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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

リアクション

 素早く箒を操って、野々は見物客の足物のゴミを回収する。
「ゴミや食べかすなどが地面にあっては、花火の美しさも半減してしまいますからね」
 皆が空を見上げている隙に、目立たないように近づいて、客に気付かれないよう掃除をしていく。
(……そういえば、レッザ様はどうしてらっしゃるのでしょう?)
 メイドとして働いていた家の息子、レッザ・ラリヴルトンとは随分会っていない。
 軍に入り、離宮へ向ったという話は耳にしており、生還したという話も耳にしていた。
 だけれど、会う機会も理由もなく。彼が今、どのような状態なのか野々は知らなかった。
(どこかで同じ花火を見ていたらよいのですか)
 怪我はしていないだろうか。
 精神的に参ってはいないだろうか。
 支えてくれる人は側にいるだろうか。
 ……気にはなるが、彼には彼の人生があるから。
(……いつか道が交わる日まで。どうか無事でいらっしゃいますよう)
 空に咲く華を見ながら、野々は心の中で祈った。

 懇親会の会場から少し外れた場所で、花火を観賞する者もいた。
「花火って儚いものですわね……」
 ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)はそう言葉を漏らす。
 去年は、自分も皆の輪の中で、友人達とのふれあいや花火を楽しんでいたけれど……。
 今年は、仲違いやうまくいかないこともあって、輪の中に入りにくいロザリィヌは独りで見るより他なかった。
「考えてみれば……花火もあれだけ大きな輝きを見せるのは一瞬で……すぐに何も見えない闇に溶け込んでしまう……とても儚いものですわね」
 パン、パパン
 空にまた大きな光の華が放たれた。
 とても綺麗だけれど、やっぱりその美しさは一瞬で。闇に溶けて消えてしまう。
「……人間も同じものかしら…?」
 ロザリィヌは切なげに呟いた。
「それでも……一瞬でも輝ければ……しあわせなのかしらね?」
 そして軽く目を伏せる。
「わたくしにはわかりませんわ……」
 大切な女性達のこと。
 1年間で変わっていた関係。変わらない想い。
 起きた出来事を独りで、静かに思い浮かべていく。

「ふぅ……流石に緊張するなぁ、メガネ返してもらってないし」
 輪廻も、焼鳥とラムネを持って、会場の隅に歩いてきていた。
 パンと、弾けて広がる花火を見て、淡い笑みを浮かべる。
「はは、上がった上がった、綺麗な花火」
(はは、メガネなしでも外出れたじゃないか)
 心の中から声が響いてくる。メガネをしている時の自分だ。
「そうだね輪廻。僕にも友達も、仲間も出来た」
(心配してたようなこと、なかったじゃないか)
「むしろ、自分で自分と会話してるのが痛い子じゃないかなって心配」
(安心しろ、すでに手遅れだ)
「そっか……悲しいこともたくさんあったね」
(そうだな)
 弱気でオドオドした自分と。
 冷静で大胆な自分。
 両方の自分が黙り込み。静かになった。
 パン、パン、パパン
 空に咲く花々を、裸眼で眺めていく。
 息をついて微笑んで。 
「幸せだねぇ」
 と呟くと、心の中の自分は。
(そうか)
 と穏やかな声をあげる。
 また、沈黙して、空を見上げて。
 焼鳥を食べて、ラムネを一口飲んだ。
 静かに、1つの体、2つの人格で花火を見続ける。

「1人で楽しむ人もいれば、1人なのに2人で楽しんでいる人もいるんですね。沢山の人達の中にいても、孤独な人もいます」
 夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は訪れた人々の姿を観察していた。
 ただ見ているだけではなくて、スケッチブックに皆の様子を描いている。
 シャンバラは東と西に分かれてしまった。
 今後、情勢がどのように変化するのかは分からないけれど。
「だからこそ、今はただ、この静かな一時を大切にしたいです」
 そう呟いて、人々の楽しむ姿。
 空に咲く大きな華達。
 皆を楽しませようと動き回り、接客をしている運営の人々の姿を。
 一枚一枚、画材道具を用いて描いていく。
 過ぎ去っていく大切な光景を、その絵に永く留めたくて。
 動物の骨格模型の下絵に始まり、風景、建物、人物を丁寧に描いていくのだった。
「どうか、ずっとこのまま皆が東も西も関係なく、笑いあい、楽しい時間を過ごせますように」
 彩蓮は西シャンバラとなった教導団に所属している。
 百合園には好意を持っていることからも、戦争になったりしないで欲しいと切に思うのだった。
 ずっと協力しあいたい。友好関係でありたい……。

