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リアクション
第2章 2020年花火
闇が戦いの傷跡を見えなくする。
屋上から見下ろすヴァイシャリーの街は、去年と変わらず美しかった。
街を回ってみたのなら、闇龍の影響や、キメラに襲われたことから。
負傷した人々や、傷ついた建物も見かけるのだけれど。
日が落ちた今、目に映るのはイルミネーションで彩られた美しい夜景だけだった。
ただ、倉庫街の一角や、大病院の付近は電飾は飾られて折らず、また癒えぬ街の傷や人々の傷を表しているようだった。
この百合園女学院は、会議室とその周辺の修繕工事が行われている。
それだけの被害で済んだのは奇跡のようだといわれているけれど。
その被害を防げなかったことを悔やむ者もいた。
そんな事件に関わったケイは諸事情によりイルミンスールから百合園に転校していた。
転校してからというもの、ヴァーナーにはフォローをしてもらったりと、かなり世話になっている。
というのも、ケイは男性だから。
ラズィーヤに事情を話し、女装をして百合園に通っているのだ。
ヴァーナーと2人きりになってからは、いつもの口調に戻り、楽しく会話をしながら屋上の一角に並んで腰掛けた。
「これ美緒に教えてもらいながら作ったんだ」
持ってきた紙袋の中から、ケイは扇子を取り出した。
夏の夜空と花火が描かれた手作りの扇子だ。
「いつもありがとな」
そう言いながら、ケイは扇子をヴァーナーに渡す。
「ありがとです」
ヴァーナーは嬉しそうな笑みを浮かべながら扇子を受け取って、開いてみて目を輝かせた。
パン
夜空に光の華が咲く。
花火が、始まり歓声が上がっていく。
ドン、パン、パパパン、パン
「うわあ……きれいです〜」
ヴァーナーが手を伸ばして、ケイの手をぎゅっと握り締める。
「綺麗だな」
手を握り返して、一緒に空を眺める。
「いろいろあったですね……」
庇ってくれて、ケイが大怪我をしたこと。
一緒に沢山遊んだこと。
指輪を贈りあったり、呼び捨てで、ちゅ〜したり。
思い出を語り合いながら、2人は美しい夜の華を見ていく。
「うん、色々あった。そして今、こうして一緒に花火が見れて……嬉しいぜ」
ケイが微笑み、ヴァーナーも満面の笑みを見せる。
「これからもいっしょです♪」
ケイの腕をヴァーナーはぎゅっと抱きしめる。
「こんな日々が、続くといいな」
ケイは優しい目で大切な娘を見ながら、もう一方の手で彼女の髪を撫でた。
「なんだか……不思議な気分です」
花火を観賞しながらそう呟いたのはミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)だった。
「ヴァイシャリーの花火がですか?」
側には、クイーン・ヴァンガード特別隊員の風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)の姿がある。
この1年の間、彼女を取り巻く環境は変化に変化を重ねてきた。
1年前より縛られていて。半年前よりは緩やかになった。
「それとも、今ここにいることがですか?」
優斗のその問いに、ミルザムはくすりと笑みを浮かべた。
「両方です。そして、隣に貴方がいて、特別な待遇を受けてはいない今も」
「公務ではありませんから。僕の個人的なお誘いです。デートのお誘いとして受け取っていただいても結構ですよ?」
優斗はくすりと笑みを浮かべる。
「……僕はミルザムさんの事は好きですから」
「ありがとうございます。私も優斗さんのこと、好きですよ」
互いに、まだ恋愛的な思いとまではいかなくとも、互いを人として、仲間として好いていた。
パン、パパン
「うわっ、凄いね。お姉ちゃんも見た? 今のすっごい高くまであがったよ。大き〜い!」
ミルザムの半分位の年齢の子供が、ミルザムの腕を掴んで空を指差した。
「本当に、綺麗ですね」
優しい笑みを見せるミルザムを見て、優斗も穏やかで優しい笑みを浮かべるのだった。
運営席にいたメンバーも、空に目を奪われていた。
「ラズィーヤさん」
百合園生達と一緒に、花火を観賞していたラズィーヤの元に、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が近づいた。
「離宮対策本部の本部長お疲れ様でした。最後まで務めていただき、ありがとうございました」
そう礼を言うソアに、ラズィーヤは「いいえ」と答える。
「お礼を申し上げるのは、わたくしの方ですわ。最後までお力をお貸しいただいた皆様には本当に感謝しております。ソアさんは転送術者を護衛し、離宮に下りてくださったそうですね」
「はい。ですが、ラズィーヤさんのご負担に比べたら、本当に微々たることしかできなくて……。大きなご負担をおかけいたしました。とっても感謝してます!」
ソアは関わった方々に対しての感謝の気持でいっぱいだった。
手摺の側に近づいて、ヴァイシャリーの街を見下ろしていく。
運河には装飾を施したゴンドラが走っており、街中の電飾と共に、夜の街を映えさせていた。
控えめだけれど、星空のようにとても綺麗だった。
「ヴァイシャリーは本当に綺麗な街だと思います。この街と、そこに住む人々のために、私がどれだけ力になれたのかは分かりませんけど……」
ソアはラズィーヤに再び目を向けて、言葉を続ける。
「また何かあった際には駆けつけたいと思いますので、これからもよろしくお願いしますっ」
「よろしくお願いいたしますわね、ソアさん」
ラズィーヤはソアに穏やかな笑みを見せた。
パン、バン、パパン!
