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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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第二章  策動

「撤兵はしない。雄信殿を、東野の次期藩主とも認めない。それが、藩主水城 永隆(みずしろ えいりゅう)の意志。お分かりになられましたら、早々にお引き取り下さい」

 停戦交渉のため、西湘藩に赴いた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)を待っていたのは、水城 薫流(みずしろ・かおる)の強行な態度だった。

「元はと言えば此度の戦。我が藩に『雄信殿を誘拐した』などという濡れ衣を着せ、あまつさえ我が兄水城 隆明(みずしろ・たかあき)の身柄を不当に拘束しようとしたことが、全ての発端。雄信殿自ら詫びに参り、『藩主の座は隆明殿に譲る故、兵をお引きくだされ』と言うのであればともかく、停戦などと、よくもそのような都合の良いセリフが言えたコト」

 薫流の言いがかりにも近い発言に、さすがの優斗も一瞬怒りがこみ上げたが、そこはグッと堪えた。

(ここで感情的になっては、相手の思うツボだ。こちらはあくまで冷静に、理性的に――)

「濡れ衣などではありません。現に、我らは雄信殿を誘拐した犯人の身柄を確保し、西湘藩の犯行であると立証するに足る証言と、証拠を得ております」
「そのようなモノ、どうとでもでっち上げられます。何せ東野は、後継者すらでっち上げようとしたお国ですもの。ねぇ?」
 
 だが、そんな優斗の努力も、一瞬で粉砕された。
 替え玉の件を持ちだされては、返す言葉がない。

「ではあくまで、西湘は軍を引かぬと」
「引きません。引く道理がございません」
「ではせめて、藩主永隆様とのお目通りだけでも、ご承諾頂きたい」

 今回の優斗の西湘訪問には、停戦交渉以外にもう一つ、重要な役目があった。
 今回の戦が、本当に永隆の意志によるものなのかどうか、確かめることである。
 御上たち首脳陣や、そしてモチロン優斗本人も、永隆の背後に、三道 六黒(みどう・むくろ)由比 景継(ゆい・かげつぐ)がいるのではないかと疑っているのだ。
 本当ならば隆明の母親で、雄信の伯母にあたる広城 美津(みつ)にも会いたかったのだが、彼女は数年前に亡くなっている。

「永隆様は、外つ国(とつくに)の者とはお会いになりません」 
「しかし私は、雄信様より任命された、正式な外交使節なのですよ?」
「貴方様の肩書がどうであれ同じコト。永隆様は、外つ国の者とはお会いしません。あまりしつこくされるようですと、この場で取り押さえて国元に送り返しますぞ」

 取り付く島もないとはまさにこの事。
 優斗は、大人しく引き下がるより他無かった。



 優斗が、退出してしばらくの後。
 自分も退出しようと立ち上がった薫流に、隣室から話しかける者があった。

「さすがは薫流殿。『盗人猛々しい』とはこのような事を言うのかと、私も勉強になりました」
「いえいえ。まだまだ貴方様には叶いませんわ」

 奥の間より姿を現した両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)と、早速舌戦が繰り広げられる。
 この二人の間には、常にある種の『同属嫌悪』のような空気が漂っている。

「それより、一体何なのですかいきなり。こちらに来られる時には、必ず人を寄越すよう、お願いしてある筈」
「急用が出来たのでな。悪いが、勝手に入らせてもらった」

 鴨居にぶつけぬよう、軽く頭を下げながら、おもむろに三道 六黒(みどう・むくろ)が入ってきた。
 その後ろには、葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)もいる。

「急用などと……。少しは私の都合も考えて下さいませ」

 口では嫌がる素振りを見せながらも、六黒に対する態度には、悪路の時のような、あからさまな嫌悪感はない。
 むしろ何処か、媚びるような雰囲気すら感じられる。

「それで、急用とは?」
「そろそろ、頃合いかと思うてな。お主を操る『糸』、断ち切りに参った」
「六黒様、それは――!」

 その言葉の意味する所を悟り、サッと薫流の顔色が変わる。

「これより、水城永隆を殺す」

 六黒は、眉一つ動かさずに言った。



 『四州開発調査団』の解散により、ドクター・ハデス(どくたー・はです)は新たな計画を発動した。それは――。
 
「フハハハ!我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部にして天才科学者、ドクター・ハデス!南濘公鷹城 武征(たかしろ・たけまさ)よ!我がオリュンポスと手を組め!」

 鷹城武征と共同で四州島を支配下におき、世界征服の拠点とする事である。

 ハデスは以前、葦原島での宴会の際に南濘公に飲まされまくって出来たコネを使って《根回し》し、武征との面会を取り付けると、

「鷹城武征!我等が持つ超技術を、お前に提供しようではないか!この技術を使えば、飛空船のサルベージも整備改修も思いのままだ。最早、アメリカ軍と手を組む必要も無い!」

