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シープ・スウィープ・ステップス

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シープ・スウィープ・ステップス

リアクション

「『花より団子』、つまり花見の際には食べ物が必須と言う諺がござる」
坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)は、ヒパティアを前にことわざを教えていた。
「そして実は『団子よりも巫女さん』とも言うのでござるよ。人々の常識すぎる故に、逆にデータベースなどに載っていないのでござるよ」
 つまり美よりも直接的な欲を満たせる感覚を選んでしまう人も、更に突き詰めれば欲よりも神聖である存在に落ち着く謙虚さを持っている、という事なのだ!
「人間の真相意識とは、かくあるものでござる!」
「一見それっぽいコト教えないでください!」
 フューラーが抗議した。鹿次郎はスルーした。
「つまり花だけ用意してもお花見では無いのでござる。美味い酒に料理、そして巫女さんを用意する必要があるのでござる」
 にんまりと笑った鹿次郎が取り出したものは、もちろん巫女服だ。
「さぁこの巫女装束に着替えるでござるよヒパティア殿!」
「結局それですか!」
 ぴりぴり警戒を向けていたフューラーはもちろん突っ込み、今度は鹿次郎はスルーしなかった。
「当然でござる!」
「あああー! 着なくていいんだよティア!」
 フューラーのヘッドロックをかいくぐり、すさまじい執念で最も重要な部分を叫ぶ。
「それで! 巫女さんとはもうひとつ重要な使命があるのでござる!」
「はい! なんでしょう!」
「みんなを、特に男性を元気付けるためにハグを、一心不乱のハグをするのでござる!」
 そしてあわよくば…!
「違うから!」
 
「あちらのヒパティア殿とフューラー殿は、彼と何を揉めているのだ?」
藍澤 黎(あいざわ・れい)が、どたばたやっている煩さに、思わず手を止めてそちらを見てしまう。
「『花より団子』の定義について、何やらもめているようなのですが…」
 最早あーもう仲良くケンカしな、である。
 しかし確実に、花時計はみなの協力を得て完成に近づいている。
「できましたね!」
「わぁ、素敵ねぇ」
高務 野々(たかつかさ・のの)ヴィアス・グラハ・タルカ(う゛ぃあす・ぐらはたるか)が喜びに手を取り合う。
 東屋の骨組みをそのまま利用した、立体的な花時計が完成した。
 5時の朝顔には朝露が訪れ、6時の南瓜にはオレンジの日が差し、7時には青空をこぼしたような露草が咲き、8時の蒲公英はやがてぽわりと白い綿毛になる。
 9時の松葉牡丹がはしゃぐように開き、10時の花一華が風をうけて微笑み、11時の玉簾がつつましくゆれ、12時の白粉花が虫と蜜を分け合う。
 14時の未草が水面に口付ければ、18時に夜顔が日没に別れを告げ、19時は待宵草が星を待ちわび、22時の月下美人は月光をその身のうちに抱きしめ眠る。
「暗い夜を越えたからこそ朝を迎える花に安堵し、一日の仕事を終えて迎える夜の花に安らぎと充実感を感じる。
 これは花だけを見ているのではない、花を通して人が時の経過を感じているのだ。
 花は、咲けば咲いたままではなく、花なりの仕事のために咲き、そして落ちる」
 芽吹き、育ち、緑を茂らせ、花が咲き結実して枯れ、また芽吹きがはじまる。
「これが花、いえ生命というものなのですね」
「ああ、そうだ」
 黎は微笑み、もう一度花時計を眺め、景観を目に焼き付けた。
 
「ヒパティアちゃん、ボク、こんなの作ってきました!」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、羊毛でもこもことした、プードルみたいなコスプレ衣装を取り出した。自分とおそろいで作ったのだ。
 しかしヴァーナーは、ヒパティアの微笑みがどこか沈んだ様子なのが気になった。
「ヒパティアちゃん、どうかしましたか?」
「…実はフューラーを、今回のことで本当に怒らせてしまったようなのです」
「じゃあ、これで、ごめんなさいのハグをしましょう!」
 これでフューラーおにいちゃんをメロメロにして、おなかの底から謝るんです。
 そうやってほんとうに機嫌をなおさない人なんて、いないです!
「では、ちょっと待っていてくださいね!」
 自分も衣装に着替え、とことことフューラーに近づいて、くるりと回って衣装の評価をねだる。
「かわいいですね、プードルですか」
「そうです、当てたフューラーさんにプレゼントをあげますので、後ろを振り向いてください」
「何でしょう? うれしい…な…」
 そこには、ヴァーナーと同じプードルのもこもこかわいい衣装を着たヒパティアがいた。
 ヴァーナーと視線をあわせるため、しゃがんでいたフューラーは、ヒパティアが飛び込んでくるのを回避できなかった。
「わあっ!」
 首っ玉にかじりつき、ぎゅうとしがみつくヒパティアに、フューラーは焦る。
「かわいいよ、かわいいから! どうしたの?」
「……さい」
「…聞こえないよ? ティア?」
 背中を撫でて、膝に彼女を座らせると、
「いっぱい無理言って、ごめんなさい」
「わかったよ。うん、僕も頑張って機会を増やすから、危ないことはもうしないで」
 ヒパティアはこくりとうなずいた。
「ヒパティアさん、かわいいよ!」
 歌菜がニコニコと褒め、野々が微笑んで肯定し、瑠璃は自分も服を欲しがった。
 フューラーが肩に手を置かれて振り向くと、半ば据わった目で微笑んでいる神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)に遭遇した。
「あ…あの、何かご用でしょうか…?」
「…是非、この服を貴方にも着ていただこうと思いまして…!」
 その手には、ヒパティアが着ているものと似ているが、サイズの違う羊毛で出来たコスプレ衣装が握られている。
「…ひっ……!」
「ああっ、逃げないでください! だれかフューラーさん捕まえて!」
 彼に着せればきっと気持ち悪いから、ヒパティアも羊に幻滅するのではと思ったエレンなのである。
「ヒパティアさんとお揃いですよ!」
 
