホさ加減に助けられたな」
「そ、そうだね……」

 社のツッコミに、乾いた笑いを返す終夏。
 二人は、【宮殿用飛行翼】と【空飛ぶ箒シーニュ】で宙に舞い上がると、沼沢地の奥へと飛んでいった。

 

 沼沢地に足踏み入れてから、2ヶ月余り――。
 悪路と焦熱と害虫と疫病に悩まされ続けたドクター・ハデス(どくたー・はです)の苦労が、今、報われようとしていた。

「ハデス様!何やら、巨大な石碑のようなモノを発見しました!」

 配下の【特戦隊】からの報告に、ハデスは狂喜した。
 これまでの米軍による調査では、飛空艇が沈められている地点には必ず、その目印となる石碑が建てられているのである。
 ハデスは、報告のあった地点へと急いだ。

「おぉ、コレは!!」

 そこにあったのは、石碑というにはやや高さの足りない、塚のような石積みの人工物だった。
 中央の大きな石の表面に何か文字が刻まれているが、ハデスには未知の文字だった。

「ハデス様。手元の米軍の資料と比べてみると、だいぶ様子が違うようですが……」

 鷹城 武征(たかしろ・たけまさ)から横流ししてもらった資料と、目の前の人工物とを見比べ、部下が不安そうな声を上げる。
 部下としては、暗に『ココにあるのは、飛空艇とは違うモノなのでは無いでしょうか……?』と告げているのだが、そんな微妙なニュアンスに気づくハデスではない。

 それどころか――。

「ククク……。今までと様子が違うと言う事は、ココには今までに発見されたモノを遥かに上回る、強大な飛空艇が埋まってるに違いない!さあ早く、ココを発掘するのだ!」

 全てを自分に都合に言い様に解釈するハデスは、まるで下調べもせずに、塚の発掘を命じたのである。

 この、誰の目から見てもあからさまに無謀な――しかしハデスとしては至極当然な――判断が、この後四州に、更なる破壊と災厄とを、もたらす事になるのだった。