 と、高らかに宣言した。

 字面だけ見ていると、とても実現性があるようには見えないハデスの言葉だが、彼の言葉には人を《誘惑》する不思議な力がある。

「我等は技術力と科学力を、そしてそちらは軍事力を提供する。我等が手を組めば、四州島の征服など容易い!そして四州統一の暁には、パラミタ大陸へと乗り出すのだ!どうだ、胸躍る話だろう?」

 無論、武征がハデスの妄想を、頭から信じた訳ではない。
 だが、今現在米軍と結んでいる契約よりも、ハデスの方が条件が良いのは間違いない。
 米軍との契約では、サルベージした飛空船の半分は米軍に持って行かれてしまうが、ハデスとの契約なら、サルベージした飛空船は全て自分のモノだ。
 しかし武征には、四州征服の野望など毛頭ないし(彼の目は、既に四州の外に向いて久しい)、何よりハデスに本人がいう程の能力があるのかどうかもわからない。
 思案の末武征は、逆にハデスにこう提案した。

「確かにお前の提案は、俺にとっても魅力的だ。だが俺には、お前が本当にそんな技術力を持っているのか、皆目わからん。そこで、だ。まずは飛空船を一隻発見してサルベージし、使える状態にして欲しい。それが出来たら、お前の力を認め、正式に同盟を結ぼうじゃないか。勿論この事は、米軍には秘密だ。――どうだ?」

 武征の言葉に、ハデスはニヤリとして言った。

「我等の力が信じられんか、鷹城武征!まぁ、疑うのもムリはない――。いいだろう!その申し出、確かに受けた!十六凪!」
「はい」

 ハデスは、黙って二人のやり取りを聞いていた、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)を呼んだ。
 十六凪は、オリュンポス唯一の軍師である。

「俺は、これから飛空船の発掘に向かう!後の事は、よろしく頼むぞ!」
「畏まりました――お気をつけて」

 十六凪は、落ち着き払って答えた。
 この程度の気まぐれに驚いていては、ハデスの軍師は務まらない。

「待っていろ鷹城武征!すぐにとびきりの飛空艇を見つけて、お前に届けてやるからな!」

 ハデスは勢い良く啖呵を切ると、意気揚々と、南部大沼沢地へと旅立っていった。 


 ――あれから、既に2ヶ月。

 未だ、ハデスから『飛空船発見』の報はない。


「武征様。我が手の者より、西湘軍が東野に侵入したとの報告がありました」
「らしいな。その話なら、俺も聞いている」

 十六凪の報告に、武征は面白くもなさそうに言った。

「おそらく、東野藩から援軍の要請が来るでしょうが、受けてはなりません。ここは、東野と西湘を戦わせ、両者の消耗を待つべきです」

 オリュンポスの軍師として、自身の《戦況把握》を、武征に進言する十六凪。

「その上で、両軍が疲弊したタイミングを見計らって軍を進め、漁夫の利を得るのが得策かと」
「それまでに、ウチの干ばつが収まってれば、な」

 武征はウンザリした顔で、十六凪を見た。

「干ばつが収まるまでは兵を出せんし、出すつもりもない。それまでは、東野が勝とうが西湘が勝とうが、兵は出さん」
「……畏まりました」

 断固とした武征の態度に、十六凪は大人しく退出した。


(やはり、ハデス様が飛空船を見つけてこなくては、交渉のしようがない。時間が経てば経つほど、我々の立場は悪くなるばかりだ。何か、時間稼ぎの策を打たなくては……)

 武征よりあてがわれた屋敷に戻るとすぐ、十六凪は、広城にいる高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)と連絡を取った。
 咲耶は、広城城下に潜伏して、東野軍の動向を逐一ハデスや十六凪に報告する任務を帯びていた。

「咲耶。デメテールはそこにいますか?」
「ハイ、いますけど?」
「では、彼女に代わってください。任務です」

 十六凪は、デメテールに仔細を伝えた。



 広城の城下に、午後6時を伝える鐘が鳴り響く。
 広城の鐘楼では、朝の6時から夜の6時まで、3時間おきに鐘を鳴らす事になっている。

「ああ、もうそんな時間か」

 遠くから聞こえてきた鐘の音に、御上 真之介(みかみ・しんのすけ)は、手元の時計を確認する。
 6時は、今御上たちがいる知泉書院(ちせんしょいん)も、閉館になる時間だ。

