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シープ・スウィープ・ステップス

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シープ・スウィープ・ステップス

リアクション


ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は、南の海岸にヒパティアと共に立っていた。
 またこの電脳世界に降り立てた喜びに胸を高鳴らせる彼女は、今度はもっと高く、もっと遠くのものを目指そうとしていた。要望をしっかりと詰め、今目の前にその形が現れようとしていた。
 鋭いラインの戦闘機が、滑走路ごと形をなしていく。
「ヒパティアも、一緒に行きましょう」
 それに乗り込む前に、ハーレックはヒパティアに手を差し伸べた。
 彼女の表情が一段と晴れ、くるりと回ってハーレックと同じパイロットスーツになった。ぴしりと敬礼をきめる。
「ありがとうございます!」
 シートが一つ増え、風防が少し大きくなり、安定化を図るために前方にカナードが追加される。
 島のはずれまで伸びたリニアカタパルトで、鋼の翼はくびきを解かれる瞬間を待っていた。
「Sally Go!」
 はじき出された戦闘機は、あっという間にヒパティアの島を置き去りにした。
 ハーレックはスピードを殺さないためにゆったりと舵を戻し、島を振り向いた。
「ヒパティア、ほかの人への衝撃波をブロックして」
「アイ、マム」
 何もない空間で、突然雲が機体に絡まった、それを一瞬で振り切って島を目指すハーレックは、とっくに音速を超えていた。
 ただ上空を通過するだけで、機体が生み出すソニックが地上や空のひつじたちを吹き飛ばし、多少の風でもびくともしない世界樹を揺らし、すさまじい桜吹雪を生んで他の参加者達をも感嘆させた。
 島を点に引きちぎるほどの距離を刹那で稼ぎ出し、光輝だけを残してそのまま大気圏を突き抜けた。
「ふぅ」
 宇宙空間では翼はいらない、ワープに対応するために翼が仕舞われ、基部が反転して特殊なフィールドを生成するパーツを展開した。シルエットがよりスマートに変化して、戦闘機は宇宙船になった。
 
「さあ行きましょう、進路をお願い」
「アイ、マム。NGC2237-9,46を目標に近似値を入力します」
 ざわり、とそそけだつ感覚があって、一瞬ハーレックは目を閉じた。
 そろりと目を開けると、もうそこには何光年も離れてなお視界を埋め尽くす赤い星の花が咲いていた。
 NGC2237-9、ベテルギウスからプロキオンへ向かって三分の一ほど進んだところ、冬の天の川の中にある一角獣座の一つの星を中心にして見られる散光星雲の一つだ。
 通称『バラ星雲』という。
「…綺麗ですね…」
「はい…!」
「彼岸花星雲というものもございますが、向かいますか?」
「もちろん」
 次は天のさそりの尻尾へ向かって、二人は突進する。
 
 ものすごいスピードで空から飛んでくるものに気がついて、蒼は目で追った。
「なんの音だろ。あ、ひこうき」
 頭上を通過し、直後にすさまじい嵐があたりの羊を吹き飛ばし、ぱちぱちと羊が泡のように消えていく。
「うわわっ…あれ?」
 嵐は自分や、近くにいたヘルをも避けて羊だけを平らげていた。ヘルが悪態をつく。
「ああちくしょう、羊がまるっと持って行かれちまったぞ!」
 あれかあ、と蒼は空をもう一度見上げた。羊雲をも引き裂いて、飛行機はまっすぐに天を目指して飛んでいく。
 あっというまに飛行機は点になって、細い飛行機雲をほんの少しだけ残して、蒼天の中でキラリと光って見えなくなった。
 渦を巻いて風に流されてきた桜の花びらを浴びながら、思わず蒼は叫んでいた。
「たーまやー!」
「坊主それ違う!」
 思わずヘルもツッ込んでいた。
 
日下部 社(くさかべ・やしろ)はのっしのしと世界樹の桜をよじ登っていた。
 木肌にとりつき、密度の高い桜の花びらをくぐってどんどん高さを稼いでいく。
「空飛べる種族やったらひとっとびかな、うははー」
 実際の世界樹を登るならきっと何日もかかるだろうけれど、電脳空間ではうまくショートカットされているようで、すぐに羊雲の高度にまでたどり着いた。
「雲の上歩けるなんて、夢みたいやなあ」
 ま、ある意味夢やし、雲やのうて羊やけどなー。
 あっははーと笑いながら、足取りも軽く羊雲を渡っていく。
 
