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軍人に恋愛など必要なーい!

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軍人に恋愛など必要なーい!

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 18:10

「きったない廊下だなあ!」
 机と椅子が散乱している。前に進むには、一々片付ける必要があるようだ。
 その手間を考えて、鬼組の椿 椎名(つばき・しいな)は顔をしかめた。
「うわあっ、なんかおもしろそーだねえっ!」
 チョコレートをパクパク食べながら、椎名のパートナー、ソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)は目を輝かせた。アスレチックと勘違いしているらしい。
 隣を見て、同じくパートナーのナギ・ラザフォード(なぎ・らざふぉーど)は、げんなりとした。椎名のデザートは甘い、とにかく甘い、甘すぎる。チョコだから輪をかけて甘い。だがソーマは全く意に介しておらず、見ているほうが胸焼けしてきて、用意してきた苦いコーヒーを自分で飲む羽目になった。
 不意にソーマがくんくんと鼻を動かした。同時に椿 アイン(つばき・あいん)が腰のトカレフTT33とインベルM911を抜く。
「わあっ、待ってくれ!」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)が両手を挙げて叫んだ。「俺は審判だ! 撃ったら反則負けだぞ!」
 見れば確かにその肩に、白い腕章がある。
「アイン、駄目!」
 椎名に言われるより早く、アインはトカレフのハンマーをハーフコック状態にした。これで弾は出ない。インベルのほうは、念のためそのままだ。
「失礼しました」
 アインの声は冷静だ。おまけに仮面をかぶっているので、どんな表情だか分からない。まあいいよ、と亮司は言った。
「でも審判が、こんなところにいていいわけ?」
と、椎名。
「うん? いや、この建物、あちこちにカメラがあるんだけど死角になってる部分もあるからね、直に確認に来たのさ。ま、近づきすぎたのは失敗」
「あ、そうだ。チョコ食べない?」
「賄賂?」
「違うって!」
 椎名は笑って、ソーマのリュックに手を突っ込んだ。
「オレ、バトラーなんだ。バレンタインなくなったら、チョコ配れなくなるじゃん?」
「ああ……そういやお前さん、その制服は蒼空学園だな。あげたい奴がいるのか?」
「違う違う!」
 椎名は手を振った。
「色々工夫するのが楽しいの! だからみんなに食べてもらって、感想を聞きたいわけ!」
「もはや我が校に食べてくれる人がいないというわけです」
 ぼそりとナギが呟くが、椎名も亮司も聞いていない。
「向上心があるのは結構なことだ。貰っておこう。だけど、判定に手心は加えないぞ?」
「もちろん」
「マスター」
「ちょっと待って、ソーマ」
「うん」
「審判さん、もし甘すぎたらコーヒーもございますから」
「ナギ、どういう意味?」
「いえ、喫茶店の店長としての心遣いです。単に」
 その刹那、ソーマが椎名を、アインがナギを引っ張って床に転がった。
「え?」

 パシッ!

「いてぇ!」
 亮司の額に何かが当たった。

 パシ、パシッ!!

「おいっ、俺は審判だ! 撃つな!」
「そんなところで敵と馴れ合っている審判がいるか!」
 神矢 美悠(かみや・みゆう)が怒鳴った。【トラッパー】で廊下を塞いだのも彼女だ。周りには、デザートイーグルとオートマグ、それにAk-47が浮かんでいる。
 それもそうだと思ったので、亮司はすぐに隠れた。
「いつの間に……!?」
 椎名はギリ、と歯を鳴らした。
「さっきからいたよ」
 けろりとソーマが言った。
「え? 早く言いなよ!」
「いったよ。そしたら『待って』ってマスターがゆったんだよ」
「え」
「確かに言いましたね……」
とナギ。
 十五秒ほど前のことを回想し、椎名はがっくりと膝をついた。
「御免、ソーマ。オレが悪かった。でもそういうことは、無理にでも言ってくれ」
「うん、わかった」
「敵が来るわ」
 再びアインとソーマは、二人の襟首を掴んで飛び上がった。
「どぉりゃあああッッッ!!!!」
 つい今まで四人がいた場所に、ケーニッヒの拳がめり込む。床が大きく割れた。
「ほう、なかなか腕の立つ奴がいるな!」
「あ! あんた確かゲーム前のチェックで引っ掛かった人!」
 椎名は睨み付けた。
「ケーニッヒ・ファウストだ。残念ながら銃は、相棒に取られてしまったが、我には拳があれば十分!」
 ケーニッヒは拳を強く握り締める。
「何でバレンタインをなくそうとするんだ!?」
「我は、バレンタインをなくすつもりはない! むしろ大歓迎だ!」
「は?」
「一九二九年二月十四日、禁酒法時代のシカゴ! アル・カポネが抗争相手六人と通行人一名を殺害、これが『聖バレンタインデーの虐殺』もしくは『血のバレンタイン』と呼ばれる事件だ!」
 熱の篭もった話し方だが、椎名には何のことだか分からず、ぽかんとしている。
「この事件を記念してサバイバル・ゲームを行うという教導団の試みは、実にいい」
 やっと分かった。この男は、何やらとんでもない勘違いをしている。
「あのね、ケーニッヒ、バレンタインというのは、そういうんじゃなくて……」
 椎名は説得を試みた。だが、ケーニッヒは全く聞いていない。
「いざ勝負!」
 素手での戦いは、椎名に不利だった。彼女は剣を使うが、これはゲームだ。下手に振るえば、相手を殺してしまうかもしれない。やむなく椎名は、Ak-47でケーニッヒの拳を受けた。
 そこにアインが弾を撃ち込む。ケーニッヒは床を蹴って、距離を取る。もう一度、今度はアイン目掛けて床を蹴った――

 パシッ、パシパシッ!!

「――何だ?」
 ケーニッヒが首だけ巡らせて、後方を見た。と、その顔にまた豆が当たる。
「おい! 美悠!」
「バレンタインなんて、バレンタインなんて……」
 美悠のきりっとした表情が、一変する。
 アインは椎名の上に覆い被さった。
「大嫌いだああああ!!」
 三丁の銃から、豆がバラバラと飛び出す。
「み、美悠!!!!」
「イタタタタ!」
 ケーニッヒとナギの身体のあちこちに、豆がどんどん当たっていく。ソーマは楽しそうに笑いながら、ひょいひょいっと避けている。
 床に伏せながら、多分あの人は相当辛い思い出があるんだろうな、と椎名は思い、Ak-47を構えた。
 気がつくと、亮司の姿はどこにもなかった。


 インカムの報告を聞き終えたクレアは、リストからケーニッヒと美悠の名を消した。最初の脱落者だ。敵も一名、脱落したらしいが、人数を考えると明らかに不利だ。
 うまくいかないものだな、とクレアは小さく自嘲した。