 パートナー達に勧められてメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は花火の観賞に来ていた。
 服装は、お気に入りの大輪の花火を散らしたピンクの浴衣に白銀色の帯。
「飴細工、とっても素敵ですぅ。ラーメンも食べたいですぅ」
 手には団扇を持って、時々仰ぎながらそぞろ歩きをしていた。
 色々と事件があって、メイベルが心身共に疲れていることを感じ取ったパートナー達が気を使い、送り出してくれたのだ。
 そんなパートナー達の心遣いが嬉しくて、メイベルの顔には淡い笑みが浮かんでいた。
「運営用のテントにも、スイカやカキ氷があるんだよ!」
 突然、メイベルの手がぎゅっと握り締められる。
「香苗と一緒に行かない?」
 笑みを向けているのは姫野 香苗(ひめの・かなえ)だった。
 香苗は可愛い女の子を見つけては、近づいてスキンシップをとりつつ、屋台めぐりや観賞を楽しんでいた。
「花火は一瞬で消えちゃうけれど、この夏の楽しい思い出をちゃんと心に刻んで、忘れることのないよう楽しみたいの!」
 メイベルの腕をぎゅっと抱きしめる香苗に、メイベルは優しい笑みを見せる。
「そうですねぇ。良い思い出として心の中のアルバムにも残しておきたいですぅ」
「だよね! それじゃ運営用の席行こうか。それともあっちの2人掛けの椅子に行こうか〜。あ、でも……」
 辺りを見回していた香苗は一人の少女に目を留めた。

 ドドドドド、パパパパパーン、パン、パーン
「おおおおっすごい」
 連発花火があがり、歓声も沸き起こっていく。
「凄い音ですぅ」
 如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は、百合園のスペースでアイスコーヒーを手に、音や楽しむ人々の声を聞いて、心を弾ませていた。
「日奈々ちゃんっ」
 日奈々が振り向くより早く、近づいてきた香苗が日奈々を後ろからぎゅっと抱きしめる。
「隣いいですかぁ?」
「どうぞ、ですぅ」
 メイベルの声に、日奈々は香苗に抱きしめられながらそう答える。
 日奈々は目が見えない。感覚が鋭いお蔭で生活に不自由はしていないけれど、美しい花火を見ることは出来ずにいた。
「飴細工を行っているお店がありました〜。よかったらどうぞぉ」
 メイベルが日奈々に棒のついた飴を渡した。
「戴きますぅ」
「何の形か分かる?」
 香苗も日奈々の反対側の隣に座って、日奈々にぺったりくっつく。
「……動物の形、ですぅ。耳が長い、ので、兎さんでしょうかぁ?」
「正解です〜。白兎ですぅ」
 メイベルがそう答え、日奈々の顔に笑みが広がる。
 バババババ……
「仕掛け花火だ」
 香苗は立ち上がって、花火を確認する。
「たーまやー。って文字だよ!」
 観客達からも、たーまやーと声が上がっていく。
「地球人の誰かが提案したのかもしれませんねぇ」
「たーまやー、ですぅ」
 香苗、メイベル、日奈々が微笑み合う。そして次の花火の音と同時に「たーまやー」と一緒に明るく大きな声を上げたのだった。

 街が見下ろせる端の席では、ピエロ姿のナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が談笑をしていた。
 2人は共に、神子をパートナーに持つ地球人だ。
「しかしまた……今日は随分と奇抜な格好だな? よく会場に入れたな……。しかも、女性?」
「本部を襲撃した時はネクタイスーツ着てたけどなァ。今日は普段着だ」
「普段着……なのか」
 クスリと笑い合った後、2人は集めてきた飲食物を広げていく。
 呼雪はアイスコーヒーを紙コップに注いで、ナガンへと渡す。
「儀式に本部襲撃と色々あったな」
「そうだなァ」
 コップを上げて、乾杯をした後、2人は軽食をつまみだす。
 呼雪が用意してきた、レタスとハム、玉子を挟んだクロワッサンサンドにベイクドチーズケーキを両の手でとって、もぐもぐとナガンはまず食べ物を堪能する。
「(モグ)闇組織(モグモグ)大変だったねェ(モグモグハフ)」
「組織……そちらは一区切りだな」
「神子の方は元気かァ? うちの神子もお前の神子みたいに頭良かったらよかったんだけどね」
 ずびーっとナガンはコーヒーを飲む。パラ実生らしく香りを楽しんだりはしない。
「頭……か。考えた事もなかったな、そういえば」
 呼雪はよくパートナーの天真爛漫さに振り回されている。
 ここにはいない、相棒達の姿をそれぞれ思い浮かべた。
 バババババ
 夜空に噴水のような花火が浮かび上がる。
 ナガンと呼雪は花火に目を向けて。
 消えた後、ヴァイシャリーの街へと目を向ける。
(建国も闇組織や離宮の事も、区切りというだけで終わった訳じゃない。これからだ、何もかも)
 ちらちらと輝く街を呼雪は静かに見下ろす。
(アレナをいつか開放する事も、諦めてはいない)
 この地を守った騎士達が眠りについた後5000年以上、シャンバラは建国されることも、安定することもなかった。
 今また、歴史を繰り返してしまったら、次のチャンスはまた5000年後かもしれない。訪れることはないのかもしれない。
 だから、なさねばならない。
 今、仲間達と生きているこの時代に。
 ナガンは屋台で購入したラムネを2本取り出して、真剣な表情の呼雪に1本手渡した。
「とりあえず一区切りってことで。このヴァイシャリーの景色が守られた事に乾杯!」
「ああ」
 ナガンと呼雪は瓶をコチンと当てて再び乾杯をする。
 そして盛大な花火を見上げていく。
 花火が上がっていること――花火大会が開催されたことは、成し得た成果の一つだ。