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午後の部、団体競技『騎馬戦』
 残すところ、あと2競技。大詰めになってきたところでいよいよ騎馬戦が始まると放送が流れた。
 力の限りぶつかり合うこの競技は、やはり男子生徒には大人気だったようで学校対抗でやろうとパラ実から申し出があったほどだ。
 今回、実力テストを兼ねていると言うことで学校ごとに採点はされなかったため、特に期待を寄せられている競技だ。
 先にクナイ・アヤシ(くない・あやし)から伝えられたルールは、以下の通り。

・ハチマキを取り、そこに書かれている問題を解いたら勝利
・解く前に取り返えされてしまったら無効(問題の交換は自主申告)
・団体競技なので、1問を全員で考えても良い
・騎馬が崩れても、騎手が地面に触れなければ何度体勢を立て直しても良い
・問題は水性ペンで書かれているのもある(取った側が交換を要請するのは不可)
・ハチマキは、上半身であればどこに身につけても良い。

 この案内を聞いて、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)はクスクスと笑いを漏らした。
「あらあらぁ〜円、聞こえたぁ? まるで、オリヴィアたちのためにあるルールよね〜」
「えぇ。か弱い乙女を狙う紳士の方々は、薔薇園には居ないと信じていますわ」
 牽制するかのように大きな声で答える桐生 円(きりゅう・まどか)は、用意されたハチマキを首に結ぶ。
 リボン結びにされたそれは引っ張れば簡単に解けそうだが、そのためには彼女の胸元へ手を伸ばさなければならない。
 公衆の面前でそんなことをしよう物なら、どんなレッテルを貼られるか……。
 ただでさえ、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)の発案で男子校では絶対に見ることの出来ない、ブルマの体操服姿という4人はかなりの具合で注目の的。最近では共学校でも姿を消しつつあるらしいその出で立ちは、健康的な色気があるような無いような気さえするので、もしかしたら何らかの魔力が宿った幻の衣装なのかもしれない。
 その姿に魅了された一部の男子生徒が開始前から目を光らせている。誰も下手なことは出来ないだろう。
 そんな目で見られているとは露知らず、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はにこにこと微笑みながら作戦の最終確認をしていた。
「まさか、本当に百合園の人たちも参加するなんてねぇ」
 困ったようにその様子を眺めているのは薔薇学の麻野 樹(まの・いつき)。フェミニストな彼は、百合園から騎馬戦出場に申請があったことを、何度も手違いではないのかと委員と掛け合っていたのだが、実際目の当たりにしても実感がわかない様子。
 むしろ、悪い夢であって欲しいと今でも願っているようだ。
 しかし、同じ薔薇学生でも全く動揺していない生徒もいた。
 それが彼、変熊 仮面(へんくま・かめん)。いつも通りマントだけを翻し、余すところ無く肉体美を披露している。
「あの程度の色気で自信を持たれても困るな、新の美学は俺様のような――」
 ポンポン。
 まさに今から良いところで止められてしまった。眉間に皺を寄せて振り返れば、渋い顔をしたクナイが白い布を差し出している。
「変熊様、こちらをお召しください」
「これは、褌?」
「あれ、まだ着替えて無かったんですか? 東洋の男子が身につけるものだけあります、気合いが入りますよ!」
 クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)が真っ白い褌を締めている姿は、少し不思議な雰囲気だった。
 薔薇学チームは全員地球出身、これは東洋男子が身につけるものと知っているから、西洋風の顔立ちのクライスに違和感を覚えるのだろう。同じチームに似合いすぎる人がいるならなおさらだ。
 柳生 匠(やぎゅう・たくみ)は黒い髪をしているから東洋風に見えるのだろう。そこに健康的な印象を与える褐色の肌、ガタイのいい身体には刺青があり、白い褌が良く映える。
「勝負の場に自分の意志で来た以上、女子供は関係ねぇ! 迎え撃つまでだぜ」
 リーダーである樹は赤、3人は白い褌で揃え、気も引き締まる薔薇学組。
 引き締まっていないのは、渋々マントを脱ぎ捨てた誰かさんの緩やかな褌だけだった。
「軟弱な薔薇の坊ちゃん連中を鍛え直してやるぜ。感謝しな!」
 威勢の良い声に振り返れば、意外にも普通の赤いジャージ姿で現われたパラ実。
しかし、長身3人組の後ろに潜んでいた先程の声の主姫宮 和希(ひめみや・かずき)が1歩前に出ると、観客席は騒然となった。
 百合園だけかと思われた魅惑のシルエット、ブルマ姿がパラ実からも現われたのだ!