空にパッと一際大きな華が咲き、歓声が上がった。
「綺麗ですわね」
エレンは静香、鈴子と共に微笑みを浮かべた。
「壮大で、美しいですわ。ヴァイシャリーに住まう民達も、訪れた者達も感謝と喜びを感じていることでしょう」
イルマがラズィーヤに語りかけ、ラズィーヤはゆっくりと頷いて美しい花火を堪能していく。
花火が始まり、作業に勤しんでいた者達も手を止めて空を眺めていく。
「さすがだな……」
「ホント、綺麗」
カオルと梅琳も、屋台の中で並んで、空に咲いた華を見つめる。
鯛焼きやの屋台を行っていた涼介は、 屋台側のスペースで、談笑しながら花火を見ている人々に、鯛焼きとお茶を提供して回っていく。
「つぶあん、白餡、カスタードクリーム、2個ずつお入れいたしますよ。どれにしますか?」
「つぶあんとカスタード」
「じゃ、俺は、つぶあんと白餡にするぜ!」
次々と注文が飛び、涼介は忙しなく動き回っていた。
ただ、花火が上がった時には、皆そちらに集中するため、涼介もふとした時間に花火を観ることが出来ていた。
そういえば、去年の花火大会でも、自分はこうしえてお茶と和菓子を振舞ったな……などと懐かしく思いながら。
「今日は楽しんでくださいね」
鯛焼きと緑茶を配っては、微笑んでそう声をかけていく。
「やっぱ、絶好の観賞ポイントはすごい人混みだな……」
こんな状況なら……手、繋いでもいいかなとドキドキしながら、ミューレリアは、隣を歩く和希の手に手を伸ばして握り締めた。
(姫やんの手、あったかいなあ……)
心の中まで、暖かさが響いてくる。
「へへっ。逸れないようにな」
和希は照れ笑いを浮かべながら、ミューレリアの手を引いて、観やすい位置へと移動をしていく。
そして2人で、人のあまり集まっていない方へと移動して、2人掛けの椅子に腰掛けた。
片手に持っていた鯛焼きを、また交換して食べたりして。
月明かりの下で互いの顔を見て、微笑み合って。
色々あったなあと、思い起こしていく。
微妙なことばかりだったけれど、彼女が攫われた時に、洗脳された彼女に思いをぶつけて、元に戻せて……そして、こうしてまた一緒にいられること。微笑み合っていられること。
それを本当に幸せだと、和希は感じていた。
これからもずっと2人で居られるように、ミューレリアを守りたいと強く思う。
パンと、真っ赤な大きな花が空に咲いた。
今度は和希の方からミューレリアの手を握って、手を繋いでちょっと近づいて、温もりを感じあいながら、一緒に幸せを感じあった。
「開催、危ぶまれたって話でしたけど、今年も去年と同じくらい綺麗ですね」
「そうだな。去年は……うん、女装して来たんだよな。はは……」
屋台を閉めて、シャーロットと誠治は、花火が良く見える場所へ2人で移動していた。
誠治は浴衣に襷がけといった姿で。シャーロットは普段着だったけれど、共通の、シルバーのペアリングが2人の指を飾っていた。
更に、誠治の首には、シャーロットと一緒に手作りしたシルバーのネックレスが飾られている。
「あの……誠治。後でラーメンの作り方、私に教えて下さい」
シャーロットはそう言った後、恥ずかしげに視線を落とした。
「作れるようになったら、いつもお世話になってるお礼に、いつか美味しいラーメンを御馳走したいなーと……。い、いつになるか分かりませんけどー!」
赤くなった彼女に、誠治はそっと腕を回した。
「超嬉しい」
そして、シャーロットを抱き寄せて、愛しげに彼女の髪に頬を埋めた。
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