 
 
 タイムアップが近づき、一旦プレイヤーは館に集まってきた。
「みなさーん、ジンギスカンの用意ができましたよう!」
クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が声を張り上げて皆の注意を引いた。
 ごろごろと小林 翔太(こばやし・しょうた)ライオ・レーベンツァーン(らいお・れーべんつぁーん)が丸々と巨大化した羊を転がしてくる。
「ジンギスカンをするらしいな、これを頼もう」
 巨大な野菜やキノコ、羊をクレセントアックスでどかどかさばいてジンギスカン鍋にのせていく。
 しかし、肝心の火がちょっと、威力が足りなさそうである。
 巨大な丸太をそのまま薪にして火をつけたのでは、なかなか燃えにくいようだ。
「しまった、火力が足りません」
「そういう時は、こうやで!」
日下部 社(くさかべ・やしろ)がそれを見て、フューラーに指示を出す。
 鍋の下に小さいが火口が開き、マグマが鍋を炙りだして、乗せられた肉や野菜がじゅうじゅうという音を立てる。
「おおっとちびっ子達! まだ焼けていませんよ!」
 手を出しかけたヌイやクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)を制止し、くどくど焼肉とはどういうものかを説明しかけたクロセルの隙をついて、彼方 蒼(かなた・そう)が良く焼けた肉をかっさらい、ちびっ子達ともども散会して獲物にありついた。
 今か今かと待っていた皆は笑いながら、なおも説明をしようとするクロセルをスルーして、思い思いに鍋をつつきだしたのだった。
「うわああん、せっかくお肉育ててるのにぃ!」
 リュースもグラーシュのでかい鍋を運んできて、ジンギスカンの傍に置いてみんなに配る。
 でかい鍋の中身の大半は、既に彼の胃におさまっているが、彼はまだまだこれからジンギスカンも平らげる気マンマンである。
エヴァ・ボイナ・フィサリス(えば・ぼいなふぃさりす)水神 樹(みなかみ・いつき)は、ちょっと泣きながらジンギスカンを食べていた。
「もふもふ…おいしいですね…」
「ええ…やっぱりおいしいです…もふもふ…」
「おねえさんたち…どうしたんですかぁ…?」
オルカ・ブラドニク(おるか・ぶらどにく)は、泣きながら肉にかじりついている二人を見て不思議顔だ。
 
 彼方 蒼はジンギスカンやグラーシュをあむあむと思いっきりお腹につめこんだ。
 ヌイやクマラと一緒に、クロセルの鍋奉行の仕切りをかいくぐってさらってきた獲物は格別にうまい。
「ふわー、おいしかったー! …でもチョコも、たべたいなあ」
 ひょこひょことパーティーの料理の中にチョコレートがないか探してみたけれど、なかった。
「ねえひつじさん! じゃなかったしつじさん達。チョコレート、ないかなあ? 犬だから、外じゃチョコたべれないから」
 フューラーとヒパティアにチョコを要望すると、すでにヒパティアの手の中にそれがある。
「はい、チョコレートです。一緒に食べましょうか」
「わんっ! ありがとう!」
 
 
 その頃、変熊 仮面(へんくま・かめん)は、開放されきったテンションで、世界樹によじのぼって、特に張り出した枝にロープをくくりつけ、簡単なブランコを作成していた。
 そうして思いきり勢いをつけて、皆が集まっている所へむけてブランコをこいだ。
「おしーえてー! ひつじーさんー!!!」
 己の肉体を限界なく晒し、空から恍惚の表情で迫ってくる変熊に、女性陣は逃げ惑い、男性陣はドン引きである。
「キャー!」
「いやー! こないでー!」
「あっち行ってー!」
 