 少し恥ずかしげにいつもの学ランを羽織っている姿が、逆にボーイッシュな和希を女の子らしく見せている。
 パラ実のカラーらしい元気な印象のあずき色。清楚な百合の紺色と甲乙付けがたいが、惑わされるな。勝負は騎馬戦だ!!
 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)が、段々得意げになっている和希を見てガイウスに零す。
「あんなの、ウチにはねーよなぁ?」
「とある電気街で、あれが体育祭の正装と聞いたんでな。まさか、百合の嬢ちゃんたちも着てくるとは思わなかったが」
 少しは女らしさに近づけただろうかと、ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)は正装だと信じ切っている和希を見て溜息を吐く。
(あの調子だと無理そうだ……)
ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)もやはり薔薇学に敵対心を燃やしており、この2校の戦いは熱くなりそうだ。
「それでは、馬を組んで下さい」
 薔薇学、パラ実はハチマキをしっかり頭に締め、百合園は首のままゆるゆると弄んでいる。
 3校の対戦なので、フィールドは円形。問題の交換以外で外に出れば失格だ。
「よーい……初めッ!」
 クナイがホイッスルを鳴らし、3校同時に中央へ向かう。先に仕掛けたのは薔薇学【褌】だ。
 素早くパラ実【ド根性パラ魂】の騎馬を目指し、クライスは右手を左から右に払い相手の腕を払い左手でハチマキを掴みにかかる。
 が、ここは馬との連携プレイ。左側を支えていたガイウスがすぐさま方向を変えたので、和希がクライスの左手を払い返すことに成功した。
 1度間合いを取り、様子を窺い合う両チーム。
「騎手は2チームとも女性……けれど、普段は兎も角、真剣勝負で女性に手を抜くのは騎士として逆に失礼……ですよね、和希さん」
「おまえっ! 俺を女扱いするとは良い度胸じゃねぇか!」
「挑発にのんな和希! パラ実魂、見せてやろうぜッ!」
 先頭にいるラルクに言われ、ぎゅっと拳を握りしめる。どれだけ服装を変えても口調を変えても女扱いされてしまう。
「絶対、薔薇学だけは潰してやるッ!! ……いくぜ!」
 ラルクの肩を左手でしっかり掴み、右手は後ろに構えたので何か技が飛び出すに違いないと身構える。
 とっさの判断で樹がディフェンスシフトをかけるが、ナガンによるSPリチャージでほどよく興奮状態になったナガンとガイウスは勢いを付け、ラルクのドラゴンアーツで【褌】へ突っ込むという荒々しい戦法には耐えきれなかった。
「くっ……!」
 吹き飛ばされるも樹と匠でなんとかクライスを守りきり、地面への落下は免れた。
「匠!!」
 どんなハプニングがあろうとも、団旗を振り続けていたラズー。手を止めてしまったが、この団旗を投げ出すわけにはいかない。
(頑張れ匠、薔薇学。そして他校に負けるな! ……俺は、信じているぞ)
 1度目を閉じて深呼吸。その後は一心不乱に応援し続けた。
「イマイチな褌の着こなしで、意外としぶといなァ?」
 【かっこよい褌で賞】のナガンとしては薔薇学の褌に納得はいかないらしく、呆れた笑いを見せている。
「いたた……パラ実生め、この俺様の肉体美が羨ましいからといって、簡単に傷などつかんぞ!」
 3人とは少し離れたところで倒れていた年中全裸男、変熊は1人【ド根性パラ魂】に向かって格好良くポーズを決めている。
 急いで仲間へ駆け寄り体勢を整えると、ナガンが異変に気付いた。