「よしみんな、今日はここまでだ。お疲れ様」
「やった〜!終わった〜!」

 泉 椿(いずみ・つばき)が、真っ先に立ち上がる。まるで、期末テストが終了した時のような喜びようだ。

「椿くん、ココ、一応図書館だから。もう少し静かに、ね?」
「ご、ゴメンナサイ……」

 御上にたしなめられ、しょんぼりする椿。

「さ、早く片付けて、帰ろう?」

 東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が、椿の肩をポン、と叩いて、元気付ける。
 その隣では、キルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)が館外に持ち出す史料と置いていく史料の選別をしていた。

「御上くん。コレ、持って帰る?」
「あぁ、……ウン。そうだね、持って帰ろう。ソレとソレは、返してもいいや」
「分かった。じゃ、貸出の手続きしてくるよ」

 キルティスは本やら紙の束やらをひとまとめにすると、司書の所へと向かう。 
 秋日子と椿は、書物の山を抱えて、書架へと戻しに行った。

(みんな、すっかり慣れたなぁ……)

 三人のテキパキとした働きぶりに、御上はしみじみとそう感じた。

 ここの所、御上はヒマを見つけては、知泉書院で調べ物に明け暮れていた。
 今、四州全体で起こっている異常気象を鎮める方法を見つけようというのだ。 
 以前、この知泉書院で見つかった書物から、南濘の湿地には炎の魔神が眠っており、それを封印するため、北嶺山脈に『白峰輝姫(しらみねのてるひめ)』が召喚された事は分かっている。
 何か、それ以上の手がかりが無いかと連日史料と格闘を続けているわけだが、今のところ成果はゼロ。
 それでも、『少しでも円華の役に立ちたい』と、諦めずに続けていた。

「御上くん、手続き終わったよ〜」
「センセ、こっちも終わったぜ!」
「よし、それじゃ帰ろうか」


「お疲れ様でした」
「また明日、お世話になります」
「ハイ……。お待ちしています……♪」

 頬を染めて御上を見つめる、唯一の女性司書に見送られながら、4人は知泉書院を後にする。

「あの司書の人、絶対御上くんに気があるよね〜。どう思う、御上くん?」 
「そうかい?まぁずっと書院に篭もりきりだからね。男の人に、あんまり免疫ないだけじゃないかな」

 キルティスの牽制をサラリと受け流す御上。
 メガネを外して既に2ヶ月。今では御上も、この手の話にはすっかり慣れっこになってしまっている。

「最近のセンセーさ〜、すっかり『大人』ってカンジだよね〜」
「元々大人だよ?」

 そう椿に言い返しながら、彼女の顔を見る御上。
 椿の顔が、みるみる紅くなっていく。

「あ、いや、そういう事じゃなくてさ〜……。あー、もういいや!」

 椿は、無理やり話を打ち切った。
 御上が瓶底メガネをかけなくなって、既に二ヶ月。椿は未だに、素顔の御上をマトモに見つめる事が出来ない。

「そういう椿くんは、ココの所グッと大人っぽくなったよね」
「エエッ!あ、あたしが!?」

 突然のセリフに、椿の胸がドキッと高鳴った。

「うん。背も伸びたし、なんていうか、こう、女子高生らしくなったというか――」
「なんだよそれ!それじゃ今まで中学生みたいだったってコト!?あたしはずっと前から女子高生だよ!」

 ぷうと頬を膨らませる椿。

「うわ〜御上くん。それはちょっと椿ちゃんに失礼じゃない?」
「え、いや、あの……。そ、そうかな?」
「あー、流石に今のは、私もそう思います」

 キルティスと秋日子に同時にダメ出しされる御上。

「全く、ちょっとは女心がわかるようになったかと思えば、まだまだだね〜、御上くんは〜」

 キルティスが、御上を横目で睨む。

「ご、ゴメン椿くん!べ、別に他意があった訳じゃないんだ!」
「いーや、あたしの心は深く深く傷ついた!」

 拝むよう謝る御上にも、椿はそっぽを向いたままだ。

「ホントゴメン!今度、甘いモノでもご馳走するから!」
「……あんみつ」
「え?」
「城下の桃泉園のあんみつ食べ放題で、許してやるよ!」
「わかった、桃泉園の桃白玉あんみつだね!」
「食べ放題な!」
「わかった。食べ放題」
「よーし、決定!」

 なんとか謝罪を受け入れてもらえて、ホッと胸をなでおろす御上。

「あーあー。結局椿ちゃんとデートの約束させられてるよ、先生」
「変わったっていっても、所詮御上くんは御上くんだよ」
「だね」

 しきりに頷き合う、秋日子とキルティスだった。


 ――その日の、夜。

「御上くん、起きて。御上くん――!」

 張り詰めたキルティスの声に、御上はすぐに目を覚ました。
 何か言おうとする御上を、キルティスは身振りで静止する。
 不寝番についていたキルティスが、《殺気看破》で『敵』の存在に気づいたのだ。
 
