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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

リアクション

 護衛数人と、影野 陽太(かげの・ようた)に護られながら、女性が飛空艇で百合園校門前に到着をする。
「去年も来たんですよね?」
「ええ、去年はたまたま別の理由が出来たからね」
 陽太の問いにそう答えながら、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は飛空艇から降りる。
「環菜!」
 校門前に待機していた樹月 刀真(きづき・とうま)がすぐに駆けつける。
「では俺は乗り物を駐車場に移動させますので。よろしくお願いします」
 刀真に一時環菜を任せて、陽太は飛空艇を所定の場所に移動していく。
「環菜、こっち」
 刀真は屋上への道へ環菜を誘っていく。
 環菜には護衛もついていて、2人きりというわけではなかったけれど。
 護衛は後ろをついてきており、環菜と刀真は2人だけで並んで歩いていた。
「ただいま、環菜」
 久しぶりに会った彼女に、刀真の口からそんな言葉が飛び出した。
「ただいま?」
「うん、あ……」
 刀真はしばらくの間、ヴァイシャリーの地下に存在する離宮で剣を振るっていた。
「パートナー達はいつも一緒に戦うから……ツァンダが俺の街で蒼空学園が俺の帰る場所なら迎えてくれるのは君かな? と思ったんだ、今の俺には素直にそう思えたんだよ」
 刀真のそんな言葉に、環菜は特に反応を示さない。
「刀真、そっちは礼拝堂」
 ただ、あさっての方向に行こうとした刀真の服を環菜はひっぱった。
「あ……ごめん」
「少し変よ? 離宮で変な物でも食べたのね」
「そうじゃなくて。……素の自分で話したから恥ずかしくて」
 僅かに赤くなり、刀真は顔を逸らした。
 ふっ、と。
 環菜が軽く息を吐いた音が聞こえた。
「そろそろ始まるわね。久しぶりに空を思う存分見るといいわ」
 素っ気無いいつも通りの言葉に、刀真は「うん」と答えて一緒に屋上に向う。

「こんばんはです」
 百合園の制服姿のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、にこにこ微笑ながら、ケイの元に近寄ってくる。
「こんばんは。もうすぐ始まりますね」
「こちらの仕事もそろそろおしまいですわね」
 美緒がカップルに地図と扇子を渡したところで、客の姿が途切れた。
「先に向ってくださって構いませんわ」
「ありがとうございます」
 ケイは美緒に礼を言って、丁寧にお辞儀をすると、紙袋を一つ手にとってヴァーナーと一緒に屋上へ向う。

〇     〇     〇


「カキ氷作りますけれど、如何ですか?」
 運営用のテントの中で、フィルが百合園の重役達に尋ねる。
「ありがとうございます。では、校長とラズィーヤ様、それからセレスティアーナ様の分をお願いします。私と副団長は後ほど戴きますわ」
 百合園女学院、生徒会執行部、通称白百合団の団長、桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)がそう答えた。
 鈴子と副団長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、要人の警護についておりカキ氷を食べている余裕はないようだった。
 フィルはかき氷機で1個ずつカキ氷を作って、イチゴのシロップとミルクをかける。
「どうぞ。ゆっくり召し上がってくださいね」
 セレスティアーナにはそう言葉を添えて、カキ氷を差し出す。
「うむ、良く噛んで食べるぞ!」
 彼女のそんな反応に微笑みながら、桜井 静香(さくらい・しずか)ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)もカキ氷とスプーンを受け取って、上品に食べていく。
「はい、ちゃんと水分とらないと、ばててしまいますから」
 フィルは警護についている鈴子と優子には、紙コップにスポーツドリンクを入れて渡していく。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
 2人は礼を言って受け取り、紙コップに口をつけた。
 鈴子は周囲に気を払いながらも、校長達に混じって会話をしていく。
 優子は無言で皆の側に立ち、警察署の前に立つ警官のように、周囲に目を光らせていた。
「桜井校長! パンフレット配り終えたけど、他に何かすることある?」
 七枷 陣(ななかせ・じん)が主催者である静香の元に駆けてくる。
「あ、ごめん。先にくつろいじゃって」
「いやいいって。接待も仕事だろ」
「うん。陣さんも良かったら座って。ここに挨拶に来てくれる人増えると思うから、対応しきれない人達のお相手お願いできたら嬉しい」
 静香の言葉に頷いて、陣は隣に腰掛けることにする。
 それから少し、他愛もない話をしたりして軽く笑いあいながら花火の開始を待つ。
 ふと、陣はカキ氷のシロップを飲み干すセレスティアーナの姿を目にして、息をついた。
「シャンバラが東西に分かれて、最悪の場合戦争になっちまうのかもしれんけど。まぁ、そん時は……そん時やな」
「いやだな、そんなの」
 途端、静香は悲しげな目をする。
 シャンバラはエリュシオン帝国に恭順を示した東シャンバラと、帝国に反発する西シャンバラに分かれて建国をした。そして、このヴァイシャリーは東シャンバラの首都となった。
 今日の懇親会にはエリュシオンの要人は来てはいない。呼ぶような正式なものでもないから。
「エリュシオンの人達とも仲良く出来たらいいのに……」
「今はこうやって皆で集まれてるんだからそれでえぇし。何かあっても、そういう日がまた来るし!」
 陣がにかっと笑みを見せると、静香の可愛らしい顔にも安堵が生まれてくる。
「これオレの携帯番号。何かあったら連絡くれよな」
 陣は携帯電話の番号を書いたメモを静香に渡す。
「ありがとう。僕は立場上、助けにはいけないけど、何かの時には百合園に連絡してくれれば、聞くことくらいは出来るから」
 そう言って、静香は陣の携帯電話の番号を大切に仕舞って、柔らかな微笑みを見せた。