 強盗 ヘルが寝転がって桜を堪能していると、うさぎを抱いた紫桜 瑠璃が、着ぐるみの上からまた着ぐるみを着ているヘルを覗き込んでいた。眠っていると思っているのか、それでもおそるおそるである。
 それに気がついたヘルは、ちょっとだけ脅かしてやることにした。薄目をあけて、それに気づいた。
「嬢ちゃん! 危ねえ!」
 彼女の背後から、高速で飛来する変熊の大開帳が!
 びっくりして反応できない彼女を横飛びに抱きとめて、離れた場所に着地する。
「んー、怪我はねえか」
 こくこくとうなずく瑠璃を見てヘルは安堵した。
 変熊の軌跡が、悲鳴の場所で判断できる、縦横無尽の阿鼻叫喚だ。
「ありゃ、ログアウトされちまうぜ」
 
「仕方ありませんね…」
 フューラーは、鹿次郎の襟首をひっつかんで、変熊に向かって投げつけた。
 いろいろな法則を無視した、管理者権限での横暴である。
「うわああああ、お助けでござるーっ!!!」
 二人はぶつかり合って、もろともにログアウトとなる。
 
 そして二人は専用PODからぺっ、と現実空間に吐き出された。
「…ひ、ひどいでござる…」
 一方、変熊は感動していた。
「はっ! これが世に言う『お前はこっちに来るのはまだ早い。』って言われ生き返るってやつ?!」
「な、なんでござるかそれは!?」
 
「…あれ、私怨だよね明らかに…」
 ぎゃんぎゃんやりあっていたフューラーと鹿次郎のやりとりを見ていたルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)が呆然とつぶやき、志位 大地(しい・だいち)は、ティエリーティアに何かされることがあれば、機会をうかがって同じことをするだろう、と思った。
「いやあ、いいんじゃないでしょうか?」
 眼鏡の位置を直しながら、大地は返答する。
 
 最後こそものすごいトラブルはあったが、概皆楽しめた電脳のアトラクションは、無事そこで閉幕を迎えた。
「本日は、皆様まことにありがとうございました。次回はまた、なるべく早いうちにお目にかけたいと思っております」
『皆様、私のわがままにお付き合いくださいまして、どうもありがとうございました』
 スクリーンの向こうから、ヒパティアも挨拶に加わり、スカートをつまんでお辞儀をする。
『また、お会いできる日を心待ちにしております』

 
 ただ一人、相変わらずおかしいテンションの変熊は違う意味で大喜びだった。
「俺様、天国を見てきたのだよ!」
 それは、勘違いである。
 
   ◇ ◇ ◇
 
「ま、今回も、無茶苦茶な人はいっぱいいたけど、楽しかったねえ」
「やっぱり、面白い方たちばかりよ」
 今回の感想を交し合いながら、彼らは既にデータの整理や、ゴミ掃除、荒れたステージの切り崩しや再構築をはじめている。
「でも、もう羊は勘弁してよ、羊以外もダメだからね」
 制作した花時計に、ハチやアリなどが蜜などをもらいに訪れる自然のシミュレートを進めていたヒパティアが、ぽそりと囁いた。
「じゃあ…アリ塚や、ハチの巣ダンジョンの冒険って、どうかしら…」
 それの言葉の意味を考えるより前に、ざわ…と鳥肌をたてたフューラーは思いっきり叫んでしまう。
「だめっ!」
 彼は特に虫に苦手意識はないが、いくらなんでも巣穴に突っ込むなんてご勘弁願いたかった。
 それだったら、羊のほうがよっぽどマシじゃないか…
 
 
 電脳空間は、今日も平和だ。
 明日も多分、そうだろう。
 
 ヒパティアが学び取ったなにかは、直ちに彼女自身と科学的に反応して、別の何かを寄越す。
 それは定義のための定義となり、理解のための理解となり、まさしく彼女の血肉となって、彼女自身を更新していくものだ。
 それらの応答に齟齬が生まれ、満たされない好奇心による不随意の欲求が彼女を突き動かしたとき。
「フューラーお兄様、退屈なの」
 おそらく、比肩するもののないほど高度なこのAIはそういう風にひどく幼いわがままを言い、その執事は思いっきりあたふたして、しかし涼しい顔で皆様の前に現れるのだ。

担当マスターより

▼担当マスター

比良沙衛

▼マスターコメント

はじめましての方も、お久しぶりの方も、ご参加ありがとうございました、比良沙衛です。
今回ガイドにありましたように、ローカルルールとして、1キャラ描写制限をしております。
LCメインの場合、MC描写は判定外とさせていただきました。その点ご容赦ください。
皆様、羊に癒されていただけたでしょうか? お花見で心を洗って楽しんでいただけたでしょうか?
でも羊の瞳孔って…横長なんだぜ…、私はちょっと怖いと思います。

また、AIと執事とドタバタをお目にかけられればと思います。
そして、もう早くも執事が崩壊しているのが常識になってきたように思います。