ミミ・マリー(みみ・まりー)は羊雲に乗って、気持ちよくうとうとしていた。空の上で邪魔されずにもふもふを堪能しているうちに、眠りこんでしまったのだ。
「あれ? 天使がおるわ」
 誰かが近くで喋っている。うるさいなあと思っていたら、不意に衝撃を感じて、乗っていたひつじからミミは振り落とされた。
「うわあああっ!」
「危ない!」
 腕をつかまれて、落下はまぬがれた。一瞬で目が覚めたミミは、誰かに助けられたことを悟った。
「間一髪やなあ、っと」
「あ、ありがとうございます…」
 羊雲の上に引きずり上げられ、ばくばく言っている心臓を落ち着かせている間に、どうやら乗っていた羊がはぐれて、別の羊雲にぶつかって振り落とされかけたと知った。
「なんや、天使が漂ってきた思たら、天使も落っこちるんやなあ。俺、日下部社や」
「…僕、ミミです、ミミ・マリーといいます」
 彼を助け、にっこりと名乗る脳天気そうな男に名乗り返した。
「あらら、かわいい顔に傷なんかつくって、ドジっこさんかいな。気ぃつけなあかんで?」
 (…うるさいな…あれ?)
 ミミは、いつだかパートナーが冒険の話をしてくれるときに、何度かこの男の名前を聞いたことがあるような気がした。
「なあ、ちょうど一人でピクニックもあれやなあと思っててん、一緒に行かへん?」
 普段のミミなら、きっとそんな申し出は断ったかもしれない。
 しかしミミは、パートナーの口に上るような人なら、びくびくする必要はないだろうと踏んだ。顔の傷は余計なお世話だが、腫れ物に触るような感じではなかったので、及第点だ。
「うん、いいよ」
「おう、旅は道連れっつーしな!」
 せっかく滅多にできない経験をするのだから、少しくらい思い切ってみてもいい、そう思ったのだ。
 
「あちゃあ、どうしよか…」
 道連れができて、そう行かないうちに、彼らは羊雲の果てに行き当たった。
 先には進めないが、元の場所まで戻るのも残念だ。
「あー、悔しいなぁ。戻らなあかんのか…」
 ここで羊雲が切れているわけを二人は知らない。戦闘機が少し前に思い切り羊雲をえぐりとっていったからなのである。
 最初にミミが乗っていた大きな羊雲のなれの果てで、衝撃をブロックされていたために、ミミのところの羊が分かれて押しやられ、気づかないうちに漂ってきていたのだった。
 残念そうに社がしゃがむ、ミミは飛べるが、社を連れては飛べないし、体力はきっと持たない。
 せっかくここまでやってきたのに、進退窮まって途方にくれる二人に、のんびりした声がかかった。
「どうしたんですかー?」
 二人は声がした方を振り返る。ふわふわと空を飛ぶウィキチェリカだった。
「天使の次は妖精さんかあ」
「あたし、精霊ですよー」
「そか、すまん。いやピクニックやーつうてここまで来たんやけど、もう道があれへんでどうしようかなーと」
「そうなんだ、ちょっと僕では彼を運べそうになくてね」
 ふうん、とウィキチェリカはさっきまでやっていたことを思い出した。
「んじゃあ、これはどうかな」
 羊雲に冷気を浴びせ、塊に分かれたひつじたちの、ちょっと大きいものを連れてくる。
 それに社たちを乗せて、えいっと押しやった。推進力が足りなくなれば、また押せばいいのだ。多分上で暴れなければ落ちることも考えなくていい。
「こ、これは…オイシイで!」
 ウィキチェリカとミミのふたりが、何を言うのだろうと社を見上げる。
「こいつはまさしく、金斗雲やー!」
 ゆっくりと空をゆく羊雲(大)の上でへんなポーズを決めながら、社はアニメキャラとかそういうものになりきっていた。
 
エヴァ・ボイナ・フィサリス(えば・ぼいなふぃさりす)は、羊掃除の準備をしていた。
 追い込む手だてを模索し、シミュレーションして計画をたてて、一生懸命考えていたのだ。
 電脳空間なんてはじめてだ、何が起こるか想像なんてできず、用心するに越したことはない。
 しかし、この目の前の羊の群、やわらかなもこもこのむこうから訴えかけてくるつぶらな瞳、否応なくある種の感情をかき立ててくるこのフォルムが…このひつじたちが…!
 これが、ほんとうにCGなんですか?!
水神 樹(みなかみ・いつき)もそうだった。
 彼女はひつじを集めてきた。ビーストマスターの修行のつもりで、ひつじを集めるまでは順調だったはずなのだが。
「やっぱり、このひつじを消しちゃうなんて、かわいそうでできないよー!」
 もふもふ・もふもふ・もっふもふ
 毛だけじゃないんです、このかわいい中身ごと愛したいんです!
 エヴァと樹は顔を見合わせて、お互いに一瞬でかわいいひつじさんたちを思っていることを悟った。
 だって二人とも、『幸せなんだけど辛い』という顔だからだ。たった一本の線の差異は絶大だ。
「倒せない…ですよね!?」
「倒せませんよね…!?」
 二人とも、もふもふの幸せに負けたのだ。かわいいは正義なのである。
「か、片づけなければ…でも……でも!」
 ちょっとくらい、もふもふしたって、いいですよね…!
『ひつじさんたち、もふもふさせてくださいねっ!』
 