「あー……お仕事って疲れますわぁ」
 白百合団員の雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が巡回を終えて戻ってきた。
「お疲れ様です」
 すぐにフィルが歩み寄り、スポーツドリンクを渡す。
「ありがとぉ」
 受け取ると、リナリエッタはごくごくと一気に飲み干した。
 フィルは空いた紙コップを受け取って、また持ち場に戻っていく。
「今日は警備員も雇っていますし、無理に働かなくてもいいんですよ」
 くすりと笑みを浮かべて、鈴子が自分に近づくリナリエッタにそう言った。
「っていうか……きれいな花火、ここからみるだけじゃつまんなーい」
 運営用の席は後ろの方に設けられており、仕掛け花火などは見難い場所にあった。
「そうだ、オイレって飛空艇最近買ったんですよぉ」
「さすがですわね」
 お嬢様である百合園生は自ら乗り物を運転する者はあまりいない。鈴子も買おうと思えば、小型飛空艇を手に入れることくらいは出来るが、所持はしていないのだ。
「こっそり二人で、近くで花火見ますぅ?」
「私には仕事がありますから」
「うん、言うと思ったわぁ。冗談よぉ」
 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、リナリエッタは言葉を続けていく。
「……まぁ、白百合団のメンバーがそんなことしたら駄目って分かっていますわ。少しは成長したんですよぉ私」
「そうかしら?」
「ま、これからもお嬢様生活をエンジョイしますわぁ。お手本となる方もいらっしゃいますし」
 ニヤニヤ笑みを浮かべるリナリエッタに、くすりと鈴子も笑みを見せ「楽しみですわ」と優しい声を奏でた。