「御上くん、僕の側から離れないで」
「わかった」

 壁を背に、庇うように御上の前に立つキルティス。

「どうしたの、キルティス!」
「敵か!?」

 隣室で寝ていた椿と秋日子が、パジャマ姿のまま部屋に駆け込んでくる。

 その時、部屋の隅の暗がりから、何者かが御上目がけて突っ込んできた。
 敵の《先制攻撃》だ。

「先生!」

 《要人警護》の心得のある椿が、とっさに二人の間に入る。

「グッ!」

 鋭い痛みに、椿がうめき声を上げた。

「椿くん!」

 ナイフか何かで切られたのだろう。
 椿の腕から、血が滴っている。

「このっ!」

 腕を差した相手に向かって、《雷霆の拳》を叩き込む椿。
 自分の傷などお構いなしだ。

「キャッ!」

 椿の攻撃をモロに喰らって、吹っ飛ぶ刺客。

「よくも!」

 そこに秋日子が、【『炎楓』黒紅】で銃撃を加える。

「痛っ!」

 《シャープシューター》で精度の増した一撃は、過たずに刺客を捉えた。
 椿が《エナジーコンセントレーション》で創りだした光が、刺客に向けられる。
 その明かりに映し出されたのは――。

「「「デメテール!?」」」
 それは、ドクター・ハデスの使役する悪魔、デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)だった。
 天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)から、御上暗殺の指令を受けたデメテールは、《隠形の術》と《壁抜けの術》を使って城内に忍び込むと、警護の武士を【しびれ薬】を使って動けなくさせ、御上の所まで辿り着いたのだった。

「ヤバッ!バレた!」

 デメテールは、手傷を追った肩を押さえながら、壁に向かって走る。
 追いすがる秋日子とキルティス。
 その指の先で、デメテールの身体が、壁をするりと通り拔けた。
 《壁抜けの術》を使ったのだ。

「待てっ!」

 隣室に通じるふすまを開けるキルティス。
 だが既に、隣室に人の姿は無かった。
 遠くに走り去る足音のみが響く。

「なんて、逃げ足の早い……」

 キルティスは、しゃがみ込んで畳を調べる。
 点々と、血の跡が残っていた。

(この後を追っていけば……。でも、相手はあのデメテールだし……。まぁ、何もしないよりはマシか)

「僕は、逃げた暗殺者の後を追うよ」
「わかった!じゃあ私は椿ちゃんの傷の手当を――」
「あたしなら、大丈夫だよ。二人共、敵の後を追って」
「……わかった」
「出来るだけ早く戻るからね!」

 キルティスと秋日子は、廊下に駆け出していく。


「椿くん、本当に大丈夫か?」

 御上が、椿の傷を覗きこむ。
 傷口が、どす黒く変色している。

「まさか、毒が――」
「大丈夫だって言ったろ、先生」

 椿が、痛みに顔をしかめながら言った。

「この程度の傷なら、自分で治せるから。それに毒だって……。見ててくれよ」

 《歴戦の回復術》と《武医同術》で、テキパキと傷の手当をしていく椿。  
 毒を吸い出し、薬を塗り、包帯を巻き――。
 椿の言うように、傷の手当はあっという間に終わった。
 だが、それで全ての傷が治った訳ではない。

「取り敢えず、後のコトは秋日子くんとキルティスに任せて、君は安静にしているんだ。いいね」
「ウン……。そうさせてもらうよ。さすがに、少し痛いや」

 御上に促されるようにして、横になる椿。
 御上は、彼女にそっと布団を掛けた。

「ありがとう、椿くん。君のお陰で、僕は死なずに済んだ」
「あたしは、先生のボディーガードだもの。このくらい、当然だよ」

 椿を負傷させてしまった事に、心を痛めているのだろう。
 辛そうな表情の御上に、ニッコリと笑い返す椿。

「でも、あんまり危ない真似はしないでくれーー。僕は、君に死んで欲しくない」

 椿の手をギュッと握る御上。

「わかってるよ、先生。でも――」
「でも?」
「でも、もし先生が殺されそうになったら、あたしは自分がどんな目にあっても、絶対に先生を守るよ」

 そう言って椿は、御上の手をギュッと握り返した。

「だってあたしは、先生に死んで欲しくないから――」

 椿はそう言って、御上の目をじっと見つめる。 
 
「そうだったね、椿くん――。ミヤマヒメユキソウに込められていた君の『想い』も、そうだった」
「心配しないでくれよ、先生。そりゃ、怪我はするかもしれないけどさ……。あたしは死なないし、それに先生のコトも、絶対守るから」
「うん……。分かった」

 その後も御上は、椿が眠りにつくまでずっと、彼女の手を握り続けていた。