「あら…?」
「気がつきました、よね…?」
 思う存分もふもふを堪能して、ふと彼女らは我に帰った。
 気のせいかもしれないが、気のせいではなく羊は、その数を増やしていた。
「さっきまで、こんなにいなかったと思うんです」
 集めた甲斐あって、もそもこもそと周りにあふれる羊だが、その数がじわりと増えていることがわかる。羊の間に見えていた隙間が、あきらかに無くなっている。次第に地面が見えなくなってきているのだ。
「そうですね、もうこれは腹をくくらねばなりませんね」
「自分達が潰されたら、意味がないですものね」
 泣きながら二人は、まわりのひつじをはたき始めた。
 めぇ〜
 ぱちぱちと羊が消え、悲しげな鳴き声を残して消えていき、二人はどんどん罪悪感にさいなまれていく。
 しかしひつじは増えていくようだし、放置することもできない。
 (だれか、なんとかしてー!)
 あまりの切なさに、思わず助けを求めてしまう彼女たちである。
 
 
 島の一角では、二人の巨漢がその腕を比べていた。
「うおりゃー! オレのほうが一撃でかいけんのぉ!!」
「なんの! ワタシも負けませんですよ!!」
赤城 長門(あかぎ・ながと)ルイ・フリード(るい・ふりーど)が、群れる羊の中に突っ込みながら、当たるを幸いなぎ払って、羊をちぎっては投げ、砕いてはすりつぶし、サーチアンドデストロイ、ジェノサイド、絨毯爆撃、とにかく筆舌に尽くしがたい破壊をその身一つで実現させていた。
 きっとこれが本物の羊だったら、ものすごいスプラッタになるだろう、かわいそうなので想像はやめる。
 チェインスマイトや遠当てが無尽蔵に繰り出され、いつのまにかコンボ数まで表示され、なんかよくわからないゲージまでくっついているが、当の本人達はぜんぜん気づいていなかった。
 完全に、格闘ゲームの世界というか、二人の世界である。張り合う雄叫びとひつじたちの鳴き声が阿鼻叫喚のBGMとなっていた。
 薙げども尽きぬ羊の群れに、二人は笑い出したいほどだ。
「武者震いがするのう!」
 散らされ、追い詰められ、生命の危機を感じた羊たちはざわざわと寄り集まり、ぎゅうぎゅうと身を寄せ合った結果ひとつ、またひとつと融合して、次第に大きくなっていった。
 特に逼迫した生命の危機と、間断なくもたらされる仲間の断末魔にさらされて、特にこの羊は攻撃的な性質を獲得してしまっている。
 完全に二人を敵と定めて、まるで猛牛のように頭を下げ、彼らに突っ込んでくるタイミングを計っている。
 それは完全に、彼らの望む所でもあった。
「赤城ちゃん、いきますですよ!」
 ルイがポージングを決め、ライバルに呼びかける。
「ルイ・フリード! オレとオマエでこいつをやるんじゃぁぁぁ!」
「我らは無敵!」
「筋肉・無双!」
 二人の渾身のラリアットが、綺麗に羊の喉元に決まった。
 
 極太明朝体で、彼らに明示された羊の撃破数はきっちり同じであった。
 二人は無言で、互いの筋肉とその技、その胆力を称えあった。
 がしんとぶつかりあう筋肉の音が、なによりも雄弁にお互いの健闘を
 
 しかし彼らはとうとうそこで、体力ゲージの危機的な点滅を見た。
 二人して倒れこんでいく先は、倒した巨大羊のモフモフの腹である。
「…お…おおう…これは…このモフモフは…っ」
 なにここ、癒しポイントかなにか?
 最強とは、力でも技でもなく、このある種の気力を吸い取り、また心を癒すモフモフなのかもしれない…!
「…これが…真の羊無双とでもいうのかぁぁぁっ…!」
 癒されるためなら…死んでもいい!