「あ、その褌……」
 ナガンが異変を伝えようとしたときには、すでに遅かった。
 間合いを図ろうと右へ1歩変熊が動いたとき、素敵な突風が騎馬たちを襲う。
 ――ふわ……っ
 風に乗った真っ白い褌。グラウンドには、清々しいくらいにいつも通りな変熊。
「おまっ! それ、それはねぇだろ!? さっさと隠せッ!」
「和希、少し落ち着かないか。そんなに暴れると崩れるだろう」
「お、落ち着いてるだろ! あんな、あんなしょーもないモンくらいでなぁああ!!」
「しょーもない、だとおぅ!?」
 変熊がにじり寄る度に和希が暴れるので、右に左にとバランスを取ることになった【ド根性パラ魂】。
「今だっ!」
 その隙をついて、特攻をお返しする【褌】。今度はたやすくハチマキを奪うことが出来た。
「くそ、取り返すぞ!」
「問題、問題は……次の漢字を読め、これは!」
 出来るだけ変熊を見ないように和希は腕を振り回すが、向こうも必死で逃げているため届かない。
 これだけの大乱闘を繰り広げていても、百合園【はいぱー百合りんぴっく】の面々は未だ近くで見守っていた。
「手強いと思っていたパラ実さん、潰れそうですぅ〜。ここは、薔薇学を狙いますかぁ?」
 のほほんとメイベルは言うが、大人しそうな顔をして食い合わせ後を狙おうとするとは。
 したたかな作戦を聞かされた時に円は驚いた物だが、自分の作戦を実行に移すには良い時期だ。
「マスター、パラ実はこのまま潰れる。例の作戦で薔薇学を落とせば……ボクらの勝利だ」
「そうねぇ〜装備も手薄だし、好都合よねぇ〜」
「あ、パラ実さんの二の舞にならないように、顔だけ見ておきましょうね!」
 意見の一致した【はいぱー百合りんぴっく】は、いつでも作戦を実行出来るようにし、タイミングが来るのを見計らう。
「間違うわけがない、この字は……ふんどしだ!」
 パラ実が破れ、勝利に気が緩んだ瞬間――今だ!
 シャープシューターを使って正確に馬を狙う小石は、足や腕などに飛んでいく。体勢が崩れているうちに詰め寄り、円がクライスに手を伸ばすとそれに気付いたクライスが、迎え撃つために手を伸ばす。
「きゃぁあ〜、酷いわぁ」
「か弱い乙女に対して乱暴な……見損なったですぅ」
 すると、外野からもそうだそうだ! と野次が飛んでくる始末。しかしこれはそういう競技だ。
 なんとか最小限の被害で勝利をおさめられないかと、数歩下がって作戦を考えることにした【褌】。けれど、良い案などそうそう浮かばない。
「あ? ……黄色?」
 ふと、匠が円を見ながらそう口にした。一体何を言っているのだろうと思えば、樹も円の胸元を見ながら口を開く。
「あー、緑、じゃないかなぁ。クライスくんは見えるかい?」
「えっと、僕は青じゃないかなって。ほら、あの辺りははっきり見えてるよ」
「キ、キミたちはボクの何を見てそんなことを言ってるんだ!」
 とっさに小さな胸元を隠した円に、チャンスとばかりに走り出す。今なら、リボンを引っ張っても事故はない!
「しまっ……!」
「BTB溶液で、アルカリは何色に変化しますか……やっぱり青だよ」
 クライスが答えたことにより、ホイッスルが鳴る。競技は薔薇学の勝利で幕を閉じた。
 首もとでリボン結びをされていたハチマキは、その裏側の問題が読めるようになってしまい、【はいぱー百合りんぴっく】が取り返す暇も与えずに勝負がついてしまった。
 試験が絡んでいたとは言え、別の要因で正々堂々と戦い抜けなかったことが悔しい【ド根性パラ魂】と【はいぱー百合りんぴっく】は、今度こそはと野望に燃えるのだった。