「寒くはないですか?」
 蒼空学園やイルミンスールの校長が訪れたということで、静香とラズィーヤは鈴子に付き添われ挨拶回りに向った。
 その間、セレスティアーナのことは副団長の優子と、鈴子に護衛の志願をした秋月 葵(あきづき・あおい)が護衛していた。
 優子は話し相手はせずに周囲に警戒を払っており、葵がセレスティアーナの隣に腰掛けて世話をしてあげていた。
(副団長……)
 決しておしゃべりな方ではないけれど、無口な人ではなかったのに。
 なんだかこれまで以上に、話しかけ辛い雰囲気を放っていた。
 葵は気付かれないよう小さくため息をついた。
 離宮の調査と戦いで。
 多くの犠牲と、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)を人柱にしてしまったこと。
 どうしようもなかったのは、解ってる。
 だけれど、どこか心の奥で、納得できない気持があった。
 だから、とても花火を楽しむ気持になれなくて……。
 多分、それは団長も、副団長も同じだから、こうして警備についているんだろうと思えた。
(アレナ先輩が護ろうとしたものを私が代わりに護るんだ。離宮で眠りについたアレナ先輩が悲しまない様に)
「……私のパートナーは、アムリアナ女王のことをとても好いているんです。お会いできず、残念です」
 その言葉は優子の口から発せられた。
「そうか、でもそのうち会える!」
 セレスティアーナは根拠もなく、ジュースを飲みながらそう言う。
「そうですね」
 優子は小さな声でそう言った後、また視線をテントの外へ向ける。
(仕事、頑張ろう。余計なこと考えずに)
 葵はぐっと拳を握り締めて、セレスティアーナを護ることだけを考えていく。
 ただ、体を盾に護るだけじゃ護りきれないから。
 きちんと、団長達の姿勢を見て、学んでいこうと気を引き締める。
「こんにちは、どうぞ」
 黒髪に映える、美しい空色の浴衣を纏った少女がセレスティアーナに近づく。
「なんだ?」
 渡された物をセレスティアーナは不思議そうに摘む。
「日本の手持ち花火だよ。ここで花火は駄目みたいなんだけど、お土産に配る分にはいいって言われたの」
 ヴァイシャリーの花火大会が終わった後に、皆で締めとして楽しんでいただけたらいいなと少女――神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)は考えて持ってきたのだ。
「これは何に使うんだ?」
「ここに火をつけると、パチパチって火花が出るの。小さな花火だけれど、周りに物がない場所で、大人の人と一緒にやってね。あまり体に近づけると服が燃えることもあるから注意してね」
 子供に説明するように、授受はセレスティアーナにそう説明をした。
「わかった。楽しみだな!」
 それから。
 授受は微笑みながらセレスティアーナに囁きかける。
「あたしがこんな事言うのもヘンだけど……リコと仲良くしてね」
「うむ! リコはいい奴のようだから、仲良くしてやろうではないか!」
 すぐに偉そうだけれどちょっと間の抜けた返事が返ってくる。
「よかった……。リコは友達だから、やっぱ心配ていうか…」
 授受は恥ずかしげに小さな声で言った後、にっこり笑みを浮かべた。
「そんで、あたしとも友達になってくれると嬉しーな!」
「うむ! 私もそうしてくれると嬉しいぞ! よろしく頼む」
 セレスティアーナは優しそうな授受に好感を持ったようだ。
「立場上、今は大変だと思うけど……がんばってね! 応援してる。あたしも、ここにいる皆も、平和を願ってるから」
「うむ! よくは分からんが……授受はいい奴だな! 私もヘイワは大好きだ」
 その平和がどういうものなのか。
 それさえも良くは理解はしていないセレスティアーナだけれど、授受や声をかけてくれる人々の優しさに親しみを覚えていく。
「それじゃ、またね」
「うむ! またな!」
 授受はセレスティアーナに明るい笑顔を残し、手を振って線香花火を皆に配りに向っていった。

「元気ですか?」
 続いて、セレスティアーナの元に真口 悠希(まぐち・ゆき)が歩み寄ってきた。
「おお、悠希か。元気だぞ!」
 本当に元気そうなセレスティアーナを見て、悠希の顔に淡い笑みが浮かぶ。
「代王、大変な事ないですか?」
「はーははは、天才たる私に不可能はないっ」
 と胸を張って答えたセレスティアーナだが。
「……ところで代王とは何なのだ?」
 きょとんとそう言葉を続ける。
 くすりと悠希は微笑んで、箱を一つセレスティアーナに渡した。
「実は近く静香さまの誕生日で……静香さまや周囲の皆も幸せな気持ちになって接してくれて、セレスちゃんが皆とより打ち解けられる良い機会になるかな……って思うんです」
「任せておけ!」
 根拠のない自信満々な返事が返ってくる。
 悠希は、セレスティアーナがお祝いの方法を知らないだろうとわかっていたので、お祝いの言葉と、歌をワンフレーズだけ、セレスティアーナに教えるのだった。
 それから……。
「ボク今日、やらなければならない仕事があって。本当はこの場にも居ちゃいけなくて……。だから……ボクが教えたって事は誰にも言わないで下さいね」
「うむ! 悠希に教えてもらったことは誰にも言わないぞ!」
 はっきり言ってしまっている辺り、不安でもあったが。
 悠希は笑顔でその場から離れる。静香が戻ってくる前に。
「ボクの分まで……花火大会楽しめる様、祈ってます……行ってきます」
 そう